第三話『ほこらにて』‐②
「ところで、ネイル君」
ハイネが、なにやら想いだしたかのように声をかける。
「なんです? ハイネ」
「例のものは手に入ったのかい?」
「でなきゃここには来ませんよ。ちょっと待ってください」
ネイルはふところから革で造られた小物袋を取りだす。袋口のひもをゆるめると、左手のひらへと向けた。すると、中からとうめいな珠六つが転がりおちてきた。
「これのことでしょう?」と左手を差しだすネイル。
「なんだ、これは?」
オレっちがたずねると、ハイネが口を開いた。
「ほら。ネイルってここでは呪術を使えないじゃないか。でも、なにが起きるか判らないからね。万が一を考えて護玉を造ってもらっていたんだってさ」
「護玉? ひょっとして護符みたいなものか?」
「そうらしいよ。ねっ、ネイル君」
「というか護符そのもので呪がこめられています。一般的に護符というと、紙などのおふだを使ったものを連想されるとは思いますが、そればかりじゃありません。用途や造り手などによってさまざまなものが護符となりえます」
「造り手によって、ってお前が造ったものじゃないのか?」
半ばちょうはつ気味にいってみた。ところが、
「呪術師であれば誰でも造れますよ」とそっけなくかわされた。
「ただある水準以上のものとなると、やっぱり専門家に頼んだ方が確かです。それと、今回のように変わったものの場合は特にね」
「変わったもの? いつもとなにか違いはあるのか?」
「亜矢華はガムラの霊力でおおわれた山です。呪を使おうとしても、この中では霊圧が強すぎて発動すらしません。そこでガムラの霊力にあらがうのではなく、逆に取りこんで増強できるような呪に質を変えられたら、との思いから造られたのがこの護玉たちです。一旦呪を発動すれば、解除の手段をとらないかぎり、亜矢華に満ちている力によって永遠に発動しつづけることができます」
「そりゃあすごいな。でもよ。だったら、亜矢華の中を容易に動ける護玉を造ってもらえばよかったじゃないか」
「まだ試作段階だそうです。とりあえずできているのが、霊体をつかまえる『捕縛』と封じこめる『五角光芒の結界』。前者がこれ一つを使い、後者が残りの五つを使います」
「試作段階ってことは……」
「ええ。今回がぶっつけ本番です」
「大丈夫なのか?」
「さぁね。ですが、ソラ。実際にこれらを使う事態になるとはとても思えません。今日、これを持ってきたのも、試しにやってみてくれ、って造り手の呪術師ナタルさんからいわれたからです」
「まぁ、そうだろうな」
「でも、これで楽しみが一つ増えたね」
ハイネはうれしそうだった。正直、オレっちも面白そうだと思い始めた。
オレっちは同行している女子二人の存在を失念していた。そんなオレっちに、はっ、と想いださせたのは彼女らの話し声。
「ねぇ、カスミ。あそこで男三人が固まってにやにや笑っているけど、なにを話しているのだと思う?」
話に加われなかった……移民の言葉で、かやの外におかれた、というらしいが……せいか、エリカがいぶかしげな顔をしている。これに対しカスミは、
「ひょっとして!」とすっとんきょうな声をあげた。
「うん? なにか思いあたることでもあるの?」
エリカは目をぱちくりさせて、カスミの答えを待っている。
(あいつら、オレっちらがなにか悪だくみでも考えているんじゃないか、とか思っているのかもな。ここにいるのは男三人に女二人。そう考えても不思議じゃねぇ。まぁ、エリカとカスミじゃあ、こっちの頭がどんなにおかしくなったとしてもありえねぇな。手を出してけがをするのはこちとらな気がするし)
そんな考えが、ただばく然と頭に浮かんだ。エリカは多分、予想どおりだと思う。ところが、カスミはちがった。オレっちは、あいつがこのあと口にした言葉に自分のあまさを思い知らされる。
「式場の予約を、もう、してあるとか!」
カスミという名を持つ幼なじみのあほったれが目をらんらんと輝かせている。
「絶対ねぇわぁ!」
気がついたら大声で叫んでいた。
護玉の話を聞いて、最悪の場合でも身の安全ぐらいはなんとかなるだろう、と思い、意気ようようとオレっちらは林の中に入っていく。ところが、足をふみいれたとたん、『あった』となった。
