焦るべきか否か
「猫実さんなら絶対書ける」
絶対って、安っぽいかな。でももう言ってしまったから。考えずに出た言葉だ。口先だけじゃない。身体全体から満ち溢れて来た言葉だ。
「猫実さんのいう世界観にワクワクしたし、こんなはっきり絵もかけてる。だからもう思いのままに書くだけで、きっとすごいものが書けるはずです。
何よりも、僕自身が読みたいです。その小説。そういう幻想的な感じの大好きですし、、、なんかこうグワァーっとするような、その、、、」
言葉が途切れてしまう。上手く気持ちを伝えられない。もどかしい。何だよグワァーって。
「すいません」
巧は喋りすぎて、場を乱してしまったと感じておずおずと座った。
沈黙。そして、恥ずかしさが襲いかかる。さっきからずっと恥ずかしい思いばっかりしてる気がする。
「とにかく、猫実さん頑張ってください」
「は、はい」猫実さんが、いい姿勢のまま頷く。顔を直視できない。
頑張れ、が嘘くさくなってしまってないだろうか。
身を悶えさせる代わりに膝の上で指をごちゃごちゃと絡ませる。
「少しは、書いてみたくなった?」
夜桜先輩が猫実さんに問いかける。小さいものに投げかける愛情のようなものを感じる。見下さない程度に、ささやかに。
そういう気遣いができるようになりたいと巧は思った。
「ええ、まあ」猫実さんは自信なさそうに答えを濁す。素直な彼女は憂いという感情も、鮮やかに映し出していた。
なかなか、トラウマはそう簡単に克服できるものじゃない。自分自身が一番わかっている。巧も障害を抱えて生きているからだ。難聴の度合いは軽いとはいえ、ずっとこれから付き合っていかなくてはならないのだ。
「焦らなくていい。私は、書きたい時に、好きなように書くのが一番たのしいし、いい作品ができると思ってる」
夜桜先輩がそう言って微笑んだ。心がゆるりと軽くなる。つられて微笑んでしまうような笑顔だった。
焦らなくていい。いつも精一杯頑張っている彼女にはそのくらいがちょうどいいのかもしれない。涙が出るほど、真剣なのだから。
それに比べて、俺は。
巧は持って来た原稿用紙を強く握った。
これって、見せない方がいいのかもしれない。
自分が、諦めた会話。作り笑い、上手くいかなかったコミュニケーション。
自分のダメなところをさらけ出したようなダメな文。こんなもの見せて何の意味がある、
かわいそうな自分を見せて何が嬉しい。甘えているだけだろう。
焦らなくていいのは、一生懸命だからだ。ちゃんと向き合っているからだ。今の自分にはそれができてないような気がした。
「それで、そっちの君はどんなのを書いてきたのかなあー」
夜桜先輩が、頬杖をついて楽しそうにこちらを見る。獲物を獲る蛇のように容赦ない。多分本人は、悪意はなく純粋な好奇心から尋ねているのだろう(と信じたい)けど。
「いや、ちょっと、、、」
ここに来て優柔不断になるのが情けない。猫実さんとは大違いだ。
「どうした?」
不思議そうに眉をひそめる。
やっぱり苦手だ。先輩じゃなくて、人、自体が苦手だ。圧倒的に2人より人と話した経験が足りない。上手く会話を転がせない。
ぐるぐると汚い色の感情が回る。喉が詰まってたちまち何もいえなくなっていしまう。
「巧さん?」
猫実さんに声をかけられて、何か吹っ切れた。
「こ、これです。」
震える手で先輩に差し出す。
先輩は厳しい目で、それを見つめる。
巧は、自分のありのままの姿が品定めされてると考えると顔のパーツがグラグラして来て落ち着かなくなった。
「あの、飲み物買って来ましようか。」
「ん?」猫実が、首をかしげる。
「喉乾きませんか」巧は説明すればするほど、変な空気を作ってしまう。この場から離れたいという意図が先輩にはわかってしまっているかもしれない。でも、わかってないかもしれないから、出来れば離れたいという逃げ腰の提案だ。
「別に、私はいらないですけど。」猫実さんが戸惑っている。
「じゃあ僕はちょっと」
立ち上がろうとして、夜桜先輩の方を見た。
「私は、紅茶」
「あ、はい」
先輩から100円を受け取る。ひとまず苦しい状況から離れることができて安心する。
「行ってきます」
文藝部から出た途端、深いため息をついた。
きっと先輩も巧を追い出したかったのだろう。
頭を冷やして来いということか。
巧は、自販機コーナーを探し始めた。




