第四話『とりつかれたネイル』‐①
第四話『とりつかれたネイル』
ひらひらひら。ひらひらひら。
世はこともなく、じゃないが、思ったよりも順調にくだっている。空を見わたせば、雲ひとつなくすきとおった、という表現がぴったりな青い空が拡がっている。ずっと見つめていれば、心すら吸いこまれてしまうかも。けがれ、などとはむえんの空間が拡がっている。
「おおい!」
(どこかでだれかが呼んでやがる。このくそいそがしい時に)
「おや、ネイル君の声がする」
(……だっけ? まぁ、ハイネのいうことだからまちがいねぇだろう。話をあわせちまえ)
「ああ、声がするなぁ」
「ソラ君……。どうして聞こえてきた方とは反対側の耳に手をあてているんだい?」
「……くせだよ、くせ。そうだよな? カスミ」
「そんな判りきったうそを……これが夫となる人の言葉なんて……はずかしいっ」
赤面している顔をかくすかのように両手でおおうカスミ。
(うるせぇ!)
「親友の声も判らず、どこから聞こえてきたのかも判らず。その上、はじをかくすかのように、『くせ』って連呼する……。
ふぅ。こういうのを、はじのうわぬり、っていうんだわ」
やれやれ、といった感じで、両手を『へ』の字にするエリカ。
(お前もうるせぇんだよ! ちったぁ、だまってろ!)
「あっ、カスミっち。あれ、そうじゃない?」
エリカは水平にした左手をひたいにあてて、右うでを前につきだしている。
「ええとぉ……、そうね。確かに人の姿のように見えなくもない……」
声をかけられたカスミも、エリカの指さす方へ目をこらしている。だが、オレっちの視界にはまだなにも映ってはいない。
「どこだ? カスミ」
「ほら、あそこ。木の枝に乗っているじゃない」
「木の枝?」
カスミにうながされ、眼下に拡がる森の樹木を一つ一つ目でおってみた。
「ええと……、あ、あれか!」
ほかよりも少しばかり大きな樹木。その枝の一つになにかがいる。近づいていくにつれ、その姿がはっきりと目に映しだされた。
(ネイルだ。あんなところにいやがったぜ)
枝の上に座って足をぶらぶらさせていた。
「本当。彼だよ、ソラ君」
かたわらにいる親友もその様子をながめていたらしい。オレっちに笑顔を向けた。
「けがもしていないみたいだね。よかったよかった」
ミーナとミアンからも喜びの声が。
「うわぁ、見つけたわぁん」
「元気そうみたいにゃ。よかったにゃあ」
エリカやカスミは、お互いの手と手をたたきあった。どちらの顔にも、ほっとした表情がうかんでいる。
「ネイルっちは無事みたいね」
「一時はどうなるかと気が気じゃなかったのよ。でもよかったわぁ。見つかって」
(みんな心配していたんだな。なんのかんのといっても、いい連中だ)
「ネイルにゃん、今、行くにゃよぉ!」
ひらひらひら。ひらひらひら。
オレっらはネイルの元へと向かった。ある程度まで近づくと、やつもこちらに気がついたのだろう、右手をふり始めた。
「来てくれましたか。ありがとうございます」
ひらっ。
ネイルの足元近くにとまると、やつはミアンのじゅうたんに飛びおりた。
「ネイルっち。死神の鎌はどうなったの?」
「あたりには……、あれっ? かげも形もないけど、ひょっとして逃げられたとか?」
エリカもカスミも興味深々といった感じでたずねている。
「いえ、こっちです。ミアンさん。僕のいうとおり、飛んでくれませんか?」
「うんにゃ。判ったにゃよ」
「それじゃあ、まず、もっと右側に」
ネイルの指示を受けながら、ミアンは森の上空を飛んでいる。
「自分で飛ばねぇってことは、やっぱりお前、呪術が思うように使えねぇのか?」
オレっちの言葉にネイルは、『ええ。残念ながら』とうなずく。
「でもねぇ、ソラ。僕にかぎらず、どんな高位の呪術師でも、ここでは霊圧が強すぎて呪を発動することすらできないと思いますよ」
