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悪くない

 晴れた空、校舎の偵察は終わったのだろうか、それよりも、、、。

「ほらほら、並んで歩けって、」

 無理やり、キュウちゃんに促され猫実さんの隣を歩く巧。

 恥ずかしさで、消えてしまいそうだった。無理やり顎に手を当てて考え事をしようとしても、再生されるのはさっきの大声を出した場面だけだ。

 キュウちゃんが変な勘違いをしたらしい。

 猫実さんと、巧を無理やりくっつけようと画策しはじめた。

「巧さん嫌がってるじゃないですか」

 猫実さんがかばってくれるが、嫌なわけではない。ただ、恥ずかしいのである。

「いいじゃないか、これが青春でしょ!ああ若いって羨ましいなあ!なあ夜桜?」

 キュウちゃんは、巧の左の二の腕と、猫実さんの右の二の腕をがっしり後ろから掴んで、二人を離れないようにする。

「ねえねえ、どこまでいったの?

 放課後いつも二人で一緒にいるって夜桜先パイからきいてますよおー?」

 そんな近くで囃されたら、巧の聴力なら余裕で聞き取れる。

 思考回路が停止し、顔を赤らめて俯くしかない。助けてくれ、いや、自分の首しめたの、俺だよなこれは、、、。

 巧は恐る恐る、猫実さんの横顔を見る。前髪に隠れて、表情はよく見えないが耳が赤くなっている。それがかえって、アレルギー反応を起こすかのように、巧の心を激しくかき乱す。

「ほらほらキュウ、そのくらいにしときなって」

 夜桜先輩が、たしなめてくれたおかげで、なんとか助かった。解かれる。


 二人は、向き合って立つ。声が聞こえるように近めに立つ。いつしか、巧が測った距離感が染み付いていた。

「猫実さん、すいません」

 気を鎮めるためにも、猫実さんに謝った。

「いえ、気にしてませんから」

 猫実さんはうつむいたまま手刀を顔の前で細かく振る。真っ黒なポニーテールの結び目が見える。

「あの、押し付けがましかったかもしれません」

 声を落としてもキュウちゃんが聞き耳を立ててる気配を感じる。ああもう、どうにでもなれと、巧は視線をシャットアウトする。我慢するのは得意だ。

「人の言ってることがわからないときは想像で補うしかなくて」

 ここで難聴を持ち出すのは卑怯だろうか。

 言った途端、猫実さんがハッと顔をあげた。目が合う。とても強い目だ。睨んではじきかえすのではなく、見るものの視線を吸い込むような引力がある。

 見たもの全てを受け入れてやろうという目だ。

 でも、猫実さん身体が追いついていない。

「聞こえないなら、自分が先に行動してやろうとかそういう悪い癖で。

 聞こえる状況にもかかわらず、そうしてしまったのかもしれません。」

 難聴が自分の性格に少なからずは影響を与えているのはわかっている。

 選んでそうなったわけじゃない。

 それでも猫実さんが、自分の性格を嫌だと思ったらちゃんと、批判してほしい。敬遠することも、卑下することもなく、言ってくれるなら慮ることもできる。何より、ちゃんとした人間として、猫実さんと接して行きたい。

 もっと言うなら、仲良くなりたい。

「巧さんは、悪くないよ」

 もう一度巧は猫実さんの目を見た。

 悪くない。

 それがかなり甘く見積もられた基準であることはわかっていた。たとえ猫実さんが少し無理してそう言ってくれてる可能性も十分ある。それでも巧は、その言葉に優しく包み込むまれたように動けなくなった。

 むしろ、強引に張りつめていた巧の心を小さな針で突き刺して緩めてしまった。

 誰かに悪くないと言われて初めて、自分を許せるのかもしれない。

 生まれてからずっと縛られてきた何かを解かれたような気分だ。

 言葉にならない感情が溢れて、ただ猫実さんを見返すことしかできなかった。

「そうかな?」声が裏返る。

「そうです。」猫実さんがにっこりと、湿った空気を拭き取るように笑う。

「それに今日は、楽しむ日ですよ」

 ぱんぱんと、背中を叩かれる。それだけで、目頭が熱くなる。

「ほらほら、泣くのは映画を観てから!」

 そう言ったのだろうか、早口に猫実さんは声を出して、スキップしながら、夜桜先輩の方に駆け寄っていった。ポニーテールが揺れる。

 まだ泣いてません。そう釈明する余地は、なかった。

 いつもは見慣れた学校の風景に、いつもと違う、私服の猫実さんたちが、コントラスト鮮やかに輝いていた。

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