第十二話『すくえたものとうばわれたもの』‐②
「ソラにゃん。これからどうする気にゃん?」
ミアンが、そそくさとたずねてきた、と思っていたら、
「本当にどうするのよ?」とミーナもたたみかけてくる。
(こいつら、ネイルを早く助けたい、って思うあまり、我を忘れていやがる)
いつもであれば、オレっちの頭の中が空っぽ、つまり、なんの答えもない、って判るはず。身内同然のネイルに起きた不幸にどうようしているのだろう。つくづくふびんだといわざるをえない。
『なぁ、ミアン。それを聞きたいのはオレっちの方さ』といい返そうとしたら、
『ねぇ、ソラ』と幼なじみが声をかけてきた。
「護符を一枚ちょうだい」
(へい、まいど、っていうわけにもいかねぇだろうな)
「カスミ。どうするつもりだ?」
「わたしがハイネの鎌をふういんしてあげる。ソラはネイルをお願い」
「そりゃあ、ありがたいが……。でも、お前、大丈夫か?」
「二人が打ちあうのを見ていたのよ。だけどね。両方とも、使えるはずの技を一切用いていないみたい。ひょっとすると死神の鎌って、とりついた相手の力を、少なくともすぐには使えないんじゃないかしら。だから自分をふりまわさせるしか手がないのよ。なら、すばやく動いて護符を張りつければ簡単に片がつく。そう思うんだけど。ちがう?」
(はぁ。考えているんだなぁ、こいつもそれなりに)
「カスミ、お前のいうとおりかもしれねぇ。確かに二人とも、鎌をぶつけあう以外はこれといってなにかしている風には見えねぇよなぁ」
すぐにも飛びつきたい話、ではある。だが少しは間をおかないと、オレっちがなんにも考えていないことがばれてしまう。それではやっぱり、かっこ悪い。
「さてと。どうするか」
うでを組んで、さも思案にふけっているかのごとく装う。
「ねぇ、やらせてよ」
再びカスミが声をかけてきた。
(よしよし。これぐらい間を持たせればいいだろう)
「判ったよ。ほれ」
オレっちは手にいれた護符の一枚を重々しくわたした。
「いいな。くれぐれも注意するんだぞ」
「判っているって」
彼女はオレっちに笑顔をふりまく。いかにも、『さぁ、早く遊ぼう』っていわんばかりの感じ。なんとなく不安な気がしないでもない。それでも、彼女が見せる動きのすばやさや身のこなしは、オレっちをはるかにしのぐ。それは長年のつきあいからよく知っている。
『まぁ、大丈夫だろう』と任せることにした。
「ソラにゃん。よかったにゃあ」
ミアンが声をかけてきた。ついさっきまで見せていた、冷静さを欠いたような表情はどこにも見あたらない。代わりにうかびあがったのは、『ぶふふっ』と、人の心を見すかしたような笑み、ひとつ。
「なにが? だ」
とぼけてたずねてみる。
「冷静になって、よぉく考えてみたのにゃん。そしたらにゃ。ソラにゃんに期待しても無理なんじゃにゃいかって、頭のどこかで声がしたのにゃ」
「ほぉ」
ミーナもミアンの言葉にうなずいている。
「アタシもなの。だめなものはだめだわん、って」
(ミーナ……。相変わらずきついな、お前のいい方。とどのつまり、『いつも』、にもどったわけか。まぁ別に、この二体ならばれてもかまわねぇが)
「で、にゃ。これはだめにゃん、と思い始めたころ、カスミにゃんが声をかけてくれた。ウチには天使の声に聞こえたのにゃん」
「そうそう。カスミさんに感謝しなさい、ソラさん。
あっ、そうだ! ねぇ、あとでなにか好きなものを買ってあげるっていうのはどうかな?」
「それはいい考えにゃ。カスミにゃんも喜ぶにちがいにゃい。
ちなみに、ミーにゃん的にはどんなものがいいと思うのにゃん?」
「かざりもの、なんてどうかな。そろそろ身につけたい年ごろだと思うし。
ねぇ、ミアンはどう思う?」
「ウチはやっぱり食べものにゃよ。ソラにゃん。カスミにゃんはなにが好きなのにゃ?」
「そうだな。あえていうなら……ってちょっと待て。今はそれどころじゃねぇだろうが」
(まじぃ。危うく、いつものようにミアンたちのおしゃべりにまきこまれるところだったぜ。
ソラ、しっかりしろ! 早く自分がやらなきゃならねぇことを思いだすんだ!)
気あいをかけるべく、ばしっと両手でほおをたたいた。
「よぉし。じゃあ、始めるか」
勢いこむオレっちにカスミが声をかけてくる。
「ソラ。まずは仲よくじゃれあっている二人を切りはなさなきゃ。このままじゃ危なくて近よれやしないもの」
かきん! かきん!
