第八話『老呪術師の元へ』‐③
じいさんが妙なことを口走った。
「お前さんたちは仲がよさそうだのう。この前来た、変なおなごとはまるでちがう」
「変なおなご? ちょっと待て、じいさん。こんなところに人が? しかも女って」
「こんなところは、ちとひどいのう」
じいさんはひとしきり笑ったあと、なにかを想いだしたのか、ひたいにしわをよせた。
「だがな。確かにあれは、変、としかいいようのない人間であった」
「たとえば?」
「ソラさん。あんた、折り紙で『かぶと』を造りなさったことがおありか?」
(おっ。ソラとやら、から、ソラさん、に変わったぞ。やっぱり、一つ家の下で同じかまのめしを食うっていうのは、他人とうちとける最高の手段なのかもな)
「えっ。……まぁ、だれでも小さいころ、一回ぐらいは造るもんだしな」
「あれのな。青いやつをかぶっておった」
「かぶっておった、って……。ひょっとして、こどもが?」
「いいや。そこにいるおじょうちゃんぐらいの年ではないかと思う」
じいさんはカスミを指さした。
(カスミがおじょうちゃん? カスミが?)
思わず、ぷっ、とふきだす。とたんに、すぐ横から非難めいた視線があびせられるのを感じた。ふり向けば、もちろん、そこにはカスミが。
(ま、まずい。こっちをにらみつけてやがる)
オレっちはすぐさま顔を正面にもどして、うつむいた。顔にうかんでいる表情を消そうと、けんめいに心の中でいのりをささげる。
(もどってこい、平常心。早く来い、平常心)
「…………それで、じいさん」
なんとか笑いを押し殺すと、顔をあげて言葉をつづけた。
「変ってのはそれだけか?」
「それがな。ワシが、『どなたかな? お前さんは』とたずねたら開口一番、『おかしな者よ』と答えよった」
「ええと……。それ自分でいったのか?」
「そうだ。『とりあえず名前を』といってもな。『名乗るほどのものではないの。おかしな者よ、それ以上でもそれ以下でもないわね』と言葉を返す始末。ワシゃあ、はっきりいって困ってしまってのう」
「そりゃあ困るな。でもよ。じいさん。何人か人が集まれば、そんなの一人か二人は必ず出てくるもんさ。気にするな」
オレっちはマリエを想いだしていた。あれと友だちになってからは、どんな人間に接しても動じなくなったと自負している。
(もっとも、どうしてあんなのと友だちになったのかは忘れたが)
あいつの言葉が次々と頭にうかぶ。
『ソラちゅわぁぁん。ごきげんいかがでちゅかあぁん』
(いつもいっているが、ちゃんとしゃべらんか)
『やだぁ! うそぉ! 信じられなぁい!』
(そればっかりだな、お前)
『「天は人の上に人を造らず」、とかいいまぁちゅ。でぇもぉ、わたちは造られてしまいましちゅわぁん。おぉっほっほっほっ』
(なにがいいたい? それから高笑いはやめろ)
『「人が人を思う。それだけで愛」。ネイルちゅわぁんの教えどおり、ソラちゅわぁんにも、わたちの愛をあげまぁちゅ。ほらっ、もうあなたはひとりじゃにゅわぁい』
(いらん。それに『愛』を語るな。あと、ネイル。こいつによけいなことをしゃべるな)
『ちっちっちっ。人はだれでもぉ、常に自分の中にいる敵と戦っているのでありまぁちゅう。わたちの美しさのひけつも実はそこにあるのでぇちゅ』
(お前ごときが『人』を語るな。自分の『美』も語らんでいい)
『わたちを「おかしい」と思うのはでえぇちゅねぇ。わたちに関心があうるってことでちょよぉん。つぅんまりぃ、わたちに『こい』しているってことでいいでちゅねぇ。うっふぅぅん』
「いいわけあるかぁ! ぼけぇっ!」
ぜいぜいぜい。
(い、息切れが……)
「ど、どうなさった? ソラさん」
じいさんが心配そうな顔をしている。
ぜいぜいぜい。
「い、いや、なんでもない」
(ネイルといいマリエといい、この場にいないにもかかわらず、オレっちを苦しめてやがる)
話をもどそう。
