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忍リクルート  作者: 枝久
五、

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31/96

蓮姫からの書状

 ようやく空の闇が薄らぎ、淡い光が地平から溢れ出す頃、私と胡桃は静かに屋敷の戸をくぐった。


 まだ皆が寝静まっている時間帯かと思ったが、花鳥衆の羽筒(うづつ)が木の側で何やら作業しているのが見えた。

こそこそと何をしておるのやら……まあ、人に知られたくない事の一つや二つ、誰にだってある。


 好奇心の塊の彼女の為に、噂の種を蒔いてから、里を後にした。


 何も教えずに隠そうとすれば、人はそれを無理にでも暴こうとする、天邪鬼な生き物。

適量の情報を与えることも時には必要であろう。


 街道を胡桃と並び、走る。


(れん)姫様から直々に依頼とは……何事ですかね?」

「詳しくは書かれていなかったが、彼女からの(ふみ)は初めてだからね……しかも卯ノ刻の到着を(わざ)々希望するとは、余程のことだろう。……こちらとしても丁度いい、例の件を城主殿にそろそろ切り出そうと思っていたから……」


蓮姫様は吉伏城の姫君である。年は確か私と同じ。

弟君が春先頃に(やまい)で亡くなり、城の後継者問題の渦中にいる。


 浅緋の里と吉伏城主との付き合いは長く、以前から懇意にさせて頂いている。

度々、依頼を頂き、それに見合った報酬を与えて下さるのだが、我らをお抱えの忍びに出来る程の財源はこの城には無い。

それを互いに了承した間柄でのやり取りが長く続いているのだ。


 この調子で行けば予定の刻に辿り着く。

走りながら、姫様の顔を思い出す。

以前会ったのはもう何年前だろう……五年前くらいになるだろうか?

弟の若君の出生祝いで父上と城に参上した時が最初で最後。


 蓮姫様はどちらかといえば勝気(かちき)な性格の姫君だ。

自ら馬に乗り、弓を引く。

あれからどの様に成長なさっているか……。


「厄介事でなければ良い、と願うばかりだ」


 そう呟き、北東へと足を進めた。



◇◇◇◇



 姫様からの書状には『城門からでは無く、部屋へ直に忍び来て欲しい』とあった。しかも私を御指名。

……やはり何やら訳あり。

他には聞かれたくない話なのだろう。


 姫様の寝所(しんじょ)……婚姻前の女子(おなご)の部屋への侵入とは……見つかれば捕らわれ殺されてもおかしくない状況。

何かの罠かとも考えたが、人払いしてあり側仕(そばづか)えの従者は誰もいない。


 約束の頃合いで、ふっと術を解き、姫様に声を掛けた。


「蓮姫様、お久しゅうございます。お約束通りに()せ参じました」

「おぉ、よくぞ参った!」


 突然姿を現した来訪者に慌てる様子も無く、言葉が返ってくる。

本当に、(きも)()わった姫様だ。


「苦しゅうない、(おもて)を上げ、あらためて名を申せ」

「はっ! 浅緋の里長代理……若丸と従者の胡桃にございます」


 名乗り、土下座から顔を上げる。


 幼い時に会った面影も残る、凛々しい顔に成られた蓮姫様……同い年のはずだが、私よりも背が高く、少し年上に見える。

彼女の真っ直ぐな視線が私と胡桃へと交互に向けられる。


「では、もっと楽に話そうぞ。……それにしても見事! こちらで指定しておいてなんだが、突如現れたのには真に驚いた」


 蓮姫様は足を崩して、けらけらと笑う。


「忍ぶのが我らの仕事ですからね」

「うむ。それでこそ、頼むに値する」


 依頼……吉伏城主の冬実(ふゆざね)殿ではなく、姫様から直々とは……お家騒動に関わる件……か?


 これは今までの依頼とは異なる。

父上に断りなく、勝手に受けても良いものか……?


 胡桃に横目で視線を送ると、同様のことを考えていたのか、(かす)かに首を横に振る。


何故(なにゆえ)、一度しかお会いしてない私を信用して下さるのですか?」


 聞きたかったことを素直に問う。


「浅緋の里の忍びが優秀なのは言わずもがな、だ。それに、会ったのはたった一度きりだったが……最強の忍びと呼び声高い、噂の里長殿を……幼き其方(そなた)が掌で転がす(さま)は、いまだ忘れようとも忘れられぬ」


 にやりと口の端をつり上げる。


「……お恥ずかしい限りです」

「いやいや何とも頼もしく感じたぞ。だから此度……其方に……(わらわ)婿(むこ)殿になって頂きたい」


 予想外の言葉を放ち、姫様はそっと頭を下げた。


「なっ⁉︎」


 私よりも先、胡桃が咄嗟に声を上げる!


