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忍リクルート  作者: 枝久
二、

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鉢ノ助①

鉢ノ助視点のお話です。

 四年前。

俺が十歳の頃ーー


 春といえど、朝晩はまだ冷え込む季節。

昼前に種蒔きが終わり、俺は昨日の復習で一人、焙烙玉作りをしていた。


 この竹藪(たけやぶ)の奥が俺の秘密の場所だ。

皆、(たけのこ)堀りの時や竹の伐採以外ではそうそう中まで立ち入らない。


 俺はひっそり、こっそりと作りたいのだ。


 ……が、導火線の長さが足りなかったのか、中身の配分を間違えたのか……今日も俺は失敗した。


 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん‼︎


 激しい轟音と共に、今まで座っていた大地が吹き飛び、見事に(えぐ)れている。


「あぁ、またやっちまった……」


 せっかく、集めた材料が勿体ない。


 文字の書かれた竹の皮をまじまじと見る。

作り方が書いてあるが……俺は文字がまるで読めない。

これでも一生懸命、繰り返し学習はしていたのだが、てんで駄目だった。

根気強く教えてくれた長者連中も(さじ)を投げた。


 『生まれつき、脳の異常、理解、できない、人間いる』って幹兵衛が言ってたな……あいつは目が悪いくせに物知りだな。


 俺の家は里の中でも、煙玉や焙烙玉など火薬を使う物を扱うのに特化した家だ。


 なのに、俺はそれが上達しない……。

失敗ばかりで、ほとほと嫌になる。


 それでもこんな不出来な俺を、父ちゃんも母ちゃんも妹達も愛してくれる。

俺は自分の家族が大好きだ。


「あ〜あ、ぁあ? ぁぁぁぁ⁉︎ ん? げほん、ごほんっ!」


 咳払い。

喉に違和感がある、だんだん(かす)れて……。

あれ? 声が出なくなってきた⁉︎


 煙を吸い込んだのかな? 

それで喉が熱傷したかもな……こりゃ治すのに時間がかかりそうだ。

どうする……? 父ちゃん母ちゃんに怒られそうだな。


 びゅうぅっ!


 その時、風が竹林を吹き抜け、俺の手から竹の皮の設計図を奪い取る!


「っ‼︎」


 飛び上がり、掴み、風から奪い返し、着地……地点には(たけのこ)の頭が出てきていた……。


 げっ‼︎ しまった‼︎


 がっ! 


 足が筍に突っかかり、俺は自分で開けてしまった大穴に自ら飛び込むように落ちたのだった……。



 痛ててててっ、油断した! 

なんて情け無い……今日は散々だ。


 穴の中で立ち上がると左の足首に痛みが走る! 


 ずきんっ!


 捻ったか……最悪だ。


 穴の直径は小さめだが思いの外、深い……大男ぐらいの背丈でも、すっぽり隠れる深さ。


 ……何で、この向きで俺の失敗作は爆ぜるのだか?

自分でも不思議だ。


 空を見上げるが、この足では上れそうにないな。

ここは竹林の奥、頭まで地面に隠れていて、しかも俺は今、声が出せない……。


 ………………


 でもまぁ、爆発音なかなかでかかったから、さっきの音で誰か気づくだろう……。


 考えても仕方ない。

無駄なことはやめておこう。


 穴の中で膝を抱えながらも、楽観的な俺はいつの間にか、うたた寝をしてしまった。


 その日は運悪く、里で急病人が出た。

(あわただ)しさで誰も俺がいないことに気づかなかったのだ……。


 それは、疫病で最初の犠牲者が出た日だった……。



◇◇◇◇



「っっっん!」


 寒っ……ん? ここはどこだ?

(くしゃみ)が出たが、声は出ない。


 寝ぼけた頭がまだ混乱している。


 あぁ、そうだ、たしか穴に落ちて……。


 周りは土の壁。

真っ暗な空に浮かぶ黄金色の満月が俺を照らしている。


 随分、寝ちまったのか? 今、何の刻だ?

まだ月が南天に完全には昇っていない……戌ノ刻くらいか?


 それにしても、月が綺麗だなぁ……。

穴の底で胡座(あぐら)をかきながら、ふっと、頭に若の顔がよぎる。


 例えるなら、(ひろむ)様が太陽で、若は月だ。

凛として静かに、控えめだけど、揺るぎない存在感が確かにある。

いずれ仕える、優しすぎるとこが少々心配な相手だが……若のことは結構気に入っている。


 ぐうぅぅぅぅっ


 あ……腹減った……。

昼餉を食べ損なった痩せ腹は、さらに悲しいほどに凹んでいる。


 母ちゃん……心配してるかな?

父ちゃんは仕事で今、里にはいない。


 もうとっくに俺が帰って来ないことに気づいて探してくれててもいい頃合いだと思うんだが……。

牡丹も菊も昨日から熱で寝込んでいるから、母ちゃん、もしかしたら手いっぱいなのか?

具合が思ったより芳しくないのか?


