集合
ばたばたばたばた……ばたん!
忍びがやたらと大きな音を立てて走り来ては、屋敷の戸を開ける。
里長屋敷でやろうものなら、上から大目玉だ。
「蘇芳……五月蝿い」
「幹兵衛! 大変だ……って……お前ら?」
すでに辰ノ組の皆が集まっていることに驚く蘇芳丸。
羽筒と話している間に、梅丸が二人の家を回って声を掛けたのだろう。
「う、梅が呼んでくれたんだ。わ、若達が居ないって?」
「一体どうなってんだ?」
鋼太郎と鉢ノ助も不思議そうに声を上げる。
「誰も何も聞いてない。汎様も何も言わないのが、かえって不気味……あ、一つ。笑いながら言ってた。『もし何かあれば、胡桃の首を刎ねるだけだ』って」
梅丸の言葉で幹兵衛以外の顔が青ざめる。
里長は、本当にやりかねないから恐ろしいのだ。
「さっき羽筒が、『二人は吉伏城から書状で呼ばれた』って言ってたぞ」
「城……」
蘇芳丸の言葉に何か引っ掛かるのか、梅丸が顎に手をやる。
「う、梅。な、何か知ってるの?」
「いや……前に花鳥衆と話してて、噂があるって……」
「噂? 何だ?」
「若を娶りたいっていう城主からの書状が沢山届くって……もちろん、他の依頼の書状もあるだろうが……」
「はぁ? なんだそれ? 若、男だろ? そういう趣味の城主なんて……だいたい汎様が許さんだろう?」
「もしくは縁談じゃねぇ? お姫様との……」
「あーー、それなら有り得るかも? ……だったら、里にとって良い話だろうに……ま、そちらに関しても、汎様が素直に許可するかはわからんが……」
鉢ノ助の思いつきに、同意する梅丸。
「……ど、どちらにしても、お、御得意先なら、無下にも出来ないだろうから……直接、話をつけに行った……のかな?」
鋼太郎が自信なさげに呟く。
「……他、何か」
「えーっと……あ! じいちゃんが『いつ帰ってくるかわかんねぇ』って……伝言は汎様に渡していたな」
「えっ⁉︎ それって……もう里に帰って来ないかもしれない……とか無いよな? 俺達が元服出来なそうだと見限って、とか……まさかーー」
鉢ノ助が冗談半分で話すが、まるで冗談に聞こえず。
しんと、部屋が静まりかえる。
「う、嘘! 今の無し‼︎」
気まずい空気の中、幹兵衛が静かに声を発する。
「汎様、直談判」
そう言って、音もなく立ち上がった。
◇◇◇◇
「二年ぶりに里に戻ったというのに、毎日、どいつもこいつも……本当に五月蝿いのう」
辰ノ組の全員で訪問した途端の里長の第一声。
里長屋敷では不機嫌を全力で露わにした里長が、囲炉裏端の床でごろごろと寝転がっていた。
若が近くにいないと、まるで別人かと思う程に態度が異なる……その点は胡桃と同じ。
この二人は何故かよく似ている部分がある。
「うちの子は大変だなぁ。愚図共の面倒を見ないといけないから……」
かくれんぼの失態を指しているのだろう……五人共、正座したまま、ぐっと身体に力が入る。
里長の話中は、当然ながら口を挟むことは許されない。
「本当、うちの子は甘いんだから……あの優しい子が心を鬼にしてお前ら五人衆を育てているのに……なかなか思うように育たない。俺としては、さっさと首を刎ねてしまいたいが……嫌われるのは、ちと困る」
右手を軽く振り、首を切る仕草。
顔は笑みを讃えているが、殺気は一気に膨れ上がる……話しながら、苛立ちが湧いてきたのだろう。
「忍びとは陰に生き死ぬ。命を惜しむなど恥」
五人、揃って首を縦に振る。
そう、忍びとは本来そういう生き方だ。
「だが、うちの子は違う。……長老共が生きとったら苦言を呈しただろうな、生温いと。……だが、新しい生き方を模索しているなら……応援したいのも、親心」
ふっと外の空に視線を移す。
「俺が高額な報酬依頼で動こうとも、他の忍び連中が必死に稼げども稼げども……食糧や土木治水や経費で銭はあーーっという間に消えていく……まったくどこへ消えるのやら……いい加減、うんざりする、この貧乏暮らし……俺は……正直、うちの子以外……里なんてどうだっていい‼︎ ……くそっ! あーー胡桃ずるいぞーー、あの野郎っ‼︎」
………………
後半は、里長からの叱咤というよりも、個人的な心の叫びと化している。
「はぁ……で、お前らは俺に何が聞きたいんだ?」
若が胡桃と二人で出掛けたことが大層面白くなかった里長は、単に溜まっていた愚痴を溢したかったようだ……ただの八つ当たり。
一通りむしゃくしゃした心の内を話し終え、ようやく五人に向き合った。
……再三言おう、この男、最強の忍びである。
「「「「「……」」」」」
機嫌の悪い里長相手、言葉を選びながら要件を伝える。
「はっ! も、申し上げます。わ、若が吉伏城へ出向したと耳にしたのですが……な、何かご存知でいらっしゃいますか?」
恐る恐る、鋼太郎が声を出す。
ばんっ!
