第三話『ほこらにて』‐③
「これか……」「これなのね」「これがねぇ」
「へぇ、これが」「やっと見れましたか」
オレっちをかわきりに、カスミ、エリカ、ハイネ、ネイルの順でつぶやいた。
「ミアン、ずいぶんと古そうだわん」
「千年も前に閉じこめられたものにゃよ。むしろ、よく原型をとどめていると、感心してしまうのにゃん」
(確かにミアンのいうとおりだな)
外から見ても判るとおり、このほこらは大きい。中に入っても彫像品類が一切なく、がらぁんとしていることから、よけいに大きく見える。ただその分、ほこらの真ん中に、でぇんとすえ置かれている、『ふういん台』なる大きな四角柱がやたらと目立つ。入り口から見て真正面となる側面に、今回のお目当てである『死神の鎌』らしきものが張りついていた。鎌と木の柄のみという単純な造りのせいか、時の流れを感じさせはするものの、こわれた様子はみじんもない。
「見てください。護符を二重にしてふうじてあります。
……ここまでやらないといけなかっただなんて……」
唖然とした様子でつぶやくネイル。やつの言葉どおり、『死神の鎌』は護符二つが交差した状態で張られている。
「念には念を、と考えたのでしょう。ふういんの力を強化するため、こんな細工をほどこしたのだとは思いますが、それだけ被害が大きかった、ってことを裏づけているともいえますね」
「かもねぇ。それにしても、ずいぶんと変わった張り方だなぁ……。
こういうのって、ネイル君も初めて見るのかい? 学校とかセレン姉から習っていないの?」
「全然」とネイルは両手を『へ』の字にして肩をすくめた。
「ハイネ。僕たちが教えてもらったり、普段、目にできたりするのは、基礎的なものがほとんどです。どの呪術師でも、自分の秘中の秘を記録に残すなんてことはしません。信頼できる一番弟子に伝授したらそれで、『おしまい』、です。もし、教えるに足る弟子がいなければ墓場までもっていく。それだけのことですよ」
「ふぅぅん。バニヤっていう呪術師もそうだったのかい?」
「現在、彼に関して残っている記録や文献はみな、本人はおろか弟子が執筆したものでもありません。第三者が聞きづたえでまとめたものばかりなんです」
「それじゃあ、ネイル君。今、ぼくたちの目の前にあるのは」
「ええ。先人たちの心の中にだけ秘められていた宝物の一つ。ゆうきゅうの時ををこえて、それと僕たちはめぐりあえた、というわけです」
「神秘的だねぇ、ネイル君」
「僕もそう思います」
ネイルとハイネはともに感動を覚えているかのようだった。
「なぁ、カスミ、エリカ」
ネイルたちに口をはさむことができず、オレっちは話相手を変えた。
「なんなの? ソラ」
「なによ、ソラっち」
オレっちは死神の鎌を指さす。
「あれのどこが宝物なんだ? 神秘的なんだ? あいつら、目をうるませてなにやらしゃべっているが、オレっちにはさっぱり判らねぇ」
「なぁるほどね」
エリカが薄笑いみたいな表情を浮かべている。
「仲間はずれみたいな格好になってさみしくなったから、こっちへ来たってわけね。
うんうん。判る判る。お姉さまが相手をしてあげるから、安心しなさいな」
「あのなぁ、エリカ。オレっちは別に」
「ソラ」
いい返そうとしたオレっちをカスミがだきしめる。
「あなたは一人じゃない。あたしがいるわ。それを忘れないでぇ」
顔を見れば、あわれみやらなぐさめやらがごちゃ混ぜになった、そんな表情が浮かんでいる。
「カスミ。いい加減にしやがれ」
オレっちは無理矢理、カスミの身体を離すと、改めて二人に問いかける。
「で、どうなんだ? あれを見て感動するか?」
「感動? おっきな鎌に、なにやら文字が書かれた古紙が張りつけてあるだけじゃない。あれをどう見たら、心がゆさぶられるっていうのよ」
エリカがそういうと、カスミもうなずいて、
「ソラ。あたしにも判らないわ」と言葉を返した。
「だよな」
オレっちだけじゃない。それを知って安心した。
「なぁ、ミアン」
一応、霊体どもにも聞いてみようと声をかける。だが、二体はオレっちのせたけよりも高い四角柱の上に乗って眼下の鎌を見おろしながら、なにやら話しこんでいる。
「にゃあ、ミーにゃん。昔はにゃ。こうやって一人一人がかぎられたものの中で創意工夫して生きることをもさくしていたのにゃよ。人間にかぎらず、精霊や妖精もにゃ」
「今、アタシたちはそんな歴史の頂点にいるってわけね。なんか心がうちふるえるわん」
「本当にゃん」
(ふぅ。お前たちもハイネやネイルと同類か)
意見はあうが、カスミたちと話をつづけるのもなんか気が引ける。行き場がなくなった感があるのは否めない。
(だが、……やっぱり、オレっちの話相手はあいつらだろうな)
再びネイルたちの列に加わった。
ハイネは、ただ見ているだけでは、いられなくなったみたいだ。
「ネイル。手をふれちゃ、だめかな」
「ハイネ。先ほどもいいましたが、人の手にかかれば簡単に護符は破れてしまいます。なにか起きると面倒です。さわらぬ神にたたりなし、とかいうじゃありませんか。ながめるだけでがまんしてください」
「そう……だよねぇ」
ふぅ、とため息をつくハイネ。
(やっぱり、ふれちゃあいけないのか)
となると、ほかにやることもなし。オレっちはなんということもなしに、ぼけぇっ、と護符を見つめていた……のだが、
(うん?)
