第九話『護符を探しに』‐②
それから数日後。休みがとれたオレっちらは、再び霊山『亜矢華』にやってきた。
(今度こそ、ネイルを連れて帰ろう)
そう勢いこんできたものの、いざ現実をまのあたりすると、決心がぐらつきだす。
「やれやれ。またこの山を登らないといけねぇのか」
見あげる山の高さに思わずため息がもれてしまう。
「ソラ。今日中にはなんとかなると思うし、そんなにぼやく必要はないよ」
元気を出せ、とでもいいたいのか、ハイネは、おれっちのかたを、ぽん、とたたく。
やつは赤鎌のほこらへ。オレっちは、呪術師バニヤが修業の場としていた地、護符がねむっているという蔵へ。ネイルを助けるという目的は同じでも手段がちがうため、行き先もそれぞれちがう。とはいえ、神社はどちらもとおる。だから、いっしょに行くことになった。
「今日中に、って……。オレっちは往復してもせいぜい二、三時間ぐらいですむと思っていたんだ」
「アーガが使えるならね。でも」
「そう。だめなんだよな。助けることに気をとられてすっかり忘れていたぜ」
実はハイネと会う少し前、試しにガン・ドラスで霊山へつっこんでみた。出られるのなら入れるはず。そう思ったからだが、逆もまた真なり、とはいかなかった。あきらめてまた歩くことにしたものの、目的地にたどりつくまでの困難を考え、オレっちは思わず、ふぅ、とため息をつく。
「高い山であることに加えて神社からは、またけもの道になるのよね。確かに大変そう」
みけんにしわをよせているのは、幼なじみのカスミ。
「飛べないっていうのは不便だわん」
「本当。困ったものにゃん」
いつものおまけもついてきた。
(こいつら。カスミがオレっちのところに来る時は、必ず、といっていいほどついてくるが、一体どこで待ちあわせしてやがるんだ?)
ふとそんな疑問を持つこともあるが、『うわぁぁ! そうだったんだぁ!』、みたいな感動を呼びおこすほどの答えが返ってくるとは、とてもじゃないが思えない。とどのつまり、『気にするのはやめよう』となった。
みんながぐちらしきものをこぼしている中、ひとり気勢をあげているやつもいる。
「よう岩流の中を飛びこもうってわけじゃあるまいし、なに弱気なことをいっているの。
さぁ、もっと張りきって元気よく歩こう!」
うぉぉっ! とこぶしをふりあげるエリカ。
(よう岩流って……。さすが、お母さん、と呼ばれるだけのことはあるな)
薬源の時よりも二人増えて、さらに、にぎやかに、いや、うるさい登山になった。
「ひょっとしたら、とちゅうからマリエ君が顔を出すかもしれないよ」
不確かな情報ながら、ハイネがそう口にした。
霊山『亜矢華』の中腹より少し上に、山と同じ名前の神社が建てられている。参拝客もほかの神社に比べて圧倒的に多いとか。今回はこの神社を経由して向かう。理由としては二つあげられる。一つは、目的地が前回とちがうため、こちらの経路を使った方が時間がかせげる。もう一つは、神社までは人の往来が多いので歩きやすくなっているのでは、との期待がもてる。これも時間の節約になる。
霊験あらたかと評判な神社でもあることから、山開きの間は、人の出入りが結構あるという。安全を考えて、だろう。山の出入り口が一か所に限定されている。また、決められた道しるべにそって歩かないと注意を受ける……らしい。
「お客さん。こちらをおとおりください」
黒い作務衣を着ている。おそらく警護隊。見張りの人だろう。声をかけられた。うなずいてとおりすぎようとしたら、エリカが、『ソラ、待って』と、オレっちの足をとめた。
「どうした?」
「知りあいなの」
彼女はそういって隊員の前で手をあげた。
「おっす。お疲れさん」
「なんだ、エリカじゃない。今日は参拝に来たの?」
「ちがうのよ。ああ、でも神社はとおるんだけどねぇ……。
まっ、それよりさ。ちょっと聞いてもいい?」
「なに? あらたまって」
「この数日間で道しるべ以外を歩いた人っているの?」
「いるわ」
エリカはさらに質問を重ねる。
「だれか判る?」
隊員は、うなずくとエリカを指さす。
「あなた方よ」
「えっ。あの時いたの?」
「ええ。いたわ。ごめんなさいね。かげがうすくって」
話相手が、皮肉交じり、みたいな感じでしゃべっている。
「ごめぇん。そんなつもりでいったんじゃないのぉ」
エリカが顔の前に手をあわせて謝っている。
「いいわよ、なれているから」
(なれているって……。見ればエリカとは同年代だろうに。なに今からさとってやがるんだ?)
