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カード

 二人はゆっくりと静かに流れる時間を味わっていた。心に浮かぶ思いが言葉になる前に不思議と通じるように感じた。

 この時間が永遠に続けばいい。

 巧はなんの飾りもなく心からそう思った。

 それくらい甘美で、神秘的な時間だった。



「巧さん、、、」猫実さんがそう言いかけて、やめた。

 巧は何事かと身構えるが、彼女の視線は自分の背後にあると気がついて振り返る。

 お助け部の入り口のところに、金子先生が立っていた。ドアが開いた音が聞こえなかった。それほど集中してたのだろう。そして、もう今はすっかり長い夢から覚めたような気分になっていた。

「どうしたの、見つめあって」

 金子先生が笑いながら言った言葉に、巧は赤面する。

 少なくとも、会話までは聞かれていないことが救いだった。

「いや、ちょっと大切なお話を、、、」

 猫実さんが、おずおずと答える。

 巧が真面目に答えすぎだと突っ込む暇もない。

「大切なお話ねえ」

 いつの間にか、二人の真向かいに金子先生か座っている。

 巧は恥ずかしさで直視できない。声からしておもいっきり、ニヤけているらしいのがわかった。

 巧は、どうして猫実さんはそんなに素直すぎるのかと心から疑問に思ったが、そこも猫実さんのいいところだよなと、思い直す。それにつられて、するすると心の内を言ってしまうのだ。

しかし説明できたところで状況は何も変わらない。

 それで、どんな話なの?

 金子先生の次の台詞を予想して、さらに熱くなる。

 さらなる追撃に備えるどころか、焦り出して心臓がバクバクと暴れ出し始めた。しかし、次の金子先生の言葉は、拍子抜けするほど無害だった。

「残念だけど、今日はここまでね」

 軽々しく先生は言った。

「え」

 巧は思わず、机の木目をなぞっていた視線をあげた。ショートカットに包まれた微笑みは、大人の余裕とも取れたし、お楽しみを次の日に残そうとする子供のようにも取れた。

 どちらにしろ、からかわれている。

「職員会議があるから、部活動は中止」

「はあー」

 それを聞いて猫実さんが残念そうに息を漏らした。

「職員会議と部活って関係あります?」

 うなだれる彼女を弁護しようと巧は聞く。

「名目上は、顧問がいないと活動できないから、、、ね。」

「そうですよね」と猫実さんがうなだれたまま納得する。慰めるように金子先生は彼女の無防備な後頭部を撫でている。

「うん、じゃあ、、、」

 帰るしかないのか。と、巧が思った時に

「ここまでが悪いニュース。そしていいニュースは、、、」

 と、金子がニヤリと笑った。

 そして足を組み直して白衣の胸ポケットから何やらハガキのようなものを差し出してきた。

 若々しい仕草に戸惑いながら、巧はそれを受け取る。よく見るとリボンが表面に印刷されていて、開くようになっている。

「校長からだよ」

 それは厚紙に包まれた図書カードだった。

 巧はしばらく意味に気づかずに、はめ込まれた千円と書かれた数字を見つめていた。やはり猫実さんのほうが早く気がついて、巧の腕を掴んできた。

 金子先生が鈍い巧をからかうように言う。

「これで、映画の原作買えるでしょ」

 ガンと殴られたような衝撃とともに様々な感情が巧の体に押し寄せた。座ったまま放心してしまった。

「うん」

 巧はやっと出た言葉と、聞こえる自分の声を、他人のもののように感じた。

「よかった」

 金子先生を見て巧が笑う。いつも通り声を出さずに笑った。いつからか声を出して笑うのが恥ずかしいと思うようになっていた。

 何よりも猫実さんが嬉しそうなのが、巧をホッとさせた。油断すると、泣いてしまいそうだ。

 巧はもう泣かないと言った彼女の台詞を思い出す。自分だけ勝手に泣くわけにはいかなかった。

 猫実さんが呟いた。ため息まじりにゆっくりと

「よかった」

 そう言う風に巧は聞こえた。確信はない。小さな声だった。

「麻生先生には秘密だからな」

 二人の事情を知らない金子先生が笑う。

 巧はつられて作り笑いをしてしまう自分をすまなく思った。いつかきっと、心から笑いたいと思った。

 何にもないほうがおかしかった。思い出すのが恥ずかしいほどの挫折を忘れることなんて、できなかった。

 冷たいのが当たり前だった巧の心に暖かさが熱いほど強く感じられた。

 もっと、喜んでいいんだよ。

 そう、金子先生に言われたような気がした。

「じゃあ私は会議行ってくるから」

 一通り笑ったあと金子先生が手を振って立ち上がった。

「帰りにどっかよってきなさい。じゃあね」

 白衣がなびいた。

「あっ、それと、、、」

 金子先生がドアの前で何か言ったが離れすぎて巧には聞こえなかった。猫実さんの方を見ると、通訳してくれた。

「先生、小説、もうすぐ読み終わるって」

「ああ、ありがとうございます」

 やっと理解した巧がそう言うと、ドアが閉まった。猫実さんを介した先生の、言葉が直接届くよりも暖かく愛おしく感じた。

 猫実さんが微笑む。巧はもう、それがさまざまなものを通り抜けてきたものだと知っている。

 今まで見てきたものでも単純なことなんて一つもないのだと知っている。


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