 そっと、土壁に耳を付け、神経を研ぎ澄ます。


 何やら遠くでざわざわと騒がしさが聞こえるな。

俺のこと、探してくれてるのかな?

ここにいると伝えたいが、声は出ないし、足も痛いし……音を鳴らすか?


 ぱちぱちぱちぱち……一人で手を叩いてみるが、何だか却って虚しくなってしまった。


 ぐうきゅるるるるぅ。


 あ、また腹の虫が鳴いている……よしよし。


 腹の虫を(なだ)めていると、すっと雲が月を隠したのか、上空の光が(かげ)ってしまった。

……闇が増えると、なんだか急に不安が襲う。


 心細い……。


 (すが)るような思いで残る月を見上げる……と。


「見ぃつけた!」

「⁉︎」


 暗くて顔は見えないが、聞き覚えのある柔らかい声の主が、俺のことを穴の入口から覗き込んでいた。


 雲ではなく、彼の身体が月を隠したのだ。


 幾度もかくれんぼをして、ただの一度も勝てたことがない相手。


「んん!」

「腹の虫が教えてくれて助かったよ」


 若はそう言って安堵の声を上げたのだった。


「兄者! 蘇芳! 鉢がいたぞー! こっちだ!」


 若の呼び声で、胡桃丸と蘇芳丸も駆けつける。

忍び装束だったから、皆、暗闇に紛れて突然現れた。


「鉢! 大丈夫か?」


 蘇芳丸の伸ばしてくれた手を掴むと、俺の身体は軽々と穴の外へ引き上げられた。


 助かった‼︎


 声が出ないから、合掌し、頭を下げて感謝の意を表す。


「どうした? 喉やられているのか?」


 いきなり蘇芳丸が俺の口をがっと掴み、中を覗こうとする。


「いやいやいや、この暗さじゃ何も見えんだろうに……」


 若が蘇芳丸に指摘する横で、胡桃丸が呆れたように溜息を吐いている。


「たしかに」


 そう言ってぱっと俺の顔から手が離れた。


 蘇芳丸は気の良い奴だが、考えるより先に体が動いてしまう気質(たち)だ……俺もその辺は似てるから、気持ちはよくわかる。


「痛むか?」

「⁉︎」


 胡桃丸がすぅっと俺の側に寄る。


 ……非常に珍しい。

若と常に行動する、この美しい少年……年は三つ上だったか? 

今まで俺はほとんど話したことがない。


「鉢ノ助……お前は頑丈だ……痛いの痛いの飛んでいけ……」

「はぁ?」


 何を言われるかと思えば、そんな子供騙し……。


「……声出たな。」

「えっ? あ、あれ⁇ 本当だ!」


 ⁇⁇


 一体、何が起きたのだ⁉︎

喉も左足も痛みが引いている、動けるぞ‼︎


 胡桃丸の忍術なのだろうか⁇


 まるで狐に摘まれたような顔をしていたのか……俺の顔を見て胡桃丸がにぃっと目を細める。


「俺はさしずめ、狐か……?」

「⁉︎」


 頭の良い奴は恐ろしい……まるで心が読まれているようだ。


「心配したよ。帰ろう」


 若が俺の背中をぽんっと叩く。


「あ、ありがと」


 ……が……何だろ? 

何かが変だな?

よくわからないけど、何か……あったのか?


 俺の勘は当たるんだ。




 月灯(つきあかり)の下、竹藪を抜け、夜道を四人で歩き戻る。

足の具合も良い……本当に不思議だ。


「で、失敗して、穴が開いたら、誤って落ちて、居眠りして、夜になった……と」

「面目ない……」


 母ちゃん達、心配して怒ってるかな?


「設計図だが……文字が読めないなら、絵ならどうだ? そしたら失敗も減るのでは?」

「なるほど!」


 その手があったか! そしたら分かりやすい! 

若は頭良いな‼︎


「しかし、私はあまり絵が得意ではないからなぁ……兄者は何をするのも器用ですよね?」


 若の言葉に、察した胡桃丸が小さく溜息を吐く。


「……若のお願いとあれば、断る理由がありませんね」


 随分と優しい眼を若に向けるなぁ。


 俺は胡桃丸に、こそっと耳打ちする。


「胡桃丸は随分と若に甘いんだな」

「……べたべたに甘やかして、俺なしじゃ生きられないようにしたいものだ……冗談だ」


 っ⁉︎ ……笑えねぇ。

本気でやばい奴だ……大丈夫か、若⁉︎



◇◇◇◇



 松明(たいまつ)の灯りが見える。

屋敷が近づくにつれて、何だか胸の辺りがぞわぞわする……何だ? これ?

緊張感が三人の間を繋ぐように張られて……いる?


「そうだ、この手拭いを口元に巻いてくれないか?」


 そう言って若から手渡される。


 ⁇⁇


 忍び装束だから気にしてなかったが、皆口元を布で覆っている。


「……何があった?」

「鉢……詳しくはわからないんだが……お前の母、小松殿と牡丹と菊……三人は罹患者(りかんしゃ)だ」


 若は静かにそう告げた。

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