第九話『護符を探しに』‐③
ミアンが別のおかずに手を、いや、前足を出した。
「お次はカスミにゃんのを……。むしゃむしゃむしゃ……。
こ、これは! カスミにゃんのは独特の味つけにゃあ」
(そうだな。オレっちもそう思う)
ミアンの言葉にカスミの耳が、ぴくん、と動く。
「ミアンちゃん。それ、ほめているの?」
「もちろんにゃよ。最初は食いつきがたい感じだったのにゃけれども、いざ食べてみると、なかなかくせになる味にゃん。ほら、現に」
ミアンが目を向けたのは、会話そっちのけで、ものすごい勢いで食べまくるミーナ。身体が小さいため、一口で食べられる量はほんのわずか。それでも目にもとまらぬ速さで、がつがつと食べているから、あっという間に減っていく。ミアンと同じ量を与えていたにもかかわらず、残り分はミーナの方が少なくなっていた。
「ミーにゃん。どうにゃ?」
「むしゃ……。す、すごいわん。食べ始めたら本当、とまらないわん! むしゃむしゃむしゃ」
「といった次第にゃよ。カスミにゃん」
「うん。喜んでくれているようでうれしいわ。ねぇ、ソラもおいしいでしょ?」
(困ったな。きらきらとした目でこっちを向いてやがる。いや、ミーナみたいに勢いよくかっこむ分には確かにいい味なんだよ。だけどな。あぁぁん、で食べさせてもらう料理では……)
「どうしたの、ソラ?」
(ま、まずい! きらきらとした目が急にするどくなりやがった。このままじゃあ、こっちの命がいくつあっても足りやしない)
「ごほん。そ、そうだな。うまいんじゃないか」
そういったとたん、カスミの目が、またきらきらと。
(ふぅ。助かったぁ)
「そう。そんなにおいしいなら、どんどん食べてもらわなくっちゃ。はい、あぁぁん」
こうなれば、いやおうもない。
「あぁぁん」
(これってはた目には、単に仲のいいものどうしがほほ笑ましい食事をとっているようにしか映らないのかもしれないな。……実際はちがうんだが)
それでもミーナたちなら判ってくれているんじゃないだろうか。そんな期待もひそかにしていた。ところが。
「むしゃむしゃ。ミーにゃん。見たのにゃん? いい年の若もにょが」
「女の子に甘えているわん。『ひも』にでもなる気なのかな?」
しょせん、期待でしかなかった。
(このぉっ! ミアンたちめ。何百年も生きているからって、いいたい放題だ)
ミアンたちに向けていたオレっちの顔を、ぐい、と自分の方へもどすカスミ。
「ほらっ、横に顔を向けてなにをやっているの?
ソラ。もっとしんけんに、あぁぁん、をしなさい!」
(しんけんに、っていわれてもなぁ)
「いや、だからさ」
カスミのこうぎに反論しようとしたオレっちの耳へ、またしてもこんな言葉が。
「ミーにゃん。ソラにゃんは今から女の子の『しり』にしかれているみたいにゃよ」
「本当本当。これじゃあ、先が思いやられるわん」
霊体たちは、はぁうっ、と、ごていねいにも、ため息までもらす。
(このぉ!)
ぱちん!
「うっ!」
ミアンたちをにらみつけようとしたオレっちの顔をカスミは両手ではさんだ。
「ソラ。いい加減にしなさい」
またまた顔を自分の方へと向けるカスミ。半ばおこっているような表情がそこにはある。
「ほら、あぁぁん!」
語気を強めるカスミ。オレっちを見つめる目には、なにやら、めらめらと炎が。
(抵抗もここまでだな)
他人からなんといわれようと思われようと、オレっちが生きのびるにはこれしかない。
「あぁぁん」
オレっちのそばにいるハイネやエリカ、それに霊体たちがおなかをかかえて笑っている。
(あいつらめぇ……。ちくしょう)
なんとなく、ではあるが……、いつも親友に冷やかし半分で相手にされる姉ごの気持ちが、ほんの少しだけ判ったような気がした。
食事のあと、自分たちの行動について話しあった。
「ハイネ。ここから先は二手に分かれることになるわけか」
「そうだね。ぼくは赤色の刃を持つ『死神の鎌』のところへ、君はバニヤの護符のところへだ」
「たがいのけんとうをいのる、ってやつだな」
「だけど、ソラ君。ずいぶんと大きな『せおいぶくろ』だねぇ」
「サドラ、ってじいさんが、『蔵にはたくさんの護符がある。使うならえんりょせずに、どんどん持っていきなさい』ってな感じでいってくれたんだよ。それをセレンの姉ごに、つい、しゃべっちまったのが運のつきさ。『なら、運べるだけ運んでこい』ってわたされたのがこれ。中にはもっと大きな袋がつめてある」
