第十一話『おかしな者』‐③
やつは左手を玉の上に乗せ、右手をオレっちの前に差しだしている。
「ほら、わたすぜ」
オレっちは護符をやつの手のひらに乗せた。開いていた手がゆっくりと閉じられていく。
「ソラ。確かにいただいたわ。ほら、彼女たちを返してあげる」
力をこめるかのように左手の指全部が玉の上につきたてられた。
ぱん!
玉が割れた。閉じこめられていた全員が地面へ、ふわっ、と足をおろす。
「ソラぁ!」「ソラさぁん!」「ソラにゃあぁん!」
カスミ、ミーナ、ミアンの順でオレっちにだきついてきた。
「みんな、無事なようだな。よかった」
オレっちは取引相手に目を向ける。
「ありがとうよ、『おかしな者』」
「お礼なんかいわなくてもいいわ。さっきもいったじゃない。わたしの目的は、おおやけの場でネイルが処刑されることだって。あなた方じゃないの。約束を守ってくれた以上、お返しするのは当然よ」
「そうか。じゃあ、これでオレっちらは失礼するぜ。さよならぁ」
「ええ。さよな……。おや? ……こ、これは!」
あわてたような感じで、やつは手にした護符の一枚一枚を調べ始めた。
(まずい! ばれちまったみたいだ)
やつにわたしたのは五枚とも全部にせもの。
(霊力もそれなりに高いし、これならだませるにちがいねぇ)
そう思ったんだが……、どうやら、考えがあまかったようだ。
「おい、みんな。さっさとここからずらかるぜ」
「えっ。それってどういう」
「カスミ。わけはあとで話す。今はにげるが先だ!」
有無をいわさず。オレっちらはかけだした。後ろからやつの声が聞こえてくる。
「だましたわね、わたしを。……あっ、ソラ! お待ちなさい!」
走りながらふり返った。はおった白衣をなびかせて、やつが悪鬼のような形相で追いかけてくる。
(オレっちよりもわずかばかり年上みたいだ。なら)
若さと体力を武器にオレっちらは一目散に逃げだした。
「みんな。あのやぶの中に逃げこむんだ。そうすれば」
『追ってはこれないさ』と言葉をつごうとした矢先。オレっちの目の前にカマギラがおりたつ。
がしゃあん!
「なんだ、飛べるじゃねぇか。『おかしな者』のやつ、でたらめいいやがったな」
「ちがうわ、ソラ」とカスミが頭を横にふる。
「遠くの方から翅を使うことなくここまで来たの。きっと跳びあがっただけよ」
「取引がうまくいかなかった場合、オレっちらを、って考えてやがったな。くそっ!」
オレっちがくやしがる中、ミアンらの声が聞こえてきた。
「ミーにゃん、今のはすごかったにゃあ」「本当本当。たいしたもんね」
カスミがそばによっていく。
「ねぇ、一体どれくらいだと思う?」
ごそごそ。
カスミもまざってなにやら作業をしている。
「おい、お前たち。今はそんな場合じゃ」
オレっちが話しかけるやいなや、彼女らは、くるっ、とふり向いた。
「10点よ」「10点だわん」「10点満点にゃ」
得点札。黒い棒状のものだが、先端は丸くなっていて得点が白い色で書かれてある。
一人と二匹が、どうだ? といわんばかりにこの得点札をオレっちに見せた。
(へぇ。そんなにすごかったんだ。オレっちも見ておけばよかった。
……にしてもよく持っていたな、得点札なんて。一体どこにしまいこんで……なんて、考えている場合じゃねぇ!)
きゅるきゅる。きゅるきゅる。
『おかしな者』のそばにいたカマギラも追いかけてきた。オレっちらをはさんで二体のカマギラがせまってくる。
(やばい。これじゃあ、にげられねぇ)
「はい、とまって」
そういってカマギラをおさえたのは、いわずとしれた『おかしな者』。やつはゆっくりとオレっちらに近づいてくる。
「どうやらここまでのようね。さぁ」といいかけたその時。
「やめなさい!」
たったったったっ!
