第十二話『すくえたものとうばわれたもの』‐③
オレっちがかけつけた時、ネイルはのびたまま横たわっていた。さわってみても、ぴくり、とも動かない。
(ひょっとしたら、こいつと命がけで戦いあうことに)
そうかくごしていただけに、なんか拍子ぬけ。それでも、手間が省けたのはまちがいない。喜んだ、と同時に、さっそくやらねばならないことを始めた。
死神の鎌はネイルの右手にのみ、にぎられていた。オレっちは護符の一枚をふところから取りだすと、ひざをついて、おそるおそる鎌に近づけていく。
(どうか、不意にネイルが起きて、こちらをおそわねぇように)
ただその一点を深く念じながら、護符を鎌に張りつけていた。そして……。
「ふぅ。終わった」
(見習い呪医がなにか難しい大手術をやりとげた時って、こんな気分を味わっているんじゃねぇかな)
そう思えるくらいの達成感を覚えていた。ひたいに流れる冷や汗をうででぬぐう。これでもう大丈夫(?)のはず。
「カスミも今ごろは終わっているんじゃねぇかな」
幼なじみが向かった先に目をやりながらそうつぶやいていると、当の本人……だと思う……が半透明な姿でやってきた。
「ソラ。お願い、わたしを受け取って」
「えっ」答える間もなく、彼女はオレっちの身体の中へ消えた。
(なんだったんだ。今のは)
オレっちが首をかしげていると、『ううっ』と、うめき声らしきものが聞こえてきた。声は自分の真下から。視線を向けてみる。どうやら気がついたらしい。ネイルは、うっすらと目を開けた。
「ええと……」
ぼぉっとした目でオレっちを見つめている。
「おい。まちがっても、ここはどこ? わたしはだれ? なんていうなよな」
オレっちの言葉に、最初は、きょとん、とした顔をしていた。だが次第に、ほほ笑みをうかべた表情へと変わっていく。
(どうやら気がついたみてぇだな)
「……ソラ。おはよう」
「ああ、おはよう。ずいぶんと長いねむりだったな」
「そう……みたいですね」
やつは周りを見まわす。ある位置まで来ると、視線が、ぴたりと、とまった。
「元気そうですね、ミアンさん。ミーナさんも」
「ぐすん。ネイルにゃん……」「ネイルさん……ぐずっ」
「さぁ」
ネイルが両うでを拡げた。
「ネイルにゃあぁん!」「ネイルさあぁん!」
ミアンはやつのむねに飛びこむと、『うわぁんにゃうわぁんにゃ』と泣きだした。ミーナも、『うぇぇんうぇぇん』と泣きじゃくりながらミアンのとなりでしがみついてる。
「よかったな、ミアン、ミーナ」
そう声をかけたあと、オレっちは病院の方に視線を向けた。
「レイコ。お前との約束、果たしたぞ」
この瞬間が来ることをどれだけ心待ちにしていたか。今までの苦労が全部むくわれた。そんな満足感にひたっていた。
「さてと。それじゃあ、ちょっくら、カスミのところへ行ってくるぜ」
ネイルたちを後ろに短く手をふったあと、ひとり歩き始めた。なにしろ長い間、鎌をふりつづけていたのだ。身体を起こそうとしても、すぐ、ばたり。ねむけもかなりあるという。いっしょに、というわけにもいかず、ねたままにしておく。
「とりつかれていた、か」
歩きながらふとこんなことを考えてみる。
リイゼルによれば、『死神の鎌は意志などないも同然。人を殺人鬼に変える力だけが残っている』との話だった。すると、病気みたいなもの、とはいえないだろうか。とりつかれた、ではなく、感染した、の方が、ぴったりとあう気がする。ただ感染するってことは、なにかが体内に入りこむわけで、だったら、それを死神の鎌の意志ととらえても、あながちまちがいではない……ような気がする……のだが。
ところで、と。
(そもそもなんでこんなことを考え始めたんだっけ?)
