第十三話『リイゼルの悪あがき』
第十三話『リイゼルの悪あがき』
カスミの遺体を回収する作業にとりかかった。
『入れるものは?』と考えた末、『そうだ。院長にたのまれて集めた護符が入っている大袋。あれを使えばいい』と気がつき、大急ぎで来た道を引きかえした。
「確かここらへんにぃ。……あっ、あった!」
護符は紙で造られているものの、大量、では、重くてじゃまになる。だから、とちゅうで放りだしてきた。
あらためて袋をながめてみる。汚れが目立たない灰色で、丈夫な合成布地が使われている。大きな重い荷物を運ぶ際、包装用に使われることが多い袋だ。
中をのぞいてみた。護符がぎっしりとつめられているのが一目で判る。
「こんなの全部捨てちまえ」
院長が聞けば、どなり散らされそうな言葉。だが、今はそれどころじゃない。護符を全て出すと、カスミの元へとひたすら走った。
「ええと……、これと、これと」
ばらばらになった幼なじみの遺体を、手にした大袋につめていく。とはいっても、この作業。なかなか心理的につらいものがある。ともすれば、手をとめ、見入ってしまう。頭を空っぽにすることで、なんとかやりとげることができた。
「よいしょ、と」
かたにかついで茂みの中かからぬけ出た。点在する切り株をのぞけば、小さな葉がところどころに生えているだけの殺風景な広場が目の前に拡がっている。その中で転がっている白と赤の死神の鎌がなんとも不気味。茂みの中から運びだした三人も転がってはいる。だがだれも、ぴくり、とも動かないため、気がまぎれるどころか、不気味さによけい拍車がかかる。
「ここに置くとするか」
ネイルのそばに大袋をおろした。
と、その時。
ぞくっ。
せなかに危険を感じた。無意識のうちに身をかがめて転がる。
ざくっ!
いっしゅんの差、だったと思う。気がついたときには自分が立っていた地面に、木もれ日を浴びて、きらり、と光るものがささっていた。
「これは……黒鎌!」
見つからなかった最後の『死神の鎌』が、そこにはあった。
「残念。あともうひと息のところだったのに」
くやしそうな表情でこちらを見つめる、もうおなじみの顔。手にはしっかりと黒鎌がにぎられている。
「リイゼル! お前、もう気がついたのか」
「あれくらいのことでいつまでもおとなしくしていると思ったら、大まちがいよ」
「いつまでも、とは、さすがにオレっちも思っていなかったがな」
黒鎌を見て、ふとあることに気がついた。
「なぁ。死神の鎌を持っているのになんでとりつかれねぇんだ?」
「ふん。死にゆく者に答える必要なんて……どこにもないわ!」
ぐぉっ!
地面から鎌をぬくやいなや、オレっちのほうへとふるった。
ぎゅいぃぃん!
そのままじっと立っていてやれば、水平に真っ二つ、ってな感じで、身体をな(薙)ぐこともできたろう。だが。
「おうっとっと。危ねぇな。本当によぉ」
どんなにおそろしい鎌を手にしていたとしても、だ。しょせん、相手は学者。その上、鎌自体も結構、重いとくる。となれば、ひとつひとつの動作がにぶくなるのは、さけられるはずもない。ひらり、と今度はよゆうでかわす。
「にがすものかぁ! えいっ! えいっ!」
もうぜん(猛然)と鎌をふりまわしながらこちらへやってくる、のであれば結構、さまになるのだが、いかんせん、すでに、はぁはぁはぁ、と息を切らしてしまっている。じめつ(自滅)するのは時間の問題。こちらはよけているだけでいい。
(めんどくせえ女だなぁ)
相手をするのが、だんだん、うざくなってきた。
「なぁ。そのへんでやめにしねぇか?
