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忍リクルート  作者: 枝久
二、
11/89

梅丸と洗濯場

梅丸視点のお話です。

 里長帰還まで残り、一日。


 荒魂川(あらたまがわ)の洗濯場は情報交換の場。

くのいち達が他愛無い話から、仕事の内密な話、はたまた男衆には聞かせられないような卑猥(ひわい)な話まで……絶えず盛り上がっている。


「でさ〜〜、あの侍、xxxがxxxで、笑った、笑った〜〜」


 ……とりあえず朝から下品だな、羽筒(うづつ)


「ねえ、梅ちゃんはーー? 何か面白い話なぁーーい?」

「えーー? まだ皆ほど任務出てないからぁ、まだ分かんないなぁーー。ごめんね、五十鈴(いすず)


 首を傾げ、愛想笑いを返し、心の中で溜息を吐く。

本当、下らない……べらべらべらべらと……全く、何が面白いんだか。


 俺が任務で一緒に活動しているくのいち、花鳥(かちょう)衆。


 この里に、くのいちは少ない。

四年前の疫病流行、俺が里に来る前の事だから詳しくは知らないが……随分と里にいた老人、女子供が死んだと聞いた。

こいつらはその時、生き残った者達だ。


 ……なんで、俺がこんな奴らと! 

心の中で毒付く。

辰ノ組の他三人は忍衆の研修に出ているっていうのに、俺は女共とちまちま情報集めばっかりだ。

確かに、腕力や持久力では劣るかもしれないが、あいつらのような失態は犯さない。


 ま、蘇芳丸の阿呆はまだまだ任務に出れそうにないけどな……ははっ、笑える。


「そういえば、里長が明日帰って来るらしいじゃん!」


 相変わらず耳が早いな、芽吹(めぶき)姐さん。


 俺の名前、梅丸って名付けたのは里長の(ひろむ)様だ。

里に来て二年、拾ってもらった恩義は感じるが、他の奴ら程の忠義は感じない。


 (むし)ろ、汎様の実子……若は俺にとって邪魔な存在だ。

同じ屋敷で暮らしているが……本当、鬱陶(うっとう)しい! いちいち細かい!


 忍びの生まれで無い俺に『そんなことできるか! 阿呆か!』って思う無理難題をさらっと振ってきやがる!


 だが、腹の内は誰にも悟られてはならんのだ。

……若を溺愛する汎様や胡桃に勘づかれでもしたら、俺の命が危ういからな。


 芽吹姐が桶で水を(すく)いながら、言葉を続ける。


「丑ノ組が迎入行ったんでしょ? 補佐に胡桃か鋼太郎の名前上がったらしいじゃん」

「は? 鋼太郎⁉︎」


 思わず地声が出ちまった! なんであんな臆病者?


「でも丑ノ組は断って、四人で行ったらしいよ」

「鋼太郎はともかく、胡桃と一緒は嫌だろうねーー」


 若は一体何を考えてやがる……本当に見る目が無ぇ!


 ちっ!


 灰汁(あく)で汚れを落とし、洗い桶で(すす)ぐ。

苛立つ気持ちを只管(ひたすら)に目の前の着物にぶつけた……。


「ねえねぇ、それよりあの話は知ってる?」


 くのいち衆の噂話はまだまだ止まらない。


 あの話?

濯いだ着物を絞りながらも、一応耳だけは傾ける。


「あーー若のあれ? ないないない! 里長が許さないでしょ? 命よりも若が大事なんだし……」

「でも、汎様帰ってくるんでしょ? 二年なんて中途半端に戻るって……絶対なんかあるんじゃない?」


 ……若の噂か?


「ねぇねぇ……芽吹姐、何の話?」

「梅ちゃん、一緒に暮らしてて知らないの?」


 洗い桶を持ち上げながら、驚いた顔をされる。


「若様宛にって書状がいっぱい届くでしょ? あれ実は任務依頼だけじゃなくって、若を(めと)りたいっていう求婚の書状もあるらしくて……しかも熱烈に送ってくる城主がいるんだって! 何度も断ってるらしいけど、諦めないとかなんとか……」


 ………………


 はぁ? 若に求婚?


