第十一話『おかしな者』‐⑤
「ううっ……はっ!」
目が覚めた。だが、頭はまだ、ぼぉっとしたまま。
「ここは……」
顔を左右に動かしてみる。自分は今、木々が生いしげる山のしゃめんにねているのだと気づかされた。
「そうか。オレっちは空から落ちたんだ」
自分の身体を見つめた。ありがたいことに人間の姿にもどっている。
「……ということは無意識のうちに変化を解除したってわけだ」
(ふぅ。よかったぁ。とんだ赤っぱじをさらすところだったぜ)
あのまま落ちていたらどうなっていたことやら。とがった口の部分が、すっぽりと土につきささって、みっともない体をさらしていたのにちがいない。
頭に手をあててみた。特に痛いということはない。頭から落ちたのでもなさそう。
「やったぁ!」
無事に着地できていたことを知り、
『さすがは、オレっちだけのことはある』と両うでをのばして喜んた。
「おや、気がついたみたいね」
「お前はっ!」
とっさに身を守ろうと、くるっ、と反転、うつぶせになる。見あげた目には声をかけてきた相手が映った。『試験管』と呼ばれる細いとうめいな容器に、『せん』をねじこんでいる。目と目があい、容器の中でわずかにただよう真っ白な液体へと視線を移したとたん、いかりに心がふるえた。
「リイゼル! 一体、オレっちになにをした!」
上半身をおこしてどなったとたん、頭が、くらくらっ、としてきた。
「待って。おこる気持ちも判らないではないけどね。今、毒消しを投与したばかりなの。もう少し安静にしていた方がいいわよ」
リイゼルはオレっちの身体を両手でつかむと、ゆっくりと地面にねかせた。
「毒消しって……」
「ソラ。あなたはね。カマギラの毒にやられたのよ。翅の一角に仕こんであるの。切られた瞬間、体内に注入されたってわけ。
ああ、いやだいやだ。想像するだけで鳥はだが、ざわざわっ、としてきちゃった」
自分の両腕をさすりながら気の毒そうな顔をこちらへと向けるリイゼル。
(なんとなくオレっちがいだいていたリイゼルの印象とちがう気が)
「その毒を消したっていうのか」
「ええ。もう大丈夫よ。あと少し経てば、すぐに元の身体にもどれるわ」
「そうか……」
オレっちは身体をゆさぶってみる。手足を動かしてみた。しびれは多少残っているものの、それ以外はいつもと変わらない感じに思える。
「よかったわぁ。毒消しが効いて。実験では確認しているのだけどね。実際に毒にあてられた人への投与はこれが初めてなの。だから、ちょっと不安だったのよ。でも、うまくいったわ。さすがはわたしよねぇ。うふっ」
オレっちの心の中からたちまち、危険な学者、の印象がぬぐいさられてしまった。あとに残るは、人のよさそうな、近所づきあいのいいおばさん、いや、おねえさん、との感じだけ。ただ手にした試験管の中に残る液体を見ながら、ほこらしげな表情で自画自賛しているあたりは、『やっぱり、そうかな』、とも思えてくる。
「だが……、どうしてお前がオレっちを助けるんだ? 敵どうし、なんだろう? オレっちとお前は」
「ちがうわ、ソラ」
リイゼルの顔には今までとはうってかわって、なにやら悲しげな表情がうかんでいる。
「わたしはね。今、自分が判らないの」
「判らねぇ? 判らねぇってどういうことだ?」
「自分のしていることが、よ。カマギラに関心を持っていたのは事実だし、改造をほどこしてみたい、っていう欲求が心の中にあったのもまちがいないわ。でもね。そんなことをすれば人さまに迷惑がかかってしまうおそれがある。そうじゃない? だから、調べるだけにとどめておいたの。手を出したとしても実験室まで、と決めてね。それなのに……。それなのに、どうしてあんなものを造ってしまったのか。どうしてあんなものを動かして喜んでいるのか。
ソラ。わたしには判らないの。判らないのよ。自分のやっていることが」
「つまり……自分の知らぬ間にやっていると?」
オレっちの問いに、『いいえ』とリイゼルは顔を横にふる。
「自分の意識は確かにあるわ。自分が今なにをやっているのか、なにをやるつもりなのかも知っている。でもね。それは私が求める以上のものなの。なにかがわたしをそそのかしている。なにかがわたしの好奇心や『求める心』を、利用、拡大して自分の目的を果たそうとしている。だけど、それをやるのはわたし。いえ、わたしの心と手を使ってやっている」
リイゼルは頭を両手でかかえている。演技などではない。しんけんに思いなやんでいるのが見てとれる。
「リイゼル……。それじゃあ今は?」
「ほんのつかの間、だけど、わたしの心がわたしの元にもどってくる時がある。今がそれよ。だから、あなたをなおすことができたの」