ネイルの言葉のあとを、そうだね、とハイネがついだ。
「ソラ君。君がすごすぎるのさ。前にネイルもいったと思うけど、今までは、ドラスでさえも霊山の霊圧の中では飛べない、っていうのが定説というか、常識になっていたんだ。それをはねのけたんだから、じまんしていいと思うよ」
「おまけに霊火弾まで放つことができたじゃないですか。あそこまでやれるとは思いませんでした。たいしたもんですね」
(おっ。ハイネもネイルも、めずらしくほめてやがる)
「へへん。どんなもんだい!」
ひさびさに鼻が高い。
「ソラ君。君と死神の鎌。いい勝負かも知れないよ」
「ハイネ。あんなの目じゃねぇ。この次こそは必ず」
とはいったものの……、言葉では軽んじていても心の中では次の戦いを待ち望んでいる。そんな自分をオレっちは否定することができなかった。
視界に入った森の上を飛んでいくうちに、切り株らしきものが点々と見える広場が現われた。おそらくここで大量の樹木が伐採されたのだろう。
「ミアンさん。あそこにおりてください」
「ネイルにゃん。死神の鎌はここにいるのにゃん?」
「ええ。もっと近づけば判りますよ」
ミアンは、少しずつ降下していく。やがてオレっちらの目の前に、探しもとめていたものが現われる。だが……それだけじゃなかった。
「ハイネ、見ろよ。だれかが死神の鎌をにぎってやがる」
「本当だね。一体だれなのかな」
切り株の一つに、うつむいた姿でこしをおろしている人間がいた。
「おい、ネイル。あれは」
オレっちは親友に声をかけた。ふり向いたやつの顔には……、悲しみをにじませたほほ笑みがうかんでいた。
「ええ。……僕です」
「僕です、って……」
思いがけないことが起きた。ネイルの身体がまぼろしのような姿へと変わり、……そして消えた。
「ネイル……」「ネイル君」「ネイルさん」「ネイルっち」「ネイル……」
オレっちらが呆然とする中、ミアンは、『ネイルにゃん、今、行くのにゃよぉ!』と、切り株に座っている人間の元におりていった。
その場にいる全員で一人の人間を囲んだ。
「おい、ネイル」
そう声をかけて、かたに手を置こうとしたその時、
「すみません。……とりつかれてしまいました」と静かにつぶやく声が聞こえた。
「本当なのか、……うっ」
やつの首が上へと動く。現われた顔はまぎれもなくネイルだ。ただ……、色白の顔がさらに白くなっていて、顔の筋が黒ずんでいた。両目にもくまができていて、左目が白く光っている。
「ソラの霊火弾は鎌の力を弱めてくれました。ですが……、切られた際に生じた爆発が、『捕縛』の呪を解いてしまったんです」
「そう……だったのか」
霊火弾は強い霊力をこめた弾丸だ。呪をこわしても決してふしぎじゃない。
「死神の鎌は地面に落ちたあと、しばらくは動きませんでした。ところが、僕が結界を張ろうとする寸前、動きだしてしまって……、やむなく両手でつかんだ結果」
「とりつかれちまったってっわけか」
「ええ」
「……すまねぇ、ネイル」
オレっちはやつの目の前で、がくっ、とひざをついて、……わびた。
「ソラ。あなたがあやまることはありません。全ては『死神の鎌』の力を軽く考えていた僕がいけないんですから」
ネイルをそういうと、ふっ、と小さく笑った。
「みたてがあまい。先生からよくいわれていた言葉ですが……、これでは正規の呪医になれないのも当然……ですね」
(かなり落ちこんでいるみたいだ。まぁ、無理もねぇが。
……にしても、なんかいってやらなきゃあな)
「ネイル。そんなことはねぇよ」
「ふふっ」
ネイルは力のない笑い方をしている。
「気にかけてくださってありがとうございます。
……ところで、ソラ、ひとつお願いがあるんですが、聞いてもらえませんか?」




