第五話『お姉ちゃん組』
第五話『お姉ちゃん組』
オレっちらは中央病院へやってきた。この建物は明暗のちがいはあるものの、外側、内側の区別なく、全体が白ぬりのかべにおおわれている。もちろん、薬品や消毒などのにおいも鼻につく。だれもが、病院へ来たんだな、とはっきり判る独特の様相をていしている。
「いいか、お前たち。あたいが、『入れ』って声をかけるまで入るんじゃない。判ったな」
しんりょう室をそっとのぞき見したところ、かんじゃはひとりもいない。ならば、と入ろうとしたところ、姉ごがドアの前に立ちふさがり、さきの言葉をかけた。
「どうしてだ? 姉ご」「どうしても、だ。いいな」
くどいぐらい念をおしたあと、姉ごはドアの奥へと入っていった。
「カスミ。一体どう」
オレっちの言葉が終わらないうちにドアが開かれた。
「すまん! もう少し時間がかかる!」
姉ごはそうさけぶと、オレっちらの前を一気に走りさっていく。カスミは、きょとん、とした顔をこちらに向けている。多分、オレっちの顔も、だ。
「待て! ラミア!」
一じんの風とともに、ひとつの人影がまたまたオレっちらの前を走りさっていく。
「カスミ……、今の、セレンの姉ごだよな」
「あたしもそう思うけど……」
「頭にはちまきをまいているのはいいとして……、なんで左右に注射器をひとつずつ、差しているんだ?」
「それどころじゃないわ。両手でこわきにかかえた注射器のぶっとさ。その先にきらりと光る太くて長い注射針。一体、あれをなにに使うつもりなのかしら」
オレっちらの会話の横では、なにやらため息まじりの声が。
「ふぅ。ミーにゃん。どうやら、また例の発作が」
「ふぅ。出てしまったみたいだわん」
やれやれ、といった感じのミアンとミーナ。思いあたることがあるみたいだ。
「おい、ミアン。あれは一体」
たずねかけたオレっちらの前を、びゅぅん、びゅうん、とつづけざまに二つの人影がとおりすぎる、と思ったら、ばたん、とドアが閉まった。
(今、『あと、もうちょっとだ』といってたような気がするが……)
しばらくして姉ごが出てきた。
「もう大丈夫だ。正気に戻った。
ソラ、カスミ。さぁ、休けい室で待っていよう」
「姉ご。大丈夫だってなにが?」「正気って……。お姉さま。一体なにがあったの?」
オレっちらの言葉を聞いたあと、姉ごは、くすっと笑ったような気がした。
「いや、なんでもない。気にするな。じゃあ、行くぞ」
姉ごは通路をどんどん進んでいく。
「待ってくれ、姉ご」「待ってよぉ、お姉さまぁ」
オレっちらもあわててそのあとにつづいた。
オレっちら三人は休憩室のテーブルに備えつけられたいすにこしをおろした。姉ごはオレっちとカスミをかわるがわる見ながら、注意ともとれる言葉を口にする。
「いいか。もうじきセレンのやつが入ってくる。だから、その前にいっておくけどな。さっきのことはなにもいうなよ」
「一体、どういうことなの? お姉さま」
「カスミ。あれはまぁ、一種の病気みたいなものさ」
「病気?」
「話せば長くなるけどな。まぁ、がまんして聞いてくれ。
悪性の細菌が引きおこす病のちりょう。それがセレンの十八番なんだ。新薬の効果及び安全性を確認するには動物実験だけでは不十分、ってことで常日ごろから、『人の身体で試してみたい』っていうのを口ぐせにしている。とはいっても、それをするには前もって、健康な人を新薬が必要なかんじゃと同じ症状にしなけりゃならない。当然そんなこと、だれも許すはずがない。病院を管理下においてある村役場だってそうさ。セレンにしたってふだんは常識や道徳ってものが働くんだろうな。口には出しても、行動を起こすことはない。ところが、だ。なにかのひょうしにこれらの『たが』がはずれることがある。こうなるとやばい。心のおもむくままな行動にうってでる。今見たように、あたいへおそいかかってくるってわけさ」
「でも、どうしてお姉さまを?」
「セレンの言葉を借りれば、たぐいまれなる復元力、ってやつをほしがっているのさ。ドラスのさいぼうと血がもたらしたこの力を、だ。ひ験体に最もふさわしい能力と考えている。それともうひとつ。親友だから、だれにも口外することなく協力してくれるものとたかをくくってやがる。これらの思いがこみあげて実際の行動へとかりたてられてしまうらしい」
「よく今までなんの問題も起きなかった、って思うけど」
「理由は二つ。一つはネイルだ。何故か、あいつがいる前でそんな状態になったことは一度もない。もう一つは、『なった場合でも走るだけ走ってつかれさせればいい。そうすれば自然と我に返ります』。いつだったかネイルがそういったんだ。最初は、まさか、って半信半疑だったのは判るだろう? ところが、試しにやってみたら意外と有効なんだ。それまでは取っくみあったり、場合によっちゃあ、ひっぱったいたりしていたのが、それを境に、ぴたり、とやらなくてすむようになった。ありがたいことさ」
