第十四話『エリカの秘密』
第十四話『エリカの秘密』
ぎゅうん!
「な、なんだ!」
後ろからなにかが向かってくる気配を察した。身をたおそうとするが、もう間にあいそうもない。思わずかたをすくめる。
ぐぐっ。
にぶい音が聞こえた。
(一体どうなっているんだ?)
すぐさま後ろをふり向く、と、そこには。
「ハイネ! エリカ!」
二人は向かいあう形で立っていた。ハイネの右手、いや、ディルドの前足を、エリカの両手が、がしっ、と受けとめている。
(すげぇ!)
ドラスとディルド。よくりゅう(翼竜)どうしの長き戦いにおいて、ディルドの『のびうで(延び腕)』を、かわした者はいても、おさえた者はだれもいない。それをエリカはこともなげにやりとげた。
(さすがは『地の悪魔』と呼ばれたゴォガムとの混合体だ。陸での戦いにおいてはディルドも歯が立たねぇとみえる)
二人の肉声が聞こえてくる。
「これ……ううっ……以上、ぎせいしゃ(犠牲者)を出してなるものかぁっ!」
「うらぎるつもりか? どうほう(同胞)を」
「うるさい! 今の自分はもう、ここの村人なんだ。あんたのような霊魔じゃない!」
(霊魔? エリカが霊魔だと?)
いきなりつきつけられた真実に頭が混乱する中、耳元でいやな音がした。
ざっくり。
(いけねぇ。ぼやっとしている場合かぁ)
我に返ったオレっちの視界には、先ほどとはちがった光景が。エリカはすぐ近くに、ハイネは向こう側に林立する樹木の真下にたおれている。
「おい、エリカ! しっかりしろ!」
オレっちは身をかがめて彼女をゆさぶる。つむっていた目が開かれた。焦点のさだまらない感じの視線がこちらへとそそがれる。
「ソラ。油断した」
口元がかすかに笑っているようにも見える。
「ひざげり(膝蹴り)が決まる前にね。ハイネのつめ(爪)にやられたよ」
じちょう(自嘲)気味ともいえる言葉。かなり心が弱っている。今、問いつめるのはよくない、とは判っていても、聞かずにはいられない。
(まちがいねぇ。エリカは全てを知っている)
そう確信したからだ。
「エリカ。聞きたいことがある」
「いうと思った。なんでも聞いていいわよ」
身体も心も傷ついている様子。だが、声そのものはしっかりとしている。ならば、と、一番気になっていることをたずねてみる。
「お前、霊魔なのか?」
エリカは、ちょっと間をおいてから、言葉を返した。
「そう。やっぱり聞かれたの」
「すぐ真後ろにいたからな。あたりまえだろう?」
「そうよね」
彼女はくすっと笑う。
「ほら。前にいったことがあったじゃない? 身体自体はゴォガムだって」
「ああ」
「自分の先祖は霊魔界で生まれた純種の霊魔なのよ。霊魔っていうのはね。常に自分の力を生かすことのできる、『実体の依り代』を求める霊体なの」
「それでこの村に」
「天外魔境をとおって、らしいわ。ぶんきてん(分岐点)まで行って、ここへ行きたい、とか、こういうことができる場所へ行きたい、なんて願いごとをいえば、それに応じた世界へのとびら(扉)を開けてくれるって話よ。霊魔にとってはこの上もなく重宝している航法手段みたい」
「だが、よりにもよって、どうしてゴォガムなんかと?」
「人型やぎたい(擬態)だとね。自分の力を出すための小道具を使わなきゃならないのよ」
「小道具?」
「たとえば、……そう。刀とかつえ(杖)とか。あと、首輪のような飾りものも、ね」
「なるほどな。確か、ハイネもいっていたっけ。つえで力を使っていたって」
「その点、野生のけもの(獣)にとりつけば、肉体ひとつで十分。それだけで本来の力を引き出せるわ。とはいっても相性の問題があるから、全部が全部、とはいえないのだけれど」
「ゴォガムとは、相性がよかった、ってことか。
じゃあ、エリカ。お前は霊魔にもどることもできるのか?」
「それは無理。最初に依り代とした世代ならともかく、子々孫々までいくとね。霊魔の霊体とゴォガムの霊体が完全に混じりあって、両者の力を持つ新たな生命体に生まれかわっているの。分離はもうできないわ」
「だから、『霊魔じゃない』、か」
「そう。今のわたしは天空の村に住むひとつの生きものにすぎないの」
「だったら今までどおり、オレっちらの友だち、と思っていていいんだな」