心でそう思っても相手に伝わるはずもなし。隊員は言葉をつづけた。
「それで? なんで自分たちのことを聞いているの?」
「ちがうちがう」
エリカの頭と手が、ぶんぶん、と横にふられている。
「自分たちじゃなくって。ほかには?」
「ほかには、っていわれてもねぇ」
うでを組む隊員。なにやら考えこんでいるようだ。
「そうねぇ。今から二週間ぐらい前にひとりいたような……」
「その人はどこへ?」
「ほこらを見にいく、とかいってたわ」
「本当に?」
「まちがいないわ。大体、亜矢華で神社以外に行くところっていったら、死神の鎌がふういんされているほこらぐらいだしね」
「そうかぁ……。もう一つ聞いてもいい? 今年はどれくらいの人が道しるべ以外を歩いているの?」
「今いったひとりをのぞけば、ここ数年はいなかったと思うけど……っていうか、あなたも警護隊員じゃない。確かなことを知りたければ警護隊署で調べてみたら? 記録に残っているはずよ」
「あっ。それもそうね」
きらっ、とエリカの目が輝く。
「ありがとう、いいことを聞かせてくれて」
「ありがとうって……」と絶句する相手。
(本気で忘れてたのか。自分のお務めを)
「帰ったら、さっそく調べてみなくっちゃ」
これで用はすんだとばかり、エリカは手をふりながら歩き始めた。
「じゃあ、このあともしっかりとやりなさいね」
「エリカ。ひとごとみたいにいわないでよ。あなただって来週はここなんだから」
ぴたっ、と足がとまる。ぎ、ぎ、ぎ、と顔が隊員の方に向けられた。
「……そうなの?」
「あのねぇ……。勤務予定表ぐらいは目をとおしなさいよねぇ」
「ううっ。目の前が真っ暗になった気が」
めまいでもしたかのごとく、くらくらっ、とよろけたあと、『ねこぜ』になるエリカ。
「……じゃあ、またね」
「これから山登りする人が落ちこんでどうするの?
ほらっ、エリカ。警護隊員らしく胸を張って!」
「はい!」
せすじを、ぴん、と立たせ、敬礼のかまえをした。
「はげましの言葉、ありがとうございます」
「うん。よろしい」
このあと二人は笑いあい、そして……別れた。
「お待たせぇ」
再びオレっちらと歩き始める。
「なんなんだ? 今の質問は?」
「ちょっと気になることがあったのよ」
「というと?」
「ソラっちはこの前、ふれただけでほこらの護符が簡単にはがれたっていってたじゃない」
「ああ、確かに……って、おい、エリカ。オレっちのいうことを疑っているのか?」
「そうじゃなくて」
エリカはぶんぶんと頭を横にふる。
「バニヤの護符っていうのはね。たとえどんなに古くても、霊力はもちろん、紙質さえも、その強度はおとろえない、ってことで有名らしいの。それが簡単にはがれたってことは」
「なるほどにゃ」
ミアンが口をはさんできた。
「ネイルにゃんたちが来る前に、だれかがほこらを開けたってわけにゃん」
「さすがね。ミアンっちは」
「それくらい、だれだって判るわん。ねぇ、ソラさん」
「えっ」
(まずいな。アホだとは思われるのは心外だし……)
「そ、そうだな。だれにも判るぞ、エリカ。ははは……」
(エリカ、お願いだ。じろりと疑いのまなざしをこちらへ向けるのはやめてくれ」
「ふぅん」
(まだ疑ってやがる。気分悪い。話をそらすか)
「だが、エリカ。それがどうしたんだ?」
「やっぱり、判っていないみたいね。つまり、よ。ミアンっちが今しゃべっただれかさんが、今回起きた事件の犯人じゃないかってこと」