(そうか。セレンの姉ごが正常でいられるのは、ネイルのおかげってわけだ)
「じゃあ、今、セレンのお姉さまは」
「もう自分のやったことを覚えてはいない。だから、お前たちもそのつもりでな」
「判ったわ。お姉さま」「ああ、いうとおりにするぜ、姉ご」
しばらくすると、休み時間になったのだろう、セレン院長が部屋へ入ってきた。姉ごに会うやいなや、ぶあいそな顔が一転、満面の笑みへと変わった。
「おお、ラミア」
大歓迎、とでもいうように、無理矢理、姉ごの手をにぎった院長は、
「よくぞ来てくれた。ではさっそく」と白衣のポケットから注射器を取りだした。つめられている液体は赤茶けた色でどろどろした感じ。なんともぶきみだ。
「待て、セレン。お前、一体なにを」
「いつもいっていることで今さら口にするのもはばかられるが、聞きたいというなら喜んで答えよう。『我と注射針がいつでも君を待っている』と。いやあ、やっと決心してくれたか。長きにわたって説得をつづけたかいがあった。もちろん、君の役職は決めてある。院長代理だ。これなら文句はあるまい」
「セレン……。今日はいつになく暴走しているが、なにかあったのか?」
「今の時期、悪性の細菌が発生しやすいのだ。おかげで感染者が日に日に増えつづけている。早く処置をほどこしたいが、『ガラン・ドール』の製造はきびしく制限されている。となれば、だ。たのみのつなはラミア。君だけだ」
「そりゃあ大変だ。でもな。期待をうらぎって悪いが、あたいはひ験者になるつもりはこれっぽっちもない」
「ラミア。自分さえよければ、かんじゃはどうなってもかまわないというのか。それでも血のかよった人間といえるのか?」
「お前な。昔からの親友に対して、よくもそんなことがいえるな」
「親友だからなにをいっても、なにをしても許されるのだ。これが一般の人にやってみたらどうなると思う。あっという間に警護隊にたいほされて、院長職は、そく、首だ」
「セレン。それは親友でも同じだ」
「そんな……。君が我を警護隊へ売るなんて。絶対にありえない」
「いいかげんに目を覚ませ。お前の『親友』というものに対する『もうそう』から」
「じゃあ、なんのためにここへ来たんだ? いそがしいのだぞ。今は」
「自分の要求が受けいれられなかったからって、急にじゃけんになりやがって」
「いいから早くいえ。いわないならすぐにしんりょう室へもどる」
といいながら、部屋を出ていこうとする院長。
「だめにゃよ!」「もっとラミアさんの話を聞きなさい!」
ミーナたちが院長の足をとめようとしてか、姉ごから飛びうつった。
「ミアン、ミーナ。前にもいったと思うが、ここは病院で君たちの遊び場ではない。ラミアといっしょになってこれ以上、しんりょうのじゃまをするというなら」
「待ってくれ、セレンの姉ご」
(このままじゃあ険悪なふんいきが拡がるばかりだ。早くいった方が無難だな)
「実は、ネイルのことなんだ」「なに?」
院長の動きが、はたと、とまった。きびすを返し、つかつかとオレっちの方へ向かってきた。
(うわぁ。一番苦手な人が来やがった)
「ええと、確か、……」とまでいったあと、くるっ、と姉ごの方を向く。その目は明らかに、『誰だったっけ?』といっている。
姉ごは、はぁっ、と大きくため息をつく。
「セレン。この前、紹介しただろう。そいつはソラ。あたいの大事な筆頭補佐だ」
「姉ご……」
(大事な、って……。そんなにオレっちを……)
今、オレっちは最高に感動している!
(くくっ! 雨風、寒暖問わず、姉ごにつくしてきた日々はむだじゃなかったぜ)
「思いだした」
目がうるうるしてきたオレっちの横で、セレン院長は思いがけない言葉を口にする。
「ラミア。君がお務めを休んで実家に帰る時の口実に使っている補佐だったな。早く使い手に成長してもらうための実技研修だとかなんとかりくつをつけて」
「セ、セレン! なにもこんなところでばらさなくったって!」
姉ごはまじで血相を変え、しぃっ、しぃっ、と口に人さし指をあてている。
「で、自分のあとがまとして本気で考えているのは、そこにいる、『カスミ』、だったな」
「ええっ! 本当なの? ラミアお姉さま!」
ついさっきまで、『よかったじゃない』と祝うかのようなまなざしをオレっちに向けていたカスミの顔が一転、あわれみを浮かべた表情へと変わってしまった。
「セレン……。お前なぁ、人のうちわ話をいろいろとばくろをするのはやめろぉ!
