第六話『おじょうさま』
第六話『おじょうさま』
「ちょっとここでお待ちを」
マーヤはオレっちにそういうと、病室のドアをたたいた。
とんとん。
がちゃ。ぎぃぃ。
「おじょうさま。マーヤです。入ってもよろしいでしょうか」
わずかに開けたドアから、中にいると思われるかんじゃに声をかけた。
「どうぞ」
奥の方からだろう。よく知っている声が聞こえてきた。
「おじょうさま。ソラさんをお連れしました」
「ありがとう、中へおとおして」
「はい、かしこまりました。では、ソラさん。こちらへ」
「えっ。ああ」
院長との話しあいを終えたあと、姉ご、オレっち、そしてカスミの三人は、『今日はとりあえず、アーガの森に帰ろう』ってことで病院から出ていくつもりだった。ところが、後ろの方から呼びとめる声が聞こえてきた。
「ソラさぁん。お待ちくださぁい」
ぎくっ。とした。オレっちの名前を、さん、づけで呼ぶ人間はそうそういるもんじゃない。
だれか、と思い、せまりくる人影に目を向けてみる。あきらかにオレっちより年配と思われる女性の姿。たばねた黄土色の髪をうしろでまとめている。病院のお手伝いを示す、赤い線が入った白い作務衣を身につけていた。
(だれだっけ……。そうだ。レイコの世話をしている人だ)
「よかった。てっきり、もうお帰りなってしまったものとばかり」
はぁはぁ、と息があらい。病院の中だというのに走ってきたのかもしれない。
「確か、あんたは『マーヤ』とかいっていたな」
そうたずねても相手は右手のひらをこちらに見せるだけ。しゃべるにはまだほど遠い状態らしい。
(こりゃあ、ちょっと待ってやらねぇとだめかぁ)
「ソラ」
姉ごは後ろをふり返ると、オレっちに話しかけてきた。
「なんかお前に用があるみたいだな」
「ああ。オレっちもそう思う」
「だったら、お前はあとからゆっくりもどりな。あたいとカスミは先に帰っているから」
「判った。オレっちはドラスになって帰るから心配しなくていい」
「ソラ。じゃあ、お先にぃ」
カスミが口にした言葉を最後に、手をふるオレっちに見送られながら二人は病院の入口から出ていった。
マーヤの息づかいがもどったようだ。頭をさげてオレっちに話しかけてきた。
「呼びとめて申しわけありません。おじょうさまがぜひ、お会いしたいと」
「レイコがオレっちを? ネイルとまちがえていねぇか?」
「いえ、あなたさまです。なにとぞおこし願えませんでしょうか?」
「そりゃあレイコが、来い、っていうなら」
「ではこちらへ」
オレっちはマーヤに案内されて階段をのぼり始めた。
「にしてもよぉ、マーヤさん。あんたと会ったのはせいぜい一回か二回ぐらいだろう? なのによくオレっちが判ったな」
「その凶、いえ、そのお顔は一度見れば、決して忘れませんもの」
「へぇぇ」
(今、いやな漢字が一字入っていたような気がするが)
心の安静をはかるため、聞いていないことにした。
案内されたのは中央病院三階、最上階だ。この階は公共施設の病院内にあるにもかかわらず公共ではない。私有あつかいとなっている。なぜなら、この病院を建てかえる際にかかった費用の約七割以上を、一個人が負担しているからだ。その個人というのがレイコのじじい、いや、じいさん。村役場の管理下におかれてはいるものの、この病院の実質的な所有者といっていい。両親はすでに他界しているため、レイコの家族は今、このじいさんだけ。当然、レイコかレイコのじいさん、いずれかの承認を受けなければ、この階にあがることはできない。中央病院には小さいころから数えきれないほど来ているオレっちでも、今回が初めての体験となる。
(白いなぁ)
この階にあがった最初の感想だ。元々、病院の壁や通路はどこも白いのだが、明るい白のところもあれば暗い白のところも、みたいな感じで多少なりとも変化がある。ところが、ここはそのどちらでもない。ただ白い。白一色の世界だ。まるで……、そう、まるでレイコ自身みたいに。
オレっちはマーヤにうながされ、ドアの向こう側、病室の中へと入った。目の前にはカーテンなる布地が天井からたれさがっている。マーヤがそれを左右に開くと、
……現われた。ベッドの上で半身を起こしているレイコの姿が。かんじゃであることを示す、青い線が入った白い作務衣を着ている。
