第十二話『すくえたものとうばわれたもの』‐④
「とんでもない。さっき、『なぐさめに来た』っていったろう? 君の身を案じてのことだよ」
「うるせぇってんだよ。よくりゅうのてめぇにオレっちの気持ちなんか判るもんか」
「判るよ。ほかのだれよりも。ぼくちんは君。君はぼくちんだもの。てへっ」
「なにが、てへっ、だ。相も変わらず、どこをとっても気にいらねぇやつだなぁ。本当によぉ」
なにが気にいらないって、自分自身に会うのが一番気にいらない。しかも、だ。こいつ、しゃべり方がハイネと同じ、とくる。
「なにが、てへっ、だ。いいか、もう一度だけいうからよく聞けよ。オレっちは人間だ。よくりゅうじゃねぇ」
「人間やほかの生きものと群れていられるから? それとも、よくりゅうの姿をしていないってただそれだけのことかな。だけどね。じゃあ、今のそのざまはなんなの? って話になるよ。自分の気に入らないやつはどんどんなぐりかかる。命をうばおうとする。まさにドラスそのものじゃない」
「それはあいつらがカスミを」
「ちがうちがう。もっとも最初のひとなぐりぐらいは、それもあったと思うけどね。
『カスミの身体がハイネの前足でずたずたにされている』
『ネイルが死神の鎌にとりつかれたのが原因』
『だから二人はカスミのかたき。だから殺してもかまわない』
とまぁ、こんな思考をたどったんでしょ?」
図星。とはいっても、自分自身なんだからあたりまえといえばあたりまえだが。
「あっている。だがな、最初、だけじゃねぇ。それは今も同じ。変わらねぇよ。カスミの死がネイルとハイネのせいなのは事実。だから」
「殺すの? 二人を」
「当然だろう? でなきゃカスミがうかばれねぇ」
「だから、ちがうって」
「なにがちがうんだよ?」
(こいつ、なにをいいたいんだ?)
「今の君はね。カスミ君のかたきをうちたいがため、二人を殺したがっているんじゃない」
「じゃあ、なんのため、っていうんだ?」
「ドラスの性ってやつだよ。それが君をかりたてているのさ」
「なにをかんちがいしてやがる。オレっちは人間として行動しているだけだ。ドラスとしてなんかじゃねぇよ」
「だから、それが思いちがいなんだってば」
「お前のしゃべり方は、まわりくどいんだよ。いいたいことがあるなら、さっさといいやがれ」
「ふふふっ。なら、いわせてもらうけどさ。君の中にはね。ドラスの王としての血が流れている。二人を殺そうとしているのだって、カスミ君のかたきだからじゃない。王としてのほこりからなんだよ」
「王としてのほこり? さっぱり判らねぇ。一体なんのことだ?」
「王ってやつはね。だれかが自分と同じ立ち位置にいることを許せないのさ。好きな女の子もそう。ほかのものたちと同じように自分の後ろでひざまずかせなきゃ、がまんがならない生きものなんだよ」
「それとオレっちとどんな関係があるっていうんだ?」
「君はカスミ君が死んだことに『いかり』を覚えたよね」
「そうだ。だからあいつらを」
「ううん。カスミ君の死は口実、きっかけにすぎないよ。『いかり』っていう感情は、ことのほかドラスの血をたぎらせる。王としての血を、ね。それが君にあんな行動をとらせたんだ。ハイネとネイルは君の親友。つまり、同じ立ち位置にいる。だから許せないのさ。だから殺したいんだよ、二人を。ただそれだけなのさ」
「ちがう!」
オレっちは声を張りあげる。
「オレっちはただ人間として」
言葉が終わらないうちに、やつが口を出す。
「じゃあ聞くけどね。その目はなに? 人間の目じゃない。ドラスの目だよ」
「ドラスの目……」
「ここで問題。ぼくちんが今、見ているものは、なぁんだ?」
「お前が見ているものっていったらオレっちしか……うっ!」
やつの二つの目。そこに映る者のひとみの奥から白銀の光がのぞける。
「それにさ。心に感じているんじゃないの?
