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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第65話

第64話は短すぎて投稿できないので、こちらでご覧ください。

https://kakuyomu.jp/works/16818093074743538549/episodes/2912051598012639269

ツルちゃんは大願を成就して花畑の向こうに行ってしまった

もう二度と会うことはできない

あれが本当の死の瞬間なのかも知れない

形も、想いも、その人だったものがみんな消えてしまう

成仏したととらえると、在りし日の未練が晴らせたのだろう

いいことのはずだ

この世界も雲一つない晴天で送り出すほどの


でも野球部の部室には、ゾンダ様を破ったときの集合写真が飾られている

端っこにビールまみれの私も写っている

不敗の10割バッターを打ち砕いたピッチャー

ツルちゃんは紛れもない伝説になった

私は忘れない


だったらゾンダ様の打率はなんなのだろう

別に10割バッターになりたかったとか、そういうことではないはずだ

そもそも打率10割は一回達成したらそれまでというものではない

破られないようそれを守ってきたからゾンダ様は伝説だったのだ

じゃあ打ち破られた今はその夢も潰えてしまったのだろうか

ゾンダ様は今も変わらずここにいる

「あの時風が吹かなくても、打てたかどうかわかりませんよ」

流石にバッターにはあの風がわかったようだ

ここは官邸近くのレストラン

店内にレールが敷いてあって、蒸気機関車の模型が料理を運んでくる

私達もよく利用するが、今日は貸し切りだ

球技大会に引っ張り出された女王たちを労って、言い出しっぺのゾンダ様の奢りでお疲れ会が開かれていた

もちろんカルマ様は招かれていない

まあ球技大会には出てすらいなかったわけだが


私はどうしても、何を原動力に10割という打率を維持し続けてこれたのか知りたくて、ゾンダ様に話しかけた

「ツルちゃんの執念はすごいものでした。チームのみんなも必死でサポートしていました」

「そうですか…ふふ。強い思いは、人を動かすんです。私はそれに打ち砕かれたんですね」

そういうゾンダ様は、いつもと変わらないように見える

「ゾンダ様は…その、野球にすごい情熱を傾けてらしたんですか?」

「過去形ですね。今でも情熱を持って打席に立ってますよ」

「ああ…すみません、そういうことじゃなくて…なんて言ったらいいのかな…その…以前から野球が一番だったんですか?」

「ふむ…そう言われると、何を置いても野球に心血を注いでいた、とは言えないかも知れませんね。ただ、打てる私を支えてくれる人がいた、というだけです」

「ごちそうさまです」

「ハハ、いえ。まあ別に彼女も、私に10割バッターであることを望んでいたわけではないですよ。持ちつ持たれつ、というんですかね」

「そうなるとプエルチェ様の期待が何なのか、気になりますね」

もちろんお隣にはプエルチェ様もいる

「ゾンダは格好つけでしょう?いつまでそうやって去勢を張っていられるか、見ていたいのよ」

「…これですよ」

とゾンダ様は肩をすくめた

「ごちそうさまです」

確かにゾンダ様は野球に一方ひとかたならぬ熱意を注いでいた

しかしそれを犠牲にしても手に入れたいものが出来た

それがプエルチェ様だ

ゾンダ様がプエルチェ様のために差し出したのは膝ではなく、野球だった

それでもなお打席に立つのはそれがプエルチェ様の望みだからだ

この二人はおしどり夫婦などではない

一心同体の永久機関だ

こんな人達なら、この世界で子供を欲しがるのもわかる気がする

かつて鉄壁と言われた無敵のバッターが打ち砕かれた今となっては、望めば子供も授かれるのではないかと思えてしまう


「なァにぃ?旗疋はたびきさぁんwゾンダなんかと仲良くしてェ…」

何をどれだけ飲んだか知らないが、べろんべろんのフラウタ様が絡んできた

いつもの桃の香りがリキュールみたいだ

私の首に絡めた腕には、モエの瓶がガッシリ握られている

「あんな栓の開け方出来るのにお酒弱いんですか!?」

「お酒ェ?…飲んだらぁ、忘れちゃあう♡」

なるほど客にせがまれるわけだ

フラウタ様は瓶のままラッパ飲みし始めた

「ああもう…フラウタ様!やめてくださいみっともない!」

