拾われ子② ー野暮用ー
蘇芳丸が小声で梅丸に文句を付ける。
「お前、何てことしてくれたんだよ! よりによって胡桃兄が出て来ちまったじゃねえか!」
「だって、本当のことじゃん! 俺達、元服出来なかったら、この先どうすりゃいいんだよ⁉︎」
二人がこそこそと話すのを、横目で見ていた美しい青年が言葉を発する。
「蘇芳、梅……座れ」
「「‼︎」」
すとん……
魔性の声音の命令は、二人を瞬時に正座させた。
「俺はいくらでもお前らを操ることが可能だ。勿論、この場で廃人にすることも出来る。……分かるよな? いいか、心して聞け」
静かな声の中に、強い怒りを孕んでいる。
「「は、はい……」」
気迫に気押され、二人は青ざめた顔でそう答えるのが精一杯。
胡桃の自称は君主が離席した途端に『私』から『俺』へと変わり、綺麗な顔からは微笑が消える。
「意識的に抑えれば、通常の会話は可能だ。これ以上、お前達に面倒を掛けられては困るからな」
「「も、申し訳ありません……」」
辰ノ組からすれば、里長は当然ながら畏怖の対象だが、それ以上に身近で恐ろしい存在は、間違いなくこの男である。
「俺もお前らと同じ拾われ子だ。だが、自分の意思で今、忍びとしてここにいる」
胡桃が二人を交互に見て、溜息を溢す。
「全く、若は優しすぎる。忍びの里長代理がここまでの情けをかけているのに、お前達は何も気づかずか……」
「⁇⁇ 若は俺が嫌いなんだろ? だから嫌がらせして……」
ごんっ!
蘇芳丸の頭に重い一撃が降ろされる。拳骨!
「ぐぅっ!」
辛うじて、体勢は崩さず、頭部で受け止める。
「脳味噌まで筋肉か? このうつけが。お前の目玉は一体何を映しておるのだ?」
「な、何って……」
「あの方は、昔も今も変わらない。お前の知る幼い頃と何も……だから、危うい」
「……」
蘇芳丸が俯き、考える。
思考を働かすのが不得手な少年は、胡桃の言わんとする事への理解が追いつかない。
「梅……分かるか?」
隣の、己より賢い小柄な少年にこそっと助けを求める。
「……若が本当に俺らのこと嫌いだったら、とうの昔に抹殺されているだろうし、厳しさは俺らを想った優しさの裏返し……ってことじゃない?」
「なるほど!」
ぱぁっと明るい顔になる蘇芳丸を見て、胡桃と梅丸は呆れ顔になった。
そこまで言葉にしないと、この少年には伝わらない。
「若は……お前達自身に選ばせようとしているのだ」
「何をです?」
「己の人生を、だ。……忍びなのに、有り得ないだろう?」
「「⁇⁇」」
二人の困惑した表情を見ながら、はっと胡桃は何かを思いつく。
「少し出かけるぞ。付いて来い」
「「……」」
そう青年が声を掛けるが……二人は立ち上がらない。
「どうした?」
「「あっ……あのぅ……動けませぬ……」」
胡桃の放った一言目の効力で二人は正座を崩せないまま。
胡桃は深く深く溜息を吐くのだった。
◇◇◇◇
里長はじいとばあから何やら要件があったようで、早朝から留守にしていた。
二年も空けば、頼み事も積もる。
三人は簡単に支度をし、外出の手筈を整え、書庫に篭もる若に声を掛けた。
「少し野暮用で、町まで行って参ります」
「そうか……気をつけてな」
胡桃に一任している以上、若は余計な口出しをしない。
ちらりと蘇芳丸と梅丸に視線を走らせるが、表情は眉一つ動かさなかった。
◇◇◇◇
浅緋の忍び里は、外界から易々と侵入出来ないよう仕掛けが施してある。
里長屋敷とは真逆の方位、南側の小さな社を抜けた先が、里の外だ。
「町かぁ……」
笠をずらして晴天を仰ぐ蘇芳丸。
胡桃に従い歩くが、研修任務につけていない少年が浅緋の里を出るのは、一体いつぶりだろう?
