第二話『ある伝説の書』‐③
「ねぇ、ソラっち。それ、自分にも読ませてよ」
エリカがそういいながら、オレっちのところへやってきた。つづいて、
「わたしも読みたい」とレイコも。さらには、
「ソラちゅわぁん。わたちもよみたぁいん」とマリエもそばにきた。
「いいだろう? ハイネ」
「かまわないよ」
「それじゃあ、ほれ。本は厚いが文字が大きいからすぐに読み終わるさ」
本を手わたすとエリカはにっこりとほほ笑んだ。
「実はね。こういう話って、自分も大好きなのよ」
そういうと、他の二人とともに窓側の席へこしをおろした。
「うっそぉ! こんなのあるのぉ! んもう! 信じられなぁい!」
「これは……ないような気がする」
「レイコっちのいうとおりね。ちょっとあやしいわ」
「ええっ! でたらめなのぉ!」
「マリエ。断定はできない。でも確かに変」
(レイコっち……かぁ)
小さいころの話だが、オレっちはエリカに負けたことがある。男女混合での取っくみあい、とはいっても遊びだが、たまたまオレっちの相手がエリカになった。当時はこがらな女の子だったため、よゆうで勝てると思い、くつのかかとをふんづけたまま戦いにのぞんだ。途中までは予想どおり、おしておしておしまくった。ところが最後に、せおいなげで決めようと思ったのが、あだになった。なんのひょうしか、なげ飛ばす直前、くつがぬげてしまったのだ。それでも大丈夫、と右側からのなげに入った瞬間、ふん張らなければいけない左足が、とがった石の上に乗ってしまう。その結果、足元がゆらぎ、かつ、エリカの重みで、倒れてしまうという無残な敗北。試合終了後、勝ったあいつから、『負けた罰としてこれからは、ソラ、自分のことを「オレっち」といいなさい』といわれた。それ以来だ。こんな呼び方をするようになったのは。
……やめるか。昔のぐちは。負けは負けだからな。
フーレの森とはいっても、廃屋となったこの小屋の近くに雨神らはあまり飛んでこない。本も読み終わったし、特にやることもないので、『お茶でも飲みながら森の静けさをたんのうしよう』。そう思ったのだが……、女子三人組のおしゃべりがそれを許してはくれない。
マリエがわめいてレイコが否定。時折、エリカのあいづちも。
(話が変わるたびにくり返してやがる。いい加減、耳をふさぎたくなっちまったぜ)
『早く読み終われ』と念じるさなか、自分でも知らぬ間に不満が口から飛びだしていた。
「うるさいやつらだ。大体、読むのか話すのか、どちらか一つにしたらどうなんだ」
予想もしていなかった。オレっちのこのつぶやきをかわきりに、おかしな言葉のあやとりがつづくことを。その発端は、カスミのこの一言から。
「だんなさま。それは無理よ。だって女の子の口をふさぐことができるのは甘い口づけだけだもの」
「なにをくだらねぇ、って、ちょっと待て、カスミ。誰が、『だんなさま』、だ」
「またまたとぼけてぇ。あたしの目の前にいる、あ、な、た」
カスミは右手の人さし指で、オレっちの鼻を、ぽん、とたたく。
「お前なぁ!」
多分、顔が真っ赤なはず。はずかしいのをかくすため、なにかいおうとした矢先に親友が口をはさんできた。
「仲がいいなぁ、相変わらず。ところで結婚式はまだなのかい?」
(ハイネの野郎。とんでもねぇことをぬかしやがる。そんなことをいったら)
オレっちの予感は不幸にも的中した。やつの言葉がカスミの心に火をつけたらしい。不満らしきものをぶちまけだした。
「それが聞いてよ。ソラったら、まだ式場の予約も」
「しているわけねぇだろう! そもそも告ってすら、いねぇってのによぉ!」
思わず怒鳴ったオレっちの言葉をカスミは冷静に受けとめた。
「あら、結婚は愛の告白をしてから、なんて誰が決めたの?」
「誰がって…」
「式をあげてぇ、村役場に届けを出したあとでも十分間に」
「あわねぇよ。なに考えてんだ、お前は」
だが、言葉を返したのはカスミじゃなくてハイネ。
「じゃあ、今、告ればいいじゃないか。ぼくが立ちあい人になってやるよ」
(くっ。よけいなこといいやがって。ハイネのやつ、面白がっているな)
案の定、カスミが満面の笑みを浮かべた。その目もきらきらと輝いている。
「ハイネ、是非、お願いするわ。ソラったら全然相手にしてくれないものだから、心配でしょうがなかったのよ。だけどそれなら、もう安心ね。
ほら、聞いたでしょ? ハイネが万事うまくやってくれるって。ソラ。いつでも心がまえはできているの。早く告って」
「こらぁっ! 勝手に段どりを決めるなぁ! そもそもオレっちはまだっ」
ばたん!
「ちわぁ! 出前でぇぇすっ」
面倒なかけあいをやっているさなかに、開けっ放しだったドアを閉める音が。ふり向けば、さらに面倒なやつが入ってきていた。
「うるせぇ! このどさくさまぎれに現われやがって。大体ここに出前なんぞ来るはずがあるもんかぁ!」
「ははは。本当、ずいぶんとにぎやかですね」
姿を見せたのは、オレっちの一番の親友で、かつ『怪奇特捜組』の七人目。最後の一人だ。
「なにか楽しいことでもしていたんですか」
ネイルの言葉にカスミとハイネは大笑い。
「ふふふ。そうなの。でも、ここらへんでお開きにするわ。あんまり追いつめると、あとが大変だしね」
「ははは、そうだね。ソラ君をいじって楽しむのはここまでにしようか」
「またですか……。あまり、いじめないでくださいね。僕の親友を」
「ぼくの親友でもあるけどね。ははは」
(いじられていたのか……。オレっちは……)
知らぬ間にひざが床につく。ほっとしたのと同時に、奇妙な脱力感に見舞われた。
「でもね」
カスミはオレっちの手から取りあげた紙きれをひらひらさせる。
「いつかは本気でわたすわ。それまでには覚悟を決めてね。お願いよ、ソラ」
オレっちを見つめるカスミの目は真剣そのもの。
「……ああ、そうだな。……判っている。だが」
(ここでちったぁ、反撃しないとな)
「だが、なんなの?」
「カスミ。お前も覚悟はしておけ」
「わたしが? どうして?」
「オレっちの返事がお前の希望どおりとはかぎらないからだ」
「ソラ。……まさか、誰かいるの?」
カスミが驚いたような顔をしたと思ったら、ハイネもまた、
「いるの? ソラ君」と不思議そうな顔をこちらへ向け、
「いましたっけ?」とネイルも腕を組んで考えこむ仕草をしている。
「いいや。ただな」
オレっちはカスミをじっと見つめた。
「未来を知ることなんぞ誰にもできやしねぇ。そういいたかったのさ。近くても遠くてもな」
「……判ったわ。ソラ、覚悟はしておく。でも……」
「おぉっと。この話はここまでだ」
不確定な未来についてこれ以上、ああだ、こうだ、と話しあう気にはなれなかった。