忘れた。記憶をたどってみる。
(あっ、そうか。とりつかれた、って言葉に、なんかちがう、って感じたから、だ)
判ってみれば、たいしたことじゃなかった。
(アホな考え、休むに、にたり。しばらくの間、頭を使うのはやめよう)
本気でそう思った。
やぶをぬけたら、そこは血の池じごくだった。
「おい、どうしたんだ」
エリカだ。血まみれになってたおれている。ひざをついて身体をかかえた。
「ごめんなさい、ソラ。こうなることは判っていた。判っていたはずなのに……。だから、ついていったのに……。まさか、本当になるなんて……」
右手で血が流れる顔をおさえ、意味不明な言葉をしゃべっている。それでも、幼なじみの身になにか起きたことだけは判った。
「エリカ。それでカスミは? カスミはどこにいるんだ!」
「あ、あっち……」
「判った!」
オレっちはエリカを多少らんぼうに地面へ横たえると、すぐさま彼女の指先が示した方へ、走っていった。
目の前にハイネが現われた。
(ふぅ。どうやら、ふういん自体ははうまく……)
「ソラ」
ハイネは泣いているような声をあげた。
「ごめん、ソラ。気がついてみたら、こうなっていたんだ」
「こうなっていたって一体……あっ!)
ハイネの右手。ディルドの前足になっていた。その指、その爪は、真っ赤な血で染まっている。
「まさか、お前!」
ハイネをつき飛ばす、とその後ろには。
「カ、カスミぃ!」
ずたずたに切りさかれ、いくつもの肉片と化したカスミの身体。変わり果てた姿となった幼なじみがそこにはいた。
(ふういんが間にあわず、死神の鎌にやられたのか)
そう思った。だが、カスミの横に転がっている赤い刃の鎌には、護符がしっかりと張りつけられている。刃に血は一滴もついていない。
どういうことだ、とハイネに視線を移す。やつは、
『どうしてこんなことに……全然判らない。記憶にないんだ』といって涙を流している。だが、やつの右手が全てを物語っている。少なくとも、オレっちにはそう思えた。
「ハイネ、お前がカスミを」
反射的にハイネをなぐりたおした。やつはたおれる。やつにまたがり、さらに顔をなぐりつける。やつは無抵抗でなぐられている。あたりまえだ、こんなことをやったのだから。いかりに任せてなぐる。やつの骨格がゆがむのを感じる。意識がなくなったのも判った。それでもなお、なぐりつづける。
「はぁはぁはぁ。カ、カスミの元へ、お、送ってやるぅ!」
オレっちはこぶしを固くにぎりしめる。
「お前なんて……。はぁはぁはぁ。オレっちの前から消えてなくなれぇっ!」
これが最後とばかり、あらんかぎりの力をこめてこぶしをふりおろす。とその時。
ぐっ!
「ソラ。もうやめなさい」
ネイルがオレっちのうでをつかんだ。
「このままではハイネが死んでしまいます」
「お前ぇ……。一番悪いのはお前だぁ!」
オレっちはネイルの手をふりはらうと、すぐさま立ちあがった。
「お前が死神の鎌なんぞにとりつかれるから、カスミが死んじまったんだ。許さねぇ。お前も、ハイネも。それをとめなかったエリカも。
死神の鎌にかかわりあった全てのやつらを。オレっちは絶対に許さねぇ!」
ネイルのえりを左手でつかむと、右手に造ったこぶしでやつの顔面をとらえた。
ずぶっ!