「ちょっと待て。犯人もなにも、死神の鎌が飛びだしたのは、オレっちらがほこらを開けたからだろう? お前だって見ているじゃないか」
「だからぁ。自分たちがほこらへ行く前に、だれかさんがなにか細工をしたんじゃないかって思っているわけ」
「細工? どんな?」
「そこまでは判らないけど……、鎌がほこらから出ていきやすいような、なにか、じゃない?」
「だが、なんのために? それにどうしてオレっちらが開けるって判ったんだ?」
「ごめん。考えがないわけじゃないけど、なんの確証もないのにこれ以上はいえないわ」
(オレっちらしかいないのにだまっている必要もねぇと思うが。……まぁ、いいか)
「それじゃあ、この話はここまでにして、っと」
オレっちは山を見あげる。
「今、問題なのは目的地までの高さだな。頂上と中腹の間かぁ。そこまでたどりつかなきゃ護符が手に入らねぇなんて。……ふぅ。なんぎな話だ」
オレっちのため息とぼやきにカスミがほえる。
「ほら、みんな。立ちどまっていつまでしゃべっているの。早く行きましょうよ。今日中にはなんとかしたいの」
(今日中にって……)
「まさか。そんなにはかからないだろう?」
「判らないわよ」とカスミがいえば、ハイネも、
「ソラ。かくごした方がいいよ」とおどしめいた口調でしゃべる。二人の言葉にエリカやミーナ、それにミアンも、こくこくとうなずいている。
「そ、そんなぁ……」
オレっちのやる気をなえさせるには十分な言葉だった。
神社に到着。かくごをしていたが歩いてみると意外に楽で、それもそのはず、ここまでは、いわゆるけもの道ではない。参拝客のために山歩道の整備がいきとどいている。おかげでこれまで歩いた亜矢華のどの場所よりも快適に、しかも安全に登山というものを楽しめたような気がする。
(後半もこの調子だとありがたいんだが)
ほこらに行ったことがある身としては、無理な願いであることは百も承知。それでも、そう思わずにはいられなかった。
山小屋があるので入ってみた。だが、だれもいない。オレっちらの貸切だ。オレっち、エリカ、ミーナ、そしてミアンは、カスミとハイネが持って来た昼食のおすそ分けにあずかることとなった。
「むしゃむしゃ。……カスミ、これ、うまいな」
「ソラ。それはぼくが持ってきた分だよ」
「もう、ソラったら。あたしのは、こっちよ。はい、あぁぁん」
「ちょっと待て。みんな見ているじゃないか」
「いいじゃない、別に。はい、あぁぁん」
あぁぁん、を強要するカスミ。へたに断わるときげんが悪くなるのは、小さいころからのつきあいでよく知っている。いやでもやるしかない。
「判ったよ」
しばしためらったあと、オレっちは口を開いた。
「あぁぁん」
かたわらではオレっちらと同じ料理を食べている霊体どもが、ハイネとこんなおしゃべりを。
「むしゃむしゃ。ハイネにゃんのは、レミナにゃんの味つけ、とみたのにゃけれども。
にゃあ、どうなのにゃん?」
「さすがだね、ミアン。ここにあるのは全部、レミナ姉ぇの手造りだよ。朝早く起きて造ってくれたんだ」
「まめだにゃあ、レミナにゃんは。でも」
「でも? なんだい、ミアン?」
「ウチのご主人さま、ネイルにゃんには遠くおよばないにゃ」
「そりゃそうだよ。彼は本職の料理人だし」
「ハイネ」
オレっちはにこやかにほほ笑む。
「あいつは呪医だ」




