第八話『老呪術師の元へ』‐①
第八話『老呪術師の元へ』
「き、凶悪犯め!」
……オレっちは問いたい。初対面の相手にこんな風にいわれたらどんな思いがするかということを。
わざとこの葉を一枚落として、相手、つまり、オレっちの技量を探るのもいい。
(もちろん、すじ目にそって真っ二つに切ったのをじまんしているわけじゃない)
そのあと、木の枝から誤って落ちて、頭と頭をごっつんこ。これもまぁ、許せないが、なんとかがまんしよう。
(もちろん、痛かった)
だが……、いくらなんでも、『凶悪犯』はないと思う。
「やい、じじい。てめぇ、よくもひとさまのことを。売られたけんかならいつでも買うぜ!」
オレっちがいかりに我を忘れ、思わずこぶしをふりあげてなぐりかかろうとしたのも、無理からぬことではないだろうか。
にもかかわらず、だ。
ぱん!
いきなり平手打ちをくらわせて、オレっちを引っくりかえす人間がいた。しかも、この人間。オレっちの幼なじみだというから泣けてくる。
「なにしやがる!」
立ちあがって反げきを仕かけようとしたその瞬間。
ひしっ。
「いい子、いい子ね」
オレっちはカスミにだきしめられ、頭をなでられた。
「ミーにゃん、見てごらん。あらくれ者のソラにゃんがあんなにおとなしくにゃって」
「きっと、カスミさんのぬくもりが、『愛』が、ソラさんを我に返させたんだわん」
「ネイルにゃんのいうとおりにゃった。『愛』ってすごいにゃん」
「ソラさんもこれからは『愛』について語りだすようになるんじゃないかな」
「そうかもしれないにゃあ」
(なにが『愛』だ。適当なことをぬかしやがって。オレっちはおとなしくなったんじゃねぇ。動けねぇんだ)
カスミのやつ、メル・ドラスの力で思いっきりだきしめたのだ。あと少しで骨が折れる? または死に至る? みたいな感じだったため、おとなしくならざるをえなかった。ただそれだけのこと。
……とはいえ、女の子相手にこのぶざまなていたらく。もう情けないやら、いたたまれないやらで、ふりあげたこぶしは力を失い、へなへなとたおれこむしかなかった。
(カスミのやつ、長いつきあいとはいえ、オレっちのあつかいかたが実にうまくなっているな。いかりをとおりこして感心すらしちまうぜ、まったくぅ)
「ソラ。さぁ立って。あなたにはやらなければならないことがあるでしょう?」
両手をひざにあててこっちを見ている幼なじみは、そう口にした。
「だってよぉ。このじじいが」
小さなこどもっぽい口調になってしまったオレっちへ、カスミは、たしなめるように話しかける。
「いくらなんでも、『じじい』、は失礼よ。あたしたちは協力をしてもらいにきたんじゃない。『おじいさま』は無理でも、せめて『おじいさん』ぐらいはいわないといけないわ」
「けっ!」
オレっちはつばをはく。
「初対面の相手を『凶悪犯』なんぞとぬかしやがるやつに、『じいさん』、なんて、『さん』づけで呼ぶ必要はねぇ。『じじい』でたくさんだ」
「ソラ。気持ちは判るけど……」
「けど、なんだよ、カスミ」
「このおじいさん、根が正直なのよ。だからそういったのだと思うわ」
「どういう意味だ?」
「いまさらこんなことをいうのもなんなんだけど……。実はね。あたしもソラを最初に見た時は、こわくてにげだそうと思ったぐらいだったの」
「おいおい」
幼ななじみの思わぬ告白にオレっちは絶句した。だが、ほかからもしょうげきの告白が。
「ソラにゃん。ウチもそうだったのにゃん。ネイルにゃんの親友にゃから、にゃんとか自分をおさえることができたのにゃけれども」
「そうよね、ミアン。ネイルさんの親友じゃなかったら、遠くに逃げて」
「石をぶつけていたと思うのにゃ」
「そうそう」
うなずきあうミーナとミアン。
「ほら、ミーナちゃんたちもああいっているじゃない。あたしたちがなにもいわなかったのは……、そうね。おじいさんにくらべてほんの少し、『うそつき』、だった。ただそれだけのことなのよ。