『お前は王だ。王のなすべきことを行なえ』ってさけびを」
「うっ……」
(気がつかなかった。確かに……感じる)
オレっちはひざをつく。両手で頭をかかえた。
(オレっちは……オレっちは……)
やつはそんなオレっちを見ながら、批判ともとれる言葉を口にする。
「とはいってもねぇ。君の行為は、王としてはいささか、というか、かなり、冷静さに欠いているといっても過言じゃない。少しは自重してもらいたいね」
「なにぃ!」
「感情に任せてなぐった、っていうのもいただけないけどね。それに至るまでの経過も決してほめられたものじゃない。人、ドラス、問わず、そこのところは大いに反省すべき点だよ」
「どういうことだ? それって」
「王にかぎらず、だれかの上に立つ者の判断っていうのはね。それに従うものたちの運命すら決めてしまうことがあるんだよ。判断をあやまれば、当然、被害をこうむるのは、それらのものたち。場合によっちゃあ、王の命ぐらいじゃつぐないきれないほどの被害にまで及ぶ。だから常に王は、自分の判断には慎重さを期さねばならない。君の場合、その慎重さに欠ける面が、ちらほらと見受けられるってことさ」
「いっておくがな。オレっちはドラスの王になんぞならねぇし、なる気もねぇ。それに、だ。だれでも幼なじみが殺されりゃあ、感情的に、ぐらいはなるぞ。相手が目の前にいれば、ぶんなぐるのもあたりまえ。それをとやかくいわれる筋あいはねぇと思うが」
「まっ。そこらへんの話はあとにして。なぐる以前にもいろいろと問題があることは認めてもらわなくっちゃね」
「問題? 一体どんな?」
「ふふふっ。本当は判っているんじゃないの?
まずは、『カスミ君にハイネ君を任せたのはだれか? 護符をわたしたのはだれか?』ってとこから始めようよ。さぁ、どう答える?」
「それは……オレっちだ」
「そう、君だ。ほかにはだれもいない。となると、だよ。カスミ君が死んだのは、いや、殺されたのは、君にも少なからず責任があるってことさ」
「ちょっと待て。それはいいがかり、ってもんだ。ハイネを任せたのは、カスミ自身がそうしたいってたのんだからであって」
オレっちが話しおわらないうちに、やつは口を開いた。
「カスミ君は使い手の第二補佐だよね。その第二補佐が、自分はこうしたい、って願いでたんだろう? 使い手がそばにいなきゃあ、決めるのは筆頭補佐である君しかいない。つまり、君の判断で彼女の運命が左右される。そんな状況になっていたんだ。ねぇ。ぼくのいうこと、まちがっているかな」
「……いいや、まちがってはいない」
「そして……実際に君の判断がカスミ君の明暗を分けた。
君はね。自分のまちがいを、罪を、他人になすりつけたいだけなんだよ。カスミ君を失ったのは自分のせいじゃない、って思いたいだけなんだよ。こんなの、とても王になる者の考えることじゃない。それくらい君にでも判るよね」
「王、うんぬんはともかくとして、オレっちはまちがってなんぞいねぇ。霊風波の爆風であいつらをふっ飛ばしたんだ。目の前でネイルは気を失っていた。だったら、ハイネも同じだと考えるのが自然じゃねぇのか」
「君。頭は確かかい? 本気でいっているの? 呪術師とはいえ、肉体的には普通の人間でしかないネイル君と、ディルドの細胞と血がまじるハイネ君とを、どう考えたら、同じだっていえるのさ。しかも、だよ。ネイル君は、数日間、鎌をふりつづけている。それに引きかえ、ハイネ君は始めたばかり。ネイル君の様子が判断の決め手にならないことは、明らかだと思うけどね」
「いや、まだあるぞ。オレっちはガン・ドラス。カスミはメル・ドラスだ。ドラスの力じゃあ、カスミの方が上だ。だったら、ネイルとハイネ。どっちを任せてもかまわないはず。だろう?」
「相手をさせるなら、気を失っているネイル君にすればよかったじゃない。ハイネ君はディルドだよ。君にふっ飛ばされたぐらいでどうにかなっているって決めつけること自体、あまい考えだったとは思わないのかい? それにね。ドラス同士、力をぶつけあうだけの戦いであれば、メル・ドラスは確かに強い。だけどさ。ディルドが相手なら話は別だ。多少の力の差なんて意味がない。特に一対一での場合、相手とのかけひきとか、とっさの判断ってやつが、勝敗を左右する重要な要因となる。複数同士での戦いなら仲間との連けいがどれくらいうまくいっているか、っていうことも、ね。力をふくめてそれら全てを考えれば、ドラスの中でガン・ドラスにかなうものはいない。過去において、ガン・ドラス以外、ドラスの王とした君臨するものがいなかったのが、そのあかしともいえる。じゃない?」
