第八話『老呪術師の元へ』‐②
「ふぅ。食べたにゃあ」「はらごしらえには十分な量だったわん」
おなかをふくらまして満足そうなミアンとミーナ。おなべの中身はまだまだたっぷり。
(あとは夕食と明日の朝か。これならつけ足さなくても持つんじゃねぇか。……にしても結構食べるもんだな、霊体って。そういやあネイルは毎日、食事を造ってあげてるんだっけ。ご苦労なこった)
食事のあとはお茶の時間、といわんばかりに、じいさんが『きゅうす』の取っ手をかぎ針に引っかけた。
「どうだったかのう。味の方は?」
もちろん、不満などあろうはずもない。
「ああ、うまかったぜ。ごちそうさん」
「ありがとう、とてもおいしかったわ」
「ごちそうさまにゃん。いい味になっていたのにゃよ」
「おなかがすいていたからおいしかったわん、ありがとう」
(ミアンはともかく、ミーナの言葉じゃ本当においしかったのかどうか判らないな。
まぁ、どうでもいいが)
ごくっ。
一口お茶を飲む。はらがふくれて少しねむい。それをお茶の苦みが覚ましてくれる。
「ところでお前さん方。まだ名前は聞いておらんかったのう」
「えっ。……ああ、そういやあ、そうだった」
(名前も知らねぇ相手に料理をふるまってくれたわけだ。このじいさん。よっぽど人こいしかったのにちがいねぇ)
おくればせながら、簡単に名前だけでも、と自分たちについての話を始めた。
「オレっちはソラ、横にいるのは幼なじみのカスミだ。あんたのとなりでぶったおれている霊体どもは、羽根をつけているのが妖精のミーナで、猫の姿をしているのは化け猫のミアンだ」
「そうか。ワシはサドラという名でな。よろしくのう」
「こちらこそ」
オレっち、カスミ、ミアン、ミーナの順で次々とあくしゅをかわす。
「それで? こんな不便なところへどうして来たんだい?」
「実は……死神の鎌をふういんしていた護符が破れちまってな」
ことの重大さを判ってもらえれば、とオレっちはできるだけくわしく説明した。
「……とまぁ、そんなわけだから、できれば、あんたに新しい護符を造ってほしいんだ」
「そうか。あの鎌が」
そういってうでを組むじいさん。顔には、どことなくけわしさがただよっている。ややあって口から飛びだした言葉にオレっちは耳を疑った。
「聞けば急いでおるようだが……、すまん。ワシにはどうすることもできぬ」
じいさんは頭をさげた。
「できぬ、って……。どうしてだ?」
「どうしてなの?」
オレっちにつづいてカスミも問いつめる。すると、じいさんの顔に申しわけなさそうな表情がうかびあがった。
「ワシは確かにバニヤの子孫。また呪術師でもある。だがな。当代ずいいち、といわれたバニヤの力をそのまま受けついでいるわけではない」
「ということは……まさか」
オレっちの言葉をカスミがつぐ。
「あれと同じ力の護符を造れないってこと?」
じいさんはいいづらそうに言葉を返してきた。
「……すまんのう。手っ取り早くいえば、そういうことになろうか」
「じゃあじゃあ。ここまで来たのは、……むだ足だったのね」
がくっ、とうなだれるカスミ。もちろん、オレっちも同じ思いだ。そんなオレっちらの様子を見て気の毒に思ったのだろう。こんなことをいいだした。
「少し……待っていてはもらえぬか?」
じいさんはそういって立ちあがると、部屋から出ていった。
(なんだろう?)
家の奥から、がさごそ、と音がきこえてきた。なにかを動かしているみたいだ。しばらくつづいた。
(待て、って、一体いつまで待てばいいんだ?)
多少なりともたいくつしてきたころ、じいさんが大きな箱を持って現われた。
「じいさん。これは?」
「昔、バニヤが予備のために造った護符があってのう。家にあるとすれば、この『つづら』にしかない」
「そんなものがあったのか……。おい、カスミ。……あれっ?」
気がつけば、幼なじみは気持ちよさそうにねていた。がっかりしたとたん、つかれがどっと出たにちがいない。
(しょうがないやつだ)
「おい、カスミったら。ぐったりとよだれをたらしている場合じゃねぇぞ」
オレっちはゆさぶり起こす。
「うっ」
ずるずるっ。
(こいつ、無意識に吸いあげやがった)
「……なぁにぃ? ソラ」
ねぼけまなこでこちらを見ている。さらにゆさぶってみる。目をぱちぱちさせてあたりを見まわした。
(どうやら、意識がはっきりしてきたみたいだ)
「カスミ。このつづらの中にな」
ことのしさいを告げた。
「へぇぇ。じゃあ、この中にあるかも、ってわけね」
「そうだ、カスミ。探してみよう」
「ウチも手伝うにゃ」「アタシも」
つづらを開けて中を調べ始めた。
がさがさがさ。がさがさがさ。
「おや、これはなんなのにゃ?」
器用にもミアンは、折りたたまれた紙を肉球の上に乗せてオレっちに差しだす。
「どれどれ」
ひらっ。
「ええとぉ……。
『僕は君が好きでした……』って、おい。恋文じゃねぇか。これはよぉ」
(こんなのいらん!)
