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 しゃがみこんで、バッグを探る。

 猫実さんも一緒になってバッグをのぞいてくる。変なもの入ってなくてよかった。少しホッとした。

 虫ピンで止められた原稿用紙の束が教科書に紛れて入っている。

「これですね」

「うん」

 猫実さんにちょっと重い紙の束を渡す。バッグの口を閉め、立ち上がる。

 猫実さんは立ったまま愛おしそうに自分が書いた小説を眺めている。原稿用紙の文字を読むというより、原稿用紙そのものを見ている感じだ。

「きっと、わかって欲しくて書いたんだと思います。」

 そう声をかけると、はっと原稿用紙から顔を上げて注目してくる。聞き流してもらうつもりで何気なく言ったのだが、そうされると急に緊張してくる。…恥ずかしいと言ったほうがいいのか。

「も、もしかしたらですね、誰かに耳が悪いってことを伝えるために、書いたのではないかと今思いました。」

 どうして、主人公に難聴という設定をもたせたのだろう。

「そっくりですもんね、主人公と」

 猫実さんがもうすっかり落ち着いた様子で、笑いかけてくる。

「そうですよね。私小説っていうのかなあ、でもSFなんですよね」

 過去の自分がやったことが面白く感じて少し笑ってしまう。ああ、書くことって、そういう面白さもあるのか。

「それは、どういうかわかりませんけど、、、。」

 そこで、下を向いて猫実さんが何かを言った。

「はい?」

「あ、あの最初に主人公が難聴のことで、意味ないとか言いましたけど、意味ありましたね」おずおずと猫実さんが言い直してくれる。

 最初に猫実さんに見せた時、

『この話って、主人公が普通の高校生でも成立しませんか?』

 って言われたんだっけ。初めて、小説のセオリーに触れたのもその時だったからよく覚えている。

「いやまさか、こんな使い方するとは思ってなかったですし」

 卑屈になりそうな猫実さんを必死で止めようとする。

「そのアドバイスのおかげで、これより良い小説を書けてきてるし、本当にそのことは気にしないでくださいって!」

 顔色を伺いながらまくし立てる。こんな風に話すのもなかなかない。

 すると猫実さんはポカンとしてしまった。急に静かになった。

 見慣れない、髪型の彼女を見つめていた。

 すると猫実さんが頰を膨らませて笑った。それに合わせて、巧も頰を緩める。

「そうですよね。今はとにかく、これを麻生先生に見せないとですよね」

 猫実さんが原稿用紙を赤ちゃんのように抱きかかえる。

「はい」巧も強く頷く。

 猫実さんも、頷いた。

 いざ、学校と、目の前の信号を渡ろうとするとガクンと体が引っ張られる。

「巧さん、アレ」

「へ」

 猫実さんがタクシープールの辺りを指差す。

 すると今まで背景だった通行人が、よく見るとこちらに近づいて来るのに気づいた。

「金子先生だ」

 バタバタと白衣を揺らしながら、駆け寄ってくる。何か叫んだが、聞き取れない。

「先生、巧さんを捕まえましたよー」

 猫実さんがそれに応えた。

「で、でかしたぞ猫実さん」

 やっと目の前にたどり着いた金子先生が荒い息を吐いて中腰になる。

 目で挨拶をする。

「二人がいなくなって、麻生先生は相変わらず厳しいままだけどどうする」

 まぁ、そうでしょうね。巧はやってしまったことを後悔する。

「勝算はあります。これを。」

 猫実さんが両手で胸の前に原稿用紙の束を掲げる。

「巧さんが、前に書いた小説です。きっとこれでわかってもらえると思います。

 主人公が、難聴なんです。」

「ん。」金子先生が言葉に詰まる。

「僕が耳悪いから、書いた小説ですから」

 急いで補足すると金子先生も合点がいったようで

「なるほど、いいアイデアだ」

 と微笑む。

「でしょう!」猫実さんが、胸の前で持った原稿用紙をフリフリと揺らす。

「うん、じゃあ、とりあえず戻ろうか。」

「はい」

 金子先生が元来た方に歩き出す。猫実さんもついていくので、巧もそれに続く。

 しかし、信号の方ではなく、駅前にある車が停まっているスペースに向かっているようだ。

「車ですか?」

「ああ、わたしのシエン太だ」

「なんですかシエン太って」

 ついた先には、特徴的なライトの形をした白い車があった。ボンネットの隅に「金」と書かれた丸いステッカーが貼られている。

「疲れてるでしょ、乗りなさい」

 ウイーンと自動でシエン太の後部座席のドアが開く。

「おお、、、」

 畳み掛ける非日常が興奮を連れてきた。

 そして、猫実さんの思いついた作戦。

 投げ出したのが早すぎたようだ。それでも、猫実さんが、拾ってくれたチャンスだ。必ず、活かさなくてはいけない。

 いい香りのする車に「失礼します」と言いながら恐る恐る乗り込んだ。



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