第二話『ある伝説の書』‐④
ネイルが『出前』っていったのも、なんとなく判る気がする。やつは両手で抱えなきゃならないほどの荷物を運んできた。中身はおよそ察しがつく。オレっちはねぎらいの言葉をかけた。
「ごっ苦労さん。ネイル。せまくてぼろぼろだけど、まぁ、ゆっくりしていってくれ」
オレっちがそう声をかけるやいなや、
「ソラ君。ここはぼくの小屋だよ」とつっこみを入れるハイネ。
「いいじゃねぇか、別に。オレっちは『怪奇特捜組』の」
「そうだね。組長だった。そうそう、組長だった。なら、しょうがないか」
「無意味にくり返すな。その言葉を」
「二人とも。ちょっと静かにして」とカスミは、ネイルが持ってきた大きな箱を指さす。
「ねぇ、それってお菓子なんでしょ?」
「カスミ。お前、なに目を輝かせてんだよ」
「だってぇ。これが楽しみで来ているようなものだもん」
ついさっきまでとは違い、くだけた口調のカスミ。この変わり身の早さが実にいい。
「それでオレっちのあとにくっついてきたのか。食い意地が張ったやつだな」
「ふふっ。いいじゃないの、別に」
「それにしても」と感心したような顔でネイルは声をかける。
「カスミさん、中身を見ないでよく判りましたね」
(なにいってんだぁ? こいつ)
「あのなぁ。お前、ここへ来るたびに差しいれとして持ってくるじゃねぇか」
「……でしたっけ? じゃあ、あきましたね。仕方がない。このまま持ってかえって」
「待って、ネイル」
ぐすっ!
「もぐっ!」
カスミはオレっちに、ひじ打ちを食らわせた。『よけいなことをいわないで』とばかりに。
ぐすっ! ぐすっ! ぐすっ!
「もぐっ! もぐっ! もぐっ!」
知らない間に女子三人組もそばにきていた。つづけざまにひじ打ちを食らい、さすがにオレっちも黙りこむしかなかった。
(なんでオレっちの周りにはこんな荒っぽい女どもが多いんだろう? 永遠の謎だ)
カスミもまじえて、女子四人組がいそいそとお茶の準備を始めた。しばらく経つと、小屋中に香ばしい匂いが立ちこめてくる。
「はい。これ、おすそわけ」
大きな箱にあったのはたくさんのクリーム菓子。ネイルは小屋にある大皿二枚に盛りつけて、テーブルの上に並べた。
「うわぁ、ありがとう」
カスミは両手をあわせて、喜びの表情を浮かべる。
(さっきの真剣な面持ちはどこへ行ったんだ?)
そうつっこもうとしたが、なんとなく身の危険を感じ、なにもいわなかった。
(さっきはさっき。もう終わったことだ。それより)
あらためてテーブルの上に目を向ける。
「うまそうだな」
オレっちも舌なめずりを始めた。
「へぇ。クリーム菓子か。きれいにできているね」
ハイネも感心したような声をあげ、お菓子に見入っている。
「造りすぎちゃったんです。どうか、食べてください」
「うわぁ、おいしそうねぇ」とエリカが喜びの声をあげれば、レイコも、
「さすがはネイル。見た目もきれい」と絶賛。加えてマリエも、
「いやぁん。どれを食べたらいいか、迷うっちゃうぅ」と目をきらきらさせている。
「それじゃあ、遠慮なくもらうわね。ええと、どれにしようかしら」
カスミの目がお菓子をなめまわしている。小ぶりなものの、全部で三十六個もある。
「これでおすそわけか。なぁ、ネイル。お前、実際はいくつ造ったんだ?」
「千……、いえ、百個ぐらいですよ」
「ちょっと待て。今、言葉の頭で一けた大きい数字を入れてなかったか?」
「気にしないでください」
「気にしないくださいって、一体どうしてそんなに」
「もう一か所あるんですよ。こんな集まりをやっているところが」
「もう一か所? ……ああ、そういうことか」
(姉御たちのたまり場。中央病院の休憩室に違いねぇ。あの連中がバカ食いしたら、一体どれだけの数にのぼるか。想像するだに怖ろしいや)
「昨日、帰ってすぐに材料を仕こみ始めてやっと……。ふぅ」
「休みだっていうのに……。すまねぇ、ネイル」
オレっちはただただ頭をさげた。
お皿に盛られた三十六個の菓子。数だけみれば四個ずつなら、ミーナとミアンを入れても平等に分けられる。だが。
「すみません。材料を切らしたものですから、種類にかたよりがあるんですよ」
菓子の種類は全部で四種。ネイルの言葉どおり、ある種類は四個しかないが、別の種類はそれを補うように十四個。ここで問題が一つ発生した。
「できれば、これはほしいなぁ」
ハイネが指さした一つに全員が、こくこく、とうなずいている。いうまでもなく四個しかないお菓子の方。
女子全員が、お菓子ばさみを握っている手に、ぐっ、と力をこめた。
(やばっ。争奪戦の様相が)
カスミはさんざん迷ったあげく、
「ねぇ、ソラ、ハイネ。全種類を食べちゃだめかしら?」といい出した。
「だめだ。あたりまえだろう?」「うん。だめに決まっているじゃない」
オレっちらも甘いものには目がない。女子三人組も無言で首を横にふっている。
即座に断わられたことで、ぶぅぶっ、と不満たっぷりの顔を見せるカスミ。だけど、七対一では、あらがえるはずもない。あきらめて、とりあえず競争のない三種を自分のお皿に盛った。もちろん、オレっちを含む他のみんなもそれにならう。眠っているミアンらの分もネイルによって取りわけられた。
さてと。いよいよ時は来た。誰も辞退する気はないらしい。むしろ、闘志満々(とうしまんまん)。レイコでさえ、みんなのすきをうかがっている。そんな中、ネイルは自分が手にした小皿に注目のクリーム菓子を二つ乗せた。
「ちょ、ちょっと待て。そりゃああんまりだ」
ネイルが持ってきてくれたお菓子。本来なら、なにをしようが文句をいう筋合いじゃない。でもこればかりは。オレっちが抗議すると、やつから答えが返ってきた。
「ミーナさんとミアンさんの分ですよ、この二つは。眠っているからといって食べる機会を与えられないのは、かわいそうだと思いまして」
(くっ! 見こみが甘かったか!)
