第十話『もちごろう』‐②
「ぐぉぉっ!(お待たせぇ!)」
「ちゅわぁぁん!(会いたかったでちゅわぁぁん!)
二体の翼竜が並んで現われた。一体は、いわずとしれたカスミのメル・ドラス。だが、もう一体は。
「ディルドににている……。だが、あんなディルドなんて今まで見たことがねぇし……」
メルドラスの横にいたのは、姿そのものはディルド。だが本来、この翼竜の身体は黄金色で、鳴き声も『がうぅ』のはず。ところが、今、視界に映っているのは色あざやかな光沢紫の身体。おまけに、『ちゅわぁぁん!』、などと今までに聞いたことがない鳴き声もあげている。
「ええと……、あっ、そうだ」
以前、ハイネのアジトでやつとかわした会話の内容を想いだした。
「なぁ、ハイネ。最近、妙なうわさを聞くんだが」
「妙なうわさ? どんな?」
「『紫色でつやのある翼竜がこの森の上空を飛びまわっている』ってさ。実際に見かけた村人も何人かいるらしい。
ハイネ。お前、なんか心あたりでもあるか?」
「まぁ、ないこともないけど」
「おっ。あるなら教えてくれよ。『ずいぶんときれいな色だが、あれはなんだ』ってことで、今、村はその話題でもちきりなんだ」
「ふぅん。マリエ君のことがもうそんなに広まっているんだ」
「なに? マリエがどうしたって?」
「いや、だからね。それってマリエ君がディルドに変化した姿だってことさ」
「マリエのディルド? だが、どうしてそんな姿に?」
「『きせき』ってやつが起きたんだよ。彼女の身にね」
「きせきって……どんな?」
「それが……たいそう、なみだぐましい話なんだ。
ソラは『雅楽』って名の山を知っているよね。あそこにある『たき』の流れおちる水にうたれながら、三日三晩、一心不乱でマリエ君は自分の願いごとをうったえたんだよ」
「うったえた? なにを?」
「彼女の言葉をそのまま伝えるのは難しいから、要約するよ。
『わたしは自分がディルドであることにほこりをもっています。だけど、体色と鳴き声が残念でならない。もっと女性っぽいものに変えてもらうわけにはいかないものでしょうか?』
とまぁ、こんな内容だったと思うんだ」
「それがかなったと?」
「うん。四日目の朝。マリエ君の前に現われたんだ」
「だれが?」
「森の精霊の一体、釈奈さまが、だよ。
『それほど願うのであれば、聞き届けよう』。
そういったんだって」
「そんなアホなぁ」
オレっちは笑いだしたい気分になる。
「大体、森の精霊って大昔に全部ほろびたはずだよな。 なのに現われるなんて……。
もうその時点で話がおかしくなっていねえか?」
ハイネは、『気持ちは判るよ』と、うなずく。
「でもね。ソラ君。ちがうなら、あの姿はどう説明をつけるつもりなんだい? 現実にマリエ君は変わった。しかも、ディルドの常識では考えられない変わり方だ。あんなことができるのは、釈奈さましかいない。君がどう思うと、少なくともぼくは彼女のいうことを信じるね」
「まぁ、そこまでいわれると、本当のような気もしてくるが……。
どうせ願うなら、もっと強くなりたい、とか、運が開けますように、とか、別な方がよかったんじゃねぇのか?」
「ソラ君」といってハイネは笑う。
「自分がこう思うからって人まで同じだとはかぎらないよ。マリエ君にとっては自分の容姿を変えることこそが一番の願いだったんだ。それがかなったんだから、素直に、おめでとう、っていってあげるべきだ」
「まぁ、それはそうかもしれねぇが」
「とにもかくにも願いがかなったってことで、マリエ君は有頂天になってね。
『こうなったからにぃはぁ。自分のことをディルドとは呼ばないでくだっすわぁい』、なんていい始めたんだ」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
「『いいところに気がついてくれましつっわぁねぇん。これからうわぁ、「紫の貴婦人」。これでいきたいと思いまあぁちゅ』っていってたよ」
