第九話『護符を探しに』‐①
第九話『護符を探しに』
薬源からもどった翌日のこと。オレっちはハイネの呼びかけにこたえ、やつのアジトへと向かった。
「ううっす」
ドアを開けて中に入ってみれば、ハイネが座っているだけ。ほかにはだれもいない。
「なにかあったのか?」
「ソラ君。実はね」
ハイネから思いがけない事実を知らされる。
「なんだって? 死神の鎌がなくなっているってぇ?」
「そうなんだ。ソラ君」
ハイネが困ったような顔をしている。
以前、本を読ませてもらったついでに聞いたハイネの話によれば、死神の鎌がふういんされているほこらは全部で四つ。この前、のがした分をのぞいても、まだ三つは残っている。そのうち、二つまではたどりついたらしい。ところが、どちらも護符をはがされ、消えてしまったあとだったという。
「一体だれが? どうしてそんなことを?」
「さぁね」とハイネは首をすくめる。
「だけどね。ぼくたち以外にも死神の鎌に興味をいだいている者が存在するのはまちがいないと思うよ」
「じゃあ、オレっちらが行ったほこらに細工をほどこしたのも、そいつってわけか?」
「その可能性は高いね」
「それで? これからどうするつもりだ?」
「レミナ姉ぇに聞いてみたらさ。赤鎌のほこらまでたどりつける地図をね。ほら、このとおり。ちゃんと持っていたんだよ」
ハイネはそういって手にした紙切れを、ひらひらとさせた。
「赤鎌?」
「あれっ? これは話していなかったかな?
惑星ウォーレスから天空の村に落ちた死神の鎌は全部で四つだって」
「それは知っている。だが、色までは知らない」
「だっけ? それじゃあ、あらためて話をするとね。
四つの鎌は、刃の色が、白、青、赤、黒と、それぞれちがうんだ。ネイルがとりつかれたのは白。消えてしまったのは青と黒なんだよ」
「なるほどな。それで赤色、いや、赤鎌ってわけか」
「そうだよ。もし、この色の鎌までなくなっていたら、と思うとぞっとするね。三つの鎌に命をねらわれるなんて生きた心地もしやしない」
「三つの鎌かぁ、もしも、同時におそわれたとしたら」
「ぼくたちでさえ危ないと思うよ」
「だろうな」
(待てよ。確かこの前、オレっちが戦ったのは……そうだ!)
刃の色を想いだした。顔に笑みがうかぶのが自分でも判る。
「ハイネ。その消えた鎌のうちの一つがどうなったかは知っているぜ」
「どうしてさ?」
「オレっちがうち落したんだ。青色の刃をしていた」
「本当かい? それならひとつ危険が取りのぞかれたことになるけど」
「ああ、まちがいない。カスミやミーナたちも見ている」
「すごいね、ソラ君。お手がらだよ」
ぱちぱちぱち。
ハイネは笑顔で拍手をした。
(へへん。どんなもんだい)
ちょっと鼻が高かった。
「それじゃあ、あとは黒と赤だね。どちらかといえば、なくなった黒の方が心配だな」
「どうしてさ?」
「なんでも四つの鎌の中では最強の力を持つらしい。ほかの鎌を自由自在に動かせる力すらあるそうだよ」
「ぶっそうだな。ちゃんと護符が張られているといいが」
「本当だよ。でないと大変なことになるかもしれない」
「そうそう。おどろいたことといえば」
ハイネが想いだしたかのように話をつづける。
「エリカ君ってすごいね。今回、いっしょに行動してつくづくそう思ったよ」
「へぇ。エリカが。たとえば?」
「とにかくね。足とうでの力がはんぱじゃない。亜矢華に登り始めてからふもとにもどるまでの間、ずぅっと同じ調子で力強く歩いているんだ」
「登った時と同じ? いくらなんでもありえねぇ」
「この目で見たんだ。まちがいないよ。
しかも、さ。最後に別れる時なんか、『じゃあ、またね』っていったかと思うと、びゅぅん、と風のように走っていったよ」
「うっそだぁ。あの山をおりてすぐに走れるなんて。なんかのまちがいじゃねぇのか?」
「だから見たんだってばぁ」
「とても信じられねぇ……が、まぁ、そこまでいうなら。
あっ、そうそう。確か、うでの力についてもふれていたよな。一体どこらへんが、はんぱじゃないんだ?」
「ほこらを探している間にね。道に迷ったことが何度かあったんだよ。そのたびに高い木のてっぺんあたりまでをなんの苦もなく、しかも、ささっ、とすばやくのぼってさ。今、ぼくたちは山のどこらへんにいるのか、ほこらはどのあたりにあるのか、を教えてくれたんだよ。おりる時もそう。太い木をつたって、あっという間におりちゃったんだ」
「あのな、お前……。木をのぼりおりするのが早いのは、単にうでの力が強いからってだけじゃねぇだろう? なれているから、とか、身のこなしがうまいから、とか、いろいろあるんじゃねぇのか?」
「もちろん、それもあるよ。だけどね。エリカ君が木肌を、がっしり、とつかんでいるさまは、人間の手とはとても思えない。のぼっているところなんか、まさにけものそのもの。見ているだけで、ぞおっ、としてきたよ」
「だが、これだけはいっておくぞ。エリカは人とけものとの混合種じゃねぇ。それなら霊覚ですぐにオレっちらにも判るはずだ。ちがうか?」
「確かにそうだ。でもね。混合種とまではいかないにしてもさ。エリカ君の身体能力が、ほかの村人と比べて異常なほどの発達をとげているのはまちがいないんじゃないかな」