「だが、じいさん。一体なんのために、そいつは来たんだ? 気軽に来られる場所でもないだろう? ここは」
「それがのう。目的はそなたたちと同じみたいでな。最初に聞いたのは、『死神の鎌をふういんする護符って造れるの?』とかいう内容だったように思う。おかしなことを聞く、と思いながらもとりあえずは、『いや、できぬ』と答えた。そしたら今度は、『それができる護符ってまだ手元にあるの? あるなら全部ほしいわ。なんなら買いとってもよくってよ』、みたいなことまでいいだしよった」
「ふぅぅん。それで? じいさんはなんと答えたんだ?」
「ずいぶんとあやしげな感じだったのでな。『ない』と答えた。話をうちきってお帰りねがおうとしたら、『そういえば……、あなたのおじいさんぐらいまでは亜矢華に住居をかまえていたはずよね。そこにもないのかしら?』、などとしつこくたずねてきた」
「確かに変なやつだな。だが、どうしてそんなことを知っているんだ?」
「いや、呪術師でバニヤのことを知らぬ者はいない。亜矢華に住んでいたことも役場の書庫に記録として保管されているはず。知っていること自体は差しておどろくにはあたらん。問題なのは、どうしてそこまでして護符がほしいのか? ということだ」
「それで相手はなんと?」
「研究のため、とかいってはぐらかすだけでな。本当の理由はなにもいわなかったのう」
「一体どうして……」
考えてはみるものの、しょせんはオレっちの頭。答えが出ることはなかった。
「ねぇ、サドラさん。話は変わるんだけど」
いかにも興味深々といった様子でカスミが声をかけた。
「なにかね? おじょうさん」
「どうして、あなたのおじいさんは霊山『亜矢華』からここへ引っこしてきたの?」
「本人はいわなかったがのう。察しはついておる」
「というと?」
「ありていにいえばな。亜矢華が住みにくかったから、と思う。修業とはいっても生活する以上、ある程度は食料の自給が見こめるところではないと話にならん。ところが、亜矢華はどんな品種の作物を植えても、ほとんど育たぬ山。かろうじて生きていける分を確保するので精いっぱい。昔からの修業の場とはいえ、も少し、居心地のよい場所に移りたいと考えても、なんらふしぎはあるまい」
「なるほどね。それでここに」
「だと思う。この山は単に薬の宝庫というだけにとどまらぬ。たいていの作物が育つのに適した土じょうとなっておる。
大体、修業とはいつ終わるやもしれん長き道のり。だが、呪術師バニヤ以降、どんなに修業に修業を重ねても、彼をこえる者は現われなかった。失意の中で亡くなっていく。それがご先祖さまらの一生であった。おそらく、ではあるが、じいさまはそんな生活からぬけだしたいと考えたのではなかろうか。むろん、修業はつづける。が、も少し、なにかをえることの喜びも知りたい。それで農業に精を出すことにしたのだと思う」
「喜びって、作物がとれるってことよね?」
「畑をたがやし、種をまいて世話をきちんとすれば、数か月ぐらいで実りをうることができる。形ある成果が手に入るというわけだ。そのみりょくに引かれても無理はない」
「サドラさんもそうなんじゃない? ちがう作物の畑をいくつか造ってあるのも、それが理由なんでしょ?」
「ワシも修業のためにここへ来たのだがな。やはり、生活していく上で、なんらかの楽しみはほしい。それで、あれも造りたい、これも造ってみたら、などといろいろな作物を植えるための畑をたがやしているうちにな。気がついてみたら、ほれ、あんな大きさにまでなってしまって。自分ながらよくやったと思うておるわ」
なにかほこらしげな感じのじいさん。
「でも、畑の世話をしながらの修業でしょ? 大変じゃない?」
「そのとおり。今では修業よりも畑の方に時間を多く費やすようになってしまったな」
「なんか、本末転とう、みたいな気がしないでもないけど」