「なんだ。オレっちらはこんな近くで食事をしていたのか」
「いいじゃないの。手間が省けて」
あきれるオレっちにハイネはそういった。
「そりゃそうだけどな」
オレっちらはほこらへと近づいていく。
「わくわく。ミーにゃん。いよいよ、死神の鎌とご対面にゃよ」
「どきどき。伝説の鎌っていう話だけど、どんな感じなのかな」
「本当、楽しみね」
カスミやその肩に乗っているミーナたちの目から光がきらきらとこぼれている。
(見学旅行気分だな。まぁ、気持ちは判らないでもねぇが……)
ほこらの外側。その全容が、その傷み具合がはっきりと確認できるところまでたどりついた。
「それにしても、……これはまたずいぶんと」
「そうですね」
オレっちと同じことを思っているのだろう。ネイルがうなずく。
「手をかけたら一気にこわれそうな感じです。伝説が正しいかどうかはともかく、かなり古いものであることは間違いありません」
「おや? あれは」
ハイネがつかつかとほこらの前に立つ。
「ネイル君。ほこらのとびらになにか張りつけてあるよ」
「ああ、それは護符のおふだです」
ひらっ。
「あ、あれっ?」
ハイネがおどろいたような声をあげる中、護符とやらがやつの足元へと落ちた。
「お、おい。護符を破っちまったのか? ハイネ」
なんて無用心な、と思ったが、
「いや、ちょっとふれただけだよ。それなのに」とハイネは護符を拾ってオレっちに見せる。
「とびらからはがれちゃったんだ」
「ハイネ、それを見せてくれますか?」
ネイルがハイネの前に手を差しだす。
「いいよ、ネイル君。はい」
ネイルは手わたされた護符の裏をながめたり、さわったりしている。
「この護符は……ほとんど力を失っています。ということは……僕たちが来る前に誰かがここに来てはがした、とみていいんじゃないでしょうか」
「雨風で張りつく力が弱くなっただけってことも考えられるぜ」
オレっちはありそうな状況を口にしてみる。だが、ネイルは頭を横にふる。
「ソラ。護符が何百年以上も張りついたままでいられるのは呪がかけられてあるからです。単なる自然現象では、絶対にはがれません」
「こんなとこに来るなんて、けものぐらいじゃないかなぁ」
ハイネの言葉にミーナが、それじゃあ、と親友をふり返る。
「ミアンなの?」
「ミーにゃん。なんでウチなのにゃ?」
「ほら、このほこらって閉まった状態だったでしょ。ミアンのことだから、中になにか食べものがあると思って開けても無理はないわん。ねぇ、正直にいえば? 誰も怒らないから」
「ミーにゃん。いくらにゃんでも、こんなところまでは来ないのにゃよ」
「判らないわん。珍しい食べものがあればどこへでも行くじゃない」
「あのにゃあ」
「ミアンさんじゃありませんよ」
ネイルがミーナに、ふふっ、と笑顔を向けた。
「護符を見てください。どこにも破れたあとはなく、きれいにはがれているじゃありませんか。けものが無造作にやった行為とはとても思えません。それに、ぼくたちが来た時は張りつけてあったんですよ。明らかに人の手が加えられています」
「どうにゃん? ネイルにゃんの言葉を聞いたにゃろ、ミーにゃん」
「ううっ。……残念だわん」
「ミーにゃん。なにをくやしがっているのにゃん?」
「だって、アタシのかんしきがんが初めて誤った判断を」
「いつものことにゃん」
「いつもじゃないわん!」
「あっ、ごめんにゃ。寝ている時は除外してあげるのにゃん」
「んもう! ミアンったらぁ」
(本当におしゃべり好きだなぁ。ミーナたちは)
一方、ネイルは、すかしでもみるかのごとく、護符を陽にかざしながら見ている。その顔がだんだん真顔へと変わっていくのが、オレっちからも見てとれた。
「ネイル、なにをそんなに……」
「これは……間違いない。バニヤが造った護符だ」
(バニヤ? はて? 聞いたことがない名だ)
「ネイル、バニヤって?」
「あっ、それって確か」
オレっちの問いかけに答えたのはカスミだった。
「あたし、セレンお姉さんから聞いたことがあるわ。何百年も前の話らしいけど、護符の製作技能に関しては当代随一とうたわれ、村人からあがめられた呪術師の名前なんだって。