床を叩く里長。
激しい音が響くが、床板を破壊すれば若に叱責される為、やや力は加減している。
「何も知らん! ……出掛けること、何で教えてくれなかったんだよぉ……。俺も一緒に行きたかったのに……」
里長に報告すれば当然、反対されるか、『俺がついて行く!』と駄々を捏ねるか、そのどちらかだろう。
だから、若は敢えて告げなかったのだろう……色々と面倒だから。
結果、里長は子供のように拗ねてしまった。
「申し上げます! 俺……父ちゃんは大好きだけど……任務が一緒は、嫌です! ……そういうことではないでしょうか?」
「えっ……そういうもんか?」
正直者の鉢ノ助の言葉に、こちらも素直に耳を傾ける。
少し嬉しそうに……。
「ふむ……」
しばし考えてから、ごそごそと懐からじいに渡された竹の皮を取り出し、皆に見せる。
紙は高級品、生活での書面のやり取りは竹皮を利用する。
『例の件で、吉伏城へ胡桃と出掛けて参ります』
竹皮には、たった一行、そう記されていた。
「……そうだ! お前ら、ちょっと『おつかい』して来い!」
ふと何かを思いついたのだろう、里長の瞳がきらきらと輝く。
これは……大抵、良からぬことを企んでいる時の里長の顔だ。
この御人も忍びであるのに、表情を隠すことをまるでしない。
最強であるがゆえ、傍若無人が許されてきたからこその所業。
「……『おつかい』……如何様、で?」
幹兵衛が渋々、伺い聞く。
「お前らさぁ、ちょいと吉伏城に忍び込んで、二人が城主と何話してるか、盗み聞いて来い‼︎」
「「「「⁉︎」」」」
幹兵衛以外の四人の顔が、瞬時に引き攣る!
「そ、そ、それは……わ、わ、若に叱られるのではないでしょうか?」
「ばれないようにやるのが忍びだろ?」
………………
正論だが、今、ここで行使するのは何かが違う……だが、誰も反論出来ない。
里長の命令は絶対だ。
「汎様……俺はまだ、若から研修任務の許しを得ていません……」
「蘇芳。これは任務ではなく、『おつかい』だよ?」
もはや、屁理屈である。
「じゃ、皆、うまくやるんだぞーー!」
そう言ってひらひらと手を振り動かし、里長は五人を屋敷から追いやるのであった。
◇◇◇◇
里長屋敷を追い出された五人は顔を見合わせる。
この里長の命令に『断る』という選択肢はない……やるしかないのだ。
「「「「「はぁーー」」」」」
全員揃って溜息を吐く。
「梅……花鳥衆。城、地図」
「はいはい、くのいちから調達してくるよ」
幹兵衛に促され、梅丸は青葉邸へと駆け出した。
今度は、幹兵衛がじぃぃっと蘇芳丸を凝視する。
「な、何だよ?」
首を傾げた後に、くるりと鋼太郎を振り返る。
「確認。鉢、蘇芳、二人の瞳、覗いて」
「え、え、えっ? 僕? あ、うん、分かった」
幹兵衛に言われるまま、鋼太郎は鉢ノ助の正面に立ち、長い前髪をさらりとかき上げる。
髪で隠されていた額の熊爪の傷と紫色の右耳が露わになる……どちらも痛々しい。
鉢ノ助の手拭いが巻かれた額部を押さえながら、そっと瞳を覗き込む。
………………
「う、う〜ん……み、幹兵衛……こ、これで何が分かるの?」
「⁇⁇」
鋼太郎も鉢ノ助も何が何だかわからない。
ただ超至近距離で数秒間見つめ合っただけである。
「ふむ。次、蘇芳、と」
「わ、分かったよぉ」
「よっしゃ、来い!」
蘇芳丸が鋼太郎の背丈に合わせ少し屈む。
じっと、二人の視線が交差する。
ゆらっ……
蘇芳丸の瞳の奥に微かに揺らめく……よく見知った者の存在感を鋼太郎が感じ取る!
