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ハッピーならそれで。

「紅茶っていっぱいあるな」

 レモンティーとかミルクを混ぜたやつとかたくさんあって全くわからん。

 ここでもまた、巧は悩んでいた。

 単に紅茶って言われたから、ストレートティーでいいのかなあ。

「でも、この間先輩アップルティー飲んでなかったっけ。あ、いや、、、それは猫実さんか」

 人目が少ない、地下部室棟の一角だったので遠慮なく独り言を言う。その方が頭が働くようである。

「そうだ!」1人で勝手に手を叩く。

「どっちも買って片方は自分で飲めばいいか」簡単なことだ。

 先輩から預かったお金と合わせて、紙パックの紅茶を2つ購入した。ゴトンと薄暗い通路に心地よい音が響く。

 振り向くと巧の後ろに3人ぐらい並んでいた。

「すみません」

 ぺこりと頭を下げてそそくさと立ち去る。

 夢中になってブツブツ言っていた自分が恥ずかしい。全く気がつかなかった。


「ただいま、戻りました。」

 文藝部のドアを開ける。

「う」危うく、紙パックを取り落としそうになった。

 猫実さんが巧の書いてきた原稿用紙を手に持ってうなだれていた。

 見せなければとかったと後悔する。猫実さんがしぼんでいるのが辛かった。どこかではこうなることは予想できたはずなのに、その可能性を見殺しにしてしまった。この空気をどう手をつけたらいいかわからなくなった。

「ありがとう。とりあえず座って」

 促されて元の席に着く。

 先輩が机の真ん中に置かれた、紅茶を見た。

「読んだよ」

 と言ったのだろうか。先輩がため息とともに吐き出すように言った。

「ありがとうございます」巧も消え入りそうな声で返事をした。

 先輩が猫実さんの前に手を出して、原稿用紙を受け取る。長い黒髪を耳にかけて、真っ直ぐにじっと見る。

「とりあえず、小説をひとつ書き上げただけあって読みやすかったし、文法もあまり違和感なかったよ」

 笑いかけられる。それに対して、愛想笑いで返してしまう。先輩が、褒めるだけで終わるはずがないことを分かっていたからだ。単純に喜べない。

「今度はエッセイかな」

「はい」

「君は本当に、こう書いてあるように思ったのかい。」先輩は穏やかに微笑んでいる。巧は視線が注がれているのが恥ずかしくて目を背けた。

「少なくとも、部分的にはですけど。全てを言葉で表せた気にはなれません」

 2つ並んだ紅茶を見て言った。

「そっか」

 先輩が軽く相槌を打つ。口調とは反対にたくさんの含みがあるのだろう。

 ふっと緊張が解けて、巧もため息を吐いた。猫実さんもただ黙って会話を聞いているのを感じる。そして自分を気にせずに話してほしいのだろう。巧の本音をまず聞くために、意識的に影を薄めている。

「どうして書こうと思ったの」

 しばらくして、先輩が口を開いた。

 前にもこんな風に聞かれたなと思い出す。

 誰かを楽しませたい。

 あの時はそう言って返した。でも、この文章にはそんな理念はなかった。

「ただ、自分の難聴という部分を書きたかったんだろうなと思います。」

 自分のことなのに、あやふやな表現だ。

「辛くても、それが自分だけのものだと思うから。あと、書くことで少し楽になるんです。」

 うん、と夜桜先輩が頷く。優しい笑顔で。わかってるよと言うように。

 ずっと前からこの人は、「書いて」きたのだ。だとしたらどれだけの辛いことを、楽しいことを、理想や、夢を言葉に託して表現してきたのだろう。

 このまま、続けたら、先輩のようになれるだろうか。

「巧さん」

 猫実さんが、巧の目を覚ます。

「私、やっぱりわかってないですね。」

 両手の指を合わせて見つめている。きれいな指だと思った。

「てっきりそんなに耳のことを気にしてるなんて思ってませんでした。それに、巧さんがこんなにいろんな事を考えながらあの時、私と一緒に居たなんて驚きでした。何と言うか、浅はかでした。」

 巧はそんなことない。と否定したかったが、真剣に言葉を述べる彼女を邪魔したくなかったので、何も言わずに聞くことに集中した。

「出来れば、もっと書いてほしいです。

 口で言うのが難しいならどんどん書いてほしいです。」

「はいっ」

 どんどん書いて、と言われて肩の力が抜けた。何よりも、書いたものを読んでくれる人がいるだけで嬉しい。書くことの一番の幸せはそこにあるのかもしれない。読んでくれるということは自分をわかろうとしてくれるということなのかもしれない。

「いいね、そういう関係って」うっとりと夜桜先輩が言った。

 こっち、もらうよとストレートティーの方に手を伸ばしてストローに口をつける。

「そういう関係ってどういう関係ですか。」猫実さんがガタガタと戸惑いながら聞き返す。会話がコミカルになってきた。

 巧はやっと自分が2人を警戒しすぎていることに気がついた。自分が、とても悪い事をしているような気持ちから解放された。

 手をつけられなかったように思えた空気も、会話によって和やかになる。それこそまるで魔法のように。

「うーん、何というか言葉にできないから『そういう関係』って言ったんだけどな」

 言葉にできないとこうもあっけなく言えてしまうのか。巧は少し驚いた。自分はどちらかというと、何でも言葉で言いたくなるタイプだなと思う。

「強いていえば、『巧さんと猫実さんだけの関係』かな」

「な、何言ってるんですか先輩!」

「ごふっ」

 巧は切り込みの深さに咳き込んだ。

 飲みかけていたアップルティーが変なところに入った。

 この人はギリギリのところを突いて楽しむ節があるな。

 末恐ろしい。

 声を出して豪快に笑う美女を見てそう思った。

 こんなに遠くてもまだ、セーラー服を着てるのがアンバランスだ。

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