そうよね? ネイル」
「ええ。カスミさんのいうとおりです」
「そんな呪術師がいたのか」
オレっちはバニヤという呪術師の存在もさることながら、カスミがそれを知っていたという事実についても、おどろきを隠せなかった。誰だって自分と同じぐらいの頭だと思っていた者がそれよりもかしこいと知った時は、それなりのしょうげきを受ける。
(もっと村の歴史について勉強してみるか)
そう本気で考え始めた。
「ねぇ、ミアン。ミアンは知っているんじゃないの?」
ミーナが声をかける。
「バニヤにゃんか。なつかしいにゃ、その名を聞くのは。もっともバニヤにゃんの住まいは亜矢華の頂上近くにゃったし、たまにしかふもとにはおりて来にゃかったから、会う機会はめったになかったのにゃけれども」
「そうなんだ。でもミアンなら、空飛ぶじゅうたんになって頂上からおりれば、簡単に家まで行けたんじゃないの?」
「ミーにゃん。もし、亜矢華が食べものの宝庫だったのにゃら、そうしたかも知れにゃい。でもにゃ」
いいよどむミアンに、『判るわ』とカスミが口を開く。
「亜矢華の表面って木々でおおわれているけどね。おいしい木の実がなっている樹木は一本も生えていないんだって。敬遠しちゃうのも当然よね」
「そういうことにゃん」
(ミアンの話って最後は大体、食べものの話にいきつくのな。
……おっとと。今はそれどころじゃない)
「あれっ? どうした、ネイル。さっきからじっと護符を見ているが」
「ソラ。この護符に書かれてある文字」
「どうしたの? ネイル君。なにか変わったことでも?」
ネイルが難しい顔をしているからだろう。ハイネも話しかけている。
「これってふういんに使われるものとしてはおそらく最強といっていい呪文字です。ということは、伝説は正しかったと考えざるをえません。『死神の鎌』は怖ろしいまでの力がある霊体、ということになりますね」
「それがこの中にいるんだね」
「そのようです」
ごくっ、と、のどを鳴らす二人。しりごみしているかのように見える。『このままじゃ、らちがあかねぇや』と思い、口を出すことにした。
「どうする? 折角苦労してここまできたんだ。中を見ずに帰るっていうのだけはかんべんしてくれよ」
もちろん、オレっちは入る気満々だ。
「あたしも入りたいわ。二度とここには来ないと思うから」
オレっちとカスミは、ともにアーガの使い手と呼ばれる者の補佐。その二人の息がぴったりとあっている。
「ネイル。お前はどうする?」
誰も口にこそ出さないが、全員がネイルの言葉を聞こうと耳をすませている。見習いではあってもやつは呪術師。加えてその実力はみんなが認めている。やつが頭を横にふれば、その時点でこの探険は終わりとなる。
ネイルは少し間を置いたあと、言葉を発した。
「入りましょう。どんなに強い霊体であろうと、これがふういんされてから何百年も経つんです。霊力はかなり低下しているとみていい。最悪の場合でも、おさえられないってことはないと思いますよ」
「へぇ。今日はずいぶんと積極的だね、ネイル君」
実はオレっちも、いや、全員がハイネと同じ思いだったと思う。ネイルはことを考えるのにしんちょうな面がある。意外な感が否めない。
「カスミさんのいうとおり、ここに来ることはもうないでしょう。だったら、やっぱり見ておきたいんですよ」
(そういやあ、ネイルにとってここまでの道のりは結構、きつかったはずだ。なにもしないで立ち去るにしのびないったってわけか)
「ハイネはどうする? ここで待っているか?」
「もちろん行くよ。死神の鎌に関する本を読んだのだって、興味を持ったのだって、ぼくが最初だからね」
「よぉし、決まったぁ。それじゃあ、中へ入るか!」
おぅ!
オレっちのかけ声で全員がこぶしをふりあげた。
「ミアン、いよいよほこらの中よ」
「にゃあんか武者ぶるいがするにゃあ」
ミアンは言葉どおり、ぶるぶるっ、と身体をゆさぶる。
全員が半ばきんちょうした顔つきになっている。多分、オレっちも。だが、やめよう、などというやつは一人もいない。みんな、オレっちを先頭にとびらの開いたほこらの中へと入っていった。