 父上が勝手に画策している私の……『若の婿入り計画』……まさかここで、蓮姫様からも提案が上がるとは……何故? 

……偶然か?

しかし、この件について吉伏城は対象候補から除外されているはず……財力面での基準に満たなかったからだ。


「姫様! お言葉ですが、若は我が里の次期里長! 婚姻を容易く許すわけには参りませぬ!」


 胡桃が堪らずに口を挟む。


「ふふっ、あくまで『振り』よ……装って、情報操作して欲しいのよ……しかも語弊があったわね。『婿』だけど『嫁』の振りをして欲しいの」

「「⁇⁇」」


 (おっしゃ)っている意味が全く分からない。

私と胡桃、同時に怪訝(けげん)な顔になる。


「女が城主になると知られては、軽んじられ、城が狙われる。亡くなった弟の代わりに従兄弟を養子で迎え入れる予定だが、その子もまだ幼い」


 ふっと視線を下げ、話を続ける。


「妾が婿を取ろうにも、寄ってくるのは狐や狸ばかりで、城を任せられるような信頼できる男がおらぬ……だから、幼な子が立派に育つまでの繋ぎとして、妾が何としてもお役目を果たさなければならない」


 姫様の握る拳にぐっと力が入る。


「弟君の死は……(おおやけ)にはなっておりませんね?」


 私の問いに、こくんと頷く。


「そのせいで母上は心を病んでしまわれ、(とこ)に伏せっておられる」


 一瞬、哀しさを瞳に滲ませるが、すぐに元の表情を取り戻す。


「つまり、蓮姫様は男性の振り……偽の養子の次期城主……『架空の若君』としてお振る舞いになる。婚姻の儀を上げれば箔がつき、噂も広めやすい……と。お父上……冬実殿は何と?」

「一時的とはいえ、妾が継ぐことに猛反対しているわ。役不足と思っているのでしょう……(あなど)られたものだわ」


 苦悶の表情を浮かべ、吐き捨てる。


 己の実力ではなく、性差により否定される……姫様というのも、たいそう生き辛さのある御身分だ。


「冬実殿の人となり、(はた)から見て、良き君主でいらっしゃいます。……父君は娘の幸せを願うものかと……」

「……そうかもしれない……そうじゃないかもしれない……。ただ一つ言えることは、妾の幸せは妾が決めるわ」


 そう言って、真っ直ぐな視線を我らに向ける。


 ………………


 ふぅっと溜息を吐き出して、私は姫様にお訊ねする。


「……我らは、如何に?」


 私の言葉で、ぱぁっと明るい表情になる蓮姫様。

笑うとさっきよりも幾分、幼く見えた。


「一度、ここを抜け出し、あらためて、嫁ぐ『姫』として再度、城門から訪問してほしいわ! 簡素ながら、婚姻の儀を近日中に執り行いたい」


 ……随分とややこしいお願いをなさるもんだ。


「門にいる城番にはこちらから話を通しておきましょう」

「いえ、それには及びませぬ。容易く通して頂けますから。では、失礼致します。また後ほど……」


 ふっと笑い、私と胡桃は姫様の前から音もなく姿を消した。



◇◇◇◇



 辰ノ刻、蓮姫の御所望通り、着物を替え、改めて城の門前へと進む。

先程の忍び装束ではなく、旅姿の姫と従者としての変装だ。


「胡桃……どこか、可笑(おか)しくはないか?」

「和迦様は何をお召しになっても愛らしいですよ」

「……」


 美しき従者の口からは、私の求める答えがまるで返って来ない。

 