「ええ。信じてくれるなら」
「そうかぁ。なら信じるぜ」
「ソラっち……。ありがとう」
エリカはうれしそうだった。オレっちも心の底からほっとした。つきあいが長すぎて、『霊魔だから敵と思え』なんて今さら告げられても、無理としかいいようのない話だったから。
「お前のことはこれぐらいにして、と。
お次はハイネだ。お前をこんな風に傷つけたのは、あいつだろう? だったら、やっぱりカスミも」
オレっちの言葉が終わらないうちに、『ちがうわ!』と大きな声を張りあげた。首も横に、ぶんぶんとふっている。
「確かにカスミっちや自分をこんな風にしたのはディルドの前足よ。でも、それを動かしたのは決してハイネっちの意志じゃない」
「となると……、やっぱり、死神の鎌にとりつかれたせい、なのか? だがな。死神の鎌には護符がちゃんと貼られていたぞ。いくらなんでもそのあとじゃ、やつの力はおよばねぇと思うがな」
「ううん。死神の鎌の仕業でもないわ。今は別なものが、ハイネ本人の意思とは無関係に、彼の身体を操っているの」
「別なものって……、おい、まさか?」
オレっちは思い返していた。茂みの中でエリカと最初に会った時、『こうなると判っていたのに』といった言葉を。それにさっき、ハイネの口から出た『どうほう』という言葉も。
(ここから導きだされる答えがあるとしたら……それはおそらく)
次にエリカが口にした言葉で、オレっちは自分の予想が的中したことを知った。
「霊魔カァネス。彼女がいるの。ハイネっちの中にね」
「それは……」
オレっちはハイネへと視線を移す。やつはまだたおれたまま。動く気配はない。
「本体、と考えていいのか?」
「もちろん」
そくざ(即座)にエリカは言葉を返した。
「やっぱり、リイゼルのほうは『かげ』か……」
リイゼルから出てきた黒いけむりのようなもの。実は今でも心のどこかで、『本当はあれが本体じゃねぇのか?』とあわ(淡)い期待をよせていた。もしそうであればオレっちは自分ひとりで『死神の鎌』と『霊魔』、二つの件を一気に解決したことになるからだ。親友や友に大いばり(威張り)できるし、上から目線で見れるというゆうえつかん(優越感)にもひたれる。まさにいいことづくめ。ぜひ、そうあってほしいものと心ひそかに願っていた。だが……以前、リイゼルとの会話の中で、『時々、自分の操るものがいなくなる』、みたいな話を聞いている。本体がいるなら、そうはならないはずだ。『かげ』である線が濃くなってきた。と、そこへ、エリカの話。とどめをさされた感があるのは否めない。
(しょせん、期待は期待でしかねぇ、か……。さらばだ。英雄のオレっち)
「どうしたのよ? なんか遠くを見るような目をしているけど」
「心配すんな。今、立ちなおったから。
……だがよ。ハイネの中にカァネスがいるってぇのは、ちょっとみょう(妙)だな」
「というと?」
「多分、ハイネにカァネスがとりついたのは、戦いのあと、気を失っていた間だと思う。なのにオレっちらは、今までふだんと変わらねぇ友だちつきあいをしていたんだぜ。どう考えてもおかしくはねぇか?」
「意志の強さの問題じゃないかと思うの」
「意志の強さ?」
「ひとつの実体に複数の意志がある場合、どうしたって強い意志に支配されるわ。いつもはハイネっちの意志が強すぎてカァネスが入りこむ余地がなかった、と考えるのが自然ね」
「それで、か」
「そこで死神の鎌を使うことにしたってわけ。死神の鎌に宿る霊体は、首を切られて命を落とした人間たちのおんねんによって生まれた。しかも、ひとりやふたりじゃない。かなりの数にのぼると思うわ。とはいっても、長年にわたってバニヤの護符でふういん(封印)されていたため、意志そのものは希薄になっていたみたい。だけどね。力は保たれたままだったのよ。ネイルやハイネが呪にかかってしまったのも無理はないわ」
「待てよ。死神の鎌の探索は元々、ハイネがいいだしたんだぞ」
「そうなるよう仕向けたのよ。リイゼルを使っていろいろとね」
ごく大ざっぱではあるものの、リイゼルがどんな風にしてハイネを死神の鎌へと近づくようにしたか、をエリカは説明してくれた。