「やることが増えちゃったってわけだね。大変だなぁ」
「まったくだ。護符が手に入れば、すぐにネイルのところに行かなくちゃいけないっていうのになにを考えてんだか」
「ふふふっ。まぁ、適当な数を入れておけばいいんじゃない? ネイルさえもどってくれば、セレン姉ぇだってなにもいわないよ」
「そうだな。じゃあ、今のうちに二つの班に分けよう。だれかハイネについて行くやつはいないのか?」
オレっちの言葉に、すかさずエリカが手をあげる。
「自分がついていくわ。紙きれを探すよりは面白そうだもの」
そういうと、ハイネは、『護符を紙きれとは。ひどいいい方だね』と笑った。
「あたしは、もちろん、ソラ」
当然のような口調で話すカスミ。
「ウチも、にゃ。ネイルにゃんを助けるには、やっぱり護符の力があった方がいいと思うのにゃん。ミーにゃんはどうする?」
「ミアンがソラといっしょに行くなら、アタシもそうするわん」
(まっ、こんな風になるんじゃないかとは思っていたがな)
「ハイネ。どうやら、ちょうどいい感じに分かれたみたいだぞ」
「みたいだね。でもさ。本当にぼくと行く気なのかい? エリカ」
「ええ、もちろん」
「ふぅぅん。ものずきだねぇ。どちらかといえば、死神の鎌の方が危険な気がするのに」
「ハイネっち。『危険』と『面白い』はとなりあわせみたいなものよ。むしろぞくぞくしちゃうわ」
「ふふっ。そうかもしれないね」
「これで決まりだな。ハイネ。いっておくが、くれぐれも無茶をするなよ」
「そっちもね。約束だよ」
こうして、オレっちとカスミ(霊体たちもいっしょだが)、ハイネとエリカは別々のけもの道を進んでいった。
オレっちらは再び歩きだす。今までの歩く速さから考えて、『すぐに目的の場所へたどりつけるんじゃないか』、なんて少なからず期待をしていた。ところがいくらも歩かないうちに、それはあまい『げんそう』だと知らされる。カスミやハイネの言葉どおり、時間のかかる展開が待ちうけていた。
道なき道を歩くのは、ほんの少し進んだだけでもつかれがどっと出る。つい、うっかりしようものなら岩にけつまずいて転んでしまう。しかも、前にのぼったほこらのある場所よりも高所とくる。呼吸もだんだんしづらくなっていく。
「これって……薬源よりずっとひどい。こんな場所に住みたいって考える人の気が知れないな」
「あたしも。世捨て人みたいな感じなのかもね。ふぅ」
どうやら、カスミもつかれてきたようだ。
「ふれぇっ! ふれぇっ! カ、ス、ミぃ!」
霊体たちが夢中になっておうえんしている。オレっちらの周りを、ぴょんぴょん、とせわしなく動きまわるさまは、見ていてうらやましくさえ感じてしまう。
(元気だなぁ、お前ら。こっちが、はぁはぁ、いっているっていうのに)
さらにうらやましいことが。ミアンたちがよゆうをもって話しかけてくる。
「ソラにゃん。ソラにゃんもおうえんしてほしいのにゃん?」
「いっしょにやってあげるわん」
「えんりょするよ」
すぐさま断わった。
(なんかもっとつかれるような気がするからな)
「ソラ、やってもらいなさいよ。ほら、ミーナちゃんたちもその気になっているじゃない」
見れば、ミーナとミアンが、なにかをねだるような目をこちらに向けている。
「すまん。期待にそえなくて」
そういうのが精いっぱい。ミーナたちがうなずいている。多分、オレっちの気持ちを察してくれたのだと思う。なのに……、幼なじみは、『どうして?』と首をかしげている。
(カスミ。お前だけだ。オレっちの気持ちを理解してくれないのは。
長いつきあいなのに……ぐすん)
なんか悲しくなってきた。
「はぁはぁはぁ。大丈夫かぁ、カスミ」
「はぁはぁはぁ。はぁはぁはぁ。……なんとか」
二人とも口数が少なくなっていた。そんな中、相も変わらず元気な声が。
「ふれぇっ! ふれぇっ! カ、ス、ミっ!」
「ふれぇっ! ふれぇっ! ソ、オ、ラっ!」
(ついにオレっちのおうえんまで始めやがったか……。
とはいっても、オレっちの名前はソラ。ソオラじゃないんだがな)