ネイルはふっ飛ぶ。だが、たおれずにふんばった。
「この野郎! 死んでカスミにわびやがれぇっ!」
こぶしをかかげ、もうぜんとやつに向かってつっ走る。
「お前なんかがオレっちの、オレっちの、そばになんているんじゃねぇ!」
あと一歩。ふみしめた足を軸に跳びあがる。のばした右うでの先、こぶしが今まさにとどめをさそうとしている。
――そして、……時がとまった――
ぐにゃり。
空間全体が一瞬、ゆがむ。そのあと現われた世界は全てのものがとまっていた。
「くそっ! なんでこんな時にこんなところへ!」
オレっちは思わずあくたいをつく。気がつけば、『一瞬という名の時のはざ間』に身を置いている。
ネイルはすぐ目の前。だが、うでをのばしてもなぐることはおろか、ふれることすらできない。すりぬけてしまう。ネイルだけじゃない。オレっちの周りに存在する全てのものが。ここはオレっちがいた現空間と重なるように存在する別次元の空間。自分の意志で入ることも出ることもできない迷宮の中。
(やつが……来る!)
オレっちは知っている。ここで動ける者が、オレっちのほか、あともう一体いることを。
「やつになんか会いたくねぇってのによぉ!」
ぎゅぅん!
オレっちの願いもむなしく、一匹の大よくりゅうが飛んできた。周りに生い茂る木々は、くっきりと目に映ってはいても、まぼろしと同じこと。じゃまされることなく、オレっちとつらを向きあわせた。
「ふふふっ。だいぶあれているようだね」
「お前なんて呼んだ覚えはねぇ。めざわりだ。さっさとオレっちの前から失せろ!」
「そう邪険にしないの。 好きな女の子が死んで悲しがっているから、わざわざこうやってなぐさめに来てあげたんだよ。少しはありがたいって思わなきゃ。めいわくがられるなんて心外。傷つく、って。
どう? たまには、ぼくちんとゆっくりおしゃべりでもしない? きっと楽しくなるよ」
「やい。今いったオレっちの言葉が聞こえねぇのか。お前と話すことなんざ、これっぽっちもねぇ。さっさと失せろ!」
「消えてもいいんだよ。だけどね。ここを支配しているのはぼくちんだ。ぼくちんの許しがなくちゃ、ここからは永久に出られない。それでもいいなら、だけどね」
「なんだと、この野郎!」
オレっちは霊力をこめたこぶしをくりだす。だが、それとほぼ同時に、やつが身体にまとっている霊力波も大きくふくらんできた。おれっちとやつの霊力。二つの力がぶつかるやいなや、オレっちは身体ごとふっ飛ばされた。
「うぅっ!」
ばたん!
「お、お前……」
うつぶせで見あげたオレっちの耳に届くのは、おかしくてたまらない、とあざけんばかりのやつの声。
「むだむだ。知っているよね? 霊力の造りだす波動が四段階に分かれているってことを。一番低い水準が『霊波』で、お次が『霊刃』、その上が『光波』で、一番上が『光刃』だ。
今、君が浴びたのは光波さ。ガン・ドラスがその気になればいつでも放てる霊力波だ。もっとも今の君じゃあ、たとえガン・ドラスになったとしても、いつでも、ってわけにはいかないだろうけどね。ましてや、人間の姿をした君がどんなにがんばっても、せいぜい霊刃どまり。今の君のこぶしはそれすら届いていない。ぼくちんに勝てるはずがないんだよ」
「ち、ちくしょう……」
オレっちは、よろよろ、としながらも立ちあがる。
「どうして……どうしてオレっちを閉じこめるんだ。なにを話したいってんだ」
「おや、ちょっとはものわかりがよくなったみたいだね。それに、ずいぶんと落ちついたみたいだし。うんうん。こっちとしても助かるよ」
「くそったれが。……いらねぇことばかりしゃべっていねぇで、とっとと話を始めな」
「じゃあ、いわせてもらうよ。あっ、その前に」
「なんだよ」
「このたびはとんだことで。ごしゅうしょうさま。カスミ君が亡くなってさみしいよね。つらいよね。ってなわけで心からおくやみする次第だよ」
「ちゃかしてんのか、お前は」




