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忍リクルート  作者: 枝久
五、
30/89

集合

 ばたばたばたばた……ばたん!


 忍びがやたらと大きな音を立てて走り来ては、屋敷の戸を開ける。

里長屋敷でやろうものなら、上から大目玉だ。


「蘇芳……五月蝿(うるさ)い」

「幹兵衛! 大変だ……って……お前ら?」


 すでに辰ノ組の皆が集まっていることに驚く蘇芳丸。

羽筒と話している間に、梅丸が二人の家を回って声を掛けたのだろう。


「う、梅が呼んでくれたんだ。わ、若達が居ないって?」

「一体どうなってんだ?」


 鋼太郎と鉢ノ助も不思議そうに声を上げる。


「誰も何も聞いてない。汎様も何も言わないのが、かえって不気味……あ、一つ。笑いながら言ってた。『もし何かあれば、胡桃の首を()ねるだけだ』って」


 梅丸の言葉で幹兵衛以外の顔が青ざめる。

里長は、本当にやりかねないから恐ろしいのだ。


「さっき羽筒が、『二人は吉伏城から書状で呼ばれた』って言ってたぞ」

「城……」


 蘇芳丸の言葉に何か引っ掛かるのか、梅丸が顎に手をやる。


「う、梅。な、何か知ってるの?」

「いや……前に花鳥衆と話してて、噂があるって……」

「噂? 何だ?」


「若を(めと)りたいっていう城主からの書状が沢山(たくさん)届くって……もちろん、他の依頼の書状もあるだろうが……」

「はぁ? なんだそれ? 若、男だろ? そういう趣味の城主なんて……だいたい汎様が許さんだろう?」

「もしくは縁談じゃねぇ? お姫様との……」

「あーー、それなら有り得るかも? ……だったら、里にとって良い話だろうに……ま、そちらに関しても、汎様が素直に許可するかはわからんが……」


 鉢ノ助の思いつきに、同意する梅丸。


「……ど、どちらにしても、お、御得意先なら、無下にも出来ないだろうから……直接、話をつけに行った……のかな?」


 鋼太郎が自信なさげに呟く。


「……他、何か」

「えーっと……あ! じいちゃんが『いつ帰ってくるかわかんねぇ』って……伝言は汎様に渡していたな」

「えっ⁉︎ それって……もう里に帰って来ないかもしれない……とか無いよな? 俺達が元服出来なそうだと見限って、とか……まさかーー」


 鉢ノ助が冗談半分で話すが、まるで冗談に聞こえず。


 しんと、部屋が静まりかえる。


「う、嘘! 今の無し‼︎」


 気まずい空気の中、幹兵衛が静かに声を発する。


「汎様、直談判(じかだんぱん)


 そう言って、音もなく立ち上がった。



◇◇◇◇



「二年ぶりに里に戻ったというのに、毎日、どいつもこいつも……本当に五月蝿(うっさ)いのう」


 辰ノ組の全員で訪問した途端の里長の第一声。


 里長屋敷では不機嫌を全力で露わにした里長が、囲炉裏端の床でごろごろと寝転がっていた。


 若が近くにいないと、まるで別人かと思う程に態度が異なる……その点は胡桃と同じ。

この二人は何故かよく似ている部分がある。


「うちの子は大変だなぁ。愚図(ぐず)共の面倒を見ないといけないから……」


 かくれんぼの失態を指しているのだろう……五人共、正座したまま、ぐっと身体に力が入る。


 里長の話中は、当然ながら口を挟むことは許されない。


「本当、うちの子は甘いんだから……あの優しい子が心を鬼にしてお前ら五人衆を育てているのに……なかなか思うように育たない。俺としては、さっさと首を()ねてしまいたいが……嫌われるのは、ちと困る」


 右手を軽く振り、首を切る仕草。


 顔は笑みを讃えているが、殺気は一気に膨れ上がる……話しながら、苛立ちが湧いてきたのだろう。


「忍びとは陰に生き死ぬ。命を惜しむなど恥」


 五人、揃って首を縦に振る。

そう、忍びとは本来そういう生き方だ。


「だが、うちの子は違う。……長老共が生きとったら苦言を呈しただろうな、生温(なまぬる)いと。……だが、新しい生き方を模索しているなら……応援したいのも、親心」


 ふっと外の空に視線を移す。


「俺が高額な報酬依頼で動こうとも、他の忍び連中が必死に稼げども稼げども……食糧や土木治水や経費で(ぜに)はあーーっという間に消えていく……まったくどこへ消えるのやら……いい加減、うんざりする、この貧乏暮らし……俺は……正直、うちの子以外……里なんてどうだっていい‼︎ ……くそっ! あーー胡桃ずるいぞーー、あの野郎っ‼︎」