「一体、あなたはなにをやっているの!」
声をあげたのは、黒い作務衣を着たなじみの女の子。オレっちらの前に立って、びしっ、と『おかしな者』を指さしている。
「黒色の作務衣に、かた部分にぬいつけられたアヤガネの葉の紋章……。
警護隊ね、あなたは。でも、どうしてこんなところに?」
「知る必要はありません。自分は警護管のエリカ。たずねたことに早く答えなさい。あなたはこの村人たちになにを……はっ!」
エリカはなにかに気がついたみたいだ。ゆっくりと『おかしな者』に近づきながら、やつの顔を下から見あげるようにのぞきこんでいる。
「呪術学者リイゼル……。あなたはリイゼルさんですよね」
エリカが声をかけたとたん、やつは顔をかくそうとしてか、ひたいの前にある青いかぶとの縁をつまんで下に引く。
「じゃまが入るなんて。ちっ」
やつは舌打ちすると、ゆっくりとあとずさりを始めた。カマギラの後ろまでもどると、立ちどまって声を張りあげた。
「二体とも。こいつらはわたしの敵よ。まとめてやっつけてしまいなさい」
言葉をいい終わると、くるっ、ときびすを返して歩きだす。そのまま森の奥へと消えてしまった。
「ソラっち。ここは自分に任せて。あなたは早くネイルのところへ」
(といわれてもなぁ)
「そんなこといったってよぉ。
エリカ。お前まさか、こいつらと戦うつもりじゃねぇだろうな」
「そのまさかよ。こんなやつらを野放しにはしておけないわ」
ひゅっ。
エリカはふところから短刀を取りだすと、さやからぬいた。かくされていた刀身が陽をあびて、きらり、と光る。これは警護隊の数少ないけいたい護身武器のひとつ。だから持っていてもふしぎじゃない。ふしぎじゃないが。
「お前。今日、非番でここに来ているんだろう? なんでそんなものを?」
「へへっ。内緒内緒」
右目をつむり、舌を出すエリカ。どうやら、無断で持ってきたようだ。
(さてと。道徳に長けているオレっちとしては、当局にいいつけるかどうかは……、
うん。あとで決めよう)
ぱらっ、とさやを捨てたエリカは逆手で短刀をにぎりしめる。
(ラミアの姉ごと同じかまえだ。後ろにまわした)
「行っくぞぉ! おぅりゃあ!」
たったったったったっ!
『行っくなぁ!』と一応は声をかけた。でも今までのつきあいの中、こんな状態のエリカをとめられないことは百も承知。カスミもそう思っているはず。となれば、だ。あとはただ無事を祈るのみ。
「とぉっ!」
人間ばなれをした飛びあがり方。あきれて見とれるくらいだ。
エリカを鎌で切ろうとしてか、カマギラは右前足をふりあげる。だが、動きはエリカの方が速かった。
ぐさっ!
鎌の根元あたりをエリカの刃が切りつけた。
ぴゅっ!
緑色の血が飛びちる。でも傷つけただけ。切りおとすには遠くおよばない。
「うわっ!」
「エリカ!」
カマギラの前足には、えものをはさむ、あるいは切ることのできる鎌がある。だが、それだけじゃない。その先、つまり、一番はしにも、三本指がついている。エリカはこの手にとらえられてしまった。
「ええい!」
かけ声とともに短刀が指を切りおとした。だが、支えを失ったエリカは空に放りだされてしまう。と、そこへカマギラの口が。
ぱくっ。ごっくん。
「おい、カスミ。見たか。エリカのやつ、飲みこまれちまったぞ」
「ええ」
もぐもぐ、とかんだ様子はない。だが、おなかに中に入れば、強い消化液でたちまちとけてしまうにちがいない。
「どうすっかなぁ……」
「どうしましょう……」
「ミーにゃん。どうしたらいいと思うのにゃん?」
「さぁ。聞かないでほしいわん」
にげよう、とか、なにかしよう、などの考えがまったくうかばない。ただただあ然としているのみ。そんなオレっちらの前でさらに思いもかけない事態が。
ばしゅうっ!