「それはあるかもな。ハイネ。お前も知っているとおり、天空の村に住む村人のほとんどが移民だ。ほかの天体から流れついた者、天外魔境をとおってやってきた者、いろいろまざっている。そんな中、身体能力がぬきんでている者がいたとしても、なんらふしぎはねぇと思うぞ」
「うん。その点に関しては、ぼくも同じ意見だよ」
「大体さ。エリカの家系がどんな素性であろうと、どんな力があろうと、オレっちらには一切関係ねぇ。あいつは学生時代からオレっちらの友だちだ。それで十分じゃねぇか」
「そうだね。ソラ君のいうとおりだ」
「もっとも、エリカがすごい、ってぇのは、オレっちらにとっちゃきわめて都合のいい事実ではあるがな」
「どうしてさ?」
「ほら。今度、このアジトをしゅうぜんするっていっていただろう?」
「うん。いったね。それが?」
「エリカが大かつやくしてくれるぜ。多分、な」
「なるほどね」
「ふっふっふっ」「はっはっはっ」
オレっちとハイネは笑いあった。
(そうか。エリカの身体能力は異常かぁ。ふっふっふっ)
小さいころ、とっくみあいでエリカに負けて以来、ずぅぅっ、と胸の中のもやもや感が晴れることはなかった。
『なんで女なんぞに負けたんだ』
このくやしさが、ずぅっと心の中に残っていたためだ。
(エリカが小さいころから異常だったとすれば……。ふっふっふっ。全ての説明はつく)
「ふっふっふっ。はっはっはっ。あっはっはっはっ。ああっはっはっはっはっ」
「どうしたの? ソラ君。なんかずいぶんとうれしそうに笑っているけど)
首をかしげているハイネをよそに、オレっちは、えんえんと高笑いをつづけた。
ハイネの話が終わったので、今度はこちらの話をした。
「……ってなわけでさ。亜矢華に行ってくる」
「ふぅぅん。それでいつごろ行くんだい?」
「実は昨日のうちにでも行くつもりだったんだ。ところが」
「ラミア姉ぇから呼びだしを食らった。そうだね?」
「なんで知っている?」
「だってソラ。君とカスミ君は、アーガの使い手であるラミア姉ぇが選んだ、筆頭と第二補佐じゃないか。いつまでもお務めをさぼっているわけにはいかないよ」
「許可はもらってある。別にさぼっているわけじゃねぇ。ただ急ぎの配達が多くなっちまったってことで……。ちょっと待て。ひょっとすると、ハイネ、お前もか?」
「うん。こう見えてもぼくだってレミナ姉ぇの筆頭補佐。たよりにされているんだ」
「まぁ、強い毒性を持つあの雲海をもぐるなんざぁ、かなりの『あらぎょう』だしな。レミナの姉ごだけじゃ大変なのも判るぜ」
「レミナ姉ぇだけじゃない。ちゃんとマリエ君もそばにいるよ。だけどやっぱり、人手の多い方が楽だし、安全であることはまちがいないからね」
「マリエ……か。なぁ、前から聞こうと思っていたんだが」
「なにを?」
「マリエってなんかの役に立っているのか? いつもぐだぐだとしゃべってばかりで、なかなか行動に移そうとしないが」
「ソラ君……」
ハイネはあきれたような目をこちらへと向ける。
「ねぇ。これはいまさらいうまでもないことなんだけど」
「なんだ?」
「マリエ君はカスミ君と同じだよ」
「同じ? どういう意味だ?」
「使い手が選んだ第二補佐だってこと」
「……ああ。確かにそうだな」
「ソラ君も知っているとおり、使い手の補佐は全部で五人。このうち筆頭補佐っていうのは、時には使い手の代役もしなくちゃならない」
「当然だろう。筆頭なんだからな」
「第二補佐も同じだよ。筆頭補佐の代役なんかじゃない。使い手の代役を担う。つまり、筆頭と第二補佐は実力的に差がない。いい方を変えれば、第二と第三補佐の間には天と地ほどの開きがあるってことだよ」
「つまり、マリエにはお前と同等か、それ以上の力があるかも、ってわけか?」
「かもじゃない。あるんだよ、ソラ君」
ハイネは、はっはっはっ、と楽しそうに笑う。
「でなきゃ、あのレミナ姉ぇが選ぶはずないよ。そうだろう?」
(レミナの姉ごかぁ……)
レミナの姉ご。はたから見れば、目をくりくりさせている可愛い小柄な女の子。この印象をだれもが持つはず。ところが彼女の放つ黄色い霊波の力は、アーガやフーレはもちろんのこと、ドラスやディルドの霊波すらをもはるかにこえる。相手や状況を見ぬく力も相当なものらしい。だからこそ使い手として認められたのだろう。
(判っちゃいるがな。だが、このままマリエを認めるっていうのも……。
もう少し食いさがってみるとするか)
「だが、ハイネ。それじゃあ日ごろマリエの見せるあれは一体?」
「単なるひまつぶしのおしゃべり。少なくともレミナ姉ぇはそう思っている。お務めに支障がないかぎり、特になにかいうこともない。いや、むしろ積極的に相手をしていることもあるぐらいだ。無茶ぶりならレミナ姉ぇもかなりなもんだし」
「へぇ。マリエとねぇ」
「面白い人だよ、マリエ君は。もちろん、レミナ姉ぇもね」
「なぁ、ハイネ。そんなにマリエがレミナの姉ごにべったりなら、ひょっとすると、次の使い手になるのはマリエのやつかもしれねぇぞ」
別に敵がい心をあおっているわけじゃない。あくまでも冗談のつもりだった。ところがハイネのやつは、
「それならそれでかまわないさ」と、あっけらかんとした態度を示すのみ。
(こいつ……、使い手になんかならなくてもいい、とか考えているんじゃねぇだろうな)
そう思えるぐらい、ハイネが笑顔をたやすことはなかった。