見かねたヴェーダ様がフラウタ様を引き剥がしに来た

「ちょっとォ…人が気持ちよく飲んでるのにィ…」

「気持ちよくなってるのはあなただけです!」

「じゃあほらぁ、上田さんも飲むぅ?」

そう言いながらシャンパンの瓶をヴェーダ様の頬にぐりぐりしている

「やめてください!せめて自分の席で飲んで!」

ヴェーダ様はフラウタ様を脇に抱えて運び去った

「旗疋さぁん!恋にはぁ、シャンパーニュぅ!」

運び去られながらこっちに瓶を掲げて、また一口煽った

大体なんだ、旗疋さんって

「…あんなご陽気なフラウタ様は初めて見ましたね」

「いいことがあったのでしょ」

どうやら我らが筆頭女王はゾンダ様達の前でも羽目を外したことがないらしい


女王達は協調して街の管理運営に携わっているが、必ずしも親交が深いわけではない

どこか他人行儀というか、やはり仕事なりの関係だ

公務に関して言えば、私とあゆ様ですらそうだ

フレオがそういう線引に固執していたのも今なら理解できる

ただ中には対立といっていいレベルの確執も燻っているし、出来ることなら友好的な関係を保っていた方が不信の種を育てなくて済む

だから総会やこういった場で顔を突き合わせるわけだが、やっぱり格式張った付き合いに終始してしまう

誰も本質的な問題を俎上に上げないからだ

仕事と割り切っても埋められない溝がある

私にもあるのだ

らんは私から一番遠い、端っこの席に座っていた

私がゾンダ様の隣に陣取ったからだが、まあもちろんそれだけではない


一服寺に味方がいないのは事実だ

嵐が一服寺の一人女王だからというだけではない

アネモイはフラウタ様を頂点に私達が土台を支えるピラミッドだが、下位のアネモイは大衆の矢面に立つ行政のような立場だ

つまり私やカルマ様は、この街の人口に直接的な影響を及ぼすと見做されている

ゾンダ様が一種の武力とも取れる権限を持っていても下位に甘んじているのは、治安維持は大衆が当事者となるためだ

そして嵐はというと、人間そのものではなくこの街の物流を司っていた

この街の経済の源泉は思い出だが、それを売って得た金で買うものは、嵐が支配していると言っていい

一番既得権益らしい既得権益だ

それが証拠に、一服寺には嵐の私邸以外にも贅を凝らした邸宅が無数にある

だが他の女王は権益そのものには興味がない

いや、女王だけではない、この街の住人ほとんどがそうだ

この世界で最も重大な価値を持つのは、ものや体験に付帯する想いの方だ

金より思い出なんて言うと貧乏人の負け惜しみに聞こえてしまうが、この世界においては思い出が絶対なのだ

だから嵐がいくら財を築こうと誰も意に介さなかった

でも一服寺は、想いの値段を、見返りをコントロールした

ファンシャが写真で市場操縦したように

物価を操作することで、当然思い出の価値も変わる

昨日は家が買えるような破格の値打ちだった思い出が、明日はキャラメル一箱になっているかも知れない

いかに思い出がてぇてぇと言っても、背に腹は代えられない

ここではひもじくても死なないが、爪に火を灯すような体験は誰も望んでいない

あるいは逆に、お金を払うことでしか出来ない貴重な体験もある

そうした想いと実益のはざまで飯を食っているのが一服寺だ

自分の思い出を値踏みされて気持ちのいい人間などいない

それが一服寺が孤立している理由だ


とはいえ、嵐は嵐で参っている様子だ

一服寺の立場を考えると、私の妃になるなど周りが許すとは思えない

嵐が私の下で働くとなれば、一服寺から見れば裏切り者だ

何らかの影響力を行使しようとするかも知れないが、結局は私次第だ

フレオは私のことを大衆の女王と言ったが、そのように見えるのだとしたら一服寺にとって目障りな存在なのは間違いない

一服寺の特権を脅かしているわけだから

それはつまり、お金に引き換えられた思い出の値打ちも毀損していることに他ならない

どうにか出来るものなら、私だって未来の遺物によるデフレドミノを止めたい

しかし私にはどうしようもない

そんなこともあって、私の方も嵐から距離を取るようになっていた

だが私にもこの膠着状態は都合がよかった

この期に及んでもまだ結論を先送りしている


そんな私の悩みを知ってか知らずか、ルネはヴェルと歓談している

楽しそう

私は楽しくなさそう

だからと言って、間に割って入るようなつもりはない

ルネがああやって気兼ねなく交遊出来る相手は少ない

