図々しさすらも。
「では、そろそろお助け部に戻りますね」
猫実さんがそう言って、お開きになった。
たくさんの言葉が交わされた。
巧はまだ全然ここにいたいと思ったが、猫実さんはそういった嬉しさよりも義務感を優先できる人なのだろう。
空気の中で、一人一人の意図が混ざっていくようだった。
それこそが、先輩の言う言葉にできないこと、なのかもしれない。いやでもそれは言葉にしようと頑張った結果初めて言葉にできないものを認識できるようになるわけで、はなから言葉にする事を諦めるのはダメだな。
「おおーい、たくみさーん」
猫実さんに目の前で、手のひらを振られて意識が戻る。
「すいません、考え事、、、」
「もう」
そう言われた時点で完全に、猫実さんの下につかされている。これから、どんどん恩を返していくつもりなのに、、、。
「先輩どうもありがとうございました。」律儀にお礼を言う猫実さんを見習って巧も文藝部を後にした。
2人きりになった途端、急に先輩が言った「巧さんと猫実さんだけの関係」が気になってしまった。
「そろそろ、もうひとつお手伝いしたいなぁ。」
賛同が欲しいのか、熱い目でこちらを見てくる。
「そうですね、、、」押しに弱い巧であった。
あれ、コレって無理してるうちに入るのかなあ。と、早速、巧は良心の呵責に苦しむ。
そんな事をお見通しなのか猫実さんが思わせぶりに、ふふと笑った。夜桜先輩の片鱗を見た気がした。しっかり、受け継いでいる。
猫実さんが、しゃがみこんでお助け部のドアに取り付けられた小さな郵便受を耳に当ててふる。後ろ姿のポニーテールが元気に揺れる。
巧は、こういう時、音よりも中のものが容器に当たる感触を確かめるので、耳がいい人はそうするのだとカルチャーショックを受けた。
「来てる!」猫実さんが嬌声を上げる。
振り返った彼女の目が、かっと大きく見開かれる。
「どれどれ」
ぞろぞろと部室に入り込み、とりあえず、席について猫実さんと一緒に中に入っていた紙片を覗き込む。
テキパキと畳まれた紙を広げていく。
なんか髪の毛から花のような匂いがする。
『お助け部って本当に何でもやるんですか』
それだけ。短い内容だった。多分、悩みは返答次第で打ち明けるつもりなのだろう。
「これはどうなんですか」
巧も少なからず気になるところだ。
「何でもって、もちろん常識の範囲内ですよ」
「そりゃそうでしょうね。」
つい軽く、相槌を打ったが、さらりととんでも無い事を言ってなかったか?
「いや逆に常識の範囲なら何でもやるの!?」
「え?そうですけど」何か問題でもと言いたげである。
「ええ〜」
巧は弱音をはく。優しすぎて、真面目すぎてじゃじゃ馬すぎる。
「駄目かなぁ」
チラリと上目づかいで見てくる。そうやって迫られてしまっては巧に拒否権はなかった。何で急に色気を出してくるんだ?
「あの、いや、駄目とはいいませんけど」
これ以上見つめられるとおかしくなりそうなので巧から目をそらした。
「じゃあ決まりですね。お返事はどこに書きましょう」
猫実さんがいつの間にか太いペンを構えている。巧は届いた紙片をもう一度見る。
「匿名だし宛名がない」
「そうなんです」
「方針が決まったら、目に入るように宣伝しろってことじゃないかなあ」
なかなか図々しい客だぞこれは。腕をくんで、唸る。
「ポスターでも作りますか。」
猫実さんが突然すくっと立ち上がる。
「そうだ。」
猫実が突然立ち上がった。と思ったら、また座って足元のバッグからノートを引っ張り出す。動きがせわしない人だ。
「画用紙よりも印刷の方が綺麗ですよね。」
「印刷ってできるんですか」
「ええ、ワード使えばなんとか」
猫実さん、ワード使えるのかと、感心する。巧はさっぱりである。コンピューターを使えたら、手書きで原稿用紙であんなに長い小説書かないだろうなと思う。間違えてデータが一夜にして全て消えたりしないのかなあ。
今彼女がノートにサッサと書いているのはポスターの下書きだろう。猫実さんはこれを家のパソコンで作るつもりなのだろう。
真剣だ。紙を睨んでいる。誰かのために頑張ることが出来る彼女が誇らしいと思った。
「よし、」
ものの数分で出来上がった。ラフだが内容はわかる。
「コンピューター室行きましょう」
「えっ?ピーター?」
「コンピューター室!」
このまま学校で完成させる気なのか。
まさかの仕事の速さに耳が、追いつかなかった。誰だよピーターって。
「早く行きましょう」
猫実さんがノートを、両腕で抱くようにして足踏みをしている。
「レイアウトってこんなんでいいですよね」
コンピューター室の鍵を借りたいと頼めばばあっけなく入れてしまった。
比較的新しい部屋だ。壁が白くて、たくさんのパソコンが綺麗に整列している。椅子も足がローラーになっていて、いかにも最新鋭って感じだ。
みるみるパソコンの中に出来上がっていく。これが文明の利器かと感心する。
「常識の範囲内ってわざわざ書かなくても、何でもやると書き直すだけでいいのでは?」
猫実さんが小説が書けないのが嘘なんじゃないかと思うほど、カタカタと文字を打ち込んで行く。巧も役に立ちたくて、ディスプレイと向き合う彼女に後ろからアドバイスをする。
10分ぐらいでポスターのデザインができた。
「ああ!アレがないアレが!」
「何ですかアレって」
「ポスターを壁につけるやつ!」
「画びょうですか」
「画びょうじゃなくて、、、あ、ホッチキスです」
「ホッチキスって紙を挟むしかできなくないですか」
「いや、ホッチキスさんの顎外して上の顎だけ壁にぐってやるの!」
見えない壁に向かって掌底突きを繰り出す猫実さん。ホッチキスの実物がないとよくわからないので動く方が早いと思った。何より、自分から仕事を見つけないと全て猫実が先に済ましてしまう。
「金子先生に借りてくる」
「わたしも行きます」
結局二人で職員室に駆け込むことになった。
「学校にポスターは勝手に貼れません」
金子先生がきっぱりと言う。
「何ですと!」
猫実さんのテンションがおかしくなってる。
「掲示物は、まず三部長の承認をもらってから、生徒会のハンコがいるの」
「三部長って何ですか」学校にまだ詳しくない巧が質問する。
「生活指導部長と、進路指導部長と、教育部長。」
「それって、今日は、、、」
「今日は無理だ」
まあ時間がかかるのは仕方がない。ポスターの原本を金子先生に手渡して、退散することにした。
それよりも麻生先生が職員室の奥の方にいるから早く出て行きたかったぐらいだ。
「待ち遠しいです」
職員室の前の廊下で猫実が言った。
楽しそうだ。元気だ。図々しさすらも、勢いでなぎ倒していく。この人に付いて行きたいと思った。目の前にそう思える人がいるのがどれだけ幸運なことなのか、痛いほど知っている。
愛おしくなってできれば触って、感触を確かめたくなった。
できない代わりに、ぐっと拳を握って、自分を、確かめた。
わけもなく猫実さんが笑う。ふと聞いて見たいことがあった。
「どうして、こんなに一生懸命なんですか」




