蘇芳丸①
蘇芳丸視点のお話です。
蘇芳丸。
俺の名は里長の汎様が名付けてくれたとじいちゃんから聞いた。
汎様は命の恩人……赤子だった俺を里に迎え入れてくれたのだから……彼に出会っていなけりゃ俺は今、ここに生きていなかっただろう。
若と胡桃丸とは本当の兄弟のように同じ屋敷で暮らした。
子供の頃、鍛錬や農作業の手伝いが終われば、日が暮れるまで若と胡桃丸と一緒に遊んだ。
相撲も木登りも魚釣りも、大抵はいつも俺が一番だった。
若と俺、全てが正反対。
小さく、非力で穏やかな若は俺と胡桃丸の後ろをちょこちょことついてきた。
血が繋がらなくとも兄弟だ。
いつか忍びとして巣立つまで、変わらずにこうして過ごしていく……そう思っていた。
ニ年前ーー
胡桃丸が十五歳で元服し、汎様は出稼ぎ、若が里長代理となったあの日から、屋敷の中に新たな主従関係が生まれた。
若はまるで別人のような顔でそこに居た。
常に胡桃と共に行動し、書物を読み漁り、書状をやり取りし、里長の役目を果たしていく。
同じ屋敷にいても俺との会話は極端に減った。
梅丸はまだ屋敷に来たばかりだったから、この変化は気にも留めていないようだ。
年は同じくらいかそれ以下か、本当の年齢はわからない……もしかしたら年上かもしれない……なんてな。
女みたいな優顔をしているが、腹の中の見えない奴だ。
それか何も考えていないか、だ。
面白くない……。
最近はくさってばかりだ。
顔がぷくりと膨れ……はっと我に帰る。
これではまるで癇癪持ちの子供と同じだ。
……まぁ、まだ十二歳は成人ではないから当然か。
屋敷の中ではなんだか気が晴れず、土手まで走り込もうかと外に出ると、任務からの帰還報告に来た丑ノ組とばったり出くわした。
以前はよく鍛錬でも顔を合わせていた三つ年上の五人組。
……丁度いい。
「お手合わせ願いたい」
かたんっ!
先輩忍者方に向かって言い放ち、俺はそっと木刀を掴んだ。
「……おい、蘇芳」
「よぉよぉ、まずはお帰りなさいじゃねぇのかよ?」
「蘇芳丸。それは宜しくないですよ?」
「まだ若に報告へ上がってない、お前は今の状況をもう少し考え……」
千鳥の言葉の途中で、俺はもう木刀を振り下ろしていた!
がきゃっ!
千鳥の前に出た時人が鞘で木刀を受け止める!
真剣である忍刀を年下の俺に向けることを躊躇ったのだな。
配慮は有難いが……俺のが強ぇから気にしなくていいのに……。
がんっ!
力で押し切って、時人の体勢が崩れた。
「……ぐっ!」
「甘いっすよ!」
加減して胴に数本打ち込み、足払いをしたら、彼は容易く地面に転げた。
「ぐあっ!」
「時人⁉︎ おい、蘇芳‼︎」
千鳥が鞘を振るう!
がんがんがんがんっ!
鞘と木刀の打ち合いを数回繰り返し、徐々に振りが遅れ始める千鳥を、力を込めた一撃で払いのける!
「ぐっ! はぁはぁはぁ……」
いつもより……動きに俊敏さが無いな?
当たり前か、任務の後だ。疲弊していて当然。
……少しだけ、仕掛けたことを後悔したが……もう止まれない。
「くそがきっ!」
後ろから振り下ろされた鞘を相手も見ずに頭上で受け、片手で払い飛ばす!
思った以上に常吉が吹っ飛び、細身の身体が松の木に叩きつけられる!
「お止めなさい、蘇芳丸!」
「うぉぉぉぉぉっ!」
冷静に嗜めてくる元に向け、俺は夢中で木刀を振るった!
それは……ただの八つ当たりだった……。
◇◇◇◇
「はぁはぁ……化け物めっ!」
かろうじて片膝立ちの者、千鳥が声を漏らす。
「こんなもんすか?」
少しがっかりした。
こんなに弱くても忍びの任務に出れるのか……俺だったらすぐに大仕事をこなしてやるのに……俺は絶対、役に立つはずだ。
この近隣にある城の若君も、俺と同い年に出陣して功績を上げたと風に聞いた。
年齢なんてのは関係ない、この世は力こそ全てだ。
………………
ん?
千鳥の視線が俺の後ろを見ている。なんだ?
振り返ると、いつの間にか屋敷内から出てきていた若と目が合った。
その背後にいるのは胡桃……この世の物とは思えない鬼の形相‼︎
あ。
俺の頭が、瞬時に理解した。
……これ、やばいやつだ……胡桃の表情、若は見たことない顔だろう、あれ。
俺は何回も遭遇し、その後、散々こっぴどく怒られている……あの時の顔だ。
次の瞬間……。
「たわけっ!」
ぱしんっ!
俺の頬に若の平手が飛んできた……予想外。
胡桃より先に若が動くなんて……。
非力だから、全く痛くはない……んだが、なんだかじんじんする……なんでだ?
冷静になって辺りを見回すと、丑ノ組が皆、地にへたり込んでいる……あ……。
顔からさぁっと血の気が引く。
やりすぎた!
がばっ!
「す、すみませんでした!」
千鳥達に勢いよく頭を下げた……が、もう遅いよな……。
「「「「……」」」」
だが、彼らは誰一人、何も言わず……。
胡桃に促されるまま、静かに里長屋敷の中へと消えて行った。




