第三話『ほこらにて』‐①
第三話『ほこらにて』
「わたしはレイコ。相手の視覚を自分のものにできる女。……ふっふっ」
「ねぇ、前から思っているんだけどさぁ」
「なに? エリカ」
「その、『ふっふっ』って意味ありげな笑いはなに? 前はやらなかったよねぇ」
「セレン先生の悪魔笑い。出だし部分が気に入った。わたしにあうと思った」
「ふっふっふっふっ。はっはっはっはっはっ。あぁはっはっはっはっ、……ってあれね。
それでどうなの? やってみた感想は」
「悪くない。だからつづけている。……ふっふっ」
「それはまことに結構なことで……。それはそうと、レイコっち。あんたの特異能力のことは、いまさらいわなくても知っているわよ。長いつきあいだもの。でも、それがどうしたの?」
「あからさまにいってしまえば……、
霊山『亜矢華』のほこらまで行くだけの体力が、今のわたしにはない」
「うん。それも知っているって」
「でも『亜矢華』には興味がある。どんなふんいきなところか知りたい。ほこらも気になる」
「なるほどね。いわんとしていることは判ったわ。
つまり、あれでしょ? 自分の視覚と同調してくれってわけなのね」
「そういうこと。であれば、エリカの目をとおしてわたしも亜矢華をながめることができる。
……エリカが協力してくれるなら、だけど」
「判ったわ。レイコっちがそんなに関心をもっているっていうなら」
「ありがとう、エリカ」
「どういたしまして。おじょうさまのためならば」
「わたし、そのいい方、好きじゃない」
「あっ、ごめぇん、レイコ」
「……というわけでね。レイコは来られないけど、自分がレイコの分まで張りきるから。まぁ、よろしくぅっ」
「……はぁはぁはぁ。それで、レイコは今、どうしているんだ?」
「中央病院の最上階にある個室で寝ているわ」
「レイコのやつ、……はぁはぁはぁ。……ここしばらく家には帰っていないんだろう?」
「そう。勤め先の村役場と病院を行ったり来たり。病状が不安定なんだって。でも弱音を人前では決して吐いたことがないの。たいしたものよ」
「ちょっとそのあたりのことをネイルに聞いて、……はぁはぁはぁ、いや、やめておくか」
エリカはオレっちよりもさらに後ろへと目を向ける。
「そう……ね。彼は今、大変そうだし」
「はぁはぁ。……エリカ。お前って、すごいな」
「えっ。レイコじゃなくて?」
「お前だよ。……はぁはぁ。だってさ。亜矢華にのぼり始めてから、かれこれ、数時間は経っているっていうのによ。ずぅっと、しゃべりどおしじゃねぇか。たいしたもんだぜ、まったく」
「だってぇ。退屈じゃない。ただ歩くのも」
「はぁはぁ。ふぅ。本当、余裕だねぇ。ぼくもうらやましいよ」
ハイネもお疲れ気味。オレっちと同様、エリカのきょうじんな体力に感心している。本来であれば、ドラスの細胞と血を受け継ぐオレっちとカスミ。ディルドの細胞と血を受け継ぐハイネとマリエ。この四人が最強の体力なはず、なのにだ。
ほこらへと向かうオレたち一行は、今、体力にあわせた順番で歩いている。
もちろん、先頭は『怪奇特捜組』組長のオレっち、になるつもりだったが……、ふたを開けてみたら、エリカがその役を担っていた。
(獣との混血でもねぇこいつが、どうしてこんな体力をもちあわせていやがるんだ?)