「カァネスのねらいはね。最初からハイネだったのよ」
「それじゃあ、ネイルは?」
「ある意味、二次的な被害者っていえないこともないわ。ハイネへの復しゅうを果たすために利用しようとしていた手ごま、つまり、カマギラをつぶされたから、『こちらも始末してしまえ』ってことで死神の鎌にとりつかせたの」
「とんだとばっちりだな」
「ひとごとじゃないわ。ソラっちだってカァネスの思いどおりに動いた口でしょ?」
「うっ!」
(そうだ。オレっちも一時は、ハイネのやつを『殺しちまっても構わねぇ』って思っていたんだっけ)
「なんてこった。オレっちらはみんな、カァネスの手のひらの上でおどっていたってわけか。
……ああでも、ハイネにとりついてた白鎌は、カスミが護符でふう(封)じているぞ」
「そう。死神の鎌が放った呪の力はとりのぞかれたわ。でもね。それから彼の意志がもどるまでには空白の時間があったはずよ」
「なるほどな。それをカァネスが利用した」
エリカは、こくりとうなずく。
「ハイネっちの身体が使えるようになったカァネスの目が真っ先にとらえたもの。それは……、死神の鎌に護符を貼りつけ終えたカスミっちの姿。だから」
エリカは口をつぐんだ。気持ちはよく判る。オレっちは手をあげることで、『そこから先はオレっちがしゃべってやるよ』との意思を示した。
「カスミが最初のぎせいしゃ(犠牲者)となってしまった、ってわけだな」
「ええ。自分が彼のそばにいたのはね。そうなるのを防ぎたかったからよ。でも結局、なにもできなかった……。許して、ソラっち」
(好きだから、じゃなかったのか。うかつだったな)
「どうしてもっと早くいってくれなかったんだ。そうすりゃあカスミは」
「いえなかった。ハイネっちの中にいたカァネスは、すぐに霊魔の気を自分から感じとったみたい。『我が「どうほう」よ。協力してくれ』と霊覚交信を使ってたのんできたの。もちろん、協力するつもりなど毛頭なかった。でも、だれかに話すこともできなかったの。で、そのままずるずると」
「だからどうして?」
「判らない。ただ彼女から、『どうほう』の言葉を聞いた時、『守らなくっちゃ』と思ったのはまぎれもなく確か。自分の中にはまだ霊魔としての意志が残っているのかもしれない。
でも……だからといって、そのためにカスミっちが」
ううっ、とおえつ(嗚咽)のような声をもらすエリカ。オレっちは彼女のかたにそっと手を乗せた。
「だが、オレっちを守ってくれた」
「ええ。もうこれ以上、カァネスに勝手なことをさせたくなかった。もう二度と、カスミっちのような被害者を出したくなかったの」
「エリカ。お前はオレっちらと同じ天空の村の住人だ。霊魔なんかじゃねぇ」
なぐさめになるかどうかは判らないが、一応、いってみた。
(カスミだったらそういうはずだからな)
気がついたみたいだ。向こうにいるハイネが起きあがった。
「エリカ。ひとつ、いっておきたい」
「なに? ソラっち」
「カァネスをほろ(滅)ぼす。じゃまはするなよ」
「しないわ、絶対に。でも」
『ハイネっちは助けなきゃ』とつづけたかったのにちがいない。だが、オレっちは次の言葉で彼女の口をふさいだ。
「それだけ聞けば十分だ」
エリカがどう受けとったかは判らない。彼女は力つきたように、目をつむり、がくっ、と頭を横に向けた。だが、呼吸はしっかりとしている。命に別条はなさそう。
(こんなに傷だらけだしな。無理もねぇ。しばらくここにね(寝)かせておくか)
彼女を地面に横たわらせたあと、オレっちは立ちあがった。
エリカの話で大体のことは判った。でもまだふに落ちないことがある。
(空白の時間はともかく、今はもうハイネの意志がもどっているはずだ。なのに、どうしてカァネスに未だ操られているんだ?)
どんな理由があるにせよ、ハイネが自分の身体を取りもどせていないのはまちがいない。となれば、オレっちのやることはただひとつ。
(ほかに手はねぇ。ハイネ、かんべんな)
右手に光が集まる。光はたちまち細長い形へと変わる。
「身体はハイネだ。これを使うしかねぇだろうな」
光波刀をにぎった右手をだらりとさげた格好で、やつのほうへと向かった。
そして……やつもまた、こちらへと歩き始めた。