友達にはずっと笑っていて欲しい

ただそれだけだ

「いやあ、つむじ様。先日の解説は名調子でしたねぇ」

と酒の瓶を抱えて寄ってきたのは嵐の部下の一人、おかっぱの黒髪で背が小さく、一服寺の制服を着たこけしみたいな子だ

「えっと…シイちゃん、だっけ」

「これはこれは!ご記憶頂いているとは恐縮です!」

と持ってきた酒瓶から私のグラスに注ぎ始めた

いつから見ていたのか、瓶はさっきから私が飲んでいるル・ルー・ブルーのロゼだ

気配り上手というより、やはり相手をよく見て分析しているという印象がある

忍び、というかスパイだ

嵐の部下からすれば私は政敵のはずだ

ワイングラスでおっとっとをしながら敵のお酌を受ける

まさか何か入ってはいまいな、などと考えてしまう

「ところで…嵐様のことなんですがね」

シイちゃんは空いている隣の席に座った

さっきまでブランが座っていたのだが、ゾンダ様の話はバツが悪いのか、デザートを漁ってくると言って席を離れたままだ

「嵐様はああ見えて引っ込み思案でして。肝心な時に弱腰なんですよ」

みんなが寝静まっている中()けてきて、カルマ様との間に割って入るのが弱腰の引っ込み思案には思えないが、今は言わないことにしておく

「私共も見ていてヤキモキしちゃいましてね。本人からは余計なことをするなと釘を刺されてるんですが」

当の嵐を見ると頬杖をついて、皿に残ったグリーンピースをフォークで弄んでいる

「…要点が見えない」

「ああ、すみません」

と少々声を潜め

「もちろんつむじ様のお気持ちというのもあります。ただ腹に一物あるとか、何か魂胆があると思ってらっしゃるなら、それは違うとお伝えしたいのです。嵐様は本気です」

最後の一言は一層神妙そうに言い添えた

元々芝居っ気がありそうな物言いでそう言われてもフリにしか聞こえないのだが、嵐の部下達も嵐の背中を押すつもりはあるようだ

じゃなかったら、嵐を盾にして一服寺の思惑を押し通そうとしているか

どっちにしても一服寺の中に一定の合意がある

どうやら進展のない状態を許してはもらえないようだ

やっぱり私が相手にしているのは嵐だけというわけにはいかないんだ

…毒食わば皿までか

私は注がれたワインを一気に煽った

「おお。いい飲みっぷりで!」

「一服寺のみんなのお気持ちは、承った」

更に注ごうとするワインはお断りした

飲みすぎだ

「私共も嵐様の好きにさせてあげたいんです。今まで気苦労ばかりかけさせてましたんでね」

「揉め事を抱え込むからだよ」

「まさにそういうことから遠ざけて差し上げたいんですよ」

そう言うとシイちゃんはワインのボトルを置いて席を立った

「…ああ、そのワインには惚れ薬が入ってます」

「ええっ!?」

「冗談です」

ひっく

シイちゃんはニコニコ顔で去っていったが、今の私にはそう簡単に聞き流せない

揉め事とは言ったが、そのうちのおそらく一番大きな部分を占めているのはこの私だ

そこから遠ざける一番の近道は、私を手に入れることだ

私以外のところは準備万端、すっかり外濠を埋め立てられてしまっている

「つむじさん」

「…えっ、はい」

さっきから私とシイちゃんの会話を、プエルチェ様と歓談しつつ聞かないふりしていたゾンダ様だが、やはり物申したいことがあるようだ

「差し出がましいかも知れませんが、一服寺にはくれぐれも用心してください」

「…嵐が忍者の頭目って話ですか?」

「つむじさんは忍者相手に用心して、何か出来て?」

と私の言葉を受けてプエルチェ様が続けた

もちろん忍者相手には手も足も出ない

でも誰かが忍者に襲われる可能性があったら、無責任かもしれないが用心しろぐらいは言う

「以前彼女と懇ろになった女王は、この街を去りました。フラウタ様の先代です」

まだグリーンピースを転がしている嵐の方を見て言う

ゾンダ様が嵐の名前を呼んだのをまだ聞いたことがない

溝がある

カルマ様に対してのものほどではないが、敵意と言い換えてもいい

ゾンダ様は、フラウタ様の先代を嵐が追い出したと言いたげだ

その理屈で言えば、ツルちゃんが街を去ったのはゾンダ様が三振を献上したから、になってしまう

まあ、それ自体は事実だが

「私は大丈夫ですよ」

「人は何かに囚われると、それまで目指していた道標を見失ってしまうんです。周りの人間にはひと目で分かる眩しい灯りでさえも。なんでもいい、もし判断に迷う事柄に出くわしたら、私達も頼ってください」

