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朝の浅野巧

「うわあ!」

 がぱっと身を起こした。

 そこには、生まれてから何千回もみて来た、自分の部屋の風景があった。

「夢か、、、」

 夢を見るのは久しぶりだった。巧は、平穏すぎる現実にため息をつく。安心したのか、はたまた何かに失望したのか。朝の光が、窓から差し込んで机の上に積まれた本の山に影を作っている。ちりが光を反射しながら、舞っている。

 いつもより早く起きたらしい。目覚まし時計がなるのに気がつかなくても、母が起こしにくるはずだ。(難聴の巧には、しばしばあることだ。)

「何のメタファーだよ」

 つぶやきながら、ベッドから降りる。小説を書き始めてから、表現技法についての知識は自然についた。

 何気なく机の上のメモ帳を開く。小説のアイデアや、思いついたフレーズが書いてある。本当は持ち歩きたいぐらいだが、恥ずかしくてできない。

『内股じゃない』昨日の日付とともに殴り書きされていた。

 自分が書いたことなのに理解するのに苦しむ。

 昨日起こったことを思い出す。それがヒントになるはずだ。巧はあまり自信のない記憶力を振り絞る。

 ええっとあの後は、電車に乗って普通に帰った。だけだったような。

「あっそうか」

 だらしなく、声を上げる。独り言を言うタイプである。

「本当に内股じゃなかったんだ。」

 昨日の電車の中で、2つ席が空いた。レディファーストということで、夜桜先輩と猫実さんに座ってもらった。その時に、猫実さんがきっちり足を閉じて座ったのだ。猫実さんの性格がはっきりそこに現れていると感じた。

 それをカッコいいと思って、メモをしたのだろう。

 小説に使えると思ったのだ。座り方さえもキャラクターの特徴を出す要素になり得るのだと学習した。

 巧は小説を書くのに今は夢中である。

 夜桜先輩は、自分の体験で小説をかけ、と言っていた。些細なことが全て小説に生きてくる、そう感じている。そんな毎日が楽しいと思っている。

 そして、目覚まし時計ががなるはずの時間になる。

 じりりという音をかすかに感じながら、小さな黄色い時計の頭を軽く叩く。コツンと、音がしてボタンが引っ込む。

 それきり、音はしなかった。

 聞こえる雑音は、もうなかった。

 静かだ。

 今日もいつも通りだ。ある種の確信を持って思う。いつも通り、僕は耳が悪いのだ。そして、いつも通り静かで楽しい日が始まるのだ。

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