「そうともいえぬな。これはワシにかぎらず、ご先祖さまらにもいえることだが……、元々、ここへ修業に来るのは人生の大半を生きたあとなのだ。それまではみなと同じ住居区などで呪術師として生活を営んでおる。つまり、余生をここですごしていることになる。ならば、修業にあけくれるもよし。農業にいそしむのもよし。本人の自由ではないか」
「でもそれだと、バニヤっていう呪術師をこえるのは」
「とうの昔にあきらめておる。そればかりではない。ひょっとすると、ワシの代で修業は終わることになるやもしれぬのだ。すでにこどもやまごもおるが、だれも修業に関心がない。いや、そもそも呪術にすら興味がないようだからのう」
「あとをつぐ者がいなくなるってわけね。なんかさみしいような気もするわ」
「どうにもなるまい。これが運命よ。ワシらのな」
(バニヤの子孫……か。先祖の名声があまりにも高かったゆえに、時代の流れに取りのこされてしまった一族、ともいえるな。ある意味、先祖からの『じゅばく』から解きはなれつつあるわけだから、それはそれでいいことなのかもしれない……が)
護符はまだ見つからないものの、手がかりらしきものをえたことで、とりあえずは、ほっとした。ふとカスミの方を見てみると、くだんのものを彼女はずっとにぎりしめたまま。
「なぁ、カスミ。お前、その恋文をどうする気だ。さっさと箱の中にもどせよ」
「ええっ。せっかく見つけたのよぉ。できることなら持って帰りたいわ。ねぇ、だめかしら」
あいがんするような目をこちらに向けている。
「だめかしら……って。だめに決まっているだろう」
(なに考えてんだ、こいつ)
「お前が手にしているのは個人の所有物じゃねぇか。勝手に自分のものにしちゃあまずいぜ。そもそも、オレっちらがここに来たのはネイルを助けるためじゃねぇか。それ以外のことで人さまにごめいわくをかけるんじゃねぇ」
「それはそうだけど……、ねぇ、サドラさん」
「申しわけないが、それは返してくれるか。先祖の形見だ。後世にまで残しておきたい」
「ほらみろ」
じいさんにいわれたせいか、ふしょうぶしょうながらもうなずくカスミ。
「……判ったわ。じゃあせめて、中身を全部読ませてくれないかしら? それくらいはいいんじゃなくて?」
(未練がましいやつだ。まだ、だだをこねてやがる)
「カスミ。いい加減に」といいかけると、まぁまぁ、とじいさんが手で制した。
「おじょうちゃんがそれほど興味があるというならかまわん。読みなさい」
「ありがとう! サドラさん!」
カスミの顔が、ぱぁっ、と明るくなる。じいさんにお礼をいうと、わき目もふらずに恋文を読みあさり始めた。
「よかったな、カスミ」
オレっちが声をかけても、なんの返事も返さない。彼女の目は恋文にくぎづけのまま。
(やれやれ。恋文なんて残すもんじゃねぇよな。死んだあとだって他人に見られるのは、いい気がしねぇ)
「あっ、ミアン。これも恋文じゃないかな」
「ミーにゃん。ここにもあるにゃよ。しかもあて先が他の二つと別人にゃあ」
「バニヤって、ほれっぽい人だったにちがいないわん」
「本当に? ミアンちゃん。見せて見せてぇ」
恋文を呼んでいたはずのカスミも、ミーナたちに加わった。
(どうしようもねぇな。こいつらって)
「ごほん。ミーナ、ミアン。もうやめな。カスミも悪乗りするのはそれぐらいに」
オレっちはさりげなくおとなの注意をした。
(見ろ、じいさんの顔が真っ赤になっているじゃねぇか)
じいさんには悪かったが、このさわぎは夕方近くまでつづいた。
「どうかな、お前さんら。もうじき暗くなる。今夜はうちにとまっていきなされ」
お昼の食事といい、ありがたい申し出をしてくれるじいさんだ。
「いいのか?」「いいの?」
「ああ。久しぶりの『人』、だからのう。喜んで」
「だそうだ。カスミ」
「助かったわ。あやうく野宿になるかも、って実は心配していたの」
カスミがうれしそうな声をあげるかたわらでミアンとミーナがなにやら話しあっている。
(はて? なにを?)