「それではソラさん、わたしはこれで」
「えっ。……ああ。マーヤさん、ありがとうよ」
オレっちは案内してくれたお礼をいう。
「おじょうさま、なにかありましたら呼び鈴をお鳴らしくださいませ。すぐにかけつけいたします」
「うん。たよりにしている」
マーヤはオレっちとレイコにそれぞれおじぎをすると、病室から姿を消した。
(二人っきりか。……やば。変に意識をするのはやめよう)
「うぅぅす。レイコ」
ふだんどおりのあいさつをした。するとレイコは、『こっちへ来て』とベッドのかたわらに置かれてある、いすを指さした。
「そうか。じゃあ、えんりょなく」
病室とはいってもここは大部屋じゃなく個室。さらにいえばレイコの部屋だ。鏡台、たんす、テーブルなど、病室にレイコの家財道具を放りこんだ、みたいな感がある。
レイコにすすめられたいすも、よく病室で見かける安っぽいやつじゃない。応接室とかにもあるような、どっかりとこしをおろせる大きなふかふか型。色もつやのある深い緑で、どことなくぜいたく感がただよっている。
「レイコ。本当にここは病室か?」
オレっちは思わず口に出てしまう。
「病室。見て判らない?」
「判らねぇから、聞いているんだが」
「そう」
(相変わらず、そっけない口調だなぁ)
レイコはベッドの横にある大きな窓から外をながめている。公共施設や住宅地が拡がっていて、ずっと向こう側には森の木々が連なっている。
だまったままでいられても困るので声をかけようとしたら、不意にこっちへ顔を向けた。
「ねぇ、ソラ」
「うん? なんだ?」
「ネイルは……とりつかれたの?」
レイコは単刀直入にきりだしたきた。
「どうしてそれを?」
「見ていた。ずっと」
「……そうか」
オレっちは思いだした。
「エリカの目をとおして知ったんだな」
「うん。ソラがみんなといっしょに亜矢華を飛びだすまで」
「……ってぇことは、あれも見たってわけか」
はぁうっ!
オレっちは深いため息をつく。レイコがネイルに好意らしきものをいだいてるのは知っていたから。
(なにかいわないといけねぇだろうな)
「すまん。オレっちがいたのに、あんなことになってしまって」
そういうのが精いっぱい。
「ソラ。あやまらなくてもいい。彼が決めたことだから」
再びレイコは窓の外に目を向けた。
「彼は今もあそこに……」
言葉がとぎれた。
もう夕方近くになるはず。空が紅く映えだしてきた。窓からさしこむ夕陽をあびて部屋の中も彼女の顔も、同じ色に染まっていくのが見てとれた。
「ソラ」
レイコはオレっちをふり返る。
「ネイルは学生時代、すでに呪医の見習いをやっていた。……知っている?」
「えっ。……ああ、ちらっ、とは」
(じゃなきゃ、五年も見習い、にはならねぇからな)
「病院が建てかえられてすぐ、だったような……」
「そう。ネイルと初めてあったのがこの部屋」
「えっ。だって同級生……。ああ、そうか。お前がオレっちらの教室に来たのって、入学した年の半分をすぎたあたりぐらいだったな」
「当時は身体が思うように動かなくて……、すぐには行けなかった」
「そういやあ、先生から、重い病だ、って聞かされてたっけ。
で、それがどうしたんだ? ネイルとなにかあったのか?」
「彼はまだ、ぞくにいう、かけだし状態。しんさつも今とはちがって、ずいぶんと不なれな感じがした」
「だろうな。だれもが最初からなんでもうまくこなせるなら、見習いなんて期間はいらねぇはずだし」
「その彼と初めて会った時、こんな風にいわれた」
レイコは当時のことを想いだしながら、みたいな目つきで、ゆっくりと言葉をつづけた。
「僕があなたを担当するネイルです。よろしくお願いします」
「よろしく」
「聞けば、神経系統の器官でまひしている部分が多いとか。めんえき不全の状態もつづいているという話ですが」
「はい」
「もっとくわしく教えてくれますか?」
「それは……、前任者から聞いていない?」
「あなた自身の口から聞きたいのです。どこまで自覚症状として、はあくしておられるのか、それが知りたいのです」
「そう……。判った」
「じゃあ、さっそく。たとえば……」
ここまで話をしたあと、レイコの視線は再びオレっちに。
「こんな風に、もんしんが始まった」
「へぇ。まるで呪医みたいだな」
「呪医よ、彼は。見習いではあってもかんじゃからすれば同じ」
