鋼太郎①
鋼太郎視点のお話です。
あの頃、僕はちょっと調子に乗っていたんだ。
五年前。
僕が九歳の頃-ー
季節は神無月。
この時期は忍びの任務ではなく、農民としての重要な任務がある。
浅緋の里には山がない。
西方の秩父の山に茸や山菜採りに向かう仕事が毎年の恒例だ。
先輩達が沢山の土産を里に持ち帰ってきてくれる。
秋は好きだ。
茸鍋をたらふく食べられる。
腹いっぱいに何かを食べられることは一年を通してもあまり多くはない。
「鋼太郎……」
土手の斜面で野蒜と虎杖を見つけ摘んでいたら、若が上から声を掛けてきた。
ぎくりとした。
若は相変わらず気配が無い。
俺も消すのは割と得意な方だけど、若には勝てたことがない。
それに加えて、気配を消す霞消の術、気配を見つける顕霞の術……この二つ、もはや師である里長を超えているのでは無いか、と噂が出る程だ。
「長者連中から話があるみたい。一緒に屋敷に来てほしいんだ」
そう言って、彼はにこりと笑う。
里長の子なのに、若は気さくで穏やかだ。
こんなに優しくて忍びが務まるのだろうかと時々、心配になる程に……。
里長屋敷の囲炉裏を囲み、長者連中が七人集まっていた。
里長は高額な報酬が約束された依頼が後を絶たず、不在がちだ。
一回の留守は長くて半月程度だが、休む間もなくすぐ次の任務へと繰り出す為、ただの里の子供である俺が汎様と会話した記憶は過去無い。
「此度の茸狩りには若と鋼太郎を参加させる」
「はっ!」
長者の言葉を聞き、心の中で拳を握る。
よしっ!
茸狩りとはいえ、初めて任務に出られる。
四人の中で、一番最初。
正直、速さや刀技は蘇芳丸には遠く及ばず、口惜しかった。
鉢ノ助には狼煙上げで負けるし、幹兵衛の薬草の知識にはてんで勝てない。
そんな俺が選ばれた。
自分が誇らしかった。
少し自惚れてしまったんだ。
だから、あんな目に遭う事になったんだ……。
◇◇◇◇
浅緋の里から秩父の山までおよそ二十五里。
真夜中に里を出発し、山には昼刻に到着した。
茸や山菜を採取し、日暮れから半泊休んで、また真夜中に帰路に発つ予定だ。
到着した早々に、皆それぞれが食糧探しを開始した。
「楽しそうだな……」
籠を下ろして、黙々と山菜を摘んでいる俺に向かって若は言った。
……どう料理するか思案してたのが顔に出たか。
「そう見えるか?」
「うん」
こうして若とじっくり話すのは、もしかしたら初めてかもしれない。
若とは常に誰かが行動を共にしている。
汎様が溺愛したがり、胡桃丸は側を離れないし、蘇芳丸が暇さえあれば絡みまくっている。
幼き頃、一緒に里中を皆で走り回ったり、かくれんぼすることはあったが、こうやって一対一で話す機会は無かったように思う。
「この茸、焼いたら美味いんだよ」
「いいね! 俺は味噌付けたい!」
他愛ない話をしながらも、手は止めず、籠はあと少しで一杯になる。
話してみると、なんだ……自分とあまり変わらない子供ではないか。
「帰ったら腹いっぱい食おう」
「若、禿だもんな。いっぱい食えよーー」
「ほっとけ」
ふと、俺の頭に悪い考えが浮かぶ。
……霞消と顕霞の術以外だったら、若より俺の方が強いんじゃないか?
そんな愚かな考えが……。
◇◇◇◇
かんっ! かんっ! かんっ!
秋の空に小刀の鍔迫り合いの音が響き渡る!
採集が思ったより早く終わり、俺は徐に刀を抜いた。
……試してみたくなったのだ。
「まて! 鋼太郎!」
「若! 俺と勝負してくれよ!」
嫌がる若に一方的に攻撃を仕掛けた。
「くっ!」
逃げる若を追う。
速さは……同じか、俺の方が速い!
俺が勝つには、若に術の印を結ばせないことだ。
霞消の術を使われたら、俺に彼を捉えることは不可能になる。
若の動きには無駄がない。
手本の様だ、綺麗。
……だから、容易く次の動きが予測できる!
ばっ!
飛んできた足止めの苦無をかわし、こちらも放つ!
「はっ!」
こん、こん、こん!
俺が放った三本の苦無が若の右腕の袖を、木に留め付けた。
勝った‼︎
……と、思ったら、若がするりと服を脱ぎ抜け、印を結ぶ。
「しまった!」
「……」
すうーっと、若が木陰と同化する様に空間に溶け、消えた……。
「はぁーっ……逃げられた……。くそっ!」
俺の負けだ。
あ〜あ、勝てると思ったんだけどなぁーー。
「……ふふっ……ふふふっ」
負けたのに……なんだか気分が昂揚してる。
いまだ心臓が速鳴る。
……あぁ、楽しかったんだな、俺。
見えない若に向かって声を掛けた。
「おーーい、悪かったよーー。ありがとなーー」
木に刺さった苦無を引き抜く。
二本はすんなり抜けたが、一本なかなか抜けない。
「ん?」
変な刺さり方したか?
木に足をかけ、力任せにぐっと引き抜く。
すぽんっ!
苦無が抜け、若の上着が落ち、木が揺れ、ぼとっと何かが降ってきた。
次の瞬間……
「痛っ!」
右耳に激痛が走る。
⁇⁇
足元を見ると、猛毒の蝮が地を這っていた……。
神無月:10月
二十五里:約100km