「……ああ、そうだな」
くやしいが、ふりかえってみれば、やつのいうことはいちいち正しい気がする。これもここに来て自分をとりもどしたせいだろうか。オレっちが無言のままなので、やつも、そんなオレっちの心を察したみたいだ。
「ふぅ。やれやれ、世話のかかる『ぼうや』だったけど、やっと判ってくれたみたいだね。
さて、お次は、と。『カスミ君を殺したのはだれか?』って話をしようよ」
「決まっているだろう。答えはハイネだ。やつの前足には血がついていたし、本人もやったこと自体は認めている。これ以上、どんな答えがあるっていうんだ?」
「うん。ぼくちんもハイネ君がカスミ君を切りさいたのはまちがいないと思う」
「だったら」
「ちょっと待ってよ。それでもふに落ちないことはある。ぼくちんの知るかぎりじゃ、カスミ君とハイネ君は、いたって良好な友だち同士。いざこざを起こしたことなんて一回も見たことがない。きわめて和気あいあいとやっていたっていう認識なんだ」
「そりゃ、まぁな」
「ハイネ君がディルドだから、といえないこともない。ディルドとドラスは元々、宿敵同士だからね。それでも、ハイネ君のあの温和な性格を考えるとさ。それが理由っていうのはちょっと無理な気がするんだよ」
目をつむって聞くと、なんかハイネ自身が弁護しているみたいな気がする。だが、目を開けば、やつはまぎれもなくガン・ドラス、いや、オレっちであることが判る。しゃべっている内容もうなずけることばかり。
「ああ。オレっちもそれには異論はねぇ」
「殺す理由がまったくない殺人ってのも、ないことはないと思うけど……」
「いや、ハイネがそんなことをやるなんてありえねぇな、というか、殺人自体、起こすようなな性格じゃねぇ」
「どう? ここまで考えると、『ハイネ君が殺した』は、おかしいとは思わないかい?」
「そういえなくもねぇ。だが現に」
「『前足でずたずたにした』、のはまちがいない。だけどね。こと制裁の実行に関しては、それが本当にハイネ君の意志によるものかどうか、ある程度、納得できるところまで調べてから、判断すべきものじゃないの? とはいっても、これはぼくの考えでしかない。今の君の考えを聞かせてくれないか」
「うっ……」
オレっちは口ごもるしかなかった。短らく的にハイネのやつがカスミを、としか考えていなかったからだ。みけんにしわをよせ、うつむいてしまったオレっちとは対照的に、やつは喜んでいる風にも見える。『まぁ、しょうがないよね』と話す言葉にもその気持ちがあふれていた。
「今、話したとおり、理想的な王となるには、君はまだまだほど遠い位置にある。とはいってもね。なんらかのきっかけを与えれば、人に死の制裁を与えるのもいとわない性格になれること。生きと生けるもの全てを自分の従者に、との考えを持つこと。この二つが判ったのは、うれしい誤算といっていい。ぼくちんは確信したよ。君はドラスの王となる器だってね。
さぁ、もうそんな人間の姿は捨ててしまいなよ。今までにだって人間との混合種でありながら、ドラスとして回帰したものがいないわけじゃない。君はドラスにもどるんだ。もどってドラスだけじゃなく、ディルドを、人間を、ほかの生きもの全てを、ひざまずかせる王をめざすんだ。それが君の、いや、ぼくちんの運命なんだ」
「ちがう!」
オレっちは立ちあがる。
「オレっちは人間だ。ドラスの血なんかに従うもんかぁ!」
「悪あがきはやめなよ。見苦しいだけだし。ドラスの血は何千年も前から受けつがれてきた。なのに、人間として二十年にも満たない間しか生きていない君が、だよ。与えられた運命にさからえるはずがないじゃないか」
「いや」
オレっちはすかさず言葉を返す。
「さからってみせる。たとえわずかであろうと、オレっちは人間として生きてきたんだ。人間としての温もりを感じながら、親友を手にいれることだってできた。それをたかがドラスの血なんかで失わせるもんかぁ!」