「昔、幼子らが里から迷い出てしまい、重症を負った件がある。それ以来、さらに巧妙に仕掛けてある」
「あぁ、幹兵衛の……」
「なんだ、梅。知っていたのか?」
胡桃が意外そうに顔を向けた。
「情報が嫌でも山程、耳から入ってくるんだよね……嘘か真かは知らないけど」
「花鳥衆か……だが、情報は戦う上で何より力を持つ。時には体術や忍術よりも……」
「ふぅん、そういうもん?」
蘇芳丸は不思議そうに首を傾げる。
力の強さこそ最強だと信じて疑わない少年、まだまだ青い。
近くの畔柳池はまだ辛うじて水が残っており、蛙の鳴き声が響く。
南の社前で立ち止まり、胡桃が二人に向き直った。
「蘇芳、梅……ここから出たら、お前らはただの農民だ」
二人に向け胡桃が操術をすぅっと掛ける。
「お前達はある意味目立ってしまうからな、特に蘇芳」
◇◇◇◇
浅緋の里から五里程離れた所に城下町は広がる。
春日代城の周りは華やかだ。
以前はここまでではなかったが、人の往来が活発になることで少しずつ発展を遂げてきた。
「やだ、このお兄さん別嬪さんじゃない!」
「こっちの子も、可愛いわ!」
茶屋の前で、予想外に呼び止められてしまった。
目立たぬようにしていたはずが、目敏い女子達に囲まれる、主に胡桃と梅丸が……。
二人共、困惑した顔だが見ず知らずの者達を無下にも出来ず、店主の爺が出て来るまで、暫し足止めを喰らった。
「俺に目立つなって言った癖に……」
嫌味を言う蘇芳丸をじろりと胡桃が睨む。
「っつうか、胡桃って、こんなに話すんだね。知らなかったよ」
空気を読む梅丸が話を擦り替える。
「言葉を意識して抑えねばならぬから、疲弊する。だったら、黙る方が得策だ」
ふぅっと溜息を吐く。
「だが、先の時みたいでは、どうにもならん」
「女子には効かないんだっけかね。あ! 何か見えてきた!」
梅丸が何かを見つけたのか、嬉しそうな声を上げる。
「そうだ。お前達を連れて来たのは、あれが目的だ」
胡桃が指差したのは宿屋の看板『玄武屋』。
城下町の一角、街道沿いは宿屋が立ち並ぶ。
国同士のやり取りに出向く上級武士は宿を使う、中々に繁盛しているようだ。
胡桃が話すと同時に、男が一人、店内から表へ出て来た。
まるで、三人の訪問を察知したかのような拍子。
その男に声を掛ける。
「久方ぶりです、玄さん」
「おぉ? 誰かと思えば……胡桃丸か! 随分、大きくなったな。何処ぞの姫様かと思ったわい」
「……相変わらず、昔と同じ事を……。俺も元服したので、今の名は胡桃です」
「そうかそうか!」
邂逅で二人とも顔が綻ぶ。
すると今度は玄が蘇芳丸を見つけ、嬉しそうに近寄る。
「いやぁ、随分でかくなったな、蘇芳丸! 昔はよく遊んでやったんだぜ? まぁ流石に覚えてはいないか」
「えっ⁉︎ す、すんません……俺、全然覚えてなくって……」
申し訳無さそうに首をすくめた。
ぺこっ。
次いで、梅丸とも挨拶を交わす。
「立ち話もなんだ。ほら中に入って、茶でも飲んでいけ」
明るい青年が三人を中へ促した。
後ろ向き様、玄が差し出す書状を胡桃は懐にそっと仕舞った。
◇◇◇◇
こぽこぽっ……
玄が淹れた茶から良い匂いが漂う。
「改めて、俺の名は玄、幼名は玄丸。元服を迎えずに、忍びを抜けた、元拾われ子。つまりはお前達の先輩だ」
自己紹介に蘇芳丸と梅丸の顔が凍りつく。
「抜け……忍……?」
「まぁ、そうなるかな」
「蘇芳が三つ、俺が里に来た年に、里を出た御人だ」
「俺が三つじゃ……覚えて無いですね」
抜け忍ともなれば、里の者がその名を口に出すことも無い。
「胡桃は今いくつになった?」
「十七になります」
「俺は二十六だ。時が経つのは早いなぁ……」
茶を啜り、遠くを眺める。
「どうして……」
三人の会話を静かに聞いていたが、それ以上の問いをうまく言葉に出せない梅丸。
玄はじっと少年を見つめた後、にこりと微笑む。
「年頃だなぁ……俺も散々、悩んだもんだ」
梅丸の頭をがしがしと撫でる。
「あの時、俺は死んだ、筈だった……でも、また拾われちまった命だよ……若に、な」
「「⁇」」
蘇芳丸と梅丸は揃って不思議そうな顔をする。
青年を生き永らえさせたのは、当時、齢三つの若だったのだ。
玄は懐かしむ様な目をして、話し始める。
「俺が四つの時、汎様に拾われた。それから、兄弟の様に共に里長屋敷で暮らしたんだ……。だが、頑張れど頑張れど……焦がれる存在の足元にも力は及ばず……俺は随分と腐っちまった……」
一番近くで追い求めたのが、桁違い、鬼神のような忍び。
比べる程に、卑屈へと落ちぶれていく。
