フォーエバー
日曜日の朝。巧は文庫本を棚から取り出して読む。
高橋監督の『フォーエバー』である。
ページをめくると周りのことは気にならなくなる。集中力なら人一倍ある。自分の部屋なら安心して没頭できた。
そういえば最近書いてばかりだから、読むことがおろそかになってたんだよなあ。
映画のノベライズということでそこまでの分量はない。もしかしたら巧が書いた小説の方が長いかもしれない。
気がつくと、物語に心を動かされている自分がいた。
ある女性の話。舞台設定は近未来。映画はアニメ映画のようだ。
そして、何よりも惹かれたのは、タイトルの由来であるその女性の体質だった。それは、永遠の命を持っていること。
突拍子も無い設定も軽妙なタッチで受け入れやすく書いてある。そして、永遠に生きることができる、生きなければいけない彼女の苦悩が共感できた。
勝手に自分の方に引き込んでしまっていた。巧自身も難聴という障害を抱えているからだ。主人公の体質が外見からわからないということも、似ていると思っていた。彼女もまた、苦しんでいた。
鮮やかな伏線。美しい情景。無駄のないストーリー。
そして、暗いテイストからの読者が納得できるようなエンディング。
これが、大物映画監督が書く小説か。
ある意味、映画の世界の人だからか型にはまらずに書いている印象がある。だからこそ、書きたいこととかがはっきりと伝わってくる。
打ちのめされていた。
昨日の自分が書いたものがみすぼらしく見えた。
「書かなきゃ」
そういう衝動に襲われた。
机の中から原稿用紙の束を取り出して見つめる。小説のあらすじを書いたノートを広げて進行を確認する。
頭の中にある物語を書き出した。遠く、輝かしい場所にいる人を追いかけるように。
自分が将来、物語を紡いで生きていることを想像した。
たくさんの人に読まれて。キャラクターがたくさんの人に愛されて。生活に困らないほどのお金も、手に入って、、、。
想像して切ない気分になる。
目の前にある原稿用紙の束にそんな力があるかと聞かれれば、巧は自信を持って「はい」、と答えられる気がしなかった。
それでも、書かなくては気が済まなかった。不思議な気持ちだった。
夜遅く、今日書いたものを見直した。
自分では面白いと思っていても足りないのだろう。面白くするためにどのようなことをすればいいのかもよく知らない。そして面白いだけでもまだ足りないのだろう。
したたかにも、巧はそれに気がついていた。自分の持つ障害を書くこと。
難聴は個性でもあった。それをどう作品に活かすか。自分にしか書けないものを。
もっと、自分というものの輪郭を研ぎ澄ましたい。
こうやって机に向かって、原稿用紙に向かって、自分と向き合っているうちに掴めるものなのかもしれない。
掴めると信じないとやっていけないと思っていた。この社会で自分がやっていけるのは、物語を書くことぐらいしか無いと思っていた。難聴であることは、それぐらいか弱かった。それゆえに、巧に生きてゆく術を考えさせた。




