かくれんぼ⑤ ー畔柳池ー
青葉邸を後にし、空を見上げる。
まだまだ日は高い時間帯、揺らぐ熱気が身体に纏わりつき、汗がじわりと肌に浮いてくる。
「さて、次は鉢か、幹兵衛か……」
西に鉢ノ助、南が幹兵衛。
里中央の草叢には蘇芳丸が潜んでいる……が、全く潜めていない‼︎
ここからでも気配がはっきりくっきりと分かってしまう……ああ霞消の術の程度がなんと低いこと、頭が痛い。
誰の入れ知恵か、最後まで自分の番が回って来ないと鷹を括って手を抜いているのだろうか……全く緊張感が足らん!
ぬぬっ、腹立たしい‼︎
「よし、幹兵衛に会いに行く……その前に……」
ここから中央を回った後に南へ抜けるとしよう、途中で蘇芳丸にお灸を据えながら……。
◇◇◇◇
目の前には鮮やかな緑が広がる。
雨不足の影響もなく、雑草は本当に逞しい。
畑の脇の草叢、夏の成長は一段と早く、あっという間に天高く伸びる。
背の高い草が密集すれば忽ち死角が増える、恰好の隠れ場所。
これが、食べれる草なら喜ばしいのだが……苦くて食えたもんじゃない、以前、試した。
そんな草叢の中、蘇芳丸は息を潜めて隠れている、つもりのようだが……気配だだ漏れ、丸分かり。
通りすがりの里の子供にすら、きっとあっさり見つかるであろう位の出来損ない感。
しかも、この夏空の下、日陰でないとこに隠れる阿呆がここにいる。
暑さで蘇芳丸の具合が悪くなる前に、さっさと他の二人も捕まえ、速やかにかくれんぼを終了させよう、うむ。
……それにしても、お前は鍛錬で何を学んだきたのだ、うつけ者!
真面目に頑張っている、そう評価した私の見込み違いか?
腹の底から深い深い溜息を吐き出してから、術印を結ぶ。
ざっ!
相手から見えざる鬼は草叢へ思い切り飛び込み、しゃがんでいる蘇芳丸の背中を力いっぱい踏み付け、さらに高く跳ね上がる!
たんっ!
そして、草叢から抜け出し、南へと駆ける。
「……⁉︎」
おお、突然踏まれたのに声を出さなかったことは褒めてやろう。
「後でまた来るよ……蘇芳」
そう呟き、私は幹兵衛に会いに向かうのだった。
◇◇◇◇
ざっ!
蘇芳丸を踏み付けてから南へと駆け出し、幹兵衛のいる畔柳池の目前で、私の足はぴたりと止まる。
「……少し戯れが過ぎたな」
蘇芳丸の所へ寄り道したことで、鬼の接近を幹兵衛に勘づかれたようだ。
大地に手を突き、気配を探る!
ふわっ!
……だが、私の霞は眼鏡の少年を捉えることが出来ない。
何処にも幹兵衛が見当たらないとは……なんと……なんと素晴らしいことではないか‼︎
私の心は喜びで震える。
見事だ‼︎
あぁ、蘇芳丸に幹兵衛の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわい‼︎
「さて……」
私の血の匂いは……邪魔だな。
雑草を擦り潰した汁を左脛の布に塗り込み、顕霞の術は解いた。
もはや鬼の気配を消す必要はなく、寧ろ堂々と圧をかけて、幹兵衛を炙り出すとしよう。
畔柳池は大きくはない。
周囲をぐるりと、わざと大きな音を立てて歩く。
……この程度で良いか?
すっと目を閉じ、僅かな風を感じる。
ふっ……
瞬間、懐かしい香りが鼻に届く。
「ふふっ、みいつけた」
素早く柳の木に登り、そこから垂れた枝にぶら下がる。
大きく全身を使い、反動をつけ、思い切り池の端の泥に向かって飛び降りる‼︎
ばっしゃーーん‼︎
激しい音と共に、周囲へと泥が飛散!
「さぁ、幹兵衛。出ておいで? 息が出来ないだろう?」
ずるりっ……
「……若……非道い……」
泥まみれの幹兵衛が口と眼鏡を拭いながら、のそのそと現れた。
そして、不思議そうに呟いた。
「何で、分かった?」
幹兵衛の霞消の術は完璧だったからな……そりゃ謎だろう。
私から視線を離さず、目の前の泥まみれな少年は懐から取り出した音鳴玉を素早く投げた。
きぃぃぃぃん!
蘇芳丸と鉢ノ助の耳に届いたかな?
もうすぐ会いに行くよ。
「……自信、あった、のに。何で?」
表情は微動だにしないが、悔しさが伝わってくる。
当然か。
鍛錬で極めた術を破られたのだから……。
だが、興奮した私は両手でがしっと、彼の手を握る!
「幹兵衛、天晴れだ‼︎」
「……答え、なって、ない」
「あぁ、すまんすまん」
ぱっと手を離し、距離を取る。
油断禁物。
幹兵衛も私よりはるかに強い。
足止めされたら時間を食う……それは避けたい。
「ねぇ、答え」
「術の完成度が素晴らしく、私の顕霞の術にかからないから、単純にお前の姿を探した。ただそれだけ」
原点に戻った、普通のかくれんぼだ。
「で?」
「池の周囲、夏の日差しを避け隠れられる地点は数カ所。そこを鬼が徘徊することで……」
「うん、うん」
「緊張から汗量は増し、僅かに幹兵衛の匂いが漂った」
「……何か、すごい、嫌。僕、臭い?」
理由を知って、ものすごく嫌そうな声を出し、自分の着物の匂いを嗅いでいる。
今は泥の匂いしかしないだろう。
「幹兵衛はね、薬草の匂いがするんだよ。私は好きだ」
「……」
やはり相変わらず表情は動かず、か……十年前に喰らったあの毒はそれ程に酷いものだったのだな。
幹兵衛が四歳の時、彼は毒に侵されたのだ。
俯いた顔の眼鏡の奥、瞳がすっと私を見る……だが、焦点は結べないようで定まっていない。
足止めする素振りは皆無……そうか。
「時間切れかい?」
「うん……。残念」
仲間達には、どこまで話しているのか……恐らくまだ秘密なのだろう。
毒の後遺症は顔面の神経麻痺や視力低下のみならず、力を使いすぎれば、途端に五感が鈍くなる。
「今の、僕の、全力。果てた」
忍びとしての能力は非常に高いが、不安定。
力を温存しながら発揮しないとならない。
その為には、展開の先の先まで読む、賢力が必須。
以前、研修任務での報告を受けた際、訝った。
眠り薬の風向きを間違えた? 幹兵衛が?
そんな下手をするなんて、私には到底思えなかった。
だから、逆。
敵、味方関係なく全員を眠らせることでしか、切り抜ける方法がなかったのだろう。
真実を言わずに、お前は先輩達の命と矜持を守った。
誤解されやすい、言葉足らずだが、聡明な少年。
「蘇芳、元服。汎様、思う壺」
「むっ⁉︎」
幹兵衛、お前はいったい……。
喉まで上がってきていた言葉をぐっと飲み込んだ。
「そうか、また今度ゆっくり話そう。泥を落としたら、里長屋敷で待っておれ」
手を振り別れ、私は西へ……鉢ノ助の元へと駆け出した。
一族の中でも数少ない、里の深淵を見た男は、何処まで気づいているのだろう?
またな、幹兵衛。