「そして……間に合わなかったのだ。元服の時、俺の首には刃が突き立てられた。兄者と呼び慕う汎様が自らの手で俺を終わらせようとした。……当然だ。こんな出来損ないを拾ってきたことが、恥なのだ。元服出来ない俺を消し去ることが、せめてもの情け……」
「いや……玄さんは、強いですよ」
胡桃が言葉を挟む。
あまりに卑下するのが聞くに耐えなかったのだろう。
「胡桃は買い被りすぎだよ……」
ははっと自嘲気味に笑う。
「既に覚悟は決まっていた。そして、首が落ちる寸前……突如、庭に若が入ってきたのだ。とことこと歩み近寄り、可愛いらしい手で汎様の足にしがみついた……」
何かを察したのだろうか、何処まで理解できていたのだろうか……。
「そして『めっ』と一言……。汎様は若のその言葉で、刀を仕舞った。そして、俺は……今もこうして生きている」
ただその二文字が、少年の命を繋げたのだった……。
玄の話を皆、静かに聞いていた。
其々に、心に何を思ったのだろう。
表通りを楽しそうに笑い歩く、町人の声だけがやけに部屋に響いたのだった。
◇◇◇◇
玄は里から訪ねてきた三人に、己の昔話をいろいろと聞かせた。
そろそろ宿屋の仕事が忙しくなる時間なのだろう、何やら奥から慌ただしさが伝播してくる。
そろそろ潮時か。
「何かあればいつでも訪ねて来れば良い。元服出来なきゃ、うちで雇ってやるさ」
「縁起でも無いこと、言わんでください!」
けらけらと笑う青年と慌てる少年。
「元服出来ねば……忍びではない……未来……?」
ぼんやりと二人を眺める梅丸。
「梅……我ら拾われ者達の行く末は、決して閉ざされてはいない。そこに若がいれば……」
胡桃が少年の肩に手を遣る。
「そうだ、胡桃。これ……若に渡して……伝えてくれ」
そっと小さな竹包みを玄が土産として託した。
「俺は貴方様のお陰で、今日という日を生きている、と」
宿屋の暖簾をくぐり出て、里へと続く道を三人は戻り帰る。
蝉が近くで鳴き出した。
これから益々、騒がしくなる季節が来る。
皆、前を向いたまま、言葉を紡ぐ。
「四人だな」
「敵?」
「いや、ただの人攫いだろう」
胡桃達から少し距離を空けた後ろを男達が尾けてきていた。
「梅目当てかな?」
「胡桃なら高く売れるんじゃない?」
「蘇芳も奴隷には最適だ」
お互いに貶し合いながら進む。
往来がある場で襲撃してくるほど、賊も愚かではない。
町から外れて、人目が無くなった所を狙うだろう。
「あの先を曲がったらお前らの術を解く」
胡桃の言葉に頷く二人。
視線の先には、店々が軒を連ねる壁の曲がり角。
くるりと曲がり、青年は甘い声を発する。
「蘇芳も梅も農民ではない……お前らは……忍びだ」
◇◇◇◇
「おい梅、さっきの見たか? あいつら狸に化かされたみたいな顔してやがったぜ!」
蘇芳丸が心底、楽しそうに笑う。
近頃では珍しい、少年らしい本来の有様。
浅緋の里へと駆け戻り、社を抜け、霞消の術を解いた開口一番がそれだった。
「そりゃ、角曲がったら狙った獲物が消えてんだから、驚くだろうに。……でも良かったの、胡桃? あんた目立つじゃん? また町に出た時、遭遇したら……」
一際美しい青年の顔は、人の記憶に残り易い。
そのことを少年が気にかける。
「安心しろ。本来、そのままの姿で町へは行かぬ。此度は……お前達を連れて行きたかったからだ」
北の屋敷の方を向きながら、胡桃が答える。
「あれこれと俺が言うより、あの人にお前達を会わせるのが手っ取り早いと思ったからな」
「しかし、こんな近くで生活してたなんて信じらんねぇよ」
本来、抜け忍とは命懸け、見つけ次第抹殺するのが忍び里の掟。
里から出来るだけ遠くへ逃げようと誰もが考える。
「それは若が許しているからだ。過去、浅緋の里で生きて抜け出たのは、玄さんだけだ。他は皆、殺されている」
「……へ、へぇ」
蘇芳丸も梅丸も、若い世代は知らされていない事も多い……無知とは、実に恐ろしい。
若が里長代理に就く前までは陰ながら、一部で他の里と変わらない制裁が行われていたのだから。
「汎様と若とは……里に対しての、そもそものお考えが異なる。俺は命を賭けて、若に尽くす。……お前達は何を思う?」
「……若は……甘い、と思う」
俯きながら答える蘇芳丸。
「それは同意だな。……だが、そのお陰でお前達もここに生きている」
「「?」」
「特に蘇芳。お前の数々の若への非礼、若が『蘇芳丸を殺さないでくれ!』と止めているから済んでいるもの……汎様は何度お前の首を刎ねようとしていたか数えきれん。命が幾つあっても足らんぞ?」
「えっ……⁉︎」
「梅も、腹の内は読まれているぞ? もっと上手くやれ」
「は、はい」
さぁっと顔からは色が消え、蒼白という言葉が良く似合う二人。
「「……以後、気をつけます」」