なんかひとりつっこみさえもつかれる。できることなら帰りたい。だが、ネイルをこのままにしておくわけにもいかない。オレっちはがまんの子となって、ただひたすら歩きつづけた。
予想より時間がかかったものの、バニヤが修業の場に選んだとされる家の屋根が見えてきた。
「やったぁ!」「やったにゃん!」
だきあってうかれているミーナとミアン。その気持ちはオレっちらにもよく判る。
「やっときたな」「そうね」
目的の場所まで来たのだという思いが心を熱くする。眼下に拡がる山々が、ここはふもととはまったくちがう世界なのだと教えてくれている。
オレっちはカスミのかたをだく。カスミもオレっちのかたに頭をもたれさせてくる。いっしょに見る下界のながめは感動すら覚えるほど美しかった。
「なんだ? なにがあったんだ?」
家の前まで来たとたん、あ然としてしまった。火事があったらしい。家と蔵をふくめて周り全体が焼け野原の状態になっていた。
「どうしてこんなことに」
オレっちらは蔵の入り口に立つ。
「見ろよ、カスミ。かぎがはずれて、とびらが開いたままになっている」
「本当。だれかが蔵にしのびこんだのね」
「ああ。多分、そいつが燃やしたんだろうさ」
「でもこれじゃあ、かぎをもらった意味がなくなったわ」
「いや、そうでもねぇ。このかぎはちがうとびらのものだ。ほら」
オレっちはかぎ穴に差しこめないことを確認した。
「元々、このとびらのかぎはかかっていなかったんだろう」
「じゃあ、しのびこんだってわけじゃないのかも」
「護符を保管しているんだぜ。こんな風にがらんと開いているのはおかしい。やっぱりだれか入ったんだよ」
オレっちらは蔵の中へと入った。くずれてはいないものの、真っ黒になっている。
「だいぶ焼けこげているなぁ」
「ねぇ、ソラ。どうして下ばっかり見ているの?」
「それは……、おっ。あった」
オレっちはしゃがみこむ。
「なんなの? ソラ」
「地下蔵さ。オレっちの実家にもにたような古い蔵があってな。ひょっとしたら、と思って探していたんだ」
あずかってきたかぎを差しこんでみる。
がちゃりん。
小気味のよい音を立ててかぎがまわった。
「さぁ、あとはこれを引きあげれば」
取っ手の部分をにぎった。
ぐわっ。
中は真っ暗。でも、下におりる階段らしきものは見える。
「やっぱり、地下につうじているみたいだ。さぁ、入るぜ」
右手で霊火の灯りを造ると、それに先導させる形で階段を下りていく。地下蔵には、たながずらりと並んでいた。
(ありがてぇ。火の手は、ここまではおよんでいねぇ)
たなの上には護符がところせましと並べられている。その中で一番古いと思ったものに手をふれた瞬間。
「うわっ!」
じいさんのいったとおり、しばしの間、護符の持つ霊力が全身をかけめぐるようなさっかくに見まわれた。書かれた文字自体もその間、光を放っていた。
(ドラスの力を持っているせいだろうか……。精神を集中させなくても判ったな)
「カスミ」
オレっちは幼なじみに護符を手わたす。
「うっ!」
すぐに反応した。
「……すごい。まちがいないんじゃないかしら。これよ、これがバニヤの護符なのにちがいないわ」
「ああ。オレっちもそう思うな」
「ウチにもさわらせてほしいのにゃん」
「アタシも」
ミーナは手を、ミアンは前足をそっと乗せた。二体の身体がたちまち光に包まれる。
「ミーにゃん!」
「うん。すごい力を感じるわん!」
だれも証明できる者はいない。だが、オレっちら全員がバニヤの護符と確信した。
「ソラ。何枚あるの?」
「ええと……」
めくってみる。
「全部で……十枚だな」
(いつか、まただれかが必要になるかもしれない)
そう思ってオレっちはそのうちの五枚だけを持っていくことにした。一応、セレンの姉ごとの約束もあるため、持ってきた大きな袋には、ほかのわんさかとある護符を、やたらめったら、つめこんだ。
「よぉし。これで目的は果たせたわけだ」
「それじゃあ、ソラ」
「行こう。ネイルの元へ」
「ミアン。聞いた? ネイルさんのとこへ行くって」
「うんにゃ。早くネイルにゃんを助けてやりたいものにゃん」
ミアンの言葉にみんながうなずく。思いは、いっしょだ。
「じゃあ、行くぜ、みんなぁ!」
『おぅ!』
(待っていろよ、ネイル。今、行くからな)
はやる気持ちをおさえつつ、一路、五角光芒の結界を張った広場へと向かった。




