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忍リクルート  作者: 枝久
四、

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拾われ子② ー野暮用ー

 蘇芳丸が小声で梅丸に文句を付ける。


「お前、何てことしてくれたんだよ! よりによって胡桃兄が出て来ちまったじゃねえか!」

「だって、本当のことじゃん! 俺達、元服出来なかったら、この先どうすりゃいいんだよ⁉︎」


 二人がこそこそと話すのを、横目で見ていた美しい青年が言葉を発する。


「蘇芳、梅……座れ」

「「‼︎」」


 すとん……


 魔性の声音(こわね)の命令は、二人を瞬時に正座させた。


「俺はいくらでもお前らを操ることが可能だ。勿論、この場で廃人にすることも出来る。……分かるよな? いいか、心して聞け」


 静かな声の中に、強い怒りを孕んでいる。


「「は、はい……」」


 気迫に気押され、二人は青ざめた顔でそう答えるのが精一杯。


 胡桃の自称は君主が離席した途端に『私』から『俺』へと変わり、綺麗な顔からは微笑が消える。


「意識的に抑えれば、通常の会話は可能だ。これ以上、お前達に面倒を掛けられては困るからな」

「「も、申し訳ありません……」」


 辰ノ組からすれば、里長は当然ながら畏怖(いふ)の対象だが、それ以上に身近で恐ろしい存在は、間違いなくこの男である。


「俺もお前らと同じ拾われ子だ。だが、自分の意思で今、忍びとしてここにいる」


 胡桃が二人を交互に見て、溜息を溢す。


「全く、若は優しすぎる。忍びの里長代理がここまでの情けをかけているのに、お前達は何も気づかずか……」

「⁇⁇ 若は俺が嫌いなんだろ? だから嫌がらせして……」


 ごんっ!


 蘇芳丸の頭に重い一撃が降ろされる。拳骨(げんこつ)


「ぐぅっ!」


 辛うじて、体勢は崩さず、頭部で受け止める。


「脳味噌まで筋肉か? このうつけが。お前の目玉は一体何を映しておるのだ?」

「な、何って……」

「あの方は、昔も今も変わらない。お前の知る幼い頃と何も……だから、危うい」

「……」


 蘇芳丸が俯き、考える。

思考を働かすのが不得手な少年は、胡桃の言わんとする事への理解が追いつかない。


「梅……分かるか?」


 隣の、己より賢い小柄な少年にこそっと助けを求める。


「……若が本当に俺らのこと嫌いだったら、とうの昔に抹殺されているだろうし、厳しさは俺らを想った優しさの裏返し……ってことじゃない?」

「なるほど!」


 ぱぁっと明るい顔になる蘇芳丸を見て、胡桃と梅丸は呆れ顔になった。


 そこまで言葉にしないと、この少年には伝わらない。


「若は……お前達自身に選ばせようとしているのだ」

「何をです?」

「己の人生を、だ。……忍びなのに、有り得ないだろう?」

「「⁇⁇」」


 二人の困惑した表情を見ながら、はっと胡桃は何かを思いつく。


「少し出かけるぞ。付いて来い」

「「……」」


 そう青年が声を掛けるが……二人は立ち上がらない。


「どうした?」

「「あっ……あのぅ……動けませぬ……」」


 胡桃の放った一言目の効力で二人は正座を崩せないまま。


 胡桃は深く深く溜息を吐くのだった。



◇◇◇◇



 里長はじいとばあから何やら要件があったようで、早朝から留守にしていた。

二年も空けば、頼み事も積もる。


 三人は簡単に支度をし、外出の手筈(てはず)を整え、書庫に篭もる若に声を掛けた。


「少し野暮用で、町まで行って参ります」

「そうか……気をつけてな」


 胡桃に一任している以上、若は余計な口出しをしない。

ちらりと蘇芳丸と梅丸に視線を走らせるが、表情は眉一つ動かさなかった。



◇◇◇◇



 浅緋の忍び里は、外界から易々と侵入出来ないよう仕掛けが施してある。

里長屋敷とは真逆の方位、南側の小さな(やしろ)を抜けた先が、里の外だ。


「町かぁ……」


 笠をずらして晴天を仰ぐ蘇芳丸。


 胡桃に従い歩くが、研修任務につけていない少年が浅緋の里を出るのは、一体いつぶりだろう?