ミアンらには申しわけないが、眠っている以上、この争奪戦から脱落と考えていた。それがまさかこんな優遇措置をとられるとは。既に三種のお菓子を確保していることから、四種全てを口にすることができる。ミーナとミアンは戦わずして勝利者になったというわけだ。
(不公平だ。あまりにも不公平すぎるぜ)
オレっちと同じ気持ちなのだろう。ネイルを除く全員が苦虫をつぶしたような顔をしている。そんなオレっちらの不満を察したのか、ネイルは、
「その代わりといってはなんですが、僕は残ったものを頂きます」と、争奪戦には参加しないことを表明した。
(よっしゃあ! 強敵が一人いなくなったぜ)
ここにいるのは『怪奇特捜組』の面々。自分で造っておいていうのもなんだが、それほど息があっているとは思わない。だがこの時だけは少なくとも、ネイルを除く六人の気持ちは一つになっていたのじゃないだろうか。まっ。それはともかくとして。
目の前にあるクリームお菓子は残り七個。このうち、お目当ては二個しかない。六人全員の目がその二個に注がれている。
(この戦い、一瞬で決まる)
おそらく誰もがそう思ったはずだ。
「それじゃあ、どうぞ、お食べください」
ネイルの言葉を合図に、お菓子争奪戦が開始された。
びしゅん!
「よぉぉし。お宝、ものにしたぞぉ!」
オレっちは勝ちどきをあげる。
「うわぁん! だめだったわぁぁん!」
マリエがくやし涙を流している。
「まさか。この自分が出おくれるなんてぇ」
呆然自失のエリカ。
「あたしってこういうの、向いていないんじゃないかしら」
がっくりと肩を落とすカスミ。
「まっ、仕方がないか」
割りと冷静なハイネ。理由は知っているが。
「ごめん、みんな」
二人目の勝利者はレイコ。多分、彼女は気づいていない。実は、ハイネとレイコはほぼ同時にお菓子をはさんだ。すぐさまハイネが離したので彼女に決まった。
(女の子に花を持たせたか。いいとこあるな、あいつも)
以上の結果となった。予想どおり、あっという間に終わった。
「ねぇ、夫婦って、分かちあうものよね」
残ったクリーム菓子をお皿に盛り、全員が四個ずつになった。と思ったら、カスミがオレっちに話しかけてきた。
「それがなにか?」
「わたしのものはあなたのもので、あなたものはわたしのもの。
この精神あってこそ、夫婦のきずなはより結ばれると思うの」
「だから?」
(なにがいいたいのか、さっぱり判らねぇ。大体、オレっちらは夫婦じゃねぇしよぉ)
「つまりねぇ」
ささっ。
それは一瞬の早技。カスミが自分のお皿とオレっちが手にしているお皿とを、目にもとまらぬ速さで交換した。
「カスミぃ! この野郎、一体なにを」
「ソラ。女の子は『野郎』じゃない」
レイコはそういい捨てて、オレっちとカスミの間を横切った。しばし、呆然とその後ろ姿を見送ったあと、再びカスミの方へと目を向けた。
「おい、カスミ」
「みゃみ? もま」
手遅れだった。勝利品は既に彼女が手にしたお皿の中にはない。
「一体、なんでオレっちのを」
「みゃままみっまみゃまみ。ままみもももままままももも。まままもものまままみももも」
(『だからいったじゃない。わたしのものはあなたもの。あなたのものはわたしのもの』、
……か)
「ちっくっしょう!」
カスミのおなかに入った以上、もうどうすることもできない。オレっちにできることといえば、交換されたお皿のクリーム菓子をたいらげることだけだった。
もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐ。……。
「ネイル」
「なんです? ソラ」
「こっちもうまいなぁ」
「でしょ? 腕によりをかけて造ったかいがありました」
あっさりと、実にあっさりと不満は解消した。
(ううっ。おいしい食べものの力って怖ろしいぃっ!)
他のみんなは、と見てみれば、……どの顔にも満足げな表情が浮かんでいた。
(ネイル。すげぇな、お前ってやつぁ)