人間関係が悪くなるじゃないか。見ろ、お前が今しゃべった言葉でソラが」
「はは。あはは。あははは。……ひっひっひっ。……ぐすん」
オレっちは笑った。笑って……泣いた。
「こわれたか。ならしょうがない。質問する相手を変えよう」
セレン院長は姉ごの前に立つ。
「ラミア。君は……、今の今まで無遅刻無欠勤だったのにもかかわらず、このいそがしい時に顔も見せてくれない我が愛弟子のことを知っているというのか?」
(なんで説明っぽい口調なんだろう?)
「く、苦しい。セレン、手をは、放せ!」
院長は両手で姉ごが着ている作務衣のえりをつかんで、持ちあげていた。
「はっ! す、すまない」
手を放すと、あらためて姉ごに話しかける。
「それで彼は? 彼はどこにいるのだ?」
「セレン。それがな。落ちついて聞いてくれよ。実は」
姉ごは、ネイルが死神の鎌にとりつかれた、と告げた。
「そんな……。あのネイルが」
しばし、呆然としているみたいだった。だが、我に返ったのだろう。オレっちらに席へ座るよう、うながした。
「ソラ。カスミ。くわしい話を聞きたい」
実は、オレっちはミーナとミアンからはげましの言葉を受けていた。ミーナはオレっちの頭を、ぺしぺし、とたたきながら、『大丈夫? 頭、頭』と、くり返し言葉をかけている。一方、ミアンは、『へぇ。意外といい音がするものなのにゃあ』と頭つきを食らわせて感心している。こういった手厚い? 看護のおかげか、我に返るのが早かった。
「どうした? つっ立ったまま、なみだを流して」
(どうした? じゃない! そもそもあんたがよけいな)
そういいそうになる。
「ソラ!」
カスミが……多分、指だろうが……背中をこづいている。そろそろ言葉を返さないと、次にくるのはまちがいなくげんこつだ。
「判ったよ。座ればいいんだろう。座れば」
「ふぅ」
カスミはため息をつくと、『それじゃあ、あたしも』といいつつ、いっしょに席へこしをおろした。
とまぁ、こうしてやっとここへ来た本当の目的を果たすことができることとなった。
「実は」とネイルやオレっちらに起きたことを話した。
「……っていうわけなんだ。なぁ、セレンの姉ご。なにかネイルを助ける方法はないのか」
「ふぅむ」
院長はうでを組んでいる。しばしの間、考えこむような仕草を見せていたが、なにか気がついたことでもあったのか、顔をあげた。
「死神の鎌をしずめるには護符の力を借りるのが一番だと思う」
「だが、セレン。護符はすでに破れているんだ。張りなおしても意味ないだろう?」
姉ごがオレっちの方を向いたので、持ってきた護符の切れはしを院長に見せた。
「これか……。護符自体の力はすでに消えているようだ。新たに造らなければならない」
「セレン。お前、造れるのか?」
「通常使用される程度の護符ならばな。だが……」
院長はたんねんに護符を調べている。
「これはバニヤの造った中でも強力な護符だ。とても我などが造ることのできる代物ではない」
「そういえば、ネイルもそういっていたな」
オレっちの言葉に院長はうなずく。
「だろうな」
「じゃあ、どうするつもりなんだよ、セレン?」
「手がないこともない」
院長は立ちあがった。うつむきながら、テーブルの周りをまわっている。
「そうだ」
とつぜん、立ちどまったと思ったら、姉ごに話しかけてきた。
「バニヤには子孫がいる。その者にたのめば、あるいは」
「セレン。本当なのか。それで、そいつは一体どこに?」
「薬草の宝庫といわれる山、『薬源』の頂上付近だ。我もよく薬の原料となる草花の採取に向かう山だ。そこで晴耕雨読の生き方をしていると話には聞く」
「なんか仙人みたいなやつだな」
「元々、才能はあるらしい。だが、霊力を人なみ以上に保つには、そうした山にこもるのが一番だそうだ」
「なるほどな。だけど、『薬源』の頂上付近か。『亜矢華』よりはましだが、たどりつくのは少々、なんぎだぞ。やっかいなことになったな」
「ラミア。別に君がやっかいがることはない」
「というと?」
「我らの手足となって、親友のためになにかしようとしてくれる者がそこにいるではないか」
「そこに?」
姉ごは後ろをふり向き、院長が指さす先へ視線をあわせる。そこにはもちろん、オレっちが。
(いやだなぁ。このあとの展開が判っちまった)
「なるほどな。じゃあ、ソラ。あとはたのむ」
「姉ご……」
(仕方がない。姉ごはいいだしたら聞かないし、オレっちもネイルのことが心配なのは事実だからな)
「判ったよ。オレっちが行く」
「よし。いい子だ」
姉ごがそういえば、院長も
「うむ。いい子だ」とうなずく。
(ネイル……。お前とちがってオレっちは苦手だよ。お姉ちゃん組は)




