かくれんぼ⑥ ー竹藪ー
順調に三人を見つけ、残る二人は鉢ノ助と蘇芳丸。
ざっ!
西の目的地、その眼前で足を止め……させられた。
立派な竹の群生が真っ直ぐ青空へ向かう竹藪、こちらも雑草とはまた違った生命力を感じる。
うむ、丁度良い日陰もあるな。
確かこの竹藪の奥が、鉢ノ助のお気に入りだったな、四年前のあの日も……いや、今、あの時のことを思い出すのはやめよう。
首を振り、頭の中を立て直し、向き合う。
石碑より西に広がるこの竹藪の中に、私の侵入を拒む無数の竹の囲い柵。
いつの間に作ったのだ?
この短時間では不可能な見事な防塞。
鉢ノ助は文字こそ読めないが、何故だか勘の良い男。
咄嗟の機転が利く。
恐らく遊びの延長で作り貯めていた物をそのまま利用したのだろう。
強固な結び目、なかなか器用だ。
蘇芳丸の勝利の為に、全力で私の足止めをする気だな……。
ふっと、二年前に死んだ大樹の顔が頭を過ぎる。
忍びとは、なんたる悲しき性分なのだろう。
竹囲いの中央に潜み、土に伏せる鉢ノ助の気配はここからでも感じるが……引き摺り出さねば、その顔は拝めない。
がさがさっ!
柵を軽く揺すってみるが、なかなかに頑丈。
この囲いを崩すには少々、時間を費やしそうだな……。
………………
ふむ……では……あれを使うか。
以前、胡桃から教わった術。
彼は言惑操術を得意とする。
魔性の声を持つ者にしか扱えない術を、私なりに自分へ落とし込み、昇華させた。
「顕霞の術、『新月』」
侵入を拒むなら……そちらから出てきてもらうまでだ。
私は大地に手を突き、解き放った。
◇◇◇◇
「よっしゃー‼︎ 若に勝ったぞーー‼︎」
喜びの声が竹囲い柵の彼方側から聞こえる。
おっ、どうやら掛かったようだ。
霞消の術を解いた鉢ノ助が竹藪の中から姿を現す。
手拭い頭の少年も私の姿を認め、嬉しそうに駆け寄ってくる。
あんな屈託のない笑顔、正面から見るのはいつぶりだろう?
……少しだけ良心が痛む。
がしゃん!
「どうだ! 時間切れ! 俺達の勝ちだ‼︎」
柵を掴み揺らし、誇らしげな様子。
「そうか、残念だな。じゃあ、懐のそれはもう必要無いな」
「ん、あぁ、これ?」
懐に手を入れ、鉢ノ助は音鳴玉を取り出す。
「鳴らす必要、無くなったな……」
「だねーー」
私の言葉を疑うこともしない。
掌を上に向け差し出すと、私の手にそっと乗せてくれる、無意識の行動。
「ありがとう、出てきてくれて。顔をもっとよく見せておくれ?」
「なんだよ、若。もっと口惜しがれよーー‼︎」
不満を溢す鉢ノ助の腕を掴み、ぐいっと力を込めて、柵越しに引き寄せる。
鉢ノ助の瞳に私の瞳を近づけ、覗く。
目の奥には黒い黒い靄……お前にはそう見えてるのだな。
ぱんっ!
私が両の掌を叩き合わす。
瞬間、私が鉢ノ助に送り込んだ氣はすぅっと大気中に溶け消えた。
………………
「……えっ⁉︎ な、なんで、明るい⁇」
困惑し、慌てて辺りを見渡す鉢ノ助に、にこりと笑顔を返す。
「鉢、みいつけた。まだ、日没前だよ?」
「⁉︎」
彼の瞳には日没後の暗闇が広がっていたのだ。
私の送り込んだ、深い深い闇の色。
忍びといえど、ただの人間。
無から有を生み出すことは出来ない。
だが、『氣』を操ることは可能。
気配を殺したり、敵を察知したり、あとは……人間を操ることもまた造作無い。
例えば、白昼夢を見せる……とか。
胡桃ほどの手練ならば、もっと美しくできるのだろうが……私のこれはなんとも不様。
まだまだ不完全な術、修行が足りぬな。
顕霞の術の応用。
『新月』
その名の通り、暗闇へと錯覚させる術。
手掌から地面へと己の氣を送り、探り、対象へと圧縮した氣を一気に注ぎ入れる。
水面に墨汁を流し込んだように広がり、染めていく。
鉢ノ助は息を潜めている間に、とっぷり日が暮れてしまったと思い込んだのだ。
まぁ、まんまと綺麗に掛かったのは、条件が三つ重なったお陰なのだが……。
一つ、鉢ノ助が地面に伏せていたこと。
二つ、彼が霞消の術発動中だったこと。
三つ、竹藪が日陰だったこと。
無条件で術中に嵌めるには、あと一歩の精錬が欲しいな。
以前、胡桃に術を教わり、ここまでの形にした。
ある程度完成した時、『試しに自分に術をかけてほしい!』と胡桃に言われたが……なんだか異様に悦に入った瞳を向けられ……恐怖を感じたので、実践練習はじいに掛けさせてもらったんだったな。
胡桃はひどく残念がっていたが……あれはいったい何のつもりだったのだろう?
「若! ま、待て‼︎」
焦り、咄嗟に私へと手を伸ばすが……柵の其方側からは届かぬよ。
侵入を阻む頑丈な竹囲い柵は、脱出を拒む鳥籠へ、くるりと変わる。
がしゃん!
柵にしがみつき、苦々しい顔の鉢ノ助。
「柵片付けたら、屋敷で待っておれ。またな」
さあ、あと一人だ。
私は振り返らずに、竹藪を後にした。




