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Q and...?

 成田なりたきゅうは緊張していた。

 目の前には、自分の顔がある。かつてないほど綺麗に見える(はずだ)。自分の技術、センス、独創性を全て注ぎ込み、一時間かけてメイクした顔面だ。

 が、メガネを外した彼女自身にはっきり見えない。

 そう、コンタクトさえハマれば、完璧だった。あの、旧友の夜桜かおるの美貌に対抗しうる自信はあった。メガネをかけた姿しか知らない彼女に与えるインパクトも想像できた。

「キュウ。すっごくかわいいよ」

 と褒めてくれる声も、想像できた。想像するたびに鼻の下がゆるゆるになった。

 だが、指先に乗ってるかどうかもわからない軽い透明な物体が、それらを想像の中にとどめたままにする。決して、現実にすることを拒む。

「こいつが、ラスボスかよ」

 鏡の前で、ためらうほどレンズが乾いてしまような気がして余計焦る。乾いたやつ入れたら痛いもんこれ、絶対。


 焦れば焦るほど、手が震える。

 病院で先生とやったときは、簡単だったのになあ、、、。

 いまは、背中をさすってくれる看護師さんも、もうちょい右!とかいってくれる先生もいない。

 そもそもコンタクトをつけるためにメガネを外さなくてはいけないことが、残酷だった。究の裸眼での視力はほぼゼロに近い。メガネさえつければ、こんなこと楽勝なのに。

 いや、そもそも目に異物を入れるという発想が、エグい。人類が体内に初めて取り込もうとした道具がこれだろう。何故よりによって目なんだ?耳とか鼻の穴とか色々入れられそうなところがある中なぜ、目に入れようとしとした?粘膜だぞ?バカか?

 そしてつけた後に「外す」というこれまで以上の苦行も待っているのだ。

 いやそもそも、こんなもん開発するから、メガネ女子が色々無理しなきゃいけなくなるんだよ。みんな目が悪くなったらメガネで統一すれば格差は生まれないのに、、、。

 でも、

「つけなきゃダメだあぁ、、、」

 真剣に考えても、世界は動かない。正確には、地球の回るスピードは大して変わらない。

 待ってろよ、夜桜。

 目をぎゅっとつぶって潤す。片目だけ閉じることができないので、手で押さえる。(顕微鏡を見るときもこれだ)

 これ以上ないほど目を見開き、覚悟を決めた。

「んんんんん?」

 透明なレンズの向こう側が見える。

 そして、黒い瞳を覆う。

 突如として、冷たい感触が眼球をひたりと撫でる。

「しみるうぅ、、、」

 片目だけ視力が良くなったせいで、クラクラする。急いでもう一枚のレンズを指先に載せる。

 左手で、右目を押さえ、右手で未装着の左目に目掛けコンタクトを運ぶ。

 涙でなにも見えない。

 しかし、異様な興奮の中で感覚が麻痺してきた。アドレナリンが体内を駆け回っているのを感じる。二発目を入れるなら、勢いだ。

 ピンと背筋を伸ばして、鏡に向き合う。一瞬美しくなった自分の姿が「こちらにおいで」と言っているような気がした。

 今なら孫を目に入れたくなるおじいちゃんの気持ちが、ちょっとわかる。

 無理するんだよ。大事なもののためだったら。

 またもや、同様のクオリアが眼球を襲う。

「はっ」

 変な声が出た。

「はいったあ!」

 左目に入ったレンズを逃すまいと固く目を閉じる。ガッツポーズ。

 やった、ついにやったのだ。

 安心感と、達成感で体の力が抜ける。

 目を閉じたままベッドに倒れこむ。

「やったあ」

 泣いたら、レンズが涙で流れてしまいそうなので必死で我慢する。目を押さえたまま、口が裂けるぐらいにニヤける。やったぜ。ベッドの上で自分を抱きしめる。激しい心音が次第に緩まっていくのが気持ちよい。



「はああ」

 珍しく可愛らしい声で息をつく。

 そして、目を開ける。

 鮮明になった世界に驚愕した。

 声も失う。

 鏡には、自分が映っている。かつてないほど「かわいい」自分がいる。

 まさか、アタシがこんな風に感動するなんて。

 アインシュタインや、ニュートンが示してくれる静謐な科学式によって記述された世界ではなく、現実に。わたしは、感動してる。

 爽やかな朝の光が、窓から差し込んでほこりを照らす。

 そうかあ、メガネの度が合ってなかったんだな。

 お気に入りの白衣を着る。今日はちょっと大人にスーツだ。

 バイオハザードマークをあしらったネクタイを、しめる。黒地にメタリックレッドの幾何学的な円模様がかっこいい。

 アタシに、手をだしたら危険だぜっ、という意味だ。

 腰に手を当てて、スカートをちょっぴり上げる。

「ふん」鏡の前で微笑む。今日何回目だこれ?

 太ももの絶妙な位置にあるホクロがまた、たまらないんだよなあ。これだけは絶対に夜桜に負けん。地味に私のチャームポイントだと思う。そしてこんなかわいいホクロをくれた神様とママとパパに感謝したい。

「よっしゃいくぞお」

 パンと手を合わせた。

 ブロークンジャパニーズ。

 おそらく、今、アタシが日本で一番生き生きしている

 と思う。そうなるように生きてる。

 準備万端でいつもの相方に、電話をかけた。

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