第十話『もちごろう』‐①
第十話『もちごろう』
霊山『亜矢華』は山全体が強い霊波でおおわれている。このため、山の外側から霊体が飛来したとしても霊圧のさまたげにあい、霊力を使用することはもちろん、やまにおりることすら難しいというのが定説となっている。
それじゃあ、亜矢華には霊体が一体も存在しないのか、というと、決してそうではない。亜矢華の霊圧を平然と受けながす者や、逆に自分の力に変え、命のかてとしている者など、したたかな霊体も昔から少なからず存在するという。
今、オレっちらの目の前に姿を現わしたのも、そんな霊体の一体。
「わっはっはっはっ。おれさまは『もちごろう』だ。霊山『亜矢華』の守護神、といっても決してかごんではない。どうだ、おそれいったか。わっはっはっはっ」
白っぽい大きな長方形の巨体が上空にうかんでいる。一つ目と大きく開いた口がやたらと目につく。ひとしきり高笑いをすると、今度はこちらがなにもしゃべっていないのにもかかわらず、聞き耳を立てるひとりしばいを始めた。とはいっても、うでや耳はどこにも見えない。ふんいき、みたいな感じは造っている。
「なに? なに? そうか。おそれいったか。そうか。そうか。わっはっはっはっ」
高笑いの声がさらに大きくなっていく。
(まちがいない。あらてのアホだ、こいつは)
はっきりいってこの手のやからは苦手、というか、呼ばれても絶対に近づきたくない連中だ。
(かまわねぇ。さっさと行っちまおう)
再び歩きだしたオレっちをまのあたりにしたせいか、『もちごろう』と名乗る巨体の声がさらに大きくなる。
「ほぉ。おれさまを無視するとはなかなか度胸のあるやつ。ほめてやろう。
だが……、わがままを許すのもここまでだ!」
ぼむっ! ぼむっ!
「うわっ! こ、これは!」
とつぜんやつの身体から白いものが飛んできた、と思ったら、あっという間にオレっちの身体全身を包んでしまう。
少し熱いな、と思ったのもつかの間、自分がきわめて危険な状態であることに気がついた。
「うぐっ。うぐっ」
(い、息ができない!)
たまらず口を開ける。口の中に白いものが入ってきた。思わずかぶりつく。
「もぐもぐもぐ」
(あれっ? 食べられるぞ)
無我夢中で一口食べたとたん、顔を出すことができた。
「ふぅ。助かった。……こ、これは!」
すぅぅっ。
出せたのは顔ばかりじゃない。身体全体をおおいつくしていた白いものが、まるでうそのようにように消えてしまった。
「一体どうして?」
考えたってオレっちに判るはずもなし。それよりも心配なことがある。
(カスミたちはどうしてる?)