 ……衆道(しゅどう)の君主からの要請か……有力者なら無下にも出来無いだろうが……気持ち悪っ。

俺はそっちの道は嫌悪しかない。おえっ。


 まぁ……あの胡桃が隣にいるから霞んじまうが、若もなかなか整った顔をしている。

求めてくる(やから)がいてもなんらおかしくない。


 でもまぁ……あり得ないだろ?

里長が聞いたら怒り狂い、一人で乗り込んで城を潰しちまうだろう。


 ……ん? もしや潰す為に帰還してくるのか?


「このままだと今年の稲は水不足で不作っぽいじゃない? 若、秋の収穫を危ぶんでるからさぁ。条件がすごーーく良ければ、自分を差し出して、金持ちな城主の所へ行く! ……って言いかねないじゃない?」


 いやいやいや、いくら若だって……そんなこと……無い……とは言えない。

あの男はそういう奴だ。


 里への献身も行き過ぎれば自己犠牲。

周りのことばかり考えて、自分を粗末にするところが若にはある。


 阿呆だ!

そんなことをして誰が喜ぶというのか!

……そういう所も大嫌いだ!


 でも、まさか……そんなこと……里長の耳に入るより前に、まず、あの胡桃が許さないだろう。

普段恐ろしい程に冷静だが、若に対してだけは異常……病的な執愛を向ける男だ。


……だが……俺ら辰ノ組の元服、若はなんだか焦っているようにも見えた気が……。


「ちょっと、これ干してくるねーー」

「宜しくね」


 頭の中は混沌としながらも、俺は桶を抱え、物干し場へと歩き出した。



◇◇◇◇



 竹竿に洗濯物を干していると、見慣れた手拭い頭が干した着物の裏からひょっこり出てきた。


「鉢?」


 鉢ノ助だ。

そういえば、その手拭いの端はこの前の焦げたままか。


「おーー梅‼︎ 何してんだ?」

「あ? 見りゃわかんだろ? 阿呆か、洗濯だよ」


 辰ノ組の連中には取り(つくろ)っても仕方ないので、素のままに振舞っている。


「……本当、お前の猫被りすげえよな」

「感心してくれて、どうもありがとーー」


 (とげ)々しい嫌味を満面の笑顔に乗せて返し、すぐ真顔に戻す。


「俺に何か用か?」

「あ、うん……俺、馬鹿だからあんま良くわかんねぇんだけどさ……若、最近変じゃねぇ?」

「鉢ノ助……お前、馬鹿の自覚あったんだな。それで?」


 手は絶えず動かしながら、鉢ノ助に話の続きを促す。


「若が変って……どんな風にだよ?」

「なんか……焦ってるっていうか、俺達に何かを隠してるような……」


 ………………


 つまり、具体的に若と何かあったわけではなく、野性の勘だな。なるほど。


 鉢ノ助はそういう男だ……でもその直感が実は誰よりも鋭い。

それで、俺に声を掛けてきたのか。


「馬鹿馬鹿しい。若の隠し事は今に始まったことじゃないだろ? 下っ端には何も教えてくれん」


 一緒に暮らしていても、肝心な事を俺には何一つ教えてはくれない。

遠い……俺よりも前から側にいる蘇芳丸があれだけ苛立つのは、まぁ同意だ。


 若は胡桃にだけは何でも話しているようだが……あれはあれで不気味な(やから)

得体(えたい)が知れん……。


「隠し事は言わば、若の趣味だな。うん」

「趣味……」

「そう、だからこちらがいくら考えても、ようわからん。よって、放っておけ」


 着物の端を引っ張り、丁寧に(しわ)を伸ばす。


「んーーまぁ、俺が聞いても心配かけまいと、話してはくれんだろうな……。いつもはぐらかされてしまう」

「鉢……おう、ついでだからその手拭い洗ってやろうか?」


 頭の手拭いに手を当てているので、ふと尋ねる。


よく見れば、黄や桃や葉の色の刺繍が入っている、手の込んだ品。


「これ? いいよ、いいよ」


 遠慮するのか……ははぁ、誰かにもらったか?


「これ……昔、若にもらったんだ」


 俺の視線を察して、言葉が返ってくる。

……お前、察することができたのか⁉︎


「若に?」

「昔、竹藪の近くで焙烙玉を試してたら、暴発してさ……自分で開けた大穴に落ちて……誰にも気づかれず、夜になってさ……」


 鉢ノ助が聞いてもいないことを語り出した。


 全く、どいつもこいつも若の信者か……あぁ、本当に面白くないな。

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