実は小さい頃から不思議でしょうがなかった。だが、未だにその答えは出ない。というのも、こいつ自身とは友だちづきあいは長いものの、家族とは会ったことがない。一度もだ。オレっちにとってはまだまだ『未知の生物』……といえないこともない。
つづいて……、二番手がオレっち。やっぱり、組長としての誇りがある。三番手はハイネ。ディルドのくせに運動よりも読書を好む。だからなのか、こういう山のぼりは苦手みたいだ。で、四番手はネイル。今日、編成した歩行隊の中で、体力的には一番こいつが弱い。呪術師だが、ここは霊山『亜矢華』。あらゆる呪術が使えない。普通の人間でしかないのだ。
「ネイル。お前、大丈夫かぁ? なぁんか、ひょろひょろしていやがるが」
「はぁはぁはぁ、た、多分。あ、足が、ほら。ま、まだ前に動くから。はぁはぁはぁ」
(倒れる寸前みたいだなぁ。ほかのことならレイコと同様、ついてきてもらわなくてもよかったんだが)
実は本人もあまり乗り気ではなかった。だが、なにしろ相手は死神の鎌。見習いとはいえ、呪術師が一人いればなにかと安心。そう思って参加してもらった。
今回、マリエも参加していない。
「いやぁん。ずぅぅぅぅっと歩くなんちぇけっとぁりゅういいしぃ、足におまぁめぇちゅわぁんができちゅわぁうっしぃ、汗だぁぁってかいちゅわぁうしぃ、翌日、身体がこわぶわぁって大変どゅわぁしいぃ、しょおれえにぃ……」
(おのれはまともにしゃべれんのか?)
なんか知らんが、かなり長い間、うだうだとたわごとを並べていた気がする。こうなったら力づくでも、と思ったその時。
「あっ。この子、あちきがあずかるから」
どうもうな鳥がさっとえさを引ったくるかのごとく、レミナの姉御が連れていってしまった。
「ハイネは山のぼりをするみたいだからね。代わりにばっちし、あちきとつきあってもらうよ」
レミナの姉御は右目でウインクすると、フーレの頭領モームとともに飛んでいく。第二補佐のマリエは、えりをつかまれたまま、
「いやぁん! おにぃたまぁ。おたすけぇぇ!」と泣き叫びながら一緒に消えていった。
(ええと、確かあの時、オレっちとハイネ……、ああ、ネイルもいたんだっけ)
マリエのいった『おにぃたまぁ』が誰なのかは、……今でも謎のままだ。
一行の最後は、と見てみれば、オレっちの幼なじみ、カスミが目に映った。体力的にはオレっちと同等なため、並んで歩きたかったみたいなのだが……、ネイルの身を案じて、しんがりを務めることにしたらしい。
「はぁはぁはぁ。……ネイル、大丈夫? もうしばらくしたらほこらにつくけど、それまで辛抱できる?」
「な、なんとか。……はぁはぁはぁ」
(そうか。やっとつくか)
オレっちは周りを見まわす。ネイルほどではないにしても、エリカをのぞく全員の息づかいが荒い。
「みんなぁ、がんばれぇ。あともう少しだ!」
オレっちの言葉に全員が、こぶしをふりあげ、『うぉぉっ!』と声を張りあげる。そんな中、きわめてゆるいこぶしを造ってひじをまげたまま、『うぉ』と、か細い言葉をあげるネイルの姿。オレっちは思わず目頭をおさえずにはいられなかった。
ようようの思いで、オレっちらはほこらのある山の中腹にたどりつく。座るのにちょうどいい高さの岩がいくつかあったので、みんなでひと休みすることにした。
「今になってやっと判った気がする」
「なにがよ、ソラ」
座りこんで誰ともなしにつぶやいたオレっちのぼやきに、カスミが素早く反応する。
「レミナの姉御が同行しなかった理由さ。ハイネの持っている紙切れを一枚わたしただけで」
「そうね。あたしもうかつだったわ」
「ああ、これね」
ハイネはレミナの姉御からもらった地図をひらひらさせる。
「ぼくもおかしいとは思ったんだよね。今日はゆっくりでいいはずなのに、ぼくたちの話を聞いたとたん、『水まきに行く』なんて出かけたりして」
「この難行苦行を知っていたんだろうな。だから、へたにつっこんでつきあわされることにでもなったらたまらないとばかり、逃げだしたってわけだ」
「本当、大変だったね」
ハイネは、ふぅ、とためいきをもらす。
「おい、ネイル。こんなに大変なら、オレっちがガン・ドラスになった方が楽だったんじゃねぇか。ここにいる全員をあっという間に運べたんだぞ」