周りに目をやれば、みんなも白いものの中にうもれ、もがいている。
(やれやれ。世話の焼けるこった)
まずは簡単に助けられそうなミアンのところへ行く。
「ミアン! それ、食べられるぞ!」
思ったとおり。声をかけたとたん、白いものの表面が、もこもこと動きだす。
「食ってる食ってる」
たちまち、『ふにゃあああ!』とミアンが姿を現わした。
「ぷわぁっ。にゃんとも美味にゃあ!」
(なんか感動しているようだ)
ミアンは毛づくろいをするような格好になって、身体中を目でなめまわしている。
「ふにゃ? おかしいのにゃん。確かもっとくっついていたはずなのにゃけれども」
「ミアン」
オレっちはしゃがんでミアンに話しかける。
「探したって、もうどこにも残っていないぞ。どうやらこの白いやつは一口食べると、消えちまうみたいなんだ」
「にゃ、にゃんと! そうにゃったのか……」
(いかにも残念、といった様子だが……、気にしないでおこう)
カスミとミーナにも同じように声をかけてみた。あんのじょう、なかなか顔を出さず、ひくっひくっ、と身体を動かすだけ。
(まぁ、こちらも思っていたとおりだな。
さっき食べたばっかし、っていうのもあるだろうから)
ミアンの食い意地のすごさに、ただただ感謝するのみ。オレっちらは協力しあって、なんとか全員を白いものから助けだした。
「ふぅ。助かったわぁ。ありがとう、ソラ」
カスミは立ちあがった。彼女の視線と指先が、上空にうかんでいる物体、もちごろうへと向けられている。
「なのなのかしら。あれって」
『オレっちに聞かれてもなぁ』といおうとした矢先、ミアンが口を開いた。
「おそらくは、なのにゃけれども」
(おや、知っているようだ)
「化けもちにゃよ、カスミにゃん」
「ミアンちゃん。化けもちって?」
「ミアン。なんなの、それ?」
カスミにつづいてミーナもたずねている。ミアンは、『よぉく聞くのにゃよ』と重々しい口調で語りだす。
「食われることなく残ってしまったお米さまにはにゃ。何百年も経つと、霊体が宿るのにゃよ。『どうして食べてくれないの? わたしがきらいなの?』、などといった恨みからにゃん」
「こわいのね。結構」
カスミの言葉に、『にゃから』と話をつづけるミアン。
「いつもいっているにゃろ。食べものをそまつにあつかってはいけにゃい、って」
「そうね。ミアンのいうとおりだわん」
一も二もなく賛成するミーナ。
(仲がいいな。本当に)
正体が判ったとしても、まだまだ疑問は残る。
「だが、ミアンよ。どうして化けもちがこんなところにいるんだ?」
「それはウチにも判らないのにゃけれども……。ただ自分の霊力を自在に使えるってことは、それだけ亜矢華との相性がいいってことにゃん。ここに引きよせられ、すみかにしたとしても、なんらふしぎはないのにゃよ」
「なるほど。そうとも考えられるな」
オレっちの耳元に、『うわっ!』と、悲鳴にもにた声が聞こえてきた。
「ちょっとソラ。話しこんでいる場合じゃないわ!」
カスミがつばきを飛ばしながらわめいている。ずいぶんとあわてた様子。
(やれやれ。うるさいやつだ)
「なんだよ、カスミ。なにをそんなにあわて……、えっ!」
ぼむっ! ぼむっ! ぼむっ! ぼむっ!
たくさんの……ミアンのいうとおりであれば、だが……『もち』がオレっちらの方へ飛んできた。
「うわぁ! ど、どうするよぉ、カスミぃ!」
てっきり終わったものとたかをくくっていた。思わずうろたえた声をあげてしまう。
「聞きたいのはあたしの方! ねぇ、ソラ。どうするの?」
「判らねぇから聞いてんだよ!」
じたばた、とさわぐオレっちとカスミ。こんな堂々めぐりのような会話じゃあ、答えなど見つかるはずもない。
「ねぇ、ミアン」
ミーナは親友の顔の前に立つと、化けもちを指さしながら声をかけた。
「あんなの、がぶっ、とやって追っぱらってよぉ!」
「だめにゃん」
ミアンは、ぶんぶん、と顔を横にふる。
「あんなにたくさんは無理にゃ。ミーにゃん。こうなったらにげるが勝ちにゃよぉ!」
たったったったったっ……。
(あ、あいつ、一目散にかけだしやがった!)
「あっ、ミアン。待ってぇ!」
ばたばたばた……。
ミーナもあわててあとを追う。
(まったくどいつもこいつも……。だが、待てよ。よく考えてみれば、……そうか!)
