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忍リクルート  作者: 枝久
二、

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10/96

鋼太郎② ー蝮毒ー

「う、嘘だろ……」


 苦無で(まむし)の頭を潰した後、よろめき、その場にへたり込む。


 噛まれた⁉︎ 天罰⁉︎

……なんて、言ってる場合じゃない‼︎


 蝮の毒は死に至る猛毒。

右耳がじわじわ熱を持ってきたように感じる。


 毒……毒消し……えっ、どうすれば……?

水で洗う? 冷やしては駄目だったか?

幹兵衛は何て言っていた⁇


 あーー‼︎ 思い出せない‼︎


 混乱してる場合じゃ……でも、どうすりゃ……え、えっと……。


「鋼太郎!」


 すぐ近くで声がして、ふわっと若が姿を現す。

いつの間にか、さっき脱いだ上着を身に(まと)っている。


「わ、若ーー‼︎」


 情けなく泣き出した俺の頭を、彼が両手でがしっと掴む!


「⁉︎」


 すぐ目の前には、綺麗な若の顔。


「動くなよ」

「⁉︎」


 そう言うと、若が俺の右耳を(くわ)え、毒を吸い出し、ぺっと地面へ吐き出した。


 竹の水筒を逆さにし、右耳に水をかけ、洗い流す。


「今、毒消しを取ってくる! しっかり水飲んどけ! 動き回らず、静かに待っていろ‼︎」


 そう言って、薬を取りに長者達の元へと風のように走り去った。


 若……速いや……かっこいいな……。


「はぁ……」


 木に寄りかかり、なるべく体力を減らさぬよう大人しくしてよう。


「若……」


 やらかした俺の為に……ありがとな……。


 ぽろぽろと涙が溢れてくる。


 怖かった……嬉しかった……ほっとした……ごめんな……。


 もう心はぐちゃぐちゃだ。



◇◇◇◇



「はぁ……はぁ……」


 若に応急処置はしてもらったが、流石は蝮毒……少し周りが二重に見えてきた。

やばいな……目を閉じておこう……。


 あぁ……俺の右耳はまだ有るのか?

紫に腐ってきてやしないか?

顔の右側……感覚が麻痺し始めたか?


 かさっ


 草を踏む音が遠くで聞こえた。


「若っ!」


 顔を上げ、音のした方を振り向く。


「戻ってきてくれ……た……」


 自分の顔が凍り付くのを感じる。


 落魄(らくはく)した! 

……若の気配とこれを何で間違うんだよ⁉︎


 視線の先、そこには冬眠前の熊が立っていた。


「ひっ!」


 あっ‼︎


 阿呆(あほう)か、俺は‼︎

今日は最厄日だ‼︎ なんて日だ‼︎


 出発前に長者連中に言われてたじゃないか‼︎

この時期の熊は冬眠前で栄養を蓄える時期。


 『もし、熊と出会ったら、絶対に刺激しないよう音を立てずに静かに立ち去れ、喰われても知らんぞ?』と……。


 俺の漏らした声に驚き、熊がこちらに気づき……走る‼︎


 速い‼︎


「ぐわぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼︎」


 咆哮(ほうこう)と共に、鋭い爪が振り下ろされ、力の入らない小刀で受け止め……きれず、引っ掻かれた‼︎


 ざしゅ!


「ぐぁっ‼︎」


 間一髪、首を傾け、直撃は回避‼︎


 だが、爪は後ろの木肌と俺の額の一部を(えぐ)り、目の前が見る間に赤く染まっていく。


 蝮毒(まむしどく)と熊爪で赤い世界がぐるぐると回る。


「俺の最期が……熊って……」


 爪で抉り殺され、餌として喰われるのか⁉︎


 嫌だ、嫌すぎる……‼︎


 泣きながら、這いずり、手探りで苦無を拾う。


 こんな所で死んでたまるか‼︎


 目はもう駄目だな……まるで役に立たない。

毒で身体も、思うようには動かない。


 すっと目を閉じる。


 視覚に頼るな……気配で察しろ……俺は……


「俺は、忍びだ‼︎」

「ぐわぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅっ!」


 再びの咆哮と共に、熊が大きく腕を振り下ろす‼︎


「そこだ‼︎」


 身体を捻り、苦無を熊の眉間に投げ込む!