オレっちは文句をつけた。やつは今、自分の身長以上の長さがある大岩の上でごろんと横になっている、というか、くたばっている。
「無理ですよ」
にべもなく言葉を返してきた。
「ドラスもアーガも霊翼竜。霊山の霊圧をまともに浴びたら、ついらくは必至です」
オレっちらが話をしていると、ミアンとミーナがどこからともなく現われる。ネイルの方へ向かったと思ったら、いそいそとやつのおなかの上に。
「ネイルにゃん、大丈夫なのにゃん?」
「本当本当。のぼり坂、大変だったものね」
声をかけている霊体どもを見て、そういえば、とネイルは首をかしげた。
「お(二体)ふたりの姿が見えませんでしたね。どこに行っていたんですか?」
「ネイルにゃん。ウチらはにゃ。木の枝から枝へと、飛びうつっていたのにゃん」
「アタシはミアンのせなかに乗っかっていたわん」
「つまり高いところから、僕、いや、僕たちの苦労しているさまをながめていたと」
「そういうことにゃん」「いわゆる上から目線だったわん」
「うらやましいことです」
はぁう、とネイルは深いため息をついた。
「なぁ、ネイル」
オレっちは気になったことをたずねてみる。
「お前のおなかの上には今、ミアンがうずくまっていて、ミアンのせなかの上にはミーナがいるんだぞ。それなのにうざいとか、おりてくれとか思わないのか? どちらも実体波をまとっているからそれなりの重さを感じるはずだろ?」
「大丈夫です」とネイルはこともなげにいう。「『愛』さえあれば」
(また『愛』か。病気だな、こいつは)
「そうよね。愛があればなんでもがまんできるわよね」
(いっけねぇ。こいつまで感染しやがった)
どういう理由で、かは知らないが、ネイルの言葉はカスミの共感を呼んだみたいだ。このままなにもいわないでおくと誤ったおとなになるな、と思っていたら、ほかから救いの手が差しのべられた。
「カスミっち。こんなことをいうのもなんだけど……、愛ですべてがかなうなら、悪い人なんて誰もいないと思うわ。ちがう?」
「エリカ……。夢を持つことがいけないのかしら?」
いかにも警護隊員らしい、と思わせるものいいに対し、カスミはつっかかるようにいい返す。これにはエリカもちょっと困ったような顔になった。
「あのね……。夢、っていうか、幻想だって判っているのならいいのよ。問題はごっちゃにしている人もいるってこと。夢と現実の区別がつかないと、あとあと大変よぉ。自分がいいたかったのはね。ただそれだけ」
「はいはい。おかあさま。きもにめいじました」
カスミはお説教を食らった子どものような答え方を。とはいっても、冗談っぽい口調でしゃべってはいるが。
「うん。判ればよろしい」
エリカも冗談っぽい口調で応じた。
(それにしても……、エリカ。お前って本当にお母さんっぽいなぁ)
「ソラにゃん」「うん?」
声をかけられたのでふり向くと、抗議をするかのような二つの視線がオレっちの目をいぬく。
「ソラにゃん、失礼にゃよ。ウチはそんなに重くはないのにゃん」
「そうよ。女の子にそんなことをいってはいけないわん」
(そういやあ、そうだっけ)
「すまねぇ。悪気はなかったんだ」
オレっちの口から出た謝罪の言葉に満足したらしい。『判ればよいのにゃん』と再びネイルに視線を戻すミアンとミーナ。
「でもネイルにゃん。ウチも亜矢華の霊圧を浴びているはずなのにゃけれども。全然、平気にゃよ」
「アタシもだわん。とはいっても、ほんのちょっとは抵抗らしきものを感じるけどね。飛びまわるのをさまたげるほどではないわん」
「うぅん、それは……。多分、ですが、亜矢華がお二体を脅威の存在とは、みなしていないからじゃないでしょうか」
「友だちと思っているのにゃろうか?」
「ちがうよ、ミアン君」
ネイルが口を開く前にハイネが答えた。
「霊力レベルがそれだけ低いってことさ」
「そういやあ前にラミアの姉御もそんな話をしていたっけ。同じ霊体でも体外に自然放出される霊力がわずかであれば、それほど反応は示さねぇって」
オレっちが想いだしたようにいうと、
「まっ、そういうことだね」とハイネもうなずいた。