「ええっ⁉︎ わ、若の……『氣』が蘇芳の中に混じっている……⁉︎」
「はぁ? 一体どういうことだよ?」
「かくれんぼ、残氣」
幹兵衛が蘇芳丸の中に違和感を感じ、確認したかったもの……だが彼の視力は酷く弱い。
そこで鋼太郎に頼んだのだ。
「そっか……今朝、じいちゃんばあちゃんを間違えなかったのはそのお陰か……ってことは、若に氣を送り込んでもらえたら、俺も忍びとして元服が……⁉︎」
「他力本願、若、嫌う」
「ははっ……だよな」
一気に上がった情動が、幹兵衛の言葉で水を差されて、ひゅんと急降下。
「は、鉢のは、き、消えてるってこと?」
「俺の……あの時、若が指を鳴らしたような……それで術を解いてたんじゃないかな? 蘇芳は気失ったって聞いたから、たぶん消し損ねたんじゃねぇ?」
鉢ノ助があっけらかんと答える。
「鉢、言う通り、たぶん」
「本当、不思議だなぁ」
蘇芳丸が素直に感心している。
「……そ、そういえば、た、竹の皮にあった『例の件』って……な、何だろうね?」
鋼太郎がぽつりと呟くと、同時に、梅丸が駆け戻ってきた。
「おーー、待たせたな!」
大きく振るその手には折り畳まれた紙切れが一枚……吉伏城内の構造地図が握られていた。
◇◇◇◇
夏空の下、辰ノ組が街道を走り抜ける。
忍び装束では目立ってしまうため、着込んだ上に、皆、着物を羽織っている。
……暑いなどと、言ってはならん。
五人の中、一人この世の終わりのような顔をしたまま走るのは……鋼太郎である。
「鋼太郎、そう落ち込むなよなーー。俺だって、いつもの手拭い置いて来たんだぞーー?」
「だ、だ、だって、あの外套がないと不安で不安で……」
鉢ノ助が慰めるが、鋼太郎は首を振る。
長い前髪が揺れ、目には薄っすら涙を浮かべている。
今回の里長からの『おつかい』……諜報という名のただの盗み聞き。
鋼太郎お気に入り、暗器がびっしりと仕込まれた黒外套……その着用姿はまるで達磨だ。
闇夜の森ならいざ知らず、街中ではあまりにも目立ちすぎてしまう。
目立つことは忍びとして致命的である。
幼い時に襲われた熊との一戦から、武器が無いことに対する不安感が、鋼太郎は誰よりも強い。
それでも、泣く泣く、身に着けられる本数の苦無を身体にこれでもかと纏い、しょぼくれた顔で里を出たのであった。
「今回、駄目」
「あんな、がちゃがちゃした重てぇもの羽織って、よく駆けられるよな? 暑いし、重いし、本当に効率悪すぎ〜〜! 阿呆め!」
「うぅっ……」
二人に言われて、余計に下を向いてしまう鋼太郎。
「諦めろ、鋼太郎。なぁなぁ、それよりさっきの話……若の言う『例の件』ってさ、やっぱり縁談じゃねえ?」
「おっ! ……やっぱ、そうなのか?」
鉢ノ助の言葉に蘇芳丸が食いつく。
「確か、あんまり表沙汰にはなってないけど……吉伏城って、少し前に跡取りの若君を亡くしているだろ? そのお方の姉上、年頃のお姫様が一人いるって芽吹姐が言ってたと思うんだよね?」
情報通、梅丸が追加する。
「でも、今日、出発、無駄に、早過ぎ」
幹兵衛は何やら考えを巡らせているようだ。
「おっ! 見えて来たぜ!」
蘇芳丸が指差す方を見遣ると、林の先、石垣の上に聳え立つ吉伏城が姿を現した。