「げっ。あれのどこが」
思わず胸くそが悪くなった。
「にしてもハイネ……。お前さっき、マリエの言葉をそのまま伝えるのは難しい、みたいなこと、いっていなかったか? 結構、うまく口まねをしているようにも思えるが」
「ふっふっ。ぼくもマリエ君とは長いつきあいだからね。自然とできるようになったよ。といって、じまんにもならないけどね」
「ならねぇな。確かに」
「口まねはともかく。まぁ、それからだよ。彼女の呼び名が変わったのは」
「まさか、『貴婦人』、なんて」
「いや、略して『むき』、って呼ぶようになった」
「ふっふっ。『むき』か。そりゃいい。返って言葉をかけやすくなった」
「もっとも本人はふくれっつらしていたけどね」
「そうだろうな。ところでレミナの姉ごはどう思っているんだ? 三日三晩ってことは、お務めにもいくらか支障が出たはず、と思うがな」
「レミナ姉ぇは手放しで喜んでいるよ。『でかした。よくやった』ってね。こういうことには、理解があるんだ。感激のあまり、お赤飯を炊いてさ。ぼくたち補佐はもちろん、他の村人にも配っていた。君のところにもおすそ分けしたはずだよ。アーガやフーレにも食べさせていたな」
「そういやあ、この前、食べたっけ。あれはそういうわけでもらったものだったのか」
オレっちの回想が終わる。
「そうだ。あれはマリエだ」
オレっちが想いだしている間に、『もちごろう』と二大よくりゅうが向きあっていた。ディルドの方は大きなふくろみたいなものを前足でつかんでいる。
「わっはっはっはっ。とうの昔にほろびた『よくりゅう』どもに、こうして対面できるとはな。これもおれさまの力がなせる技か。わっはっはっはっ」
相も変わらず高笑いしているもちごろう。マリエ(ディルド)はそれをいちべつすると、カスミ(ドラス)に声をかけた。
「ちゅわぁん?(なに、このおっさん?)」
「ぐぉぉっ(自分のことをね。亜矢華の守護神、なんて呼んでいるの。とにかくごうまんな霊体なのよ)」
「ちゅわぁぁん(なら、こらしめちゃいましょうん)」
「ぐぉぉっ!(そうこなくっちゃ!)」
『作戦が決まるまでちょっとお話をしてて』とカスミからいわれた。なんでオレっちが、とふんがいしたものの、こんなやつと戦うのは最初から気が引けていた。だから、『喜んで』と応じてやった。
作戦とやらが決まったようだ。開始の知らせを告げたのは、もちごろう自身。
「き、消えた!」
おどろきともとれる声をあげた。とはいってもなんのことはない。ディルドは速さが身上。瞬間移動で、もちごろうの後ろへとまわっただけ。やつも気づいたらしく、ゆっくりと身体を動かすと、正面をディルドへと向けた。
オレっちの目から見れば、前方にはディルド、後方にはメル・ドラスと、もちごろうは、はさまれた形になる。
(……にしても、村の二大翼竜がたった一体のもちごろうを相手に戦いをいどむなんてな。先祖が聞いたらなげくぞ。絶対に)
どれほど、『ひきょうなことはやめろ』っていおうとしたか判らない。だが、『なにもしないくせにえらそうなことをいうな』って返されたらそれでおしまい。元々、アホが移るからって手を出さなかったわけだし、この際、口を出すのもやめにした。
「ぐぉぉっ!(いくわよぉ!)」
「わっはっ……、なにぃ!」
先手はカスミ。有無をいわさない彼女の力の前に、さすがのもちごろうも笑いを消した。
ごぉぉぉっ!
(あれは……霊火の炎じゃない!)
もちごろうの後ろから、強力ではあるもの、通常の炎をあびせた。
「う、う、う、うおぉぉっ!」
ぷうぅぅっ。
みるみる間に、後ろはこげあとがつき、前はふくらんでいく。
(まぁ、どんなにえらそうなことをいっても、しょせんは、おもちだからな)
そう思っていると、今度は、マリエが声をあげた。
「ちゅわぁぁん!(おっ次で、とどめですよぉぉん!)」
びびびびび! びびびびび!