「昔、幼子らが里から迷い出てしまい、重症を負った件がある。それ以来、さらに巧妙に仕掛けてある」

「あぁ、幹兵衛の……」

「なんだ、梅。知っていたのか?」


 胡桃が意外そうに顔を向けた。


「情報が嫌でも山程、耳から入ってくるんだよね……嘘か真かは知らないけど」

「花鳥衆か……だが、情報は戦う上で何より力を持つ。時には体術や忍術よりも……」

「ふぅん、そういうもん?」


 蘇芳丸は不思議そうに首を傾げる。

力の強さこそ最強だと信じて疑わない少年、まだまだ青い。


 近くの畔柳池はまだ辛うじて水が残っており、蛙の鳴き声が響く。

南の社前で立ち止まり、胡桃が二人に向き直った。


「蘇芳、梅……ここから出たら、お前らはただの農民だ」


 二人に向け胡桃が操術をすぅっと掛ける。


「お前達はある意味目立ってしまうからな、特に蘇芳」



◇◇◇◇



 浅緋の里から五里程離れた所に城下町は広がる。

春日代(かすがよ)城の周りは華やかだ。

以前はここまでではなかったが、人の往来が活発になることで少しずつ発展を遂げてきた。


「やだ、このお兄さん別嬪(べっぴん)さんじゃない!」

「こっちの子も、可愛いわ!」


 茶屋の前で、予想外に呼び止められてしまった。


 目立たぬようにしていたはずが、目敏(めざと)女子(おなご)達に囲まれる、主に胡桃と梅丸が……。


 二人共、困惑した顔だが見ず知らずの者達を無下(むげ)にも出来ず、店主の爺が出て来るまで、(しば)し足止めを喰らった。


「俺に目立つなって言った癖に……」


 嫌味を言う蘇芳丸をじろりと胡桃が睨む。


「っつうか、胡桃って、こんなに話すんだね。知らなかったよ」


 空気を読む梅丸が話を()り替える。


「言葉を意識して抑えねばならぬから、疲弊する。だったら、黙る方が得策だ」


 ふぅっと溜息を吐く。


「だが、先の時みたいでは、どうにもならん」

「女子には効かないんだっけかね。あ! 何か見えてきた!」


 梅丸が何かを見つけたのか、嬉しそうな声を上げる。


「そうだ。お前達を連れて来たのは、あれが目的だ」


 胡桃が指差したのは宿屋の看板『玄武屋(げんぶや)』。


 城下町の一角、街道沿いは宿屋が立ち並ぶ。

国同士のやり取りに出向く上級武士は宿を使う、中々に繁盛しているようだ。


 胡桃が話すと同時に、男が一人、店内から表へ出て来た。

まるで、三人の訪問を察知したかのような拍子。


 その男に声を掛ける。


「久方ぶりです、(げん)さん」

「おぉ? 誰かと思えば……胡桃丸か! 随分、大きくなったな。何処ぞの姫様かと思ったわい」

「……相変わらず、昔と同じ事を……。俺も元服したので、今の名は胡桃です」

「そうかそうか!」


 邂逅(かいこう)で二人とも顔が(ほころ)ぶ。


 すると今度は玄が蘇芳丸を見つけ、嬉しそうに近寄る。


「いやぁ、随分でかくなったな、蘇芳丸! 昔はよく遊んでやったんだぜ? まぁ流石に覚えてはいないか」

「えっ⁉︎ す、すんません……俺、全然覚えてなくって……」


 申し訳無さそうに首をすくめた。


 ぺこっ。


 次いで、梅丸とも挨拶を交わす。


「立ち話もなんだ。ほら中に入って、茶でも飲んでいけ」

明るい青年が三人を中へ促した。


 後ろ向き様、玄が差し出す書状を胡桃は(ふところ)にそっと仕舞った。



◇◇◇◇


 こぽこぽっ……


 玄が淹れた茶から良い匂いが漂う。


「改めて、俺の名は玄、幼名は玄丸。元服を迎えずに、忍びを抜けた、元拾われ子。つまりはお前達の先輩だ」


 自己紹介に蘇芳丸と梅丸の顔が凍りつく。


「抜け……忍……?」

「まぁ、そうなるかな」

「蘇芳が三つ、俺が里に来た年に、里を出た御人だ」

「俺が三つじゃ……覚えて無いですね」


 抜け忍ともなれば、里の者がその名を口に出すことも無い。


「胡桃は今いくつになった?」

「十七になります」

「俺は二十六だ。時が経つのは早いなぁ……」


 茶を啜り、遠くを眺める。


「どうして……」


 三人の会話を静かに聞いていたが、それ以上の問いをうまく言葉に出せない梅丸。


 玄はじっと少年を見つめた後、にこりと微笑む。


「年頃だなぁ……俺も散々、悩んだもんだ」


 梅丸の頭をがしがしと撫でる。


「あの時、俺は死んだ、筈だった……でも、また拾われちまった命だよ……若に、な」

「「⁇」」


 蘇芳丸と梅丸は揃って不思議そうな顔をする。


 青年を生き永らえさせたのは、当時、(よわい)三つの若だったのだ。


  玄は懐かしむ様な目をして、話し始める。


「俺が四つの時、汎様に拾われた。それから、兄弟の様に共に里長屋敷で暮らしたんだ……。だが、頑張れど頑張れど……焦がれる存在の足元にも力は及ばず……俺は随分と腐っちまった……」


 一番近くで追い求めたのが、桁違い、鬼神のような忍び。

比べる程に、卑屈へと落ちぶれていく。


「そして……間に合わなかったのだ。元服の時、俺の首には刃が突き立てられた。兄者と呼び慕う汎様が自らの手で俺を終わらせようとした。……当然だ。こんな出来損ないを拾ってきたことが、恥なのだ。元服出来ない俺を消し去ることが、せめてもの情け……」


