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車の中

 暗くなった学校の敷地を二人で歩く。グラウンドには運動部の部員たちは見えなかった。ちゃんと下校時間に帰ったのだろう。遠くの空はまだ明るい。オレンジ色と深い青が鮮やかに雲を染めている。あそこに夏があるみたいだ。

 暮れかけた春の空を見る。

「あっ夜桜先輩だ」

「えっ」

 ほら、と指さされた場所を見る。確かに夜桜先輩らしき人影が見える。

 背が高くて、髪が長い。

「金子先生も一緒ですね。行きましょう」

 猫実さんが駆け出す。

 どうしてこんなにも、フレンドリーに人に近づけるのだろう。

 巧は少し戸惑いながらも、猫実さんを追いかける。

「よっ」

 ピシッと、指をたてて挨拶する。なんか、男性アイドルみたいだ。これでも様になってるのがさすが夜桜先輩だった。

 一緒にいた金子先生も何か猫実さんと話している。夕闇にこくこくと揺れるポニーテールのシルエットだけが見える。

 何も言うことなく、金子先生のシエンの前でたたずむ。

「浅野も乗ってくか」

 金子先生が巧に声をかける。

 乗ってく、の意味が車に乗って駅まで行く、と言うことだと理解するのに少し時間がかかった。

「いいんですか?」

「もちろん、と言うか乗らなかったら浅野だけ歩くことになるけど」

 それは嫌だ。


「やっぱりこの車オシャレですねー。」

 猫実さんがウキウキするのも分からなくはない。巧も車に乗れて嬉しいのだ。何より、みんなで1つのところに集まる暖かさというものが、好きだ。初めて乗った時はこんなにリラックスしていなかった。

 麻生先生の時だからなあ。

 あの時の体験が、強く蘇る。

 あの時以来、確かに何かが変わってしまったように思える。それが良いのか、悪いのか分からないけど。消えない思い出として、強く心に刻まれている。

「あ、巧さんシートベルトしました?」

 相変わらず、猫実さんと後部座席に座る。あの時の涙で濡れた目の面影はすっかりどこかに言ってしまった。

 夜桜先輩は当然のように助手席のドアを開ける。

 黙って金子先生がエンジンをかける。それに応じるようにかすかに車が揺れる。最近の車は静かだ。巧には聞こえるか聞こえないかの音だ。だから、意識しなければ全く、聞こえなくなる。

「いっつもこうやって帰ってるんだ。」

 金子先生が何か言ったので、巧は耳を傾けた。

「過保護すぎるかなぁ」

 ははは、と豪快に笑って夜桜先輩の方をチラリと見た。巧もつられて、表情を伺う。

 先輩は窓の外を見て、むくれている。

「夜桜がいると、国が傾くからなあ」

 きっと、金子先生は夜桜先輩が美しいゆえのトラブルを未然に防業としているのだろう。だから、あの時も車に乗っていたのだ。

 今まで何かあったのだろうか。

 急に不安になって巧は、猫実さんに視線を向けた。昔から知る彼女なら、と思ったのだ。

「大丈夫ですよ」

 ぺしっと肩を叩かれてしまった。

 何が大丈夫なんだと、突っ込もうとして、やめた。

 きっと猫実さんも、少し不安なのだ。

 言われてみれば、夜桜先輩の周りには人がいない。不思議なくらいに。いつも、あの文藝部の部室にこもっているのは、周りから距離を取るためだったのかもしれない。

 寂しくはないのだろうか。それとも、もう慣れてしまったのだろうか。

 みんな、誰にも見えないところで何かを抱えている。そう、痛感する。先輩でさえ、金子先生だってそうかもしれない。

「あの、先輩は『フォーエバー』の原作の小説もう読みました?」

 流れを新しく作るように、巧は話題を変えた。なぜか分からないけど、みんなが笑う未来が見えた気がした。

「読んだよ、面白かった」

 夜桜先輩がうっすらと微笑む。

「そ、そうですか」

 気を抜いたら、見とれて何も言えなくなってしまいそうだ。あえて意識をそらすために、金子先生の方を見る。

「金子先生は読みました?!」

「いや、まだだけど」

 と笑い混じりに、答える。

「なんか必死に場を取り持とうとしてるな、浅野」

「巧さん、お疲れ様です」

 猫実さんが、天然なのか嫌味なのかわからない励ましを入れて、やっぱりみんな笑った。

 車の中に声が響く。巧は声を出して笑うのが恥ずかしくて、口の中に溜め込んだ。

 一人、ニヤついてる顔を見られないように窓の外を見る。都会である。他の車がたくさん走っている。テールライトの赤と、オレンジと、信号機の赤。そして、街灯の白い光。黒い夜空に、明るい金星が1つだけ光っていた。

「ねえねえ、先輩」

 猫実さんが何か、話している。内容は聞こえない。それでも、落ち着いていてそれでも甘えたような声色が心地よかった。

 車は駅に向かって走って行く。

 あの車の中にも、こんな空気が1つずつ入っているのか。自分が関係ない世界のもしかしたら、一生交わることのない世界の暖かさを包んで、それぞれの場所へと走って行く。

 また明日も学校がある。疲れるけど、日々はいつも通り過ぎて行く。たまにこんな非日常があって、楽しくて、過ぎていく。


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