ねっ。判ってくれるわよね、ソラ。あなたなら」
「判るか。アホ!」
『けっ! もう勝手にしやがれ!』っていいたいところだが……、実はオレっちも、朝起きた時には自分の顔を見ないようにしている。見ちゃうと、その日一日、なにかよからぬことが起きるのではないかと、目に見えない不安におびえてすごすことがしょっちゅうだからだ。
自他ともに認める悪人づら。オレっちの身体にはもう立ちあがる気力さえなくなっていた。
「いやあ、悪かった悪かった」
じじいが声をかけてきた。口でいうほど悪びれた様子はない。まぁ、じじいだから仕方がない、といってしまえばそれまでだが。
「おい、じじい。ちょっと聞きたいんだが」
「やれやれ、口の悪いお人よのう。してなにか?」
「ここのどこかにバニヤの子孫がいるはずなんだ。てめえは知らねぇか?」
「ああ、ワシを探しにきたのかい?」とこともなげにいうじじい。
「えっ」とオレっちとカスミは同時にさけんだ。
あらためて目の前にいるじじいを見る。茶色の作務衣にそでなしを羽織った白ひげの老人。強い霊力らしきものも感じることは感じる。だが……思っていたよりも若い。
「ええと……。じじ、いや、じいさん。あんたが?」
「ほぉ。相手がだれだか判ったとたん、急に、じいさん、と呼ぶようになったか。現金なことよのう」
ふぉふぉふぉ、と笑うじいさん。なんとなく信じがたい。もう一度たずねてみる。
「あんた、本当にバニヤの子孫なのか?」
「もっと年よりだとでも思っていたのか。そりゃあ残念でしたな」
(いえ、オレっちよりは十分年より……、いや、やめておくか)
じいさんはものめずらしそうにオレっちらを見まわす。
「どうしてここに来たのかは知らぬが……、もうそろそろお昼も近い。どうかのう? いっしょに食事でもせぬか。話を聞くのはそれからでもよろしかろう」
「いいのか? だったら」
ありがたい申し出。思わず身をのりだそうとしたオレっちのうでを、カスミが、ぐい、とつかんで引きもどす。
「好意はうれしいわ、おじいさん」
そういったあと、ためらいがちに言葉をつづけた。
「だけど……、それじゃあ、おじいさんの食べる分が少なくなっちゃうんじゃない?」
(なるほど。カスミのいうことも、もっともだな)
じいさんは、『いいや、心配せんでいい』と笑いながら手を横にふる。
「いつも多めにつくってあるからのう。それに、ひとりで食べるよりも大勢の方がおいしいし、楽しい。ささ、家の中に入るがよい」
じいさんが、おいでおいで、をしている。ここまでいわれてえんりょするのもどうかと思う。
「どうする? カスミ」
すでに心は動いているものの、一応、幼なじみにも聞いてみる。
「ソラ、おじいさんのお言葉にあまえていただきましょうよ。本当をいうとね。ほっとしているの。ついさっきまで、こうなったらお昼ぬきで、ってかくごしていたから」
(よぉし。決まった)
「ウチは?」「アタシは?」
ミアンとミーナが心配そうにたずねている。
「どうぞ。可愛い霊体さんたち」
じいさんにそういわれて、やったにゃん! と喜ぶミアンたち。
「ねぇ、ミアン。ミアンはかくごしていた?」
「ううん。全然にゃよ、ミーにゃん。ウチはてっきり、カスミにゃんが用意してくれているものとばかり……。よかったにゃあ」
(よかったなぁ、ミアン。っていうか、オレっちもミアンと同じことを期待していたからな。本当に助かったぜ)
じいさんの家の周りは『さく』で囲まれていた。雨耕精読とはよくいったもの。庭には田畑が拡がっている。家の中に入ると、『たたみ』はもちろん、昔ながらの『いろり』もある。天井からつるされた大きなかぎ針には、なべの取っ手が引っかけられてる。質素なたたずまいであることは一目りょう然。
ぐつぐつぐつ。