ミアンのいうとおりだった。あれだけの数。たとえ一口であろうと、全部を食いきる自信はない。カスミが戦力にならないのは、とうに判りきっている。となれば、だ。
(さっすが。やっぱり、困った時のミアン、だぜ)
「待てぃ、ミアン! オレっちを置いていくなぁ!」
先に行った霊体たちを追っかける。これまでは護符をつめこんだ大きな袋をしょっていたが、身軽になるため、捨てた。
(すまねぇな。じいさん)
たったったったったっ……。
「ちょ、ちょっとぉ。待ってよぉ!」
たったったったったっ……。
カスミの声が聞こえる。後ろをふり向くよゆうがないのでなんともいえないが、おそらく、命がけで走っているのにちがいない。
(知ったことか。勝手についてきたお前が悪い)
「はぁはぁはぁ。ねぇ、ソラ」
いくらも経たないうちにカスミがオレっちに追いついた。
(けもの道だってぇのに……、こいつ、意外と早いなぁ)
感心をする間もなく、カスミが言葉をつづける。
「あの化けもちを……はぁはぁはぁ……このまま引きつけておいてくれないかしら」
「はぁはぁはぁ。別にかまわねぇが」
(もちがあたらないように走ってりゃあいいわけだからな)
「それで? はぁはぁはぁ。一体どうする気だ?」
「ちょっと……考えがあるの。はぁはぁはぁ。う、うまくいけば……はぁはぁはぁ。たおせる……かもしれないわ」
「たおせる……ねぇ……」
(まぁ、このまま走りつづける、ってわけにもいかねぇしなぁ。ここはひとつ任せてみるか)
「はぁはぁはぁ。判ったよ、カスミ。お前の……はぁはぁはぁ……好きにやればいい」
「ありがとう、……はぁはぁはぁ……ソラ。じゃあ、……はぁはぁはぁ…たのむ……わね」
ともに、息を切らしながら、あとはよろしく、とでもいわんばかりに手をあげた。カスミはオレっちからはなれ、山の外側につうじると思われる茂みの中へと消えていった。
気がつくと、カスミはおろか、ミーナたちの姿も見えない。完全にひとりぽっちになってしまっている。
(やばっ。これじゃあ、オレっちだけがやつの標的にされちまう)
危険はできるだけ分散。これこそが助かる可能性を高くするひけつと、オレっちはかねがねにらんでいた。
(早くミアンたちに追いつかねば)
力のかぎり走った。だが、飛んでくるもちはあまりにも速い。すぐに追いつかれてしまう。大きさは大小さまざま。だから時には身体中に、時には身体の一部に引っつく。息ができなくなる危険に見まわれる、こちらの動きをとめさせられる、などはしょっちゅう。ばたん、とたおされたことだってある。それでも走りつづける。だが、いかんせん、『速く、もっと速く』という気持ちに体力がおいつかない。
(もうだめだぁ!)
オレっちは走りながら両手で頭をかかえた。
「わっはっはっはっ」
自分の思いどおりにうろたえている、とでも思っただろう。巨体の口からあざけりともとれる言葉が飛びだす。
「おれさまのおそろしさが判っただろう。お前などおれさまの敵ではない。たおすことはむろん、ふれることすらできまい。それに、だ。おれさまは、この村にもち米がひとつぶでもあるかぎり、消滅することはない。ある意味、不死の身体ともいえよう。お前などに手の届く存在ではないのだ。わっはっはっはっ。
さぁ、観念しておれさまにひざまずくがよい。そして二度とこの山に近づかないことをちかうのだ。さすれば、格別の温情をもって見のがしてやろう。
わっはっはっはっ。わっはっはっはっ」
(くそっ。えらそうにいいやがって)
オレっちはぐっとにらんだ。すると。
「なんだ? あれは」
ばけもちが大笑いをしている頭上できらりと光るものを見つけた。
「まさか……」
空にうかぶ二つのかげ。近づくにつれてその正体がはっきりとしてきた。
「カスミのやつ。限定交信であいつを呼んだのか。
そういやあハイネから、とちゅうから顔を出すかも、とは聞いていたなぁ」
オレっちは自分の顔に自然と笑みがうかんでくるのをおさえきれないでいた。