おかしなものが目に入った。
「ネイル。ちょっとこっちへ来てくれるか?」
「ソラ。なにかありましたか?」
「ほら、これだよ」
「これって……」
ネイルはオレっちの右肩に身体をくっつけて指さした先に視線をあわせる。
「ああ、護符のはしが破けていますね。でも、これなら文字までは……、あれっ?」
「ネイル、どうしたんだ?」
「……おかしいですね。この護符もとびらのと同様、一回はがされていますよ」
ハイネが『どれどれ』と、ネイルの右肩に身体をくっつける。ネイルを真ん中にオレっちら三人は『死神の鎌』の前に壁を造ったことになる。
ネイルの言葉を聞いたのだろう。カスミが『どうして判るの?』とたずね、エリカも『見せて見せて』と声を張りあげる。二人ともオレっちらの肩越しにのぞこうと、躍起になっているみたいだ。はてさて。見ることができるのかどうか。
「ほら。こんなにくっきりと、あとが」
ネイルのいうとおりだった。最初に張ったと思われるところが妙に白ずんでいて、まわりの色との違いを際だたせている。
「おそらく、ですが、入り口の護符がふれただけではがれたのも誰かが」
「出たあとで、張りなおしたってわけか」
オレっちはすかさずネイルの言葉を継いだ。
「そういうことです。一度はがれてしまえば、ふういんの力が残っていたとしても、護符自体を守る呪の力は極端に弱くなってしまいますから」
「だが、ネイル。こんなところに一体誰が」と問いかけるオレっちの肩を両手でつかんでいる誰かさんがいる。後ろをふりかえってはいないが、ぴょんぴょんと飛びあがっている気配は感じる。
「カスミ、エリカ。お前ら、なにをやってんだ?」
「だから見えないんだってばぁ!」
「見たいの。なんとかしてよ。あたしにはミーナちゃんたちみたいなことはできないわ」
エリカの文句はいいとして、カスミの言葉が気になった。
「ミーナちゃんたちみたいな? あいつら、どこにいるんだ?」
「ソラの頭の上よ。気がつかなかったの?」
「頭の上? そういやあ、さっきから頭が重いと」
「待て。待つのにゃ」
「そうよ、首を動かしてはいけないわん」
「お前たち。一体いつから」
「あんたがネイルにゃんに、『こっちへきてくれるか』って声をかけてからすぐにゃん」
「そうそう」
「あんな早くからか。どうして今まで気がつかなかったんだろう?」
オレっちはふに落ちない。
「そんなこと……。決まっているじゃない。うっふん」
カスミは顔を少し横に向けて、鼻と口に手をあてている、照れているような、あるいは、からかうような、変てこな表情がのぞける。
「何故だ?」
「ソラ、だからよぉ」
いつになく、やさしいつぶやき。
「なにをいいたい?」
「ごめんなさい。将来、夫になる人にこんな言葉をぶつけたくないの。判ってぇ」
「カスミ」
なんか、このアホったれのいうことが一つ一つが気にさわる。
「いつかお前と、とことん話しあわなきゃならないと思っていたんだ。さぁ、表へ出ろ」
「ちょっと待ってよ、ソラ」
ハイネがオレっちの左側に来て耳元でささやく。
「いいの? やめるなら今のうち。謝った方がいいよ」
ネイルも右側から耳打ちする。
「ソラ。僕も親友として一言いわせてもらいます。命は大切にすべきです」
「なにをいってやがる。お前ら。オレっちがカスミなんかに負けると本気で」
「じゃあ聞くけどね、ソラ」
「なんだよ、ハイネ」
「メル・ドラスとガン・ドラス。強いのはどぉぉっちだ?」
「そりゃあお前、メル・ドラス……。う、うるさい!」
オレっちはこの時点になって、初めて自分のうかつさに気がついた。
(長いドラスの歴史において、ガン・ドラスが メル・ドラスに勝ったことは一度もない。死力をつくして戦えば結果は)
とはいっても、ここまでいった以上、おめおめと引きさがるわけにはいかない。かといって戦かったら……。
おそるおそる後ろをふりむく。と、そこには楽しそうな笑みを浮かべている幼なじみの姿が。
(まさか、こういう事態になるのを待っていたとか)
オレっちの疑念を裏づけるようなひとことが、カスミの口から。
「エリカ。なにか式場が近くなってきた予感がするの」
「カスミ……。ひょっとして、わざとソラをちょうはつしたの?」
うれしそうな顔で話しかけるカスミに、エリカが両腕をこしにあてて、あきれたような顔を向けている。
実は、メル・ドラスはドラスの中でも好戦的な種。そう思ったとたん、弱気がおそってきた。
(どうやって謝ろうか)
気がついてみたらそれだけを考えていた。
「ねぇ、ソラ」
カスミがそういって、ぽん、と肩をたたく。
と、その時。
がたがたがた! がたがたがた!
突然、ほこらがゆれだす。
「ま、待て、カスミ。オレっちが悪かった。謝る。謝るから」
オレっちは土下座しようとひざを床につきかける。ところが、ネイルとハイネが両脇から支えてしまって動きが取れない。
「放してくれ、二人とも。このままだとオレっちはカスミにぃ!」
オレっちの必死の言葉にハイネは頭を横に振った。
「ソラ、ちがうよ。このゆれは彼女のせいじゃない」
「なに? じゃあ、どうして……」
「ほら」
ハイネは後ろから両手でオレっちの顔をはさむと、真っすぐ前に向けた。
「まさか……」
オレっちは絶句した。




