梅丸と洗濯場
梅丸視点のお話です。
里長帰還まで残り、一日。
荒魂川の洗濯場は情報交換の場。
くのいち達が他愛無い話から、仕事の内密な話、はたまた男衆には聞かせられないような卑猥な話まで……絶えず盛り上がっている。
「でさ〜〜、あの侍、xxxがxxxで、笑った、笑った〜〜」
……とりあえず朝から下品だな、羽筒。
「ねえ、梅ちゃんはーー? 何か面白い話なぁーーい?」
「えーー? まだ皆ほど任務出てないからぁ、まだ分かんないなぁーー。ごめんね、五十鈴」
首を傾げ、愛想笑いを返し、心の中で溜息を吐く。
本当、下らない……べらべらべらべらと……全く、何が面白いんだか。
俺が任務で一緒に活動しているくのいち、花鳥衆。
この里に、くのいちは少ない。
四年前の疫病流行、俺が里に来る前の事だから詳しくは知らないが……随分と里にいた老人、女子供が死んだと聞いた。
こいつらはその時、生き残った者達だ。
……なんで、俺がこんな奴らと!
心の中で毒付く。
辰ノ組の他三人は忍衆の研修に出ているっていうのに、俺は女共とちまちま情報集めばっかりだ。
確かに、腕力や持久力では劣るかもしれないが、あいつらのような失態は犯さない。
ま、蘇芳丸の阿呆はまだまだ任務に出れそうにないけどな……ははっ、笑える。
「そういえば、里長が明日帰って来るらしいじゃん!」
相変わらず耳が早いな、芽吹姐さん。
俺の名前、梅丸って名付けたのは里長の汎様だ。
里に来て二年、拾ってもらった恩義は感じるが、他の奴ら程の忠義は感じない。
寧ろ、汎様の実子……若は俺にとって邪魔な存在だ。
同じ屋敷で暮らしているが……本当、鬱陶しい! いちいち細かい!
忍びの生まれで無い俺に『そんなことできるか! 阿呆か!』って思う無理難題をさらっと振ってきやがる!
だが、腹の内は誰にも悟られてはならんのだ。
……若を溺愛する汎様や胡桃に勘づかれでもしたら、俺の命が危ういからな。
芽吹姐が桶で水を掬いながら、言葉を続ける。
「丑ノ組が迎入行ったんでしょ? 補佐に胡桃か鋼太郎の名前上がったらしいじゃん」
「は? 鋼太郎⁉︎」
思わず地声が出ちまった! なんであんな臆病者?
「でも丑ノ組は断って、四人で行ったらしいよ」
「鋼太郎はともかく、胡桃と一緒は嫌だろうねーー」
若は一体何を考えてやがる……本当に見る目が無ぇ!
ちっ!
灰汁で汚れを落とし、洗い桶で濯ぐ。
苛立つ気持ちを只管に目の前の着物にぶつけた……。
「ねえねぇ、それよりあの話は知ってる?」
くのいち衆の噂話はまだまだ止まらない。
あの話?
濯いだ着物を絞りながらも、一応耳だけは傾ける。
「あーー若のあれ? ないないない! 里長が許さないでしょ? 命よりも若が大事なんだし……」
「でも、汎様帰ってくるんでしょ? 二年なんて中途半端に戻るって……絶対なんかあるんじゃない?」
……若の噂か?
「ねぇねぇ……芽吹姐、何の話?」
「梅ちゃん、一緒に暮らしてて知らないの?」
洗い桶を持ち上げながら、驚いた顔をされる。
「若様宛にって書状がいっぱい届くでしょ? あれ実は任務依頼だけじゃなくって、若を娶りたいっていう求婚の書状もあるらしくて……しかも熱烈に送ってくる城主がいるんだって! 何度も断ってるらしいけど、諦めないとかなんとか……」
………………
はぁ? 若に求婚?
……衆道の君主からの要請か……有力者なら無下にも出来無いだろうが……気持ち悪っ。
俺はそっちの道は嫌悪しかない。おえっ。
まぁ……あの胡桃が隣にいるから霞んじまうが、若もなかなか整った顔をしている。
求めてくる輩がいてもなんらおかしくない。
でもまぁ……あり得ないだろ?