ぽい、とオレっちは捨てる。それをすばやくカスミが拾う。
「カスミ。そんなものを見たって」
「いいじゃないの。当時の恋愛事情。知っておくのも勉強よ」
「勉強? けっ。勝手にするがいいや。それより今は」
がさごそ。がさごそ。
「ちくしょう。いっぱいありやがる。一体どれが……」
はっ!
オレっちは想いだした。探す前に聞かねばならないことがあったのを。
「なぁ、じいさん。この中には護符もふくめていろいろな書きものが入っているみたいだけどよぉ。かんじんのバニヤの護符がどれなのかさっぱり判らねぇ。なんか目印になるようなものはねぇのか?」
じいさんは、やっと気がつきおったか、といわんばかりのあきれた目をオレっちに向ける。
「ソラとやら。見た目だけではワシにも判らぬ」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「護符らしきものを見つけたらのう。手のひらに精神を集中させてその上に乗せなさい。バニヤのものであれば、強い霊波が全身をかけめぐるかのごとく感じられるはず」
「ここにある全部に、それをやれってことか?」
「むろん、そのとおり」
こともなげにいうじいさん。
(ちぇっ。めんどうなことになりやがったぜ)
といってほかにどうしようもない。最初からやりなおし。見のがしがないように注意しながら、一枚一枚、ていねいに調べ始めた。
(オレっちには向かねぇ作業だなぁ)
そう思いながら、つづらの中がからっぽになるまで、もくもくとつづけた。
どんなに多かろうともいつかは終わりの時が来る。最後の一枚を手にしたとたん、ある種の達成感らしきものが心にこみあげてきた。まるで、そう、まるで亜矢華の頂上についたような。
予想たがわず、かなりの時間を要した。もう窓から夕焼けが見える時刻となっている。
「これで全部ってことは……」
「残念だったのう。この家にはない、ということになる」
「それじゃあ、死神の鎌をふういんする方法はもう」
カスミたちもそうだが、多分、オレっちもがっかりとした顔になっているはず。
(どうすりゃあいいんだ)
オレっちらはそれぞれ仲間の顔を見まわす。でもだれもなにもいわない。オレっちが考えているのと同じ質問をぶつけたいとは思っているのだろうが、その一方で、答えが返ってこないことも知っているから。
全員の目がじいさんへと注がれる。
「なぁ、じいさん。ほかには」
ない、と判っていても一応、口にしてみる。すると。
「ほかにあるとすれば……、やはりあそこしかないのう」
「えっ! まだ望みがあるのか?」
オレっちらは、じいさんへとにじりよる。
「これだよ」
じいさんが手にしたのはかぎ一つ。紙類を全て出したあと、つづらの中に残っていたものだ。
「バニヤ以後、ワシのご先祖さまらはな。こことは別の場所を修業の地にしておられた。ワシ自身は行ったことはないがの。なんでもご先祖さまの造られた護符一切が、そこの蔵にねむっておるらしい」
「じゃあ、このかぎは」
「蔵を開けるかぎ、ということだが、果たして本当かどうか。いい伝えがまちがっている場合もありうる。もし、そなたが確認したいというのであれば、しばらくの間、そのかぎはあずけてもかまわぬ」
オレっちはじいさんの申し出をよく考えてみた。話を聞くかぎり、なんの保証もないらしい。行くだけむだ、な気がしないでもない。
(だが……、ほかにネイルを助ける方法がない以上、これにかけてみるしかないだろう)
「じいさん」
オレっちは決めた。
「このかぎは、あずからせてもらう」
「おお。やはり行くか」
「ああ。それで先祖が住んでいた場所って、どこにあるんだ?」
「この近くといえば近くだがな。あの窓からも見えるであろう」
「窓から見えるって……」
オレっちは絶句した。目の前に映るは、まぎれもない霊山『亜矢華』。
「じいさん。本当か。本当にあの山なのか?」
笑って、『冗談だよ』と答えるのを期待した。だが、残念なことに冗談じゃなかった。
「ほれ、頂上と中腹。あの真ん中あたりにある」
「また登らなきゃならねぇのか」
ほこらがあった場所よりも高いところにありそう。ふもとから登れば、昨日よりも時間がかかるのはいうまでもない。
(せめて頂上からおりられればなぁ)
以前、ラミアの姉ごはアーガからロープを伝って頂上までおりたことがあるらしい。だが、姉ごが進んだ先は霊山の内側という。今回は外側をおりなきゃならない。ところが、頂上付近には薬源と同じ『きり』が立ちこめている。視界も霊覚も利かない世界。
(無理だな)
ふもとから時間をかけて登る。それしかない。
亜矢華を登るのが大変なのは、先刻承知ずみ。骨折りぞんのくたびれもうけ、に終わらないともかぎらない。
それでも、とオレっちは、はらをくくった。
「じいさん、判った。行ってみるよ」
自分でも、重いなぁ、と感じるひとことだ。ありがたかったのは、
「あたしも行くわ」「ウチもにゃ」「アタシも」
と同行してくれる仲間がいることだった。
(だから……あきらめないでいられる)