両眼からいくつもの光線波が同時に放たれる。マリエの目の前には、たちまち大きな四角い光線波のわくが造られた。わくの中には、いくつもの光線波が交差した、大きなあみ目がえがかれている。
「ちゅわぁぁん!(行ってちょうだぁいいん!)」
「し、しまったぁ!」
(おおっ。あの尊大な霊体が、初めてあせったような声を)
ずぶずぶずぶっ。ずぶずぶずぶっ。…………。
あみ目の光線波がもちごろうを前からきりきざんでいく。
すぅっ。
もちごろうの後ろにぬけだしたと思ったとたん、あとかたもなく消えてしまった。
ばらばらばらっ。ばらばらばらっ。ばらばらばらっ。…………。
「……ずいぶんと、あっけない最後だったなぁ」
オレっちがつぶやく中、こまぎれになったもちごろうが落ちてくる。その真下には大きなふくろの入り口を拡げて待っているカスミ、いや、メル・ドラスの姿が。
すぽっ。すぽっ。すぽっ。すぽっ。すぽっ。…………。
一個も地面に落とすことなく、むつごろう、だったものをふくろの中に収めてしまった。
「ぐぉぉっ!(見てぇ、ソラ。今日は大漁よ!)」
「ちゅわぁぁん?(ソラちゅわぁぁん。どう? わたちのうでまえはぁぁん?)」
話しかけてきたので、もちろん、答えてやった。
「釣ったわけじゃねぇだろう」と首をふりながら。
カスミとマリエが人間の姿にもどった。オレっちら全員の手に、ばらばらになったもちごろうの断片が。
「いっただっきまぁぁす!」
むしゃむしゃむしゃ。むしゃむしゃむしゃ。むしゃむしゃむしゃ。
こまぎれにされたもちごろうは、一個が一口で食べるのにちょうどよい大きさ。実際に食べてみると、やわらかい上に『のび』がある。
「これ、結構うまいなぁ」
おおっ、とオレっちが思わずがうなると、
「本当においしいわ」とカスミもうなずく。マリエも、
「食べごろでちゅわぁぁん!」と絶賛。それでも食べていくうちに、悲しそうな顔へ。
「どうした? マリエ?」
「どうしたの? マリエさん」
オレっちらが問いかけると、マリエは、ぽつりとしゃべった。
「できればぁぁん。なにかおいしい『たれ』につゅけて食べたかっちゅわぁぁん」
もぐもぐ。もぐもぐ。もぐもぐ。
「そうだな」「そうよね」
オレっちとカスミも、おもちをほおばりながら、こくこく、とうなずく。
「もぐもぐ。ミーにゃん。熱さはほどよいのにゃけれども、べったりとのびるから『のど』につまらせないように、にゃ。もぐもぐ」
「ミアン、そんなこと百も承知だわん。はむはむ。これって焼き加減が絶妙だわん。はむはむ。おいしいわん。はむはむ。見て見てミアン。ほら、こんなに、びろぉぉん、とのびちゃうわん」
「ミーにゃん。食べるかしゃべるか、どっちかひとつにした方がいいと思うのにゃ。もぐもぐ」
(お前らぁ。いつの間に)
オレっちは聞いてみた。
「カスミ。お前か? こんなやり方を考えたのは」
「まぁね。だけど、マリエちゃんが来なければできなかったわ」
「えっ。お前がマリエを呼んだんじゃないのか?」
「ソラ。忘れたの? ここは霊山『亜矢華』よ。いくらあたしでもここからじゃ霊覚交信なんて使えないわ」
「それもそうか。じゃあ、マリエの方から」
「あたりまえよ。マリエちゃんはディルド。亜矢華の霊圧なんか目じゃないもの」
そう。ディルドには、亜矢華の霊圧はあってもなくても同じ。一切、利かない。ここらへんが同じよくりゅうでも全然ちがう。ドラスとディルドの決定的な差といっていい。ディルドが『空の王者』、ないし、『はしゃ』といわれるゆえんもここにある。ディルドと霊波を同調するだけで、ドラスも亜矢華の霊圧を受けずにすむし、困難なはずの霊覚交信さえ、いとも簡単に行なえる。
(ドラスのオレっちとしてはくやしいが……、昔からだし、まぁ、仕方がない)
つかの間のおやつが終わり、えい、とマリエは、いや、ディルドは焼きもちがつまった大きなふくろをつかんだ。