見れば、
『そろそろあきてもいいんじゃねぇ』と思うぐらい、打ちあいつづけている。人によっては、
『刃をとおして求愛している』って、とる向きもあるかもしれない。
「カスミ。別にじゃれあっているわけじゃねぇんだぞ」
「判っているって。これはもののたとえよ。
さぁ、早くして。愛しあっている二人の仲をさくのは得意でしょ?」
(なんてことをいいやがる)
「カスミ。お前がオレっちをどんな目で見ているか、一度、じっくりと議論してみたいんだが」
「いいから、早く!」
「ちぇっ」
(……にしてもな。このままだと、一生、こいつのしりの下にしかれるぞ、なんとか早めに手を打っておかねぇと)
考えようによっては、死神の鎌以上に頭が痛い問題、といえるだろう。特にオレっちにとっては。知らず知らずのうちに頭をかかえていた。
そんなオレっちの気持ちも知らないで文句ばっかりたれる幼なじみ。
「もう、ソラったら。なにをそんなに考えこんでいるのか知らないけど、あなたの頭じゃ、ろくな結論しか出せないのは判っているじゃない。
『むだな考え、休むに、にたり』、よ。さぁ、早く行動を起こしてちょうだい」
「そうにゃよ、ソラにゃん」とミアンがカスミの言葉にうなずけば、
「異議なし、だわん」とミーナも手をあげる。
(むだな、は、ねぇだろう。お前のことでなやんでいるっていうのに)
いつもながら、オレっちの思いをよそに一人と二体は意気投合。
『そうでしょ?』『そうにゃん』『そうだわん』
と手をたたきあう。
(ええい! 本当にうるさいやつらだ。どいつもこいつも)
よく考えてみれば、種はちがえど女の子同士。話があうのもあたりまえ。なんとなく、『のけ者』にされた感があるが、そこは気あいでしりぞける。
「じゃあ、やるぞ! カスミ、そこをどけぇっ!」
「はい!」
オレっちは深呼吸でもするかのごとく、両腕を左右にのばす。うでの周りに、つばさの形をした光が生まれる。オレっちは羽ばたくように両うでを勢いよく前へとのばした。
ぶわぁっ!
呪の言葉を使う、などのめんどうは一切いらない。光のつばさから生まれた霊風波。その爆風を食らってハイネとネイルが左右にふっ飛ぶ。
「あ、あれっ?」
予想外のできごとをまのあたりにする。ハイネは目の前にある木々の向こうまで飛ばされた。一方、ネイルは樹木に頭をぶつけてたおれてしまう。見れば身体を、ひくひくとさせて、まるでけいれんでもしているかのよう。
(どうしてこんな……)
いまさらいうまでもないが、霊山『亜矢華』の霊圧は、霊体の霊力をさまたげる。それを考えて強めに放ったのだが……、こともあろうに本来の力そのままに放たれてしまった。
改造をほどこされたカマギラは亜矢華の霊圧にたえられるようになっているらしい。だが、オレっちには関係ないこと。
(そういえば、今回は霊圧を一切感じねぇしよぉ。もう、なにがなんだかさっぱり判らねぇ)
「てへへ。いやあ、すまねぇな。しくじっちまったぜ」
頭をかきながら、いつものように『笑ってごまかせ』をおしすすめる。なにかいわれたとしても、せいぜい、『しょうがないわねぇ』、ぐらいですむと思っていた。ところが、予想に反してミアンたちから非難の声が。
「ああっ! ネイルにゃんが! ソラにゃん、ちょっとやりすぎにゃよぉ!」
「本当本当。力任せにやるんじゃなくて、もっと考えた行動がほしかったわん」
いい返したいところ、ではある。だが、この結果におどろいているのはオレっちも同じ。
「まぁ、確かに、な」
素直に認めて、とりあえずは、この場をうまくやりすごそうと思った。ところが、うまくいきそうにない。
「ミーにゃん」
「なぁにぃ? ミアン」
二体は顔を見あわせる。
「大体、ソラにゃんには、ウチのご主人さま、ネイルにゃんのいう『愛』が判っているのにゃろうか?」
「さっきの顔をみたら、口を開けてぽかぁんとしていたわん。あのアホづらから察するに、なんにも判っていないと思うわん」
(うるせぇ。アホづら、は、よけいだ)
「やっぱりにゃん。ウチはソラにゃんに多大な期待をよせすぎていたのかもしれにゃい」
「それはよくないと思うわん。ソラさんにしたってそれじゃあ重荷になるばかりだもの」
「うんにゃ。ほどほど、が大事だって、今、痛感しているのにゃん」
「ソラさんはね。温かい目で見守るのが一番だわん。そうは思わない?」
「ミーにゃんのいうことは、もっともにゃし、ウチもそう思うのにゃけれども……、
できれば、にゃ。もう少しなんとかならないものにゃろうか?」
「ないものねだりはよした方がいい思うわん」
「そうなのにゃろうな……。はぁうぅっ」
「そんなもんだわん。はぁうぅっ」
ともに深いため息をもらしている。
(お前らなぁ)