それよりさ。オレっちと仲間を運ぶのを手伝ってくれよ」
オレっちとリイゼルをのぞけば、この場にいる人間は全部で三人。その三人が三人とも気を失った様子で、なんの手伝いもできないお荷物状態。となれば、ひとりでも人手はほしい。
「どうだ? そしたら、なぐりたおすのだけはかんべんしてやるよ。もっとも、警護隊には引きわたさなきゃならねぇがな」
自分の力のなさはもう判ったはず。喜んで応じる、と安易に考えていた。ところが、
「ふざけないで!」と切りかえされた。
(いや、ふざけている気はこれっぽっちもねぇんだが)
口でいって判らないなら身体で判らせるしかない。これがオレっちのてつがく(哲学)。びしっびしっ、と左手のひらに右手のこぶし(拳)をあて、鎌を手放さない相手に向かって歩いていく。
おびえて、あとずさり。と思っていた。だが。
「さぁ、こいつをやっておしまい!」
リーゼルが不敵な笑みをうかべて、そういい放つ。
(一体なにを?)
思うまもなく、答えがすぐに判る。
ぎりぎりぎり。ぎりぎりぎり。
上空から聞こえる不気味な『はね(翅)』の音。見なくてもすぐに察した。
「飛行型強化カマギラか!」
一度は敗北をきっ(喫)した相手。がぜん、不利になる。
きゅるきゅるぅ!
ぼん! ぼん! ぼん! ぼん!
カマギラは鳴き声をあげながら上空からいくつもの霊火弾を放つ。がけまで走ろうとするも行く手をさえぎられ、なかなか歩を進められない。
「くそっ。このままじゃ変化もできねぇ」
オレっちがドラスになるには、上空高くうかぶ必要がある。跳びあがるのはとても無理。そこで、がけから飛びおりる、といった手をいつも使う。だが、今回はとてもできそうにない。
「ちぇっ。しょうがねぇ」
手に光が生まれる。霊刃刀を両手でにぎったオレっちは上段の構えをとる。
「さぁ、どこからでも来やがれ!」
そういったら本当に来た。
(口は災いの元だな)
きゅるきゅるぅ! ぼん! ぼん!
カマギラが霊火弾を放ちながらこちらめがけて飛んでくる。オレっちの周りに着弾するも、ちょくげき(直撃)だけはまぬがれている。
(あれだけ放っているのにどうして……。
そうか。わざとあたらねぇようにしているんだ。オレっちの足どめがねらいか)
思ったとおりだった。カマギラは両前足の鎌をふりあげたまま、上空からこちらへ一直線に向かってきた。
(自分の手で殺したいみたいだな。よぉし。それなら、やられる前にやっちまえぇ!)
オレっちは助走をつけ、上段の構えのまま一気に跳びあがる。カマギラは鎌をふりおろしたものの、目測をあやまったか両方とも外れてしまう。
(あっ、あれは!)
ばばばばば!
身の危険を感じたのかもしれない。カマギラの身体が緑色の霊波でおおわれる。
「ほぉ。強さでいうと同じ霊刃のシールドだな。よぉし。受けてたつぜ」
ばじっばじっ!
霊刃刀をカマギラの頭へとふりおろす。ところが、シールドのていこう(抵抗)にあい、奥深くへと切りこめない。霊刃どうしをぶつけあったまま、オレっちとカマギラ、双方が動けなくなっている。
「オレっちをなめるんじゃねぇ。そんなもので、いつまでもたえられると思うな!」
両手から霊力が刀へとそそがれる。刀は一層、光を増す。まばゆい光の中、刀は霊刃から光波のきらめきへと変わった。
「かくごぉ!」
ずぶずぶずぶずぶずぶ。
これぞ、まさしく一刀両断。垂直にふりおろされた光波刀は、カマギラの頭を垂直に真っ二つ、だけにとどまらない。刀から生じた光の波動が身体へとおよび、これも(薙)ぐ。
きゅいいぃぃん!
半分になった頭と身体が、それぞれ左右に分かれて落ちていく。
ばたあぁぁん! ばたあぁぁん!