 ………………


 後半は、里長からの叱咤(しった)というよりも、個人的な心の叫びと化している。


「はぁ……で、お前らは俺に何が聞きたいんだ?」


 若が胡桃と二人で出掛けたことが大層面白くなかった里長は、単に溜まっていた愚痴を溢したかったようだ……ただの八つ当たり。

一通りむしゃくしゃした心の内を話し終え、ようやく五人に向き合った。


 ……再三言おう、この男、最強の忍びである。


「「「「「……」」」」」


 機嫌の悪い里長相手、言葉を選びながら要件を伝える。


「はっ! も、申し上げます。わ、若が吉伏城へ出向したと耳にしたのですが……な、何かご存知でいらっしゃいますか?」


 恐る恐る、鋼太郎が声を出す。


 ばんっ!


 床を叩く里長。

激しい音が響くが、床板を破壊すれば若に叱責される為、やや力は加減している。


「何も知らん! ……出掛けること、何で教えてくれなかったんだよぉ……。俺も一緒に行きたかったのに……」


 里長に報告すれば当然、反対されるか、『俺がついて行く!』と駄々を捏ねるか、そのどちらかだろう。

だから、若は()えて告げなかったのだろう……色々と面倒だから。


 結果、里長は子供のように()ねてしまった。


「申し上げます! 俺……父ちゃんは大好きだけど……任務が一緒は、嫌です! ……そういうことではないでしょうか?」

「えっ……そういうもんか?」


 正直者の鉢ノ助の言葉に、こちらも素直に耳を傾ける。

少し嬉しそうに……。


「ふむ……」


 しばし考えてから、ごそごそと懐からじいに渡された竹の皮を取り出し、皆に見せる。

紙は高級品、生活での書面のやり取りは竹皮を利用する。


 『例の件で、吉伏城へ胡桃と出掛けて参ります』

竹皮には、たった一行、そう記されていた。


「……そうだ! お前ら、ちょっと『おつかい』して来い!」


 ふと何かを思いついたのだろう、里長の瞳がきらきらと輝く。


 これは……大抵、良からぬことを企んでいる時の里長の顔だ。


 この御人も忍びであるのに、表情を隠すことをまるでしない。

最強であるがゆえ、傍若無人が許されてきたからこその所業。


「……『おつかい』……如何様(いかよう)、で?」


 幹兵衛が渋々、伺い聞く。


「お前らさぁ、ちょいと吉伏城に忍び込んで、二人が城主と何話してるか、盗み聞いて来い‼︎」

「「「「⁉︎」」」」


 幹兵衛以外の四人の顔が、瞬時に引き攣る!


「そ、そ、それは……わ、わ、若に叱られるのではないでしょうか?」

「ばれないようにやるのが忍びだろ?」


 ………………


 正論だが、今、ここで行使するのは何かが違う……だが、誰も反論出来ない。

里長の命令は絶対だ。


「汎様……俺はまだ、若から研修任務の許しを得ていません……」

「蘇芳。これは任務ではなく、『おつかい』だよ?」


 もはや、屁理屈(へりくつ)である。


「じゃ、皆、うまくやるんだぞーー!」


 そう言ってひらひらと手を振り動かし、里長は五人を屋敷から追いやるのであった。



◇◇◇◇



 里長屋敷を追い出された五人は顔を見合わせる。

この里長の命令に『断る』という選択肢はない……やるしかないのだ。


「「「「「はぁーー」」」」」


 全員揃って溜息を吐く。


「梅……花鳥衆。城、地図」

「はいはい、くのいちから調達してくるよ」


 幹兵衛に促され、梅丸は青葉邸へと駆け出した。


 今度は、幹兵衛がじぃぃっと蘇芳丸を凝視する。


「な、何だよ?」


 首を傾げた後に、くるりと鋼太郎を振り返る。


「確認。鉢、蘇芳、二人の瞳、覗いて」

「え、え、えっ? 僕? あ、うん、分かった」


 幹兵衛に言われるまま、鋼太郎は鉢ノ助の正面に立ち、長い前髪をさらりとかき上げる。

髪で隠されていた額の熊爪の傷と紫色の右耳が露わになる……どちらも痛々しい。


 鉢ノ助の手拭いが巻かれた額部を押さえながら、そっと瞳を覗き込む。


 ………………


「う、う〜ん……み、幹兵衛……こ、これで何が分かるの?」

「⁇⁇」


 鋼太郎も鉢ノ助も何が何だかわからない。

ただ超至近距離で数秒間見つめ合っただけである。


「ふむ。次、蘇芳、と」

「わ、分かったよぉ」

「よっしゃ、来い!」


 蘇芳丸が鋼太郎の背丈に合わせ少し(かが)む。


 じっと、二人の視線が交差する。


 ゆらっ……


 蘇芳丸の瞳の奥に微かに揺らめく……よく見知った者の存在感を鋼太郎が感じ取る!