「とはいってもねぇ。霊力がなにも使えないってのは本当に困りもんだよ。目的地まで歩いていかなきゃならないし、歩くにしたってけもの道ばかりだしね。
……ふぅ。大変だったなぁ」
「そうだな。オレっちもまいったよ」
あたりにはすずしい風がふいている。汗も次第にひいていった。
「それでハイネ。ここからどうやって死神の鎌のところまで行くんだ?」
「ええと……」
ハイネはもらった地図を調べている。
「これによると……、目の前にある林の中、みたいだね」
「それじゃあ」とオレっちは立ちあがる。
「早く行こうぜ。こんなところで時間をつぶすのは、もったいねぇ」
「元気ですね、ソラは。ハイネ、どうしますか?」
岩に寝そべりながら、ネイルがものうげに話しかけてきた。どうやら、しばらくは動きたくないと見える。
「もうお昼だよ、ソラ君。食べてからじゃだめなのかい?」
もう一人の親友もまだ疲れがぬけきれていないみたいだ。
「ソラっち。自分もその方がいいと思うの。これからなにがあるか判らないじゃない。二人の身体が回復するまでは、とりあえず休んだほうがいいわ」
「エリカもか……。カスミは?」
「うぅん。あたしもエリカと同じね。なにしろ相手は死神の鎌。用心するにこしたことはないと思うし」
カスミもメルドラスに変化できる力を持つ。体力はオレっちと同じかそれ以上だ。
(どうやらカスミはオレっちだけでは不安なようだ。まぁ、もっともな話だがな)
「ネイル。お前はどうする?」
判っちゃあいるが、一応、答えを聞いてみる。
「みんなと一緒です。腹ごしらえをしましょう。ミアンさんとミーナさんはどうですか?」
「ウチも激しく同意にゃん」
ずるっ、と生つばを飲みこむミアン。
「アタシもアタシも」
ミーナもうなずいた。
「じゃあ、昼食が先、で決まりだ。いいな、みんな」
オレっちの言葉に全員が、『はぁい』と手をあげる。なんとなく、だが、遠足で生徒を引率する先生になったような気がした。
(気分としちゃあ、これも悪くねぇな)
オレっちらは、水筒と塩をまぶしたおにぎり、というささやかな食事を始めた。塩といってもそれをこの村に持ちこんだ移民が同じ方法で造ったものではなく、村にある素材を品種改良して生産された、似たようなしょっぱい味の粒々だが。
もぐもぐ。もぐもぐ。
「ネイル。本当になにも持ってこなかったんだな」とぼやいてみる。
もぐもぐ。もぐもぐ。
「けもの道って判っていましたから。空身の方が楽かと思って」
(そりゃあそうだけどな)
もう一人の親友にも声をかけてみる。
「お前も持っていないんだよな?」
ごくごくごくっ。
水筒の水を飲んでいるハイネ。のどを鳴らす音が聞こえてくる。
「うん。レミ姉が、『なにか造ろうか?』みたいなことをいってくれたんだけどね。ソラが用意してくるっていったから断わったんだ」
二人の言葉に、なんかむしゃくしゃしてきた。
「お前らなぁ!」
オレっちが声を張りあげたとたん、ネイルもハイネも顔をしかめた。
「ソラ。悪いけど、つばや米粒を飛ばすのはやめてくれませんか?」
「ネイルのいうとおりだよ。なにを興奮しているのか知らないけどねぇ。こっちの顔にまでかかったじゃないか」
「そんなことはどうでもいい。やい、お前ら。確かに持ってくるとはいったぜ。だけどな。料理はネイルやレミナの姉御の方が、うちのラミアの姉御よりずっと、
……うん? なんだよ、これは?」
見れば、カスミが木箱を差しだしている。
「ねぇ、みんな。こんなものを造ってきたの。食べてみない?」
ぱかっ、と開いたその中には山菜のつけものが。
「へぇぇ、これをカスミっちが。じゃあ、食べさせてもらうわね」
「おいしそうですね。僕も頂きます」
「カスミちゃん。ぼくももらうよ」
「どれ、オレっちも」
ちょい。ぱくっ。もぐもぐ……。
「カスミ。腕をあげたじゃないか。これなら誰でも食べられるぞ」
「うまいにゃあ」「おいしいわん」
みんながほめたので、カスミは、『うれしい。造ったかいがあったわぁ』と舞いあがって喜んだ。
「ふぅ。食べた食べた」
つけものづくしの料理ではあったが、味はなかなかよかった。オレっちら『怪奇特捜組』の士気はいやが上にも盛りあがる。
「さぁ、みんな。行くぜぇ!」
オレっちのかけ声とともに探索は始まった。