里長が聞いたら怒り狂い、一人で乗り込んで城を潰しちまうだろう。
……ん? もしや潰す為に帰還してくるのか?
「このままだと今年の稲は水不足で不作っぽいじゃない? 若、秋の収穫を危ぶんでるからさぁ。条件がすごーーく良ければ、自分を差し出して、金持ちな城主の所へ行く! ……って言いかねないじゃない?」
いやいやいや、いくら若だって……そんなこと……無い……とは言えない。
あの男はそういう奴だ。
里への献身も行き過ぎれば自己犠牲。
周りのことばかり考えて、自分を粗末にするところが若にはある。
阿呆だ!
そんなことをして誰が喜ぶというのか!
……そういう所も大嫌いだ!
でも、まさか……そんなこと……里長の耳に入るより前に、まず、あの胡桃が許さないだろう。
普段恐ろしい程に冷静だが、若に対してだけは異常……病的な執愛を向ける男だ。
……だが……俺ら辰ノ組の元服、若はなんだか焦っているようにも見えた気が……。
「ちょっと、これ干してくるねーー」
「宜しくね」
頭の中は混沌としながらも、俺は桶を抱え、物干し場へと歩き出した。
◇◇◇◇
竹竿に洗濯物を干していると、見慣れた手拭い頭が干した着物の裏からひょっこり出てきた。
「鉢?」
鉢ノ助だ。
そういえば、その手拭いの端はこの前の焦げたままか。
「おーー梅‼︎ 何してんだ?」
「あ? 見りゃわかんだろ? 阿呆か、洗濯だよ」
辰ノ組の連中には取り繕っても仕方ないので、素のままに振舞っている。
「……本当、お前の猫被りすげえよな」
「感心してくれて、どうもありがとーー」
刺々しい嫌味を満面の笑顔に乗せて返し、すぐ真顔に戻す。
「俺に何か用か?」
「あ、うん……俺、馬鹿だからあんま良くわかんねぇんだけどさ……若、最近変じゃねぇ?」
「鉢ノ助……お前、馬鹿の自覚あったんだな。それで?」
手は絶えず動かしながら、鉢ノ助に話の続きを促す。
「若が変って……どんな風にだよ?」
「なんか……焦ってるっていうか、俺達に何かを隠してるような……」
………………
つまり、具体的に若と何かあったわけではなく、野性の勘だな。なるほど。
鉢ノ助はそういう男だ……でもその直感が実は誰よりも鋭い。
それで、俺に声を掛けてきたのか。
「馬鹿馬鹿しい。若の隠し事は今に始まったことじゃないだろ? 下っ端には何も教えてくれん」
一緒に暮らしていても、肝心な事を俺には何一つ教えてはくれない。
遠い……俺よりも前から側にいる蘇芳丸があれだけ苛立つのは、まぁ同意だ。
若は胡桃にだけは何でも話しているようだが……あれはあれで不気味な輩。
得体が知れん……。
「隠し事は言わば、若の趣味だな。うん」
「趣味……」
「そう、だからこちらがいくら考えても、ようわからん。よって、放っておけ」
着物の端を引っ張り、丁寧に皺を伸ばす。
「んーーまぁ、俺が聞いても心配かけまいと、話してはくれんだろうな……。いつもはぐらかされてしまう」
「鉢……おう、ついでだからその手拭い洗ってやろうか?」
頭の手拭いに手を当てているので、ふと尋ねる。
よく見れば、黄や桃や葉の色の刺繍が入っている、手の込んだ品。
「これ? いいよ、いいよ」
遠慮するのか……ははぁ、誰かにもらったか?
「これ……昔、若にもらったんだ」
俺の視線を察して、言葉が返ってくる。
……お前、察することができたのか⁉︎
「若に?」
「昔、竹藪の近くで焙烙玉を試してたら、暴発してさ……自分で開けた大穴に落ちて……誰にも気づかれず、夜になってさ……」
鉢ノ助が聞いてもいないことを語り出した。
全く、どいつもこいつも若の信者か……あぁ、本当に面白くないな。