「…心強いお言葉です。肝に銘じておきます」

「鈍い人ね。自分が信じられなくなったらまず身近な人を頼れ、という意味よ」

身近な人

一番身近な人はハルの眷属と世間話に夢中だ

そもそも私は、この世界ではずっとルネに頼って生活している

「彼女は…彼女らは、人と人とのわずかな隙間に入り込むのが得意です。大事なものは絶対に手放さないでください」

ゾンダ様の言葉は重い

いつもぴったりくっついて歩いているわけではないが、ゾンダ様とプエルチェ様は糸で繋がったように、離れていてもお互いの意思を通じ合っている

誰かが入り込む隙はない

私は脇が甘いと言われたら、何も言い返せない

フレオにもしょっちゅう気安いと小言を言われる


その後もしばし会は続いたが、フラウタ様が酔いつぶれてしまったのを潮にお開きとなった

みんなが三々五々帰路につく中、二次会に行く組もぼちぼち見られた

「つむじ、つむじ!」

ゾンダ様とあゆ様に挨拶をしていると、ルネが私の袖をつまんで言った

「あたしちょっとヴェルとお茶してくる。先に帰ってて」

ヴェーダ様はフラウタ様をおぶって家に帰るところだ

部下達は現地解散

都合のいいタイミング

さっきのゾンダ様の言葉がよみがえる

でもルネに行くなと言える立場ではないし、断らせるのにちょうどいい言い訳も思いつかない

「あんまり遅くならないようにね」

「うん、すぐ帰るから!」

そう言うとヴェルのもとに小走りでかけていった

「…つむじさん、私達はいつでもお力になりますよ」

「珍しいじゃないか。ゾンダがそんな点数稼ぎするなんて」

「そんなのじゃありませんよ。それではごきげんよう。深酒した方はお気をつけて」

ゾンダ様はプエルチェ様を伴って去っていった

「…ま、ああは言ったけど、ゾンダも下心で言ってるわけじゃないと思うよ。寂しくなった時は、私もいつでもつむじくんを受け止めるからね」

と、あゆ様は腕を広げて待ち構えるポーズを取る

「バカなことやってないで、帰るわよ!じゃあお休み、つむじさん」

「お、お休みなさい」

ビゼ様もあゆ様を引っ張って行ってしまった


外はもう真っ暗

多分8時ぐらいにはなっている

私はブランを引き連れて駅に向かう

「総長があんなことを言うのは、もちろん親切からじゃありませんぜ」

「下心じゃないっていうのも本当に思える」

「まあ、下心とまでは言いませんが…他意がないと言ったら嘘になるでしょうな」

私も別に一服寺の思惑に乗るつもりはないが、それでも嵐との接近でパワーバランスが崩れるのはわかっている

少なくとも、ゾンダ様の警戒心が私にも向く

「オレは一服寺がわざわざ耳打ちしに来た、ってのが気にかかるんですよ。総長に聞かせるため以外の動機はないと思いますが、見ようによっては挑発ですぜ?」

「そんなことして、一服寺に何か得がある?」

「あれで総長は自警団の能力をいくらか空回りさせることになるでしょう。考えすぎと言われても、何かあってからじゃ遅いですからね」

「爆破予告のいたずら電話みたいなもんか」

「我々みたいなのは誰が得するかじゃなくて、誰が損するかで考えないといけないんですよ」

我々、というのは古巣のことだ

ブランはまだ完全に足抜けできていないと思うことがしばしばある

しかし自警団のリソースを多少無駄遣いさせたところで、一服寺に大きな利益をもたらすわけではない

焼け石に水だ

ただ確実に石の温度は下がる

繰り返せば手で掴める

嵐に裏がなかったとしても、一服時はタダで嵐を嫁に出しはしないだろう

行き掛けの駄賃に何か手を打ってくることは十分考えられる

前にブランが言っていた、人が動き出すタイミングは何かスイッチが入る瞬間なのだ

歩道の石畳とにらめっこしながら色々な可能性を想像していると、ブランが急に私の腕を掴んで止めた

「どうし…」

改札の横に嵐が立っている

「あの…さ。つむじ…明日、時間ある?」

その時の私は、まとまらない考えの上に新しいカードをぶちまけられて、ブランの様子がいつもと違うことには全く思い及ばなかった

嵐から漂ってくる、いつもと違う香りに嗅ぎ覚えがあることも

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