とりなすようにカスミが声をかけた。
「ごめんね。ミーナちゃん。ミアンちゃん。ソラに、考えてから行動、なんて無理。そういうことができない人なのよ」
(なにいいたことをいってやがる。心の中じゃ、すぐにやれ、って思っていたくせに)
オレっちはのどまで出かかっている言葉を、ぐっ、とのみこんだ。本当にしゃべったら、こちとらの命すら危うくなりそうだから。
「ハイネにゃんもどっかに飛ばされちゃったにゃ。ミーにゃんのいうとおりにゃった。やっぱりこの人、だめだめにゃん」
「だからいったじゃない。だめなものはだめって」
「確かにだめだめね。でも、だめでもだめなりにがんばったんだから。ねぇ、判ってあげて」
だめ、の言葉が果てしなくつづく。なにかいい返そうと思案していたら、話題が少し変わってきた。
「ところでミーにゃん。『考える』ってことについてどう思うのにゃ?」
「うぅん。これはどこで聞いた話か忘れちゃったんだけどぉ……。
人はね。だれでも幼少のみぎりは神さまなみの頭を持つ、って話よ」
「にゃんと!」
「お母さんのおなかの中にいる時から、みたいなの。つまり、記憶やそこに知識をためこめる能力が備わった時点ですでに始まっているってわけ」
「それは初耳にゃん」
「『覚えようとしたわけでもないのに、気がついてみたら言葉がしゃべれるようになっていた』
これなんか、そのてんけい的な一例ともいえるわん」
「そうにゃのか……」
「でもね。その時間はすっごく短いの。学校へあがるころには、たいてい人なみになっちゃっているらしいわん」
「それは……残念なことにゃん」
「でね。人なみになったあと、
『覚える』『考える(覚えたことを活用する)』『論理を組み立てる』には、『あるもの』が必要になってくるの」
「『あるもの』? 一体なんなのにゃ?」
「『努力』。それ以外の何物でもないわん。もちろん、判らないことは他人に聞いてもいい。でもね。できうるかぎり、自分で調べてみる、考えてみる、といった姿勢が大事。こうした日ごろの努力、あるいは精進の積み重ねが、やがて実を結び、正しいものの考え方ができる人間になるってわけ」
「にゃあるほど……。でも、ミーにゃん。それって本当なのにゃん?」
「さぁ?」
「さぁ、って……」
「だから最初にいったわん。どこかで聞いた話だって。それが正しいかどうかなんて、これっぽっちも判らないわん」
「ミーにゃんらしいといえば、らしいのにゃけれども。
あっ。でも、努力や精進とか、地道にこつこつとか、は、あたっている気がするのにゃん」
「でしょ?」
「にゃあ、ソラにゃん」
いきなりこちらをふり向くミアン。
「努力や精進にゃと」
「あと、地道にこつこつ、よ」
ミーナもふり向く。
「まだおそくはないと思うわん」
(なにをいいたいんだ、こいつら)
オレっちは作務衣の内袋……ポケットともいうらしいが……に両手をつっこんで不良っぽく装ってみる。
「へん、いやなこった」
オレっちの姿を見て言葉を聞いた、ミーナとミアンが顔を見あわせる。
「ミーにゃん。あの態度、どう思うのにゃん?」
「ミアン。一体、ソラさんと何年のつきあいだと思っているの。あれは『ふり』だわん。一見すると、さもひねくれた、態度や口調だけどね。本心は、ちょっと心引かれるものを感じているのにちがいないわん」
「そうそう」
カスミも加わる。
「できるなら自分も、とは思っているのよ。だけど」
「いまさらな、と照れているわけにゃん」
「さすがは、ミアンちゃん。ミーナちゃんも目のつけどころがちがうわね」
「てへへへ」「にゃははは」
カスミにほめられ、照れ笑いしているミーナとミアン。そのあげくに、
「いえぇぇい!」と手をたたきあった。
(ええい。うるせぇやつらだ)
「いつまでもおしゃべりをつづけているんじゃねぇ」
そういって話を打ちきらせた。案の定、こちらを見つめているのは全て不満顔。
(だが……、それもすぐに変わるさ)
「とりあえずは、二人をはなすことに成功したんだ。すぐに始めよう」
オレっちの言葉を聞いたとたん、カスミたちは、にっこりと笑顔でうなずいた。
(ふふふっ。どうやら忘れちまっているみたいだな。助かったぜ)
オレっちは内心、ほくそ笑んでいた。
(よぉっしゃあ! これでふっ飛ばした責任はうやむやにぃ!)
「じゃあ、オレっちはネイルを」
「うん。わたしはハイネを相手にする」
「ミーナ、ミアン。お前たちは戦いが終わるまでここにいるんだ。いいな」
「うんにゃ。判ったにゃよ」「気をつけてね」
ミアンとミーナの声を後ろに、オレっちらは走りだす。
「じゃあ、またな」「うん。またね」
声をかけあうオレっちとカスミ。左右に分かれ、自分が相手をする方へと走っていく。




