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回る

「ええと、帰ります?」

 もじもじしながら、巧は猫実さんに聞く。

「うーん、じゃあちょっとだけ」

 指で、小さくつまむように「ちょっと」と猫実さんが示した。

「は、はい」

 もう下校時間だ。巧は急いで説明する。

「人物描写ゲームと言うのはですね。人を見て、小説みたいにその様子を描写することです。

 例えば、『猫実さんはキョトンとして座っている』とか」

「はあっ?!」

 急に自分のことを実況されて落ち着かなくなる猫実さん。

「なんてゲームをするんですかっ」

 思いっきり嫌そうに、胸の前で腕をクロスしている。

 自信満々に紹介したのに否定されて巧は激しくへこんだ。

「いや、書く練習になると思ったんですけど、、、」

 まだまだ、上手く人に伝えるのが苦手だなあ。

 意味がわからないと言うふうに固まったままの猫実さんに説明する。

「人の様子とかをよく見るのは、いいことだと思いますよ。リアティが増すし、地文も面白くなるし、嫌だったらやめますけど、とにかく、書くよりも口で言って見たらどうですか。」

「むむむ」

 ほおを膨らませて猫実さんが考える。ゲームを進めようとして考えているのか、理解に苦しんでいるのかわからない。


 じゃあ。


 その言葉の音だけを聞いた。

「巧さんがなんかポーズとってくださいよ」

「わかりました」

 確かに立ってるだけだとつまらないよなあ。

 巧は動き始める。

「ええっ?ちょっと待っていきなり、、、。

 」猫実さんの戸惑う声が聞こえる。

「はやく!僕の様子を描写してください!」

「じゃあ、『巧さんは回っている』!その場でくるくる回っている!

 、、、なんですかこの状況は!」

 もうすでに、回り始めるモードに入った巧は止まらなかった。

 巧も思った。なんだこの状況は。

 回転する景色の中で、猫実さんが見えなくなり、見えるようになる。回っている。

 数十秒ぐらい回って、疲れてきた。回転を止めると目が回って立てなくなった。

 地面が揺れる。猫実さんが何か言うが、聞き取れない。

 ある種、気持ちが良い非現実感を久しぶりに味わう。

「はい、はい」

 話しかけられるが、空返事で返してしまう。四つん這いになって、落ち着くのを待つ。

 猫実さんの方を見ると、机に座って、原稿用紙に何か書いている。

 書いている?

 巧は目を疑ったが、言葉が出てこない。そして、猫実さんと目があった。何か意思を通わせようとするが、素知らぬ顔で、また原稿用紙に注意を戻してしまう。描写しているのだ。

 またも、巧は猫実さんの真面目さに感心してしまう。

「書けるじゃないですか。」

 やっと歩けるようになって、原稿用紙を覗き込む。


「なんか、面白くて」

 音だけが、耳に入る。

 砕けた日本語の意味を若干遅れて理解する。

「ああ、はい」

 このタイムラグが、会話をぎこちないものにしてしまう。それでも、巧は微笑んだ。猫実さんが笑っていたからだ。

「これ、あげます。」

 猫実さんが立ち上がって、紙を手渡してくる。

 せっかく文を書けたと言うのに、あまり大切にしてないようである。

 巧は黙って、文字を読む。

『巧さんは、回っている。その場でくるくる回っている。』

 しっかり、書き始めを一マス開けてある。字がうまい。いわゆる、女子が書くような丸字じゃない。こんなところまで多才すぎるなと、感心する。

『すぐに疲れて、床に這いつくばっている。全体的に体力がないみたいだ』

 原稿用紙の半分にも満たないが、一応文にはなっている。やや投げやりな気がしなくもないが。もしかしたら、無理やり書かせた感じが気に入らないのかもしれない。

「うん、いいじゃないですか」

 とりあえず、褒める。進歩なのは確かだ。

「そうですか」

 猫実さんはちょっと目を細めて、言った。いつもは見開かれているから、一層、冷たく見える。

 まだ、これだけじゃ克服したなんて言えないか。

 巧は少し考え込む。

 やはり、書きたいと猫実さんが思うまで待とうか。

 しかし、夜桜先輩が卒業するまで、と言う時間制限を思い出した。

「難しいな、、」

 いつしか、独り言を目の前で、つぶやくほど猫実さんに気を許していた。

「たくみさーん」

「はっ」

 声をかけられて、我に返る。耳が遠いと、考え事に夢中になりがち、というのはあるかもしれない。

「もう、15分も過ぎてます。帰りましょう」

 猫実さんはもうバッグを肩に掛けて、鍵を手に持ち揺らしている。

「そうですね。」

 急いで、巧も帰る支度をする。

 そしてまた、考える。

 どうしたら、猫実さんが書けるようになるだろうか。

 不思議なほど真剣に、想像した。不思議なほど、くるくると考えが進んでいった。


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