料理は肉と野菜の『にこみ』のようだ。いろりの火にあぶられたなべから湯気とともにかんばしい香りが立ちのぼり、あたり一面に拡がっている。
「ずいぶんと多めだなぁ」
「お昼と夜、それに明日の朝。三食分を一気に、にこんでおる」
「なるほど。ひとりぐらしだからなぁ。その方が手間がはぶけるか」
「だけど……、あたしたちと食べたら足りなくなっちゃうんじゃない?」
またまた心配げなカスミ。
「だから心配にはおよばぬといったであろう? 具材が足りないようであれば、また畑から採ってきてつけ足せばよい。ただそれだけのこと」
(何事も臨機応変に、ってわけだ)
「味もそう。変えたければ、調味料を変えればよい。ただ時間が経つにつれてうまさが増してくるから、そのまま、の場合が多いがな」
「うん。それはあたしにも判る気がする」とカスミもあいづちをうつ。
ぐぅ。
話をしている間に、お客さんであるオレっちら全員のおなかが鳴った。
じいさんが食事にさそってくれてよかった、とつくづく思う。当初考えていたよりも探すのに手間どってしまったことから、つかれがひどい。最初に予定していた、ふもとまでおりてから『めし』にありつく、なんてゆうちょうなことはとてもできなかったろう。
なんて幸運な、と考えているそのさなか。
「いただきまぁす!」
「……おい、お前ら」
なんということか。ここに来られた最大の功労者であるオレっちをさしおいて、全員が、めしを食らい始めた。
「ソラ。早くしないとなくなっちゃうわよ。ほら、ここ、ここ」
カスミが自分のとなりにしいてある『ざぶとん』を指で、ぽんぽん、とたたいている。どうやら、そこに座れ、ということらしい。
(まぁ、居場所があるなら)
オレっちは納得して、笑顔を見せているカスミの横に座った。
いろりを囲んでの食事。なんかなつかしい気がしないでもない。オレっちとじいさんは向かいあう形で座っている。もちろん、オレっちの横にはカスミ。じいさんの横にはミアンとミーナが座っている。どうやら、このじいさんを気にいったみたいだ。
カスミは、おわんとおはしを持って『にこみじる』をかっこんでいる。ふと、霊体どもは、と見てみると、わき目もふらず、ただひたすら、がつがつと、目の前にあるおわんの中身を食べている。どうやら、じいさんがより分けてくれたらしい。
(ミーナの食べっぷりはすごいなぁ)
感心せざるをえない。身体が花の大きさぐらいしかないのにもかかわらず、ミアンと同じぐらいの勢いで、おわんの中身を減らしている。食べる速さがじんじょうじゃない。
「大丈夫なのか、ミーナ。そんなに急いで食べたりして」
「ふむふむ。ふぁって。みあんふぉいっひょにはべ」
「ちょっと待て。ごはんつぶが飛んでいるぞ。食べるかしゃべるか、ひとつにしろっ」
もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐ。もぐ……。
「ふぅ。これでいいの?」「ああ」
「ミアンがネイルさんのところでごはんを食べるようになったからね。その速さにあわせようと日々努力したわん。それがこの結果よ。どう? すごいでしょ?」
(なんかじまんげに胸を張っているな。ほかに適当な言葉も見つからない、となれば)
「ああ、確かにすごいな」
こくこく、とうなずいた。
「ミーにゃん。食事中におしゃべりはつつしみにゃさい。それに、にゃ。せっかくの『にこみじる』が冷めてしまうにゃよ」
「うん。判ったわん」
がつがつがつ。霊体たちはだまって食べ始める。
「なぁ、カスミ。ミアンって意外と食事中の作法がきびしいんだな」
「ソラ、しぃぃっ!」
カスミが、立てた人さし指をを口元にをあてている。
(やれやれ。さようでございますか)
オレっちもだまって食事をとることにした。
(にぎやかに食いまくった方がうまいと思うんだが……。まぁ、いいや)
じいさんもそういいたげな顔をしている……気がした。