地についたとたん、ごう音とともに土けむりがま(舞)いあがる。
(ざまぁみやがれ。しょせんはカマギラ。オレっちの敵じゃねぇ)
一時でも敗れただけに、むね(胸)のすく思いがした。
ひゅぅっ、すたっ。
つづけてオレっちも、カマギラだったもののすぐ近くへ足をおろした。
「さぁてと。リイゼルはどこに」
きょろきょろとあたりを見まわす。
(見あたらねぇなぁ。ひょっとしてにげられたか?)
がっかりしつつも、なにげにカマギラのざんがい(残骸)に目を向けてみた。すると。
「なんだ、カマギラの下敷になってやがる」
リイゼルの足のつけ根あたりから下がカマギラの頭でかくれて見えない。
「かわいそうに。この分だと両足ともまちがいなく折れているな」
近づいて声をかけてみる。
「おい! 大丈夫かぁ!」
つむっている目が、ぱっ、と開いた。意識がないのか白目となっていて見るにたえない状態。我知らずのうちに視線が下へと動く。口元が細かく動いているのが見てとれた。
(なにかをつぶやいているみたいだ)
耳をそっとよせてみた。かすかに声が聞こえる。
「……役に立たなくなった身体に用はない」
この言葉のあと、リイゼルの身体から黒いけむり(煙)のようなものがはき出され、たちまちのうちに消えうせた。
(声はリイゼルだったが、口調はやつだ)
実は、前に聞いたリイゼルの話から、『彼女の中にカァネスがいるのでは?』と推測していた。あたっていたことはあたっていた。だが……。
「ちぇっ。これも『かげ(影)』か。カァネスの本体がとりついているのは、リイゼルにちがいねぇ、って今の今までにらんでいたんだが……、どうやらまちがっていたみたいだ。
まっ、いいや。かげが消えただけでもよかったとしようか」
リイゼルが答えなかったオレっちの疑問についても、解けたような気がした。
「そうか。死神の鎌を手にしていてもふだんと変わらないようにふるまえたのは、カァネスの本体が『かげ』を利用することで、リイゼルと死神の鎌の両方を操っていたからにちがいねぇ」
(全ては本体が仕組んだことだ。本体をたおさないかぎり、カァネスとの真の決着はつかねぇ。
だが、どこにいやがるんだ? やつは。さっぱり判らねぇ)
あれこれ考えても答えが出るはずもなし。あきらめた。
(とりあえず、だ。やらなくちゃならねぇことから先に手をつけるとするか)
まずはリイゼル。彼女のかたをゆさぶって起こそうと、手をのばしかけた。
(いや、待て)
とっさに思いとどまる。
(無理矢理引っこぬいて、足をだめにしたらことだ。意識がねぇようだが、息づかいはちゃんとしている。なら、今はこのままここでねかせておくか。彼女の処置はネイルをたたき起こしてからでも)
そこまで考えたら、ひとつのけねん(懸念)が頭にうかんだ。
(さんざんなぐりつけて、やっと気絶させたあいつをどうやってたたき起こすんだ? これ以上こぶしをふるったら、起きるどころか、天にめ(召)されちまうんじゃねぇか?)
『困った』『やばい』と頭の中が混乱状態。こういう場合にできることっていったら、ただひとつしかない。
(なるようになれ、だ。それしかねぇ)
気にするのをやめた。とたんに、頭がすっきりとする。
(ネイルとリイゼルだけに構っていられねぇしな。だれも手伝ってくれねぇ今、オレっちのやり方でどんどん進めればいいや。もし、仮にだ。取りかえしがつかねぇことが起きたとしても、『たったひとりじゃしょうがないさ』ってんで、みんな許してくれるにちがいねぇ)
そう考えたら、ますます気分がよくなる。重荷から解放された気がした。
地面を見おろす。運ばなきゃならないものは全部ここに転がっている。
「一応、ここでの用事は終わったし、そろそろ帰り支度でもするか」
だが……、あいにくと、まだ終わってはいなかった。