(精神を病んでいるのだろうか。だったら、病院に連れていってセレンの姉ごにみてもらわなきゃならねぇが)
そう思った矢先、彼女から想いだしたような言葉が飛びだす。
「あの日……。そう、あの日からおかしくなった……」
「あの日? なにかあったのか?」
「霊山『亜矢華』のふもとを歩いていたの。そしたら……見つけてしまった」
「見つけた? 一体なにを」
「わたしと同じぐらいの大きさをした白い人形。どろだらけで転がっていたから、だれかに捨てられたのだと思ったわ。手に取ってみたら軽くて丈夫そう。使われている材質も今までに見たことがないもの。だから……、好奇心には勝てず、持ちかえることにしたの」
(あのな。こどもじゃあるまいし、得体のしれねぇごみをやたらと拾うなよ)
そういおうとしたのを、ぐっと飲みこんで別な言葉に置きかえた。
「妙なものを拾ったなぁ。それで? なにか判ったことでもあったのか?」
いつしか話に引きずりこまれていた。それもそのはず。オレっちとハイネはこういうなぞめいたものが好きでしょうがない。『怪奇特捜組』を造ったのもそれが大きな理由のひとつ。
「それが全然、なのよ」
リイゼルがうかない顔をしている。
「村で造られたものじゃない、ってことだけは、まちがいなさそう。だけど、それ以外にはなにも。とりあえず納屋にしまっておいたわ。いずれは分解して中身を調べるつもりよ」
「そうか……。まぁ、あせることもないさ。気長にやれば……あっ!」
いくらアホでもたまには、ひらめき、みたいなものが頭にうかんでくることもある。
「なぁ、リイゼルさんよぉ」
さっそくたずねてみた。
「さっきお前さん。『人形は破損していた』っていったよな。一体どの部分がこわれていたんだ?」
「えっ。……そうね。確か左うでだったわ」
「左うで!」
思わずさけんでいた。オレっちが、もしや、と考えていたのと、どんぴしゃ、だったから。
「どうしたの? おどろいたような顔をして」
「……いや、なんでもねぇよ」
あくまでもオレっちの想像にすぎない。仮に正しいとしても、だ。今、話すのは不安を大きくするだけ。いいことなんてひとつもありはしない。
「そう。それなら」
彼女は立ちあがった。
「そろそろここからはなれなきゃ。でないと、また、あなたに危害を加えるかもしれないから」
「リイゼル……」
「この次会う時は……多分、また敵として、だと思う。
じゃあね。話を聞いてもらえてうれしかったわ」
そういって手をふると、リイゼルは急いでしゃめんをくだっていく。オレっちも手をふった。多分、笑顔で見送ったはず。
(リイゼルか。本当はいいやつなのかもな)
彼女の姿が見えなくなるまで見送ったあと、ひとり、もの思いにふけっていた。
(亜矢華のふもとで見つけた……、人形……、破損……。なんか引っかかりやがる)
リイゼルが口にしたもののうち、気になったや言葉や単語の一つ一つを心の中で復唱してみた。何度も何度も。そして……。
「白い人形……なぞの白い人形……『ぎたい』か!」
オレっちはハイネのいった言葉を想いだす。
『彼女の片うでを引きちぎったのさ』
あの女の言葉も。
『わらわは「よりしろ」としていた「ぎたい」のうでをもがれ』
なくなっていたのは左うで。出あった時にこの目で確認している。この事実は、さっきリイゼルが口にした言葉とも見事にふごうする。
「そうか!」
オレっちは……すべてが見えた気がした。
(どうだ、ネイル。アホでもこれくらいのことは判るんだぞ)
思わず手にこぶしをにぎる。自分をだれかにじまんしたくてたまらなかった。
「ソラぁ!」「ソラっちぃ!」「ソラにゃあん!」「ソラさぁん!」
声を張りあげているカスミたちの姿が目に映った。
(やれやれ。やっと来たか)
そう思いつつも、やっぱり、うれしいのはいなめない。
「すまねぇな。『任せろ』、なんて格好をつけておいてこのざまじゃ」
オレっちがそういうと、カスミは心配そうな顔で、
「あやまる必要なんてないわ。それよりも早く服を」と無理矢理、作務衣をぬがせる。下着はほかの村人と同様、上半身と下半身に白い布がそれぞれ巻いてあるだけ。彼女は上半身の布に手をかけた。
くるくるくる。くるくるくる。…………。
「こんなに……切られて。ソラ、痛くないの?」
布がまきとられ、むきだしになったオレっちのおなか。リイゼルの薬でだいぶ楽になったものの、カマギラにつけられた傷あとが、ざっくりと残っている。
「ああ、もう大丈夫だ」
「本当に? ねぇ。エリカも見てよ。このけが。ほら、もっと近くで」
カスミは傷の横に立って親友に視線を向ける。
「すっご……大きな傷ねぇ」
エリカもためいきをつきながらしゃべっている。一方、カスミは、といえば、心配がさらに増した、とでもいわんばかりに、顔全体に暗いかげを落としている。
