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偶然と運命と

 どうやら、夜桜先輩と背中合わせになっているみたいだ。背が高いからサラリーマンかなんかと思ってたが違った。急に正体がわかった驚きで、心があらぬ方向にざわめく。

 何かを我慢したり、やり過ごしたりするのは得意だ。必死に考えないようにする。

 やわらかかったり暖かかったりするのは考えんぞ、絶対。

「聴こえる?」

「は、はい」

 夜桜先輩の難聴への理解度が半端じゃない。

「不思議だよね。偶然って」

 本当に聴こえるぎりぎりの声なので全力で耳を済ます。立つことと、話を聞くことだけに集中する。必然的に引き込まれる。

「偶然なのが怖いって言ったな、君は。」

 そうなのだ。僕は運が良すぎる。

 申し訳ないぐらい、恵まれてると思う。

 こんなに優しい人たちに会えたのも、偶然で、何の確かさもなく、僕を救ってくれた。

 嬉しかった。でも今度は怖くなった。

 か細い糸で、繋がった幸せのようなものが、許せなかった。そしてその糸が、自分のような特別でも何でもないただの人間を支えているのが、申し訳なくなった。

「だったら、一つずつ確かなものにしていけばいい。」

 声に合わせて夜桜先輩の背中がぼんやりと震える。手放しで喜べないけど次第にゆっくりと心がほぐされていくようだった。

「始まりは偶然かもしれない。でもその続きは、偶然じゃない。君自身が、選んでゆくものなんだよ。」

 息を飲んだ。

 美しい言葉の羅列をもう一度脳内で繰りそうとする。心の動きが音のない音楽のように感じる。

 電車が揺れる。

 優しく、先輩の背中が励ますように当たる。

 集中が解けて、電車の音がゴオという擬音になって耳に還ってきた。今、自分がどこに立っているのか急にはっきりしてきた。

「手放したくないなら、素直にもう一度会いたいって言えばいいんじゃないの」

 さっきまでのモヤモヤが嘘みたいに晴れた。目から鱗とはこのことなのか。もっとシンプルでいいんだ。

「もう一度、会いたいです。」

涙が溢れる時のように特別に、涙が流れる時のようにごく自然に、口からこぼれ落ちた。

 そういうと、女の子みたいに先輩が笑った。

「素直すぎだってば」

 その可愛らしい笑い声でどこまでも幸せな気分になった。また笑ってほしいと思った。

 気づいたら、涙が出そうだった。ドアのガラスに映る自分の顔がかつてないほどに晴れ渡っていた。

 勇気をもらった。確かにこの耳で聴いた。受け取った。だから、確かなものにしていこう。全部、この嬉しさを、暖かさを。

 一つずつ。

 偶然をもう一度。



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