カマギラのおなかが、まるで爆発でもしたかのように飛びちる。
がるるうぅ!
「あれは……」
オレっちは村の郷土館で見たことがある。氷づけになって発見された、すでに死滅した古代獣の『はくせい』。何種類か展示されていた。その中の一つと同じ姿のものが今、目の前に。
「ゴォガムだ。『地の悪魔』と呼ばれた古代獣だ」
「まさか」
「エリカにゃんが」
「そんなぁ、だわん」
現実に起きているとはとても思えない光景がくりひろげられた。カマギラとゴォガム。ともに六本足を持つ生き物だが、ゴォガムの前足はまるでうでと手そのもの。ふりおろそうとしたカマギラの前足の根元をつかむと、らくらくと引きちぎる。悲鳴をあげたところを首に食らいつく。あっという間に一匹、倒れてしまった。後ろからおそってきたもう一匹は、しっぽを使って横だおしに。足元をふらつかせながら立ちあがったところを、前足のするどいつめが首をなぎはらってとどめをさした。
「あっという間かよぉ」
巨大生物同士の戦い。長引くと思いきや、すぐに決着した。カマギラはゴォガムの敵ではなかった、ということなのだろう。
いずれにしても、迫力ある戦いはひとまず幕を閉じた。
「見ていたのね」
古代獣の身体が光に包まれた、と思ったら、たちまち、オレっちらがよく見知っている女の子の姿へともどった。急いでかけよると、まずは知りたいことをたずねた。
「エリカ。お前、混合種だったのか」
(どうして判らなかったんだろう?)
そんな思いが頭にうずまく。以前から、そうじゃないかとは思っていた。だが、霊覚でそれをとらえることができなかったため、ちがう、としか考えざるをえなかったのだ。
(オレっちの霊覚……。おかしくなってしまったんだろうか)
答えを待つオレっちの目に、静かに頭を横にふる女友だちの姿が映った。
「いいえ、ちがうの。自分は人とけものの混合種なんかじゃないわ」
返ってきた言葉を聞いて、ほっとした。
(否定してくれねぇかな)
内心ではそう思っていたから。だが、それならそれで次の質問が頭にうかんでくる。迷わず言葉にしてみた。
「それならよ。どうしてゴォガムになんか変化できるんだ?」
「逆よ。人がゴォガムになったわけじゃないわ。ゴォガムが人の姿をかたどっているだけ」
「じゃあ、お前はゴォガムなのか?」
「そう思ってもらっても、あながち、まちがいじゃないわね」
(なんか意味ありげな言葉だな。だが)
「それなら霊覚に引っかからなくてもふしぎは……。いや、待てよ」
学生時代のころのことをふと想いだした。
「エリカ。オレっちは昔、図書室でゴォガムについての本をいくつか読んだことがあるんだよ。だがどこにも、ゴォガムに変化の能力がある、なんてことは書いてなかった気がするぜ。
なぁ、エリカ。本当にお前はゴォガムなのか?」
彼女は、『ええ』とうなずく。
「この身体自体はね。だけど……」
「だけど? なんだよ」
「ごめんなさい。今はちょっと。いずれ時が来たら話すから、それまでは待っていてほしいの。お願い」
(はて? こいつにしては歯切れの悪いしゃべり方だな)
「まぁ、無理にとはいわねぇが……、なにかいえねぇ理由でもあるのか?」
「ねぇ、ソラ」
カスミが話に割りこんできた。
「エリカも、ああ頼んでいることだし、本人がしゃべりたくなるまで待ってみたら?」
エリカを気づかうような言葉を口にしている。
「ソラにゃん。女の子をいじめてはいけないのにゃよ」
「そうよそうよ。もっとやさしくしてあげなくっちゃ」
ミアンとミーナもどうやら、これ以上、問いつめるのはよくない、と考えたらしい。オレっち以外の人間が、聞くな、といっているのに、同じ質問をくり返すのは、やぼというもの。
「別にいじめているわけじゃねぇよ」
そう答えて、この件はエリカの気持ち任せとすることにした。




