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忍リクルート  作者: 枝久
二、

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河原鳩

 昨日、半月ぶりに激しい夕立があり、田畑には恵みの雨が(もたら)された。


「首の皮一枚繋がったところか……」


 屋敷の縁側から外を眺める。

庭に出来た水溜まりに、朝日が綺麗に反射する。

しかし、まだ油断はできない。

これから葉月(はづき)に向かうと、さらに厳しく日光が照り付ける日が続く。


干魃(かんばつ)にも水害にも負けず、丈夫で美味い作物は無いものか……」


「そんな万能なものがあったら、苦労ないですよ」


 くすくすと笑いながら胡桃が庭先に顔を出した。

肩には見慣れた河原鳩(かわらばと)を乗せている。


「おお、(つくね)! 久しぶりだな!」


 父上からの伝達手段はこの鳩による文だ。

帰巣本能が強く、奥州ぐらいなら一日で戻ってくる。


 かちっ!


「はい、若」


 手際良く、捏の足に付いた小さな筒から、紙切れを取り出し手渡された。


「どれどれ、戦況は如何程(いかほど)か……」


 さっと目を通し、自分の顔が即、歪むのを感じた。


「ち、父上が……帰還……」

「思ったよりお早い……迎えが必要ですね……」


 二年ぶり、父上が里に戻ってくる!

予想よりも大分早いが……あの量の依頼を全てこなしたというのか⁉︎

我が父ながら恐ろしい御方だ。


 ……それとも、早く戻らねばならぬ『何か』があったか?


 捏を飛ばすと同時に移動し始めたとして……奥州を南下してきているだろうから……今頃、会津の辺りかな?


「行きは良いのだが……帰りは山のような土産品とちょっとした厄介事を持ち帰ってくる……。荷物持ちに組を出さねば……」

「今、手隙は亥ノ組と丑ノ組かと」

「ふむ……」


 父上のことが……嫌いな訳ではない。

考え方の相違は大きいが……(むし)ろ、忍びとしては尊敬している。


 ただ、色々と……面倒なのだ。


 父からの文にはこう記されていた。


 『寂しいから、もう帰る』と。



◇◇◇◇



 まだ巳ノ刻、畑作業をしている亥ノ組と丑ノ組にそれぞれ声を掛けた。

二組が重ならぬよう別々の時刻を伝えて、屋敷に召集した。


 屋敷に上がる時、丑ノ組が採れたてな曲がった胡瓜(きゅうり)を持ってきてくれた。

瑞々しい青さ、水不足にしては上々の出来。


 依頼の書状が数通届いていたので亥ノ組にはそちらを任せ、里長の迎えは丑ノ組に託すことにした。


 あれ以来、丑ノ組は四人組のまま活動している。

必要とあれば、胡桃や年長者が補佐に回ることもあったが、補充を申し出てきたことは未だにない。


 大樹の代わりは誰にも務まらない……可能性があるのは一人だけ、か。


 いつも通り、囲炉裏端で指示を出す。


「千鳥、常吉、元、時人。お前達には里長の帰還迎入を任せる」

「はっ!」


 全国、関所が無駄に多い。

一々支払っていては通行料も馬鹿にならないのだ。


「会津までは御用商人の振りで荷車を引いてくるはずだから、那須の辺りで合流してもらいたい。そこから山中を共に抜けてきてくれ」

「くるっくーー!」

(つくね)が里長の所まで案内してくれよう」


 指先でちょいちょいと撫でると、河原鳩が機嫌良く喉を鳴らした。


 四人の顔を順に見回す。


「手は足りるか? 此度は土産の荷が大分多そうだが……足りなければ鋼太郎か胡桃を遣わすが……」


 私の言葉で、胡桃がちらりと四人を見遣る。

全員揃って一気に顔が青ざめる……そうか、この五人は同期、丑ノ組は胡桃の被害者達だな?


 胡桃が視線を外し、遠くを見つめている……一体、何をやらかしたのだろう?


 すると、千鳥が口を開いた。


「こ、この四人で参ります。荷が持てなければ……どれを運ぶかを里長にご選抜願う所存……若の名の元に!」


 随分と頼もしい存在へと成長しているな。

父上……里長を甘やかしては良くない。うむ。


「頼んだぞ」

「はっ! それと若……」


 千鳥の顔がふっと和らぐ。


「もし、蘇芳丸が研修任務に出る時は、自分達に声を掛けて下さい」


 『みっちり鍛えてやりますよ』……そう言って四人は旅立っていった。



  四人の背中を見送りながら、胡桃が口を開いた。


「……意外ですね、鋼太郎を推すとは」

「そうか? 辰ノ組の中では一番適任かと……力持ちだし……あ、噂をすれば……」


「ご、ご、御免下さぁ〜い……」


 玄関から弱々しい声がする。


 そちらに向かうと、籠皿(かござる)紫蘇(しそ)茗荷(みょうが)を乗せてきた鋼太郎がそわそわと、どこか落ち着かない様子で立っていた。


 今日は重たい外套を外しているが、服の下にがちゃがちゃと暗器を隠し持っている。

相変わらず心配症な少年だ。


「ありがとう。今日の昼餉が今から楽しみだ」

「へへっ」


 長い前髪の隙間から、優しい瞳がにこっと笑う。

心はまだ幼い。


「あっ!」


 急に鋼太郎が声を上げる!

瞬間、ひゅんと風が吹き、玄関横の松の木から、こんっと音がした。


「で、で、では、失礼致します!」


 鋼太郎が一礼し、ふっと気配が消え、立ち去った。


 ふうっと胡桃が溜息を溢し、目を閉じている。

最近、溜息まみれだな。

補佐役として、色々と苦労をかけてばかりだ。


「足りないのは、自信……ですかね。小心者だ」


 松の木に目を遣ると、毒蜂を仕留めた苦無が一本、幹に突き刺さっていた。


 苦無の命中率は里でも随一だ。

それなのに、鋼太郎はいつも自信なさげにおどおどしている。

自信家な蘇芳丸と足して二で割れば、丁度良いかもしれない。


 辰ノ組は皆、優秀であり、それぞれ劣等である。


「鉢ノ助は字が得意でない」

「あぁ、馬鹿ですからね」


 ……胡桃は後輩に辛辣(しんらつ)だな。


「梅丸は耐久力に乏しいし、幹兵衛は視力が弱い。蘇芳丸は気配がまだまだ消しきれない」


 順当に消去していけば、鋼太郎が五人の中で一番実践に向いている。


「忍びと言えど、人間だからな……得手不得手はあって当然……だが、それが命取りになるようでは……」


 辰ノ組を元服させるわけにはいかないのだ。


「……では、若。私に足りないものは何ですかね?」


 胡桃が不意に尋ねてきた。


「そうだね……胡桃は……非情さ……かな?」


 厳しさは愛情だ。

突き放しているようで、けして見捨てたりはしない。


「なっ! ……買い被りすぎですよ」


 私の言葉が予想外だったのか、ぷいっと胡桃が顔を背ける……おや、照れたか?

籠皿の紫蘇がふわりと揺れた。




 台所のばあに籠皿を渡した。


「おや! まぁまぁまぁ!」


 ああ茗荷好きだからな、満面の笑みを浮かべている。


  囲炉裏端に戻り、火を点け、鉄瓶で湯を沸かす。


「そういえば……鋼太郎はいつからあんな風になったんですかね?」

「ん? 胡桃は知らなかったか? 鋼太郎は小さい頃、山で出会っちゃったんだよね」

「何にです?」

「熊」

「……」


 湯が沸き、鉄瓶の蓋がかたかたと騒ぎ出した。

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