実は、もちごろうが放ったもちはすぐに消えてしまう。地面に落ちたり木にくっついたりしたものが、すぅっと消えていくのを何度もまのあたりにした。オレっちら人にくっついたものも一口食べればそれでおしまい。あとには一切残らない代物だった。
だから、これもかなぁ、と思っていたが、もちごろうの身体となっていたもちが消えることはなかった。
「じゅわぁぁ、村のふぃとたちにきゅばってきますねぇぇん」
いつもの判りにくいマリエの声が周りにひびきわたる。
「おっ。たのむぜ」
「まかせたわよ」
「マリエにゃん。ありがとうにゃあん」
「またいっしょに食べよう、だわん」
「ちゅわぁぁん!(むわぁたぁうわぁいましょうねぇぇん。おにいたまぁぁ!)」
オレっちらが手をふる中、ディルドに変化したマリエが飛んでいった。
「だれ? おにいたまって?」
カスミが首をかしげているので適当に答えてやった。
「多分、お前だ」
こうして、もちごろうの恐怖はひとまず終わった。感想を一口でいうならやっぱり。
(うまかったなぁ)
これだと思った。
類は友を呼ぶ。アホはアホを呼ぶ。
(名言だなぁ)
というわけではないにせよ、本当は、もちごろうに少なからず親近感をいだいていた。カスミたちの作戦の前に、やつと話しあったのが、多分きっかけ。
もちろん、最初から面白い話になったわけではない。いきなり、
『貴様、極悪人だな』といわれ、
『何故だ?』と問い返すと、
『おれさまは何でも知っている。貴様などは一目りょう然。極悪非道のかぎりをつくしているからみろ。顔に邪悪の色がにじみでている』とじまんげに語られた。この野郎と思い、
『これは生まれつきだ』っていい返したら、
『なんだ、生まれつきの極悪人か』、などと、ややこしいまでに、さげすまされてしまった。
それでも……なんやかんやと話をしているうちに、おたがいをわずかながらも理解しあえるまでになった気がする。うちあけ話みたいなものまで飛びだしてきた。
もちごろうの話によれば、以前はただ相手にもちをぶつけるだけのいたずらもの、だったみたいだ。それがぐうぜん出あった村人から、
『あなたには力がある。その力を「愛」のために役立てては?』といわれたのだそうだ。いままでそんなことをいわれたことがなかったので、いたく感激。以来、自ら守護神と名乗って村を守ってきたのだという。実際にやっていることは同じなのだが、もちごろう自身は自分のやっている行為が亜矢華の、ひいては村の役に立っていると信じている。
『なんか、かわいいやつ』。そんな風に思えてしまった。
もちごろうは、
『おれさまは、いまだあのお方に自分を変えてくれたお礼をいってはいない。お役に立てれば、とも思うのだが、それもできないでいる。そんな自分がどうにも情けなく思えてならないだ』、などといった心情を話をしてくれた。だが、
『僕には心を許せる親友がいます。自分では自覚していなくても「愛」の伝道師となってくれている親友がすぐそばにいます。だから、僕のことを心配する必要はありません』と別れ際にいわれたのだという。オレっちはそれを聞いて思わず、
『へぇ。奇特なやつがいるもんだなぁ。それでなんていう名前なんだ? その親友ってぇのは』とたずねてしまった。よくよく考えてみたら、ぐうぜん出会った村人の名前も知らない、もちごろうのやつに答えられるはずもない。むだなことをしゃべったとこうかいした。ところがおどろいたことに、やつは親友とやらの名前は知っていた。
『確か、ソラ、とか……。うん? 貴様。急にたおれたが、なにかあったのか?』
ぐうぜん出会った村人。その正体が悲しいことに判ってしまった。
「わはははっ。おれさまはまだまだ」
ふと、そんな声が聞こえてきた気がした。
「どうしたの? ソラ。きょろきょろとあたりを見まわしたりして?」
「……いや」
もちごろうのかげも形もない。ただ木の葉が風にゆれてざわめくだけ。オレっちは首を横にふると言葉をつづけた。
「なんでもない。さぁ、カスミ、行こう」
オレっちらはその場をあとにした。
(面白いおっさんだったな)
そんなことを思いながら。




