蘇芳丸② ー天井ー
蘇芳丸視点です。
俺は呆気に取られていた……。
罵詈雑言が返ってきて当然のはず。
千鳥達……何故、何も言わない?
空になった玄関土間をぼーーっと見つめる。
「分からないのか?」
若の視線が真っ直ぐ俺に向けられる。
瞳の中は怒りか、呆れか、悲しみか……俺には全く読み取れない。
「何か言ってくれりゃいいのに……」
「……傷に塩を塗り込まれ、絶望させられて……話す気力も湧かないのだろう」
…… 意味が分からない。
「言っておく。蘇芳丸……このままでは元服の儀は出来ないだろう」
……意味が分からない。
「元服出来なければ、忍びにはなれない。そしたら……お前は里から追放される」
「追放⁉︎」
頭に血が昇り、若の襟元を掴み上げる!
がっ!
「意味分かんねぇ、なんでだ⁉︎ どうして⁉︎」
「……離せ」
冷たく突き放す声、今まで聞いたことのない若の声。
こいつは……本当にあの若なのか……?
「汎様の代わりを継いでから……前の若はどこ行っちまったんだよ……。お前も胡桃兄も変わっちまって……」
自分だけを独り、置き去りにしていく。
こつんと、若の右肩に頭を預ける。
自分よりも小さく痩せた肩……この肩に一族の全てがのしかかっているのだ。
ちょこちょこと自分の後ろをついてきていた弟分が……今や自分の前を距離を開けて突き進んでいく。
「……」
「……すまん、丑ノ組の皆を待たせてしまう。もう行かないと……」
両肩に置かれた小さな手が、そっと俺の身体を押し離した。
くるりと背を向け、若が俺からどんどん離れていく……遠く……遠く……。
………………
「ああああああああっ‼︎‼︎」
瞬間、手を伸ばして若の襟首を掴み、思い切り投げ飛ばしていた!
ぶんっ‼︎
「ぐっ!」
若の身体が地面に叩きつけられる寸前に、中から戻ってきた胡桃が間一髪、抱き止める!
「蘇芳ーーーーっ‼︎‼︎」
未だかつてない、胡桃の咆哮‼︎
その後のことを俺はまるで覚えていない……。
◇◇◇◇
「あ……天井……」
ふと目を覚ますと見知った梁が目に入る。
自分達の部屋。
布団に寝かされているが……胡桃を怒らせた後の記憶が全くない。
誰かが運んでくれたのか?
ぺたぺたと体を触るも……どこも痛くないのが不思議だ。
「おう! 起きたか蘇芳丸」
「じいちゃん!」
「違う、ばばあだよ」
手桶から出した手拭いを絞りながら、ばあちゃんが呆れる。
「お前は毎回じいさんと私を間違えるなぁ。わざとか?」
ぺちっと額に手拭いを置かれる……ひやりと冷たく心地よい。
屋敷で一緒に暮らすじいちゃんとばあちゃん。
歳は八十歳くらいか?
二人は夫婦ではなく双子で、里一番の年長者達……もはや生きる物怪だ。
詳しくは知らないが、五十年前の大飢饉で住んでいた里を捨て、この地に新しく浅緋一族の里を開いた開拓者達なのだそうだ。
どちらかが里長の汎様の直属の血縁関係かと思っているが……正直、よくわからない。
そもそも二人の判別が俺には全くつかないし、血縁だから何だ、という話だ。
この里に二人と同世代の忍びはもう誰もいない。
ニ年前の疫病で皆亡くなったからだ。
「儂らはしぶといんじゃい」
仲間を弔った後、二人が悲しげにそう溢したのを覚えている。
「……寂しかったんかい?」
ばあちゃんが俺の頭をよしよしと撫でながら尋ねた。
何でもお見通しのようだが、はっきり指摘されると……言葉に詰まる。
「だって……」
「なんだい?」
優しい声に、ふっと気持ちが緩んでしまった。
「だ、だって……俺だけ……除け者で……二人とも俺のことなんか……」
「よしよし」
勝手に目から水が出て止まらない。
俺は声を上げてわんわんと泣いてしまった……。
◇◇◇◇
ひとしきり泣き、落ち着くまで、ばあちゃんは側にいてくれた。
「若は言葉少ないし、胡桃もお前とはあまり話が出来ない。だが、あの二人の本質は何も変わっちゃいないぞ?」
「えーー⁉︎」
納得いかない! 変わりすぎだ‼︎
「忍びなら、空気を読むことを身につけていかんとな。私とじいさんの区別もつかんようじゃ話にならん」
言われてみると、若も胡桃も二人を間違えているのを見たことがない。
空気を……気配を……鍛錬でも毎度指摘されるが……本当に苦手だ。
「まぁ……忍びが無理でも野良仕事ならいくらだってあるさ」
そう微笑んで、ばあちゃんは手桶と共に部屋から出て行った。
……残酷だな。
拾われた自分には忍びの道しか残されていないのだから……。