「ええっ⁉︎ わ、若の……『氣』が蘇芳の中に混じっている……⁉︎」

「はぁ? 一体どういうことだよ?」

「かくれんぼ、残氣」


 幹兵衛が蘇芳丸の中に違和感を感じ、確認したかったもの……だが彼の視力は酷く弱い。

そこで鋼太郎に頼んだのだ。


「そっか……今朝、じいちゃんばあちゃんを間違えなかったのはそのお陰か……ってことは、若に氣を送り込んでもらえたら、俺も忍びとして元服が……⁉︎」

「他力本願、若、嫌う」

「ははっ……だよな」


 一気に上がった情動が、幹兵衛の言葉で水を差されて、ひゅんと急降下。


「は、鉢のは、き、消えてるってこと?」

「俺の……あの時、若が指を鳴らしたような……それで術を解いてたんじゃないかな? 蘇芳は気失ったって聞いたから、たぶん消し損ねたんじゃねぇ?」


 鉢ノ助があっけらかんと答える。


「鉢、言う通り、たぶん」

「本当、不思議だなぁ」


 蘇芳丸が素直に感心している。


「……そ、そういえば、た、竹の皮にあった『例の件』って……な、何だろうね?」


 鋼太郎がぽつりと呟くと、同時に、梅丸が駆け戻ってきた。


「おーー、待たせたな!」

 

 大きく振るその手には折り畳まれた紙切れが一枚……吉伏城内の構造地図が握られていた。



◇◇◇◇



 夏空の下、辰ノ組が街道を走り抜ける。

忍び装束では目立ってしまうため、着込んだ上に、皆、着物を羽織っている。

……暑いなどと、言ってはならん。


 五人の中、一人この世の終わりのような顔をしたまま走るのは……鋼太郎である。


「鋼太郎、そう落ち込むなよなーー。俺だって、いつもの手拭い置いて来たんだぞーー?」

「だ、だ、だって、あの外套がないと不安で不安で……」


 鉢ノ助が慰めるが、鋼太郎は首を振る。

長い前髪が揺れ、目には薄っすら涙を浮かべている。


 今回の里長からの『おつかい』……諜報という名のただの盗み聞き。


 鋼太郎お気に入り、暗器がびっしりと仕込まれた黒外套(くろまんと)……その着用姿はまるで達磨(だるま)だ。

闇夜の森ならいざ知らず、街中ではあまりにも目立ちすぎてしまう。

目立つことは忍びとして致命的である。


 幼い時に襲われた熊との一戦から、武器が無いことに対する不安感が、鋼太郎は誰よりも強い。

それでも、泣く泣く、身に着けられる本数の苦無を身体にこれでもかと(まと)い、しょぼくれた顔で里を出たのであった。


「今回、駄目」

「あんな、がちゃがちゃした重てぇもの羽織って、よく駆けられるよな? 暑いし、重いし、本当に効率悪すぎ〜〜! 阿呆め!」

「うぅっ……」


 二人に言われて、余計に下を向いてしまう鋼太郎。


「諦めろ、鋼太郎。なぁなぁ、それよりさっきの話……若の言う『例の件』ってさ、やっぱり縁談じゃねえ?」

「おっ! ……やっぱ、そうなのか?」


 鉢ノ助の言葉に蘇芳丸が食いつく。


「確か、あんまり表沙汰にはなってないけど……吉伏城って、少し前に跡取りの若君(わかぎみ)を亡くしているだろ? そのお方の姉上、年頃のお姫様が一人いるって芽吹姐が言ってたと思うんだよね?」


 情報通、梅丸が追加する。


「でも、今日、出発、無駄に、早過ぎ」


 幹兵衛は何やら考えを巡らせているようだ。


「おっ! 見えて来たぜ!」


 蘇芳丸が指差す方を見遣ると、林の先、石垣の上に(そび)え立つ吉伏城が姿を現した。

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