そう思っていたら、二体同時に、すくっと立ちあがった。
「にゃら、ウチとミーにゃんはそろそろおいとまするのにゃ」
ちょっと意外な言葉だった。
「おっ。帰るのか?」
「夜が造りだす『やみ』はミーにゃんにとって大敵にゃもん。にゃあ、ミーにゃん」
「うん。早くもどらなくっちゃ」
(そういやあ、そうだった)
「ミーにゃん。ウチがじゅうたんになるからそれに乗っていけばいいにゃ」
「ありがとう、ミアン」
「なぁ、ミアン。お前、今はどこでねとまりしているんだ?」
ネイルがあんな風になっている今、ちょっと気になっていた。
「ミーにゃんのおうち(イオラの森)にゃ。自分ちに帰りたくてもネイルにゃんがいにゃいもの。ミーにゃんやイオラにゃんにめいわくをかけて心苦しいのにゃけれども、ほかにいくところもにゃくて」
「んもう、ミアンったらぁ。アタシもイオラもめいわくなんてこれっぽっちも思っていないわん。アタシたちは家族も同然じゃない。だから気にしないで堂々ともどってくればいいの」
「ミーにゃん……。ぐすん。ありがとうにゃん」
「だからぁ。……ぐすん。泣く必要なんってないんだってばぁ。本当にもう、……ぐすん」
ミーナもミアンも涙ぐんでいる。
(そうか。ミアンには帰れるところがあるんだ。親友同士か。いいものだなぁ)
ミーナとミアンはイオラの森へと帰っていった。一方、オレっちとカスミはこの家にひと晩とめてもらうことになる。
まぁ、かくごはしていたが、あんのじょう、じいさんの昔話につきあわされた。夕食をはさんでそれはもう、えんえんと。
気がついてみたら夜もふけている。『それじゃあ、そろそろ』とふとんをしいた。二つ並べたので、ひょっとしてオレっちとカスミが、と期待しなくもなかった。だが実際にはオレっちとじいさん。カスミは別な部屋でねることに。
(そりゃそうだろうな)
そう思いつつ、なんかがっかりしたような気分を味わっていた。
山の夜はとても静か。だいぶ疲れていたせいだろう。ふとんに入るやいなや、夢も見ずにぐっすりとねむってしまった。
ちちちちち。ちちちちち。
目覚まし時計の代わりに、小鳥のさえずりが起こしてくれた。老人は朝が早い、とかいわれているが、まさにそのとおり。すでに朝食の用意が整っていた。
(じいさん。昼間でもいいから、しっかりとねむってくれよな)
オレっちとカスミは半分ねぼけまなこながらも、しっかりとごはんを食べた。それもひとつぶ残さず。いかに食い意地が張っているか、ということをまざまざと思い知らされる。
食事が終わると、すぐさまお茶の時間。どうやらここではそう決められているみたいだ。熱いお茶をすすった。それが終わると、……お別れの時が来た。
「じゃあ、じいさんよ。オレっちらはこれで帰るからな。あずかったかぎと一宿一飯の恩義。決して忘れねぇぜ」
「ありがとう、サドラさん。おかげで将来の参考になるものを読ませてもらったわ」
カスミは意味不明な言葉を口にした。
「いや、こちらもお前さんたちと一夜をともにすごせて楽しかった。
帰りも気をつけてな。それじゃあ、さよなら」
「さよなら」
オレっちらはじいさんに別れを告げ、その場をあとにした。
それから数分も経たないころ。
「うわあああ!」とオレっちがさけべば、カスミも「きゃあああ!」とわめいた。
どうやら昨夜は、雨が降ったらしい。ドラスになって飛ぼうと、がけっぷちへ歩いたまではよかった。ところが、たどりつくやいなや足をすべらす。運の悪いことに、カスミの両うではオレっちの左うでにからませたまま。オレっちがすべれば、とばっちりを食うのは当然。不本意ながらカスミを道連れにしてぶざまにも山を転げおちてしまった。
(すまねぇな、カスミ)