[そりゃそうだ。ところで、レイコ。今になってどうしてそんな話を?」
「もんしんが終わったあと、こんな話を」
レイコはそういって、再びネイルとの想いで話にもどった。
「レイコさん。それではこれらの内容を元に、あなたに適したちりょうを行なうことにします。明日からなので、今日はこれで失礼します」
「そう……。あ、あのぉ」
「はい? なんでしょうか?」
「わたしは……なおる?」
レイコはここで言葉を切った。
「ソラ。わたしは何年もこの身体とともに生きてきた。だから答えは判っていた。とはいっても、ネイルを困らせるつもりはなかった。でも、聞きたかった。彼がなんていうのかを」
「それでやつは?」
「ネイルが口にしたのは……」
レイコが次いで話した言葉に、オレっちは自分の耳を疑った。
「心配する必要はありません。僕が必ずなおしてあげます」
(あ、あの野郎。なんてことをいいやがる)
オレっちは思わずふかふかのいすから立ちあがる。
「いうにことを欠いてなんてことを。無責任すぎるぜ」
レイコもうなずいている。
「わたしもそう思った。だから」
「……本当に?」
「大丈夫ですよ、『愛』さえあれば。
もちろん、時間はかかるでしょう。でもきっと。お約束します」
(アホ野郎! こんな状況で『愛』を持ちだすやつがどこにいる!)
オレっちは再びふかふかのいすから立ちあがる。
「『愛』だとぉ! 『愛』が、『愛』がなにをしてくれるっていうんだよぉ!」
気がついたら、オレっちは悲鳴にもにた声を張りあげていた。
ぜいぜい。ぜいぜい。
(ま、まずい。めまいが。息も苦しいし、血圧も高いような……)
この場にいない人間にこれほど苦しめられるとは夢にも思わなかった。
レイコもまたまたうなずいている。
「私もそう思った。でも……うれしかった」
「あの野郎ぉ……。へっ? 今、なんて?」
思いがけない言葉を耳にした。
「わたしが会った人たちは、みんな、やさしかった。気の毒がったり、なぐさめたり、はげましたり。わたしを気づかう言葉をいろいろと口にしてくれた。
でも……、私が一番聞きたい言葉はいってくれなかった。
ソラ。ネイルだけなの。彼だけが、だれも今までいってくれなかった言葉を、わたしがほしがっていた言葉をしゃべってくれた」
「レイコ……」
「彼を信じてみよう。わたしはそう思った。なおってみせる、とも思った。
彼は私の期待に答えてくれた。通常では考えられないほど時間をかけて、たんねんに、できうるかぎりたんねんに身体をもみほぐし、細胞や神経のすみずみにいたるまで霊波の力をしんとうさせてこれらの強化をうながした」
「でも、やつは見習いだろう。一人のかんじゃにどうして?」
「見習いという立場もわたしに味方をしてくれた。しばらくの期間、彼をひとりじめできる機会がわたしに与えられた」
「ふぅぅん。つまり、お前の専属、みたいな時期があったんだ」
「日を追うごとに少しづつ、ではあるけど、身体が動くようになった。わたしとネイルの二人三きゃくが、あきらめることなくつづけられた。そして……」
「学校に来られるぐらいまでの身体になった、ってわけか」
「そう」
「今はどうなんだ?」
「完治と呼ぶにはまだ。でも、あの時、ネイルがいってくれた言葉のおかげで生きてこられた。ここまで回復した。自分を信じてこられた。それはまちがいない。だから……」
レイコが両手でオレっちの手をにぎりしめた。左右両方の目からも、なみだのしずくがこぼれおちる。
「彼を助けて。わたしには彼が必要なの。お願い、ソラ」
人形のような白い肌が上気している。手もふるえている。声もこころなしか大きい。ふだんネイル以外の男には、聞かれなければ答えない、という態度をとっている彼女が、今は自分から話しかけている。言葉もいつものように短くない。
(それだけ必死ってことだ。それだけ思いが強いってことだ。なら、返す言葉はひとつだけ)
「……任せろ」
『できるだけのことはする』……ってつづけるつもりだった。だが、やめた。ここで言葉を切った方が安心する。そう思ったからだ。それに実のところ、ここまでをいうのが精いっぱい。彼女のなみだにさそわれるかのごとく、オレっちの目もうるみ始めていたから。
(本当、なみだもろくなったなぁ)
ぐわっ!