 ざしゅっ‼︎


「がぁぁっ……」


 断末魔と共に巨体が動きを止め、ゆっくり崩れ落ちる……俺の上に……。


「げっ!」


 ずどぉぉぉぉぉぉぉぉん‼︎


 熊の倒れた轟音で山の鳥達が驚き、飛び去っていく。


「お、重てぇ……」


 ぎりぎり身体を(よじ)って胴体の真下敷きになるのは避けられたが……間に合わず、熊の右腕だけが俺の身体の上に乗っかったままとなった。


「はぁ……はぁ……やった……い、生きてるっ!」


 左手を高く天に突き上げ、俺はまた涙をぼろぼろと溢した。


 そして、ぷつりと俺の意識は途絶えたのだった……。



◇◇◇◇



「ろ……う……鋼太郎……!」


 声がする……誰かが……呼んでる……?


 重たい(まぶた)をゆっくり持ち上げると、若の心配そうな顔が目の前にあった。


「お、ぼ……僕は……生きてる……よね?」


 若が驚き目を開き、次にふわっと微笑む。

そして僕の頬をむにっと軽く(つま)む。


「鋼太郎は……ちゃんと生きてるよ」


 若の指が、自分の頬が、温度を感じる……ちゃんと血が通っているのを……!

伝う涙も感じる……麻痺していた右の顔面にも少しだけ感覚が戻ってきている!


 毒消し薬……。


「若……ご、ご、ご、ごめんなさーーい‼︎」


ぶわっ!


 身体は全然動かないのに、涙も鼻水もこれでもかと止めどなく溢れ出てきた。


「っ! こっちこそ、遅くなってごめんよーー!」


 つられたのか、若もぽろぽろ泣き出した。

僕らは落ち葉の上で二人仲良く泣いたのだった……。




「全く……若も鋼太郎も忍びが泣くもんじゃないですよ」

「熊倒したか! やるのぅ!」

「こりゃ! 心配かけよって……」


 周りの長者連中は俺らのやり取りを見守ってくれていた。

呆れ、溜息を吐きながら、安堵し、やっと笑い声が戻ってきたのだった。




「間も無く日が暮れるっ……よっ!」

「うわぁーー!」


 いきなり若が僕を背負い出した。


「ぼ、僕、あ、歩けるよ! や、やめてよ、は、恥ずかしいよ……!」

「大丈夫、大丈夫! 怪我人は背負われとけ!」

「い、嫌だよーー!」

「そうだ、これは嫌がらせぞよ!」


 けらけら笑いながら、若は自分より大きい僕を運んで行く。


 若の背中は柔らかく、(ぬく)かった……。


 ありがとう。

次は僕が君を助ける番だ。


 この日、僕はこの背中に忠誠を誓ったのだった。



◇◇◇◇



 皆、予定通り、日暮れから山で半泊休み、帰路は先輩方が交代で僕を背負ってくれた。



「あっ! 里だ! か、帰ってきたーー!」

「……帰ったか、鋼太郎」

「⁉︎」


 里に到着した途端、いきなり胡桃丸から声をかけられた。


 背後⁉︎ いつの間にいた⁉︎


 その時初めて、胡桃丸の声をしっかりと聞いた気がする……。


 ぶわっ!


 瞬間、全身に鳥肌が立つ!


 ……これはやばい、と……本能が騒ぐ。


 胡桃丸は美しく冷たい顔で話しかけてきた。


「毒蛇に噛まれたとはいえ、若に身体の一部を(くわ)えさせたうえ、己を背負わせ身体を密着させたそうだな?」


 言い方に物凄い毒がある! 悪意!


 まずい……逃げ……。


 すうっと少年は近づき、そして紫色の右耳元で囁いた。


「xxxxx」

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 里に僕の情け無い叫び声が響き渡ったのだった……。


 あぁ……僕はなんて運の悪い、愚者なのだろう。


 この茸狩りの一件で、僕の性格はすっかり変わってしまったのだった……。

落魄:落ちぶれること

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