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忍リクルート  作者: 枝久
四、
28/89

拾われ子③ ー捨て駒ー

 屋敷に三人が戻った気配……思っていたよりも早かったな。

読みかけの書をそっと閉じ、棚に仕舞う。


「若、只今戻りました」


 頭を下げ、静かに書庫の戸を開けた青年。


「お帰り、胡桃」


 心無しか……美しい顔がいつもよりも、さらに柔らかい。

何か良い事でもあったのだろうか?


「……玄さんに会って来ました」

「そう……彼は元気そうだったかい?」


 野暮用なんて言うから、何かと思えば……蘇芳丸達を引き会わせたかったのだな。なるほど。


「えぇ、()の方は相変わらずでしたね。仕事もお忙しそうで……そうそう、若に言伝(ことづて)です。『貴方様のお陰で今日という日を生きています』……と」


 そう言って、にこりと微笑む……町娘が見たら、気絶しそうな神々しさ……光って見えるぞ?


 胡桃がそっと、懐から書状と小さな竹包みを取り出した。


 『玄武屋』も情報源の一つだ。

宿に泊まり、国を往来する武士達の動向は無視できない。

定期的に里からも使いを出し、やり取りを交わしているのだ。


 玄は、父上の顔を立て、表向きは抜け忍という形となってはいるが、今でも里にとって大切な任務を担ってもらっている……そう、私から願い出た。

実際、重要な役割だ。


 受け取った書状を開き、中身に視線を走らせ……私は深い溜息を吐き出した。


如何(いかが)されました?」

「……どうやら、私も……動かねばならんようだ」


 胡桃の片眉がぴくりと動く。


所詮(しょせん)、我らは拾われた……捨て駒です。若の如何様(いかよう)にもお使い下さい」

「胡桃……前にも言ったが、その言い様は好ましくないよ。……だとしたら、その命を私の為にも……末永く大切にして欲しい」


 胡桃に真っ直ぐ視線を向け、伝える。


 里長……父上は、昔から(いくさ)帰りに孤児を拾ってきた。

それは、けして情なんかではなく、ただ利用する為に……。


 『元々は道端に捨てられていたような命だ、どう取り扱おうと、拾い主の勝手』

そう、出会いという(えにし)のあった者を軽々しく(もてあそ)ぶ。


 私が産まれてからは、幾分(いくぶん)ましになったかとは思うが、今度は、私への土産物の玩具(おもちゃ)として連れ帰ってきた……。


 父上にとって、私の命以外は全て軽いのだ、自身のも含めて……。


 私はそれが……その考えが……酷く嫌いだ。


「では、若の仰せのままに……生きましょう」


 胡桃がふわりと頭を下げた。


「さて、ではこちらは……」


 話を切り替えようと、もうひとつの土産の竹包みを開く……中からは美しい(くし)が……。


「あぁ、あと半年で若も元服ですからね。その為の贈り物でしょうね」

「そうだな」


 まだ半年ある……いや、あと半年しか無い……。


「若……いえ、和迦(わか)様。何なりとご命令を」


 胡桃が珍しく、私の名前を呼んだ。



◇◇◇◇



 胡桃に雑務を任せ、私は木賊(とくさ)の家……幹兵衛の所へ足を運んだ。

庭には見慣れない草……薬になるのだろう、育てて、掛け合わせて……研究熱心だ。


 それでも、彼の身体はいまだ元の通りにはなっていない……それが何を意味するか。


「幹兵衛、話す時間は少し取れるかい?」

「今、大丈夫、だよ」


 眼鏡の奥は無表情……だが私には微笑みに見える。


 庭を眺めながら、幹兵衛のお気に入りの(よもぎ)茶を頂く。

彼の隣は、なんだか心地が良い。


 私と幹兵衛、蘇芳丸は乳飲み兄弟だ。

母のいない私達に、幹兵衛の母上、(せり)殿が乳を与えてくれたのだ。


「……お前の考えを聞きたくてな」

「 うん」


 ぼんやりとした視線を私に向けてくる。


 辰ノ組で最も博識で技術も高い男……毒さえなければ……あの時……本当は、私だったのに……。


 時は戻せないのに、つい、考えてしまう悔恨。


 私のせい……。



◇◇◇◇



 四つの時、私と幹兵衛が遊び誤って、里から抜け出てしまったことがある。


 陽が落ちた頃ーー


 誰かが我らのいないことに気づき、探しに来てくれるまでここでじっと待とう……そう隠れていたところ……荒魂川に毒を流そうとする隠者と遭遇した。


 阻止を図った際に、幹兵衛が私を庇い、毒薬を頭から被った。


 皮膚は(ただ)れずとも、神経毒。

飛び散った滴が目と口から体内に侵入し、毒は幹兵衛を殺しかけたのだった。


 じわじわと、侵食していく……それは今も……。


 里に来て初めて、胡桃が術を展開したのは、その時だったな……。


「あの時、胡桃。お陰で、僕、命拾い」

「そうであったな……」


 私と同様、幹兵衛もあの時のことを考えていたか。


「僕らの、軽い、命」

「そう……言っては、欲しく無いな……私にとっては、大切な友の命だ」


 あの時、里を狙ったのは父上への刺客……父上の生まれ故郷からやってきた忍び……既に壊滅したと音に聞いた、忍び里からの亡霊だ。



◇◇◇◇



 幹兵衛はあの毒の一件で知ることになったのだ……里の秘密の一つを……。



 浅緋の里の始まりはそう古くない。

順当に継げば、私が五代目……の片割れだ。


 血統は代々、女児が継ぎ、婿(むこ)が表向きは里長となる。


 若かりし頃に母、茉莉(まつり)は父、(ひろむ)をどこかかから拾ってきたそうだ。

……元拾われ者は、彼女の為だけに生きると、心に決めた。


 二人は結ばれ、やがて私を産み……そして母上は亡くなった……。


 浅緋の直属の血筋……子を孕み、産み落とすと、同時に、命も落とす……女児しか産まれない……まるで呪いだ。


 ……父上は知らなかったのだ、母上が教えなかったから。

もし教えていれば……きっと、子は成さなかっただろう。

だが、母上は愛する父上との子を、どうしても産みたかったそうだ……。


 絶望と共に産まれた、希望。

私を育てることが父上の生きる糧となったと聞いた。


 幼い頃、母上は身体の弱い御人だったと聞かされていたのだが……里長代理となり、書物から里の真実を色々と知ることとなった。




 そして、時は流れ……。


 父上は私に、『女』ではなく、『男』としての元服を願っている。


 馬鹿げているとしか言いようがない、荒唐無稽(こうとうむけい)な話……だが、本人は至って大真面目なのだから厄介。


 有力な城主の姫に婿入りさせ、末永く豊かに暮らせるようにと……。

そうすれば、子を成して死ぬこともなく、食うにも困らぬ、と。


 色々と暗躍しているのは知っていたが、まさか、現実に叶えようとしているとは……頭が痛い。


 浅緋の里の忍び達は、私が婿入りする際のただの付属品……そのように考えている。

使えなければ、殺せばいい。

代用はまた拾えば良いと……。


 辰ノ組をさっさと元服させ、危険な任務に従事させたいと考えているのだろう。

付属品の価値を上げる為に……。

そう、父にとっては私以外、どうでもいいのである。


 ……そんなこと、私は望んではおらぬのに。


「和迦、どうした?」

「あっ、いや、何でもない」


 幹兵衛の声ではっと我に帰る。


 胡桃の操術で認識の歪みを起こさせてはいるが、察しの良い者は気づくし、鈍い者はそもそも疑いもしない。


 それで良い……里の皆の中に、(わざ)々、大声で私のことを吹聴するような(やから)も居ない。

……そんなことをすれば、父上に存在を消されかねないからな。


 辰ノ組で唯一私が女だと知るのは、幹兵衛のみ。気を許した時のみ名前で呼んでくる。

だが、彼も他言無用。


 鉢ノ助と鋼太郎は薄々、勘づいているかもな……蘇芳丸と梅丸の二人は……ありゃ気づかんだろう。


「幹兵衛は……辰ノ組は元服できると思うかい?」


 少し意地の悪い問いかけ……以前から、幹兵衛に聞いてみたかった。


 此度のかくれんぼで、皆の能力の可能性を垣間(かいま)見ることができたのは収穫だった。

伸び(しろ)は、まだまだ未知数。

得手、不得手があるのは当然で、人間である以上、完璧などは不可能。

どこまで、補いきれるか。


 ……私とて、迷いはある。

全員の望む道を歩ませてやりたい。

だが出来れば、生き残る可能性の高い道を各々に薦めてやりたい。


 『正しい』とは、一体何なのだろう……?


「出来る、いや、する。僕ら」

「そうか……はっきりと言い切るなぁ」

「うん。和迦、僕ら、のこと、大事、だから」

「ふっ、そうだな……お前は……私のことをよく分かってるなぁ。……まぁ、最後は蘇芳と……梅、次第かな」


 ははっと、なんだか素直に笑えた。

腹の内を話せるというのは、何とも気分が良い。


「以前、鉢ノ助に言われたなぁ。『若は隠し事が趣味だ。……と梅が言ってた。だけど、なんかあれば言って欲しい!』と」

「鉢……正直、過ぎる」


 無表情眼鏡の奥で呆れ顔になる幹兵衛。


「……時がきたら、話せることを話すさ。だから、幹兵衛も無理はしないでくれよ」

「うん。ありがと。若も、ね」

「ご馳走様、またな」


 礼を言って、木賊の家を後にした。


 ……毒に侵された彼の身体は、あとどれくらい持つのだろうか?


 やらなければならないことは、まだまだ山積みだ。

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