「ねぇ、ミアンちゃん。このままにして大丈夫? それとも、病院に連れていった方がいい?」
「どれ、にゃん」
ミアンがオレっちの傷あとに顔を近づけた。
「ふむふむ。傷口自体はふさがっているようにゃよ。でも……」
「でも、なんなの?」
カスミがたたみかける。
「病院に行って、ちゃんとちりょうを受けにゃいと」
「受けないと?」「どうなるんだ?」
ミアンの思わせぶりな言葉に、カスミと同じくオレっちも不安を覚えた。
「気の毒とは思うのにゃけれども……」
「まさか……」「うそだろう、ミアン」
ミアンはいうかいうまいか、ためらっているかのよう。オレっちらはさらに身を乗りだした。
「心して聞くのにゃよ。ソラにゃんは」
「ソラは?」「オレっちは?」
じらしている。そう思えるほどの間をおくミアン。やがて、心が決まった、といわんばかりの表情を浮かべて口にした言葉は。
「実は……傷あとが消えなくにゃる。一生傷もんになってしまうのにゃん」
「……なぁんだ、そんなことか」
思わず拍子ぬけした。
(ふぅ。きんちょうして損しちまったぜ)
「オレっちは男だしかまわないぜ。いやむしろ、かっこいいかもしれないな」
オレっちの不用意な発言は、たちまちカスミのなにかを刺激した。
「なにいっているのよ。あなたはよめいり前の大事な身体じゃない。それなのに今から傷もんになってどうするの!」
なんか知らんがおこっているみたいだ。オレっちは、まぁまぁ、となだめてみる。
「いいか、カスミ。オレっちは『むこ』になるのであって、『よめ』にはならねぇ。そんなに気にする必要は」
「あのね、ソラ。男であろうが女であろうが、きれいな身体であるのにこしたことはないわ。それに」と彼女はオレっちのおなかにできた傷を指さす。
「翼竜同士の戦いならいざ知らず、よ。強化されていたとはいえ、カマギラにつけられた傷でしょ? もし、このことを人に聞かれでもしたらどうするつもり? 早い話がハイネとネイル。彼らが聞いたとしたら、どんな反応が返ってくると思っているの?」
ががぁん! オレっちは頭をなぐられたようなしょうげきを受けた。
「まちがいなく……物笑いの種にされるな。おそらく……死ぬまで」
「でしょう? そんなのあたし、たえられないわ」
「……ちょっと待て。オレっちもそうなるのはさけたい。だが、お前がなんでそんなことを気にしているんだ?」
「あなたのお嫁さんになるから、に決まっているじゃない。そんなこと、生まれる前から知っているわ」
(もう決められた運命、みたいないい方をしやがる)
「あのな、カスミ。生まれる前じゃ判らねぇと思うぞ」
「だめよ、ソラ。にげちゃ。目をつむって未来を想像してみなさい。ほら、二人の結婚式がすぐ目の前に」
「だからどうしてそこで結婚式が……」
(なにをいっても聞かねぇだろうな。やぁめた、っと)
「まぁ、いいや。あとで病院へ行ってみるよ」
「だめよ。そうと決まったら早く行きましょう。手おくれにならないうちに。愛しあう二人の結婚式のために」
(まだこだわってやがる。しつこいったらありゃしねぇ)
「ネイルはどうするんだよ。それに、ハイネの方もちょっと気がかりなんだ」
「うっ。……そうか。それがあったわね」
「忘れていたな。ふぅ。やれやれ」
ため息まじりにつぶやくオレっちに、
「このけがを見たあとだもの。しょうがないじゃない。だれでもそうなるわ」といいわけじみた言葉を返すカスミ。
「ネイルたちのことはともかくとして、よ。じゃあ、ソラ。約束して。ネイルを助けたらすぐに病院へ行くって。いいわね」
「ああ、オレっちもそのつもりさ。だから、あまり急かすな」
オレっちらの会話を耳にしたのだろう。ミアンのはしゃいだような声が聞こえてきた。
「ミーにゃん。いよいよネイルにゃんとご対面にゃよ」
「ミアンは会うのをがまんをしていたもんね。うれしい?」
「もちろんにゃよ。早くネイルにゃんに会って、とりついた霊体を追っぱらいたいものにゃん」
(ミアン。オレっちも同じだ)
「よぉし。じゃあ、みんな。行くぞぉ!」と声をかけたオレっちに全員が、
「はぁい!」と言葉を返した。
(あっ。そういやあ、うっかりしてリイゼルの話をするのを忘れていたな)
「なぁ、カスミ」
「どうしたの? ソラ」
「ええと……。いや、なんでもない」
(話はいつでもできる。今はとりあえずネイルの救出に専念すべきだ)
オレっちは見あげた。目に映るは五角光芒の柱。もう目と鼻の先。
(ネイル。待っていろよ、すぐに行くから。
……と、そういえばハイネのやつはどうなったんだろう)
オレっちは二人に会うことを期待しつつ、仲間と走っていった。