とつぜん、ドアが開いた。
「レイコさん。ネイルさんが!」
あわてたように病室へ飛びこんできたのはマリアの姉ご。急ぎ足で歩いているせいだろう。後ろにたばねた茶色のかみが、一歩前へ進むたびにゆれ動く。着ているのは村役場関連のお務めを示すあいいろの作務衣。そのかたにミアンとミーナがふろくのように乗っている。
(こいつらぁ、しゃべりやがったな)
レイコはオレっちから両手をはなすと、なみだぐみながらも、たんたんと言葉を返す。
「知っています。マリアせんぱい」
(せんぱい? そういやあ、二人とも村役場のお務めだっけ)
「レイコさん」
マリアの姉ごは、ひしっ、とレイコをだきしめる。
「大丈夫ですよ。きっと大丈夫です」
(感情をあらわにしやすい人だな。こうはい相手に、もう目になみだをうかべている。まぁ、判りやすくてありがたいが)
「わたしも……そうであってほしい……と」
(レイコって、自分を直接ぶつけてくる相手に弱いんだよな。いつもの冷静な仮面をはがして、本音をさらけだしちまう。いいせんぱいにめぐりあえたのかもな)
二人はオレっちがまるでいないかのごとく泣きあっている。
(ネイル。お前のために泣いてくれる女の子がここに二人もいるぞ)
それをうらましい、と考えるのはオレっちだけ……だろうか。
人前でなみだを流すっていうのは、男のオレっちとしては、いささか抵抗がある。だが、なみだの効用ってやつも案外、無視はできない。心をなぐさめてくれるし、自分はいい人間だなぁ、なんてことも思えるし。あれた心をおだやかなものに変える力がある。
(どれ、ちょっとぐらいなら)
すでに目はうるんでいる。ここでほんの少し感情的になれば、ぽろり、となるはず、と思ったその時。
「ソラにゃん。ひどいじゃにゃいか」「アタシもそう思うわん」
気がついてみたら、おじゃま虫の霊体二体がオレっちのかたに乗っていた。おかげで、いい人間、な気持ちになれる機会をのがす。なみだが引っこんでしまった。
「なにが、だ?」
(どうせたいしたことじゃねぇに決まっている)
そう思いながらも、うす目をしてたずねてみた。
「ウチもミーにゃんも、さっきからなみだを流しまくっているじゃにゃいか」
「そうだわん。ここは、『泣いてくれる女の子が四体』、が正しいわん」
(ふぅ。予想どおり、つまらなかったな)
『お前らなぁ、人の心を勝手にのぞくんじゃねぇ』って文句ひとつもいいたいところ。だが、確かにこいつらも泣いているし、種はちがえど女の子であるのも事実。
「すまん」
一応、この三文字で解決とした。
(さぁてと。どうしようかなぁ)
セレンの姉ごがいっていた、バニヤの子孫が住むという山、薬源。ここには亜矢華のような霊圧はないため、ガン・ドラスになって上空から探索が行なえる。着地が可能なところであれば、なんの制約もなくおりられる。山の高さも亜矢華の半分以下。こう考えると、探しだすのはそれほど難しくはないように思える。ところが、だ。山全体が『きり』に包まれた樹海となっている。しかも、この『きり』。視界どころか霊覚さえ利きにくくしてしまうというやっかいな代物。
(見つかればいいが)
考えれば考えるほど、不安はつのっていく。
オレっちはレイコたちの方へと目を向ける。二人は泣くのをやめ、なにやら話しあっている。ミアンたちも加わった。
ネイルがいなくても今のレイコには、支えてくれる友だちやせんぱいが何人もいる。ちりょうだってセレンの姉ごがいるかぎり、なんの心配もいらない。それはよく判っている。
(だが……、みんなを笑顔にするには、やっぱり、あいつを元にもどさなきゃ)
話のじゃまにならないよう、そっとつぶやく。
「じゃあな」
だれも言葉を返してこない中、オレっちは白一色の空間をあとにした。




