車中
「ハロー、アキラくん?見学終わったから、お迎えに来て?、、、」
キュウちゃんのスマートフォンの奇抜なカバーに見とれる。近代芸術だろうか?黄色や赤や緑の原色の幾何学的な模様が踊っている。
「あっ、そういえば」
猫実さんが、口に手を当ててこちらを見る。深刻な顔だ。
「いくら休日とはいえ、学校に私服で来てもいいのでしょうか?」
「はい?」
一発で聞き取れない巧である。
「確かに、それはあんまり良くないですね」
雑談のテンポが弾まないことを気になる。
猫実さんが、そのことに自分に引け目を感じないように気を使ってくれてるのすら、気になる。
一人だけ、みんなと少しだけ違う。その「少し」がどれだけ複雑で、深いものか。
三人揃って話すのが、楽しくてたまらないのか、気難しい夜桜先輩もほおを緩めて談笑している。美人すぎて、何かのドラマかCMを見てるような気になる。キュウちゃんは、クイッと眉間の辺りに指を持っていく仕草をする。多分、普段はメガネの位置を直す仕草が今日はコンタクトだから、もれなく空振っているのだろう。なんかかわいい。
猫実さんに至っては、今が一番幸せですっ!と言いそうなぐらい、ほおを紅潮させて二人の間に挟まってる。
彼女らにも、外見からはわからない何か、、、何か深いものを持っているのだろうか。言葉にし難い、自分にしか分かり得ない気持ちを抱えて、悩んだりするのだろうか。
考えすぎないほうがいいのは、わかっている。
そんなに、深読みするのは原稿用紙の前だけでいい。聞こえる範囲で、話に入ろうと決めて、車を待つ。
校門の前に、赤い車が入る。巧は早速どんな順に座ればいいのか計算する。
女子ばっかりで緊張するなあ。
キュウちゃんが、助手席に乗り込む。猫実さんが「お邪魔しまーす」と言いながら後部座席に乗っていった。
路上に残る、夜桜先輩と目が合う。
「ん」
なんて言ったらいいのかわからない。絶妙な空気を感じる。
「どうぞ、真ん中の方が」
夜桜先輩が笑う。
その途端、突如として背筋が撫でられたような錯覚に陥る。
「みんなの声、聞こえやすいでしょ」
「はい、、、」
よく、ここまで他人に気がきくものだ。常に思慮深い夜桜先輩に、見習おうとする暇もなく圧倒される。
「取り敢えずまあ、自己紹介からしましょうか」
ドライバーさんが軽い感じで、始める。
「僕は、子知不明です。珍しい名字ですが本名です。こっちのキュウちゃんと研究室で一緒に働いています。」
「ちなみにアタシが室長な」
「、、、まあとにかく、この人のせいで退屈はしません。今日はよろしくお願いします。」
そう言って彼は笑った。
キュウちゃんとは仲がいい様子で、気まずい雰囲気はない。巧は、初対面の人にそんな空気を感じるのは初めてだった。
大人になれば、みんなこうなるのだろうか。
「私は、夜桜かおるです。私も珍しい名字ですが本名です。」
左側に座る夜桜先輩が自己紹介を、始めたのでさっそくなにを話そうか必死で考える。
キュウさんとは、中学生の頃から友達です、、、。
そんな夜桜先輩の声を遠くに感じる。
ふと気づくと、目の前に手を差し出される。夜桜先輩の方を見ると、次は君だよと綺麗な顔で微笑まれる。
「はい、僕の名前は浅野 巧です。本名です。」
「いや、浅野はそこまで珍しくないな」
夜桜先輩に突っ込まれる。右隣の猫実さんが、突然に体を曲げて笑い出す。
本名です、と言うボーダーラインがわからない。
今日はよろしくお願いします。
結局、言わなかった。言うタイミングがなかった。今は、ほとんど聞こえていたし、ちゃんと答えることもできた。
その場合はもう、カミングアウトすることによるリスクしか残らない。隠し通すのだ。
毎日、何人、何百人、何千人もすれ違う人々のうちの一人として、なにも知らないまま、会いもしないまま終わる関係。
猫実さんと目が合う。狭い車内で、いつもよりずっと、近くに何度もかち合わせてきた目がそこにある。
難聴だと言わなかったことを気にかけてるのかもしれない。
どうしてだろう、息苦しくなる。
いつもと違って、猫実さんは諦めが早かった。判断は、巧に任せることにしたのだろう。そして前を向いて、自己紹介を始める。
「私は、猫実 未来と言います。珍しいですが本名です。、、、」
きらきらと目を輝かせながら、猫実さんは笑った。