 立派な城門、その門前に立つ城番の問答に答える。


「失礼、お美しい旅の御方……我が城に如何用(いかよう)が?」


 何やら頬を赤らめている男。

……まあ、この胡桃を真近で見たら、老若男女問わず、誰しもがそうなる。


 城番に深々とお辞儀をし、そっと胡桃が(とろ)けるような甘い声を放つ。


「此度、こちらの吉伏城に嫁がれる、我が姫様をお連れ致しました」

「はて? その様な話は……」

「次期城主殿の婚姻の儀がありますでしょう?」


 ………………


「……おお、そうであったな! どうぞ中へ」


 胡桃の言惑操術により、城番はいとも簡単に追及を止め、城の中へと招き入れた。

……城の警備がこの(ざま)で大丈夫かと、少し不安になる。


 城門をくぐり抜けようとした瞬間……。


 ふっ……


 とても馴染みのある氣を里の方面から感じ、思わず、はっと振り返る。


「姫様?」

「……はっ! 私か‼︎」


 胡桃は私を姫呼ばわりする事をいたく気に入ったのか、幾度となく呼んでくる。

不慣れなせいか、反応が少し遅れた。


「如何なされました?」

「嫌な予感がする……今はまだ、その様にしか言えぬ……」


 空は青く青く、晴れ渡る。

だが、この晴れ方では夕立ちが来るやも知れん……こちらもあちらも嵐にならんことを祈ろう。



◇◇◇◇



 私と胡桃は重要な客人として、(とどこお)りなく、天守閣の最上階の広間へと案内される。


 途中、我らの様子を伺う城の家臣達とすれ違ったが、その度に片っ端から術を発動していく胡桃。


「どうしたのだ? …… 随分と機嫌が悪そうだが……」

「貴方様の御姿を、出来るだけ他の者どもに(さら)したく無いだけです」


 ふいっと横を向きながら胡桃が呟く。


 ………………


 何だ⁉︎

やはり、何処か可笑しかったのか⁉︎


 ……面と向かっては言いづらかろうとも、出来れば教えて欲しかったな……少し悲しい気分で、城内を歩き進んだ。


 吉伏城は小高い丘に築城された平城だが、最上階から眼下を見下ろせば、管轄地の平野が遠方までよく見渡せる。

無意識ながら、ついつい里の方面を眺めてしまった。


 広間で頭を下げた姿勢、時を開けずして、御二方がいらっしゃった。


(おもて)を上げよ」


 お言葉に従い、顔を上げる。


 そこには険しい顔の冬実殿、その奥に控えた嬉しそうな蓮姫様……見事に対照的な御二方がこちらに向いている。

人払いされているのか、この場にはたった四人しかいない。


「浅緋の若殿。いつも良い働きをしてくれておることは理解しておるが……此度は……流石に無茶であろう。うちのが無理難題を申した。……(わし)は反対じゃ」


 蓮姫様をちらりと見遣り、城主は溜息を吐く。


「父上! これは我が城の未来の為です!」


 蓮姫様も毅然(きぜん)とした態度で、けして譲らない。


「しかし……それでは……お前の嫁ぎ先が無くなってしまうではないか」


 やはりそれを危惧されていたのだな。


「城を奪われれば、幸せなど無いも等しい……この城の為に生きることこそ、我が幸せなのです! この領地を……妾は護りたいのです!」

「……」


 冬実殿は顎髭(あごひげ)を撫でながら、黙り込んでしまった。


「殿、ご無礼承知で申し上げます。蓮姫様は覚悟を持っておられます。……ならば、私は動きましょう」


 吉伏城に対し、浅緋の里は恩義がある……何より、私自身が蓮姫様をお助けしたい。

これは……境遇への共感なのだろうな。


「では、妾はこれから支度をし、次期城主『一蜂(いちほう)』となって参ろうぞ!」

「では……私のことは『(なぎ)』とお呼び頂きましょう」

(なぎ)姫様‼︎」


 胡桃が(たま)らず、最初に声を上げてしまった。


 胡桃よ……流石にそれは不敬だぞ?

私に関わる事だと、彼がいつもの礼節を忘れてしまう……何故⁉︎


「はて……どれだけ騙せるものだろうか……」

「人の噂……尾鰭背鰭(おびれせびれ)が付いては、勝手に転がり行きます。思惑を持って転がせば、尚のこと。操ってご覧に入れましょう」


 私と胡桃が深々と頭を下げた。


 その瞬間……。


 どぉぉぉぉぉん!


 外から爆発音が鳴り響く!


「何⁉︎ 曲者か‼︎」


 ぴたっ!


 私と胡桃は一瞬、静止する。

無表情のまま……。

ちらりと横を見ると、美しい胡桃のこめかみには青筋がくっきりと浮き出ている。


 この失敗作な焙烙玉の音には聞き覚えがある。

……後で説教が必要だな、鉢ノ助。

卯ノ刻 : 午前5〜7時頃

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