「いや……玄さんは、強いですよ」


 胡桃が言葉を挟む。

あまりに卑下するのが聞くに耐えなかったのだろう。


「胡桃は買い被りすぎだよ……」


 ははっと自嘲気味に笑う。


「既に覚悟は決まっていた。そして、首が落ちる寸前……突如、庭に若が入ってきたのだ。とことこと歩み近寄り、可愛いらしい手で汎様の足にしがみついた……」


 何かを察したのだろうか、何処まで理解できていたのだろうか……。


「そして『めっ』と一言……。汎様は若のその言葉で、刀を仕舞った。そして、俺は……今もこうして生きている」


 ただその二文字が、少年の命を繋げたのだった……。


 玄の話を皆、静かに聞いていた。

(それ)々に、心に何を思ったのだろう。


 表通りを楽しそうに笑い歩く、町人の声だけがやけに部屋に響いたのだった。



◇◇◇◇



 玄は里から訪ねてきた三人に、己の昔話をいろいろと聞かせた。


 そろそろ宿屋の仕事が忙しくなる時間なのだろう、何やら奥から慌ただしさが伝播(でんぱ)してくる。

そろそろ潮時(しおどき)か。


「何かあればいつでも訪ねて来れば良い。元服出来なきゃ、うちで雇ってやるさ」

「縁起でも無いこと、言わんでください!」


 けらけらと笑う青年と慌てる少年。


「元服出来ねば……忍びではない……未来……?」


 ぼんやりと二人を眺める梅丸。


「梅……我ら拾われ者達の行く末は、決して閉ざされてはいない。そこに若がいれば……」


 胡桃が少年の肩に手を遣る。


「そうだ、胡桃。これ……若に渡して……伝えてくれ」


 そっと小さな竹包みを玄が土産として託した。


「俺は貴方様のお陰で、今日という日を生きている、と」



 宿屋の暖簾(のれん)をくぐり出て、里へと続く道を三人は戻り帰る。


 蝉が近くで鳴き出した。

これから益々、騒がしくなる季節が来る。

皆、前を向いたまま、言葉を紡ぐ。


「四人だな」

「敵?」

「いや、ただの人攫(ひとさら)いだろう」


 胡桃達から少し距離を空けた後ろを男達が尾けてきていた。


「梅目当てかな?」

「胡桃なら高く売れるんじゃない?」

「蘇芳も奴隷には最適だ」


 お互いに(けな)し合いながら進む。


 往来がある場で襲撃してくるほど、(ぞく)も愚かではない。

町から外れて、人目が無くなった所を狙うだろう。


「あの先を曲がったらお前らの術を解く」


 胡桃の言葉に頷く二人。


 視線の先には、店々が軒を連ねる壁の曲がり角。

くるりと曲がり、青年は甘い声を発する。


「蘇芳も梅も農民ではない……お前らは……忍びだ」



◇◇◇◇



「おい梅、さっきの見たか? あいつら狸に化かされたみたいな顔してやがったぜ!」


 蘇芳丸が心底、楽しそうに笑う。


 近頃では珍しい、少年らしい本来の有様(ありよう)


 浅緋の里へと駆け戻り、社を抜け、霞消の術を解いた開口一番がそれだった。


「そりゃ、角曲がったら狙った獲物が消えてんだから、驚くだろうに。……でも良かったの、胡桃? あんた目立つじゃん? また町に出た時、遭遇したら……」


 一際(ひときわ)美しい青年の顔は、人の記憶に残り易い。

そのことを少年が気にかける。


「安心しろ。本来、そのままの姿で町へは行かぬ。此度は……お前達を連れて行きたかったからだ」


 北の屋敷の方を向きながら、胡桃が答える。


「あれこれと俺が言うより、あの人にお前達を会わせるのが手っ取り早いと思ったからな」

「しかし、こんな近くで生活してたなんて信じらんねぇよ」


 本来、抜け忍とは命懸け、見つけ次第抹殺するのが忍び里の掟。

里から出来るだけ遠くへ逃げようと誰もが考える。


「それは若が許しているからだ。過去、浅緋の里で生きて抜け出たのは、玄さんだけだ。他は皆、殺されている」

「……へ、へぇ」


 蘇芳丸も梅丸も、若い世代は知らされていない事も多い……無知とは、実に恐ろしい。

若が里長代理に就く前までは陰ながら、一部で他の里と変わらない制裁が行われていたのだから。


「汎様と若とは……里に対しての、そもそものお考えが異なる。俺は命を賭けて、若に尽くす。……お前達は何を思う?」

「……若は……甘い、と思う」


 俯きながら答える蘇芳丸。


「それは同意だな。……だが、そのお陰でお前達もここに生きている」

「「?」」


「特に蘇芳。お前の数々の若への非礼、若が『蘇芳丸を殺さないでくれ!』と止めているから済んでいるもの……汎様は何度お前の首を()ねようとしていたか数えきれん。命が幾つあっても足らんぞ?」

「えっ……⁉︎」


「梅も、腹の内は読まれているぞ? もっと上手くやれ」

「は、はい」


 さぁっと顔からは色が消え、蒼白という言葉が良く似合う二人。


「